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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第二部
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8. カジェ編

 カジェについたエヴァンは、思わず声をあげた。


「おお! 海だ!」

「はしゃぎすぎ」


 カミラにたしなめられてしまった。


「だって、海なんて何年も見てないから」


 何回見ても興奮する。水が大量にあるのだ。それが青くて、波打っているのだ。その迫力に、いつも心を惹かれる。


 潮の香りが、気持ちいい。


「エヴァンさん」


 馬を返すと、年配の男性が話しかけてきた。村の代表らしい。


「冒険ギルドから話は聞きました。依頼についての話なのですけど、何かこちらに要求はありますか?」

「とりあえず、俺がいいって言うまで海には誰も近付けないでください。それから、あそこにあるのは船ですか?」


 エヴァンの指の先には、白い物が見える。


「あれですか。はい、船です。漁船が泊められています。今は漁に出られませんので、いつもより船は多いですね」

「あれって、他の場所に移動させることできますか?」

「川の方に移動をさせることは出来ます」


 王都との境の川を示される。


「じゃあ、移動してもらっていいですか? 海が荒れに荒れると思うので、下手したら船が壊れます」


 相手はリヴァイアサンだ。船なんて、木っ端みじんだろう。


「わかりました。時間が少しかかるので、終わり次第声をかけます」

「ありがとうございます」


 男性が去っていく。


「私は教会に顔を出してくるわ。二人で適当に時間を潰してちょうだい。リヴァイアサンを倒すってなったら、カミラが私に伝えてくれる? そしたら、カミラと合流するわ」

「テレパシーで? わかった」

「それじゃあ、あとでね」


 アリシアが海の反対に歩き出す。


「カミラ、どこで時間つぶす?」

「お昼だし。ご飯でも食べる?」

「そうだな。少し腹減ってるし、食べたい」


 食べすぎはよくないが、戦うときに空腹だと話にならない。


「じゃあ、こっち。屋台が結構あるから」

「そうか。来たことがあるんだったな」

「うん。前と変わってなければ、だけど、そんなに変わってないでしょ」


 カミラに手を引かれ、建物が連なっているところに向かって歩く。


「何か焼いてるにおいがするな」

「魚でしょ。あれ」


 カミラがひとつの屋台に近づく。串にささった小さい魚を、おばちゃんが焼いている。


「おばちゃん。それ二つ」

「はいよ」


 カミラがお金を払い、串を二本受け取る。一本を、エヴァンに渡してくる。


「これ、食えるのか?」

「食べられるに決まってるでしょ。なんだと思ってるの?」


 屋台から歩き出す。

 カミラが魚を口に運ぶ。


「ふぁふぇふぁいの?」

「何だって?」


 口をモグモグ動かし、カミラが魚を飲み込む。


「食べないの?」

「いや……。魚、食ったことないから」

「ないの!? おいしいのに」


 そう言われても、ないものはないし、食べるのに抵抗もある。


「だって、お前ギアトーレで魚売ってるの見たことあるか? ないだろ?」

「……ないね。うん。海も川も近くにないもんね」

「だから、食べたことないんだよ」


 王都で魚が売られているのは見たことがあるが、食べたいとは思わなかった。普段食べている肉と見た目が違いすぎた。


「そういえば、私もギアトーレに行ってから一回も食べてなかったな」

「だろ?」

「でもさ、おいしいよ、これ。食べてみなよ」


 決心をして、口に入れる。ほんのりしいた塩に、肉とは違う独特の風味。そして、ふんわりした食感。


「あ、うまい」

「でしょ? おいしいよね」

「塩味なんだな。珍しい」


 もう一口食べる。もう、抵抗はなかった。


「この辺りじゃ普通だよ」

「でも、ギアトーレだとないよな」

「タレか香辛料だよね」


 こういうあっさりした塩味のものは初めて食べたかもしれない。


「何でだろうな?」

「だって、ギアトーレって狩猟が出来るような山もないから、肉もどこかから運んできてるでしょ。だから、あんな味しかないんだよ」

「どういうことだ?」


 カミラが、最後の一口を食べる。


「タレとか香辛料で、肉が腐りにくいようにしてたり、肉の臭みがわかりにくいようにしてるの。だけど、ここだとすぐそこで獲れた魚をここで食べるでしょ? だから、そういう心配がない」

「なるほど。だから、あっさりした味付けでもいいのか」

「最初にギアトーレに行ったとき、食事がおいしくないってびっくりしたんだよね。なんか、濃い味付けでごまかしてるっていうか。こんなに大きな街なのに、おいしくないんだって」


 エヴァンはそんなこと思ったことがなかった。


「普通においしいと思うが」

「そりゃ、あそこのしか食べたことがないからでしょ」

「お前、グリフィン商会だもんな。いい物、食べてたんじゃないのか?」


 カミラは、お嬢様なのだ。


「そんなことないと思うよ。別にお金が有り余ってたわけじゃないし」

「そうなのか?」

「だって、どれだけ売れたってまた新しく商品を買い付けたりしないといけないから、純粋な儲けはそんなに出ないよ。あったところで、お父さんがみんな商売にまわしちゃうから、家が贅沢することはなかったんだよね」


 商売のことはわからない。これまで縁がなかったし、これからもないだろう。


「でも、商人って貴族と会ったりするんじゃないのか? だから、それなりに贅沢してるんだと」

「それは、貴族と関わるものを売ってる人でしょ。きれいな服とか、宝飾品とか。だけど、冒険者用の武器を貴族が買うことはないよ。まあ、貴族の護衛の人が来たことはあったけど、でもそんなかしこまる場じゃなかったし」

「商人って言ってもいろいろあるんだな」


 カミラがうなずく。


「魚食べたことないってことは、あれもないでしょ? 食べてみる?」


 カミラの指の先には、何かを焼いている屋台。


「あれは……貝か?」

「そうだよ」

「あれって、食べるもんなのか?」


 知識としては知っている。見たことがないわけでもない。だが、食べるものだとは思わなかった。


「食べないんだったら、なんだと思ってたの?」

「いや……、装飾とかに使うのかと」

「まあ、そういう使い方もあるけどね。海の近くでしか食べられないから、私もしばらく食べてないんだよね」


 カミラが二つ買ってくる。


「悪いな。あとで金は返すから」

「別にいいよ。昨日の宿代はエヴァンに出してもらったし」


 貝を受け取る。


「これ、どうやって食うの?」

「こうやって、中身だけ」


 カミラが貝の身を食べる。それを真似して、口に入れてみる。


「あつっ」


 中から汁が出てくる。


「でも、うまいな」


 魚とは全然違う風味と、食感。だが、塩味という意味では同じだ。


「おいしいでしょ? この食感がいいんだよね」

「ああ。こんな感じのやつは、初めて食べた」

「これが旅の醍醐味だよね。他では食べられないものを食べられるんだから」


 カミラは本当においしそうに食べる。食べるのが好きなのだろう。


「あんまり考えたことなかったな。依頼のことしか考えてなかったし」

「もったいないよ、それ。ついでならいろんなところ見てまわればいいのに」

「そうだな。今回は王都でゆっくりするか」


 それはそれで楽しいかもしれない。


「エヴァンさん!」


 カジェに着いたときに、声をかけてくれたおじさんが近づいてくる。


「船、移動させ終わりました。他に何かありますか?」

「ありがとうございます。大丈夫です」


 海を見る。これから、あそこで戦うのだ。


「では、あなたも海に近づかないようにしてください。終わり次第、俺が声を掛けます」

「お願いします」


 来た方向に戻っていく。


「カミラ、アリシアに。お前も海には近づくなよ」

「わかった」

「それじゃ、あとでな」


 カミラが海とは反対の方向に歩き出す。


「さて、行くか」


 もう、やるしかない。

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