7. カジェ編
タイトルをギアトーレ編からカジェ編に変更しました。
依頼を受けてから二日経った朝。
「すごい! 立派な馬!」
結局カミラもアリシアも馬に乗れることがわかり、三頭借りた。
「乗るのなんて久しぶりね……」
アリシアがあくびをかみ殺して言う。
「寝てないのか?」
アリシアの目の下には隈がある。おまけに、昨日の晩も家に帰っていないようだった。
「少し寝不足なだけよ。大丈夫」
「ならいいが」
黙って無理をしていそうで、少し怖い。
「巫女って馬に乗れるもんなの?」
「私はいろんな場所に行くことが多いから、乗れるだけよ。普通の巫女はひとつの町に居続けるから、馬には乗れないわ」
エヴァンとしては、カミラが馬に乗れることが意外だった。どうやら、それも父親に教わったらしい。ぜひとも、カミラの父親に一回会ってみたい。
「でも、ギアトーレに来てから乗ってないから、久しぶりではあるね」
「たぶん、俺が一番乗ってないだろうな」
ユリシーズに負けたあと、一度も乗っていない。ということは、一年以上は乗っていないわけだ。
「乗らなくても、乗れなくなるものではないから、いいけど」
馬にまたがる。高さに少し恐怖を感じるが、乗り方は体が覚えている。手綱を持つ。
「アリシアのローブって下の方だけ開くとかできるんだね」
「そうじゃないと、馬に乗れないでしょう」
足まであるアリシアのローブは、腰のあたりから前が開いていた。足を広げて馬にまたがるのだから、当たり前だが、初めて見た。
「カジェは行ったことないんだけど、二人はあるのか?」
「私はないわね。王都は行ったことあるけれど」
「何回か行ってるから、私が案内しようか? 家は王都だけど、カジェに近い方だし、ここからの道はわかるから」
いくら地図を持っていても、やはり実際に道を知っている人がいると心強い。
「じゃあ、頼む」
「うん。任せて」
カミラが、馬を歩かせ始めた。
夕方に、カミラが音をあげた。
「もう無理、お尻が痛い。足も疲れたし」
馬はお尻に直に振動が伝わる。一日中乗っていると、最初に限界が来る。
「俺も疲れたしな、ここで休むか。馬もかえた方がいいか?」
「軍に一回返した方がいいと思う。正しい世話の仕方なんて覚えてないし」
エヴァンも覚えていない。というか、知らない。エヴァンが馬に乗るときは、町ごとに馬を乗り換えていた。だから、自分で世話をしたことはないのだ。
「軍の馬に何かあったら問題だから、返した方がいいわ。盗まれたりしたら大変だもの」
「そうだな。じゃあ、そこの軍で返してくるか」
幸い、軍の屯所は近そうだ。それに、近くに宿も多い。テントに泊まるのでもいいが、宿があるならちゃんとしたところで寝たい。テントの中の居心地がどれだけよかろうが、宿がいい。それはもう、気分の問題だ。
馬を返し、宿を取る。エヴァンが一部屋、カミラとアリシアで一部屋だ。一つ目に行った宿で部屋が取れたのはありがたかった。思いのほか、足が疲れている。座ったら、立ち上がれなくなりそうだ。
エヴァンの部屋に、荷物を部屋に置いてきたカミラとアリシアが入ってくる。
「絶対明日筋肉痛になるんだけど」
「カミラはもう少し鍛えるべきだな。だけど、俺もしんどい」
「だって、剣使ったり走ったりするときと使う筋肉の場所違うじゃん。馬なんてめったに乗らないんだし」
アリシアも脚をさすっている。
「私もさすがにしんどかったわ。カミラ、あとで脚揉んであげるわよ。少しは楽になるわ」
「ほんと? 助かる」
「なあ、アリシア。カジェに俺と行っても問題ないのか?」
カジェに行くことが決まってから、アリシアとゆっくり話す暇がなかったから、確認できなかったのだ。正確に云えば、最後にゆっくり話したのは、グリフィン商会の店に行った話をしたときだ。
自由な冒険者であるエヴァンとカミラと違い、アリシアはなかなかに忙しそうだ。
「どういう意味?」
「カジェには海を信仰している人がいるらしい。その人たちを刺激することにならないか?」
「ああ、そういうこと? 問題ないわよ。カジェにだって教会はあるし、王の命令であることはカジェの人も知っているんでしょう? 教会であろうと、王の命令に逆らえないことは変わらないわよ。神に逆らわない限りね」
それなら、よかった。ギアトーレの支部長に「刺激するな」と言われたときから、気にかけていたのだ。
「それに、どうせ、誰も見ていない状態でやるんでしょう? 私がいても誰も見ていないんじゃないかしら?」
「どういうこと? 誰も見てないって、夜にでもやるつもり? 危なすぎない? それって」
「夜にやるのは自殺行為だな。そういうことじゃなくて、巻き込まないように海には近づかないでいてもらう。リヴァイアサン相手に手加減する余裕はないからな、俺の魔術が下手な方向に跳ぶ可能性がある。リヴァイアサンの攻撃をおさえきれない可能性もな」
むしろ、攻撃が行ってはいけないところに配慮する方が戦いにくい。
「だから、カミラとアリシアも離れてろよ。守る余裕はない」
「……いちゃダメ?」
「駄目だ。俺もリヴァイアサン相手は初めてなんだよ。どうなるかわからないから、危ない」
それだけは、譲れない。怪我をさせるわけにはいかない。いくら、治療できるといったって、それだけは嫌なのだ。
「……わかった」
カミラが不服そうに、だがうなずく。
「でもさ、そんなに大変なら、何で他のA級は来ないの? 王様の命令なんでしょ? もっと人が来てもおかしくないと思うんだけど」
その疑問はもっともだ
「他のA級には向いてない。それに、人数が多ければいいわけじゃないんだよ。今回は」
「何で?」
「海には足場がないから。だから、人数が多くても、陸から長距離の攻撃をするしかない。それくらいの援助なら、ない方がやりやすい。それに、A級の二人のうち一人は剣で戦うから、足場のない海には向かない。もう一人は、リヴァイアサンを倒すには火力が足りないからな」
別に、A級の二人がエヴァンより弱いというわけではない。向き不向きの問題だ。
「そしたら、エヴァンはどうやって戦うの?」
「俺は、海底の砂を使う。それしかない」
土魔術で、足場を作りながらやるしかない。
「普段以上に魔術を使うから、ちょっと不安ではあるけどな」
「エヴァン、死んだら許さないから。絶対無事で勝ってきてよ」
「わかってる」
カミラの必死な声が胸に痛い。置いていかれる方が、よっぽど怖いだろう。そう言ってカミラは死の領地まで一緒に来たのだから。
「エヴァンなら大丈夫よ」
アリシアが根拠のないことを言うのは珍しい。
「大丈夫なんでしょう?」
「ああ。大丈夫だ」
信じてくれているのなら、答えないといけない。エヴァンとて、ここで死ぬ気はさらさらない。
「安心しろ。必ず勝ってやるから」
カミラの頭をなでる。
「頑張ってね」
カミラの頭が、エヴァンの手にすり寄った。無意識なのか、その動作がかわいらしい。
「ああ」
アリシアがあくびをした。
「アリシア、眠いの?」
「少し、寝不足で。休んできていいかしら?」
「それだったら、私も部屋に戻る。マッサージしてもらわないといけないし、私も疲れてるし」
カミラとアリシアが立ち上がる。
「じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
明日には疲れが取れていることを祈る。まだ若いから大丈夫なはずだ。そんなことを言ったらアリシアに怒られそうだが。女性の前で年齢の話をするものではない。それくらいの配慮は、心得ている。




