9. カジェ編
砂浜に立つ。潮風が気持ちいいとか、海がきれいとか思うが、そんな場合ではない。
大きく息を吸い、下腹に力を籠める。
「いきますか」
そうつぶやき、右手を海に向かって振った。放たれた火魔術が、海面をなめる。
「海の王のお出ましだな」
大量の水蒸気の奥。巨大な何かがいる。
ウォォォォォォオオオオオオオオ!!
「素直に帰ってはくれないよな!」
その存在に、圧力に圧倒される。だが、それと同時に血が騒ぐ。思わず、口角を上げた。
ゴオオオオオオオ!!
リヴァイアサンが火を吹く。それを、慌てて大量にある水で消す。
「海のくせに火まで吐くのは反則だろ」
火魔術が弱点かと思ったが、そうでもないらしい。
海に向かって駆け出す。水に足が入る瞬間、海底の砂を操り、足場を作る。少しバランスを崩すが、何とか持ち直す。
左目が見えないからか、距離感が狂う。普段は気にしていないが、こういう状況だと、命取りだ。
「何とか近づきたいな……」
さすがにリヴァイアサン相手に、真っ向から火力で勝負したら負ける。急所を狙うしかない。だが、この距離から急所だけ狙うのも厳しい。
とりあえず、適当に魔術を混ぜて爆発を起こしてみる。
ドッカアアアアアアン!!
「うん、無理だな」
リヴァイアサンは無傷。気にするそぶりすら見せない。
「どうすっかなあ……」
独り言が増えるのは、よくない傾向だ。どうしたらいいのか、わからない。
「しょうがない」
ここで考えていてもどうしようもない。幸い、リヴァイアサンは本気でこっちを攻撃してきていない。
足場を作りながら、攻撃をしないといけない。あまり時間を食うと、エヴァンが体力的にきつい。
ドッカアアアアアアアアアアアン!!
次々に爆発させる。もう、属性なんてどれでもいい。とりあえず、リヴァイアサンの体勢を崩しにかかる。
「うわっ」
リヴァイアサンが放った火球を、自分の火球で相殺させ、さらに押し込む。
その勢いのまま、リヴァイアサンに向かって駆け出す。
近づけば近づくほど、その圧力を感じる。圧巻される。その呼吸を感じる。頭の血管が焼ききれそうなほど興奮する。自分の心臓の音すら聞こえそうだ。剣を抜き、強く握りしめた。
「目ん玉、えぐってやる」
爆発をカムフラージュに、顔面に立つ。生臭い呼気に顔をしかめる。
リヴァイアサンが口を開く。喉の奥に、閃光が見える。それが放たれる前に、火魔術を叩きこむ。その勢いにのり、リヴァイアサンの顔に乗る。ある意味、一番安全な場所。
剣を振り上げ、風魔術をまとわせながら、その目に振り下ろす。
「くそっ」
剣が刺さらない。ただ、表面をなでるだけ。
「目でも無理か」
目はどんな生き物にとっても基本的に急所。それは魔物でも例外ではない。だが、そこも駄目だとなると、一気に戦況が厳しくなる。
「いっそ、一回飲み込まれるか……?」
最終手段。絶対にやりたくなかったが、もうそうするしかないかもしれない。一度飲み込まれて、中からのどや腹を攻撃する。だが、目がこのありさまだと、腹の中でさえ攻撃が効くか怪しい。
それで失敗したら、確実に死ぬ。絶対に出られない。
「どうするか……」
魔物にも、必ず急所は存在する。リヴァイアサンにもある。問題は、それがどこなのか、だ。
『エヴァン!』
「カミラ!?」
ちらりと、砂浜に視線を向ける。顔は見えないが、二人、人が立っている。カミラとアリシアだ。
『離れてろって言っただろ!』
『額の真ん中! うろこが薄い!』
カミラがあの場所にいることを今咎めても仕方がない。
『額の真ん中?』
『一か所だけ、なんか違う』
見てもわからない。
『そこ!』
それが頭に響くと同時に、砂浜から矢が飛んでくる。それはあっさりうろこにはじき返されるが、場所はわかった。
魔術をまとわせ、そこに剣を叩きこむ。それと同時に、爆発を起こした。エヴァンの周りだけ風魔術で防御しながら。
ドッカアアアアアアアアン!!!
ふと、手ごたえが無くなった。リヴァイアサンが消え、空中に魔石だけが残る。
魔石もエヴァンも落ちていく。
海面に叩きつけられる直前、海底の砂を持ち上げた。
「いってえ」
衝撃を和らげようとしたが、間に合わなかった。思いきり、砂に叩きつけられる。これならいっそ、海面に落ちた方が痛くはなかったかもしれない。
「魔石は……ちゃんとあるな」
エヴァンのすぐ横に落ちている。
「さすがリヴァイアサン」
拳大くらいの大きさがある。
『エヴァン! 大丈夫?』
『大丈夫だ。今そっちに戻る』
立ち上がるのも面倒だ。エヴァンは、自分が乗っている砂をそのまま砂浜の方にスライドさせた。
砂浜に着いたところで、砂を操るのをやめ、地面に着地する。砂は、勝手に海に沈んだ。
「大丈夫だった? 怪我は?」
「ない。なんとかな」
「お疲れさま」
飛びついてきたカミラの頭をなでる。アリシアはエヴァンの前で立ち止まった。
「よかった……」
「ああ。ありがとな」
エヴァンから離れたカミラに、デコピンを食らわす。
「いたっ! ちょっと、何すんの?」
「何すんの? じゃないだろ。俺は、何て言った?」
「……海には近づくな」
言われたことは覚えているらしい。
「で、お前はわかったって言ったよな?」
「……うん」
「それなのに、何でここにいるんだ?」
顔を背けようとするカミラの頬を両手で挟む。
「俺は、怪我させるのは嫌だから離れてろって言ったよな?」
「だって、だって……。心配だったんだもん。エヴァンが……」
「俺が負けると思ってたのか?」
そう聞くと、首を横にふろうとする。仕方がないから、両手を離してやった。
「そうじゃないけど、でも、負けたらどうしようって。負けなくても、怪我したらどうしようって。そしたら、じっとしていられなくて」
「あのなあ……。リヴァイアサンがお前らに攻撃を向けなかったからよかったものの、そうじゃなかったら余計に俺が大変だったんだぞ」
「でも、だって、だって……」
カミラの瞳が潤む。
「そのくらいにしてあげなさいな、エヴァン」
アリシアの声で、頭が冷静になる。
「心配だったのよ、あなたが」
「わかった。ったく、次からは言うこと聞けよ」
「ごめんなさい……」
カミラがエヴァンの胸に顔をうずめる。
「ねえ、エヴァン」
アリシアがどこか意味深な顔をする。
「カミラは、あなたの後ろでずっと守っていてもらわないといけないほど弱くはないわよ。ちゃんとまっすぐ見てあげなさいな」
「ん?」
聞き返そうとすると、肩をすくめられた、答える気はないらしい。
「まあでも、助かった。ありがとな、カミラ」
「うん」
カミラが顔を上げて答える。
「よく見えたな。砂浜からはけっこう離れてたのに。俺なんて間近で見ても全然わかんなかったし」
「目はいいから」
そんな次元ではないような気がするが、目利きもできるくらいだし、小さな違いに敏感なかもしれない。
「それに、あんなに飛ぶようになったんだな」
カミラの矢が、リヴァイアサンに届くとは思っていなかった。
「あれね、思いきりやってみようと思ってやったらできたんだよね」
「魔術はイメージだからな」
人間、焦ると新しいことができるようになったりするものだ。
「でも、それにしても覚えが早いな」
「そう? うれしい」
カミラの頭を軽くポンポンする。
「ところで、アリシア。何で止めなかったんだ?」
「止めたわよ。でも、あまりにカミラが必死に言うんだもの」
カミラが頬を膨らます。
「何で私が言いだして、アリシアが止めようとしたってわかるのよう? 逆かもしれないじゃん」
「いや、それはないな」
「それはないわよ。少なくとも今回のこの状況では」
二人に即答され、カミラがますます頬を膨らます。
「むうう」
「別に悪いって言ってるわけじゃないわよ。それがカミラのいいところだわ」
「そうだな」
「フォローがむしろ悲しいんだけど」
そんなことを言うので、膨れた頬を手で叩いてやる。
「助かった」
そうもう一度言うと、カミラは顔を赤らめた。
「かっこよかったよ、エヴァン」
「おう。ありがとな」
そう言われることはあまりない。だから、純粋にうれしかった。




