5. ギアトーレ編 Ⅱ
テントの中に入ったが、今夜はお酒を飲んでいないため、あまり眠くない。
「エヴァン、もう寝る?」
「もう少し起きててもいいかなって思ってるけど」
「じゃあ、私も起きてようかな。まだ眠くないし」
カミラが椅子に座る。エヴァンもその向かいに座った。
カミラも眠くないらしい。そもそもアリシアは寝るのが早い。朝がカミラとエヴァンより早いのだから当たり前だが。
それに比べると、エヴァンとカミラは夜に起きていることが多い。
「それにしても、エヴァンって軍に顔が利くの? お世話になったことでもあるの?」
「軍に世話になったって、嫌な言い方だな」
まるで、逮捕されたかのような言い方ではないか。
「だって、軍の屯所に入った瞬間、『あ、エヴァンさん』って言ってすぐに奥に通されそうだったじゃん。それをエヴァンが断っただけで」
「まあ、A級だからな、俺は」
「それが何か関係あるの?」
「ちょっと面倒な話だぞ」
カミラがうなずく。エヴァンは、こめかみを指で触った。アリシアと違って、説明は得意ではない。
「そもそも、軍人と冒険者の違いは知ってるか?」
「えっと……。軍人は人が相手で、冒険者は魔物と魔族が相手、だっけ?」
「そう。それが原則だな。それの例外がA級冒険者だ」
カミラの頭に疑問符が浮かぶ。
「説明が行ったり来たりするかもしれないけど、それはごめん」
一応、前置きだけする。
「冒険者は魔物と魔族だけを相手にする。だから、人を相手にするのは禁止されてるんだ。国全部をまき込むような大戦でなければ、戦争とか反乱が起きたときに冒険者は参戦してはならない」
「それに対応するのは軍人だから?」
「ああ。だけど、A級冒険者は違う。簡単に言うと、戦争が起きたら戦場に駆り出されるし、反乱が起きたら鎮圧に力を貸す。つまり、軍の手伝いをする義務がある」
カミラがうなずいた。きちんと伝わっているらしい。
「何でA級だけ?」
「自分で言うのはなんだけど、強すぎるからだな。A級が本気を出したら、町のひとつやふたつ、一日でなくなる。それだけの力を使わないのは馬鹿らしい」
「エヴァンならそれくらいできそうだね……」
やろうとは思わないが、A級の三人が力を合わせれば国ごとなくなるかもしれない。
「俺が冒険者になる前だけど、反乱の鎮圧に駆り出されたことがあったらしい」
詳しく聞いたことはないが。
「話変わるかもしれないけど、A級って条件何なの?」
「厳密に言うなら、軍人十人でも敵わないって判断されたらA級になる」
「どういうこと?」
どういうこともなにも、そのままである。
「冒険者が刃向かったときに、軍人十人で押さえられるかどうか、が境目なんだよ。それが不可能だとされたらA級。その代わり、軍から監視される」
「待って。根本的なことを聞くけど、冒険者と軍って対等なの? それだったら、強制はできないよね?」
「そこから説明した方がよかったか」
もう一度、頭を整理しなおす。
「立場は軍の方が上だ。さっき、軍人と冒険者の違いを聞いただろ?」
「うん。相手が違うって言ったね」
「それだけじゃなくて、一番はシステムなんだ。軍人は国に雇われている。だから、成果とかに関係なく、毎月一定の給料をもらっている。その代わり、戦争とかの有事のときには、命を投げ出してでも国を守らないといけない。簡単に言うと、国に雇われてるんだな。だから、戦う義務がある」
それだから、エヴァンは軍に入りたくなかったのだ。規則が多いところはめんどくさい。そういうのは向いていない。
「それに対して、冒険者はもっと自由だろ? ギルドに雇われているわけじゃない。成果に応じて金はもらえるけど、それも義務じゃない。金がどうしても欲しいのなら危険を冒してもいいし、そこまで金が必要ないのなら少し魔物を倒すだけでもいい。どうするかは全部冒険者に委ねられている」
「つまり?」
「つまり……、軍は国に縛られているが、冒険者はそういうわけじゃない。というわけで、必然的に軍の方が立場は上になる」
カミラがうなずいた。理解してくれているらしい。よかった。
「だから、冒険者は常に軍に監視されている。ギルドを通して、だけどな」
「監視されているの?」
「武器持ってるんだから当たり前だろ。どこか他の町に行くときもギルドに申請しないといけないし、他国に行くことは許されていない。それは、ギルドが、まあつまり軍が冒険者の居場所を把握するためなんだ」
そして、小さな罪、例えば盗みだけでも、冒険者の資格ははく奪される。武器を持つことには、それくらいの責任が生じる。だが、冒険者はみんなそれくらいは当たり前だと思っている。冒険者が団結して反乱を起こしたら、相当な勢力になることをわかっているからだ。
「だから、A級は軍に命令されて駆り出されるってこと?」
「ああ。だから、俺は軍に顔が利くし、ちょっとしたことなら優先して協力してくれる。あっさり俺の質問に答えてくれたのも、そういうことだ」
「大変なんだね、A級って」
エヴァンは首を横に振った。
「普段はさして意識することないからな。それに、義務がある代わりに、他の冒険者よりも権利を持ってる」
「権利? どんな?」
「一言で言うなら、人を殺す権利」
カミラの目が見開かれる。身を乗り出してくる。
「エヴァンって人殺しても捕まらないの!?」
「違う違う。俺の言い方が悪かった。そういうわけじゃない」
「どう考えても、エヴァンがそう言ったでしょ」
エヴァンは部屋の壁に立てかけてある剣を指さした。
「例えば、俺があの剣でカミラを襲ったとする。そのときにカミラが自分の剣を抜いて俺を殺したら、それは罪にはならない」
「正当防衛だもんね」
「だけど、例えば俺がアリシアをこれで襲ったとする。それをカミラが止めようとして俺を殺したら、それは罪になる」
カミラが首を傾げた。
「私は関係ないから?」
「ああ。普通は許されない。それが許されるのは軍人とA級冒険者だけだ。軍人は市民を守ることを目的としているから、市民が傷つくとなったら犯人を殺してもいい。で、A級冒険者もそれと同じ権利を持つ」
「あ、そういう意味? うん、安心した」
意味もなく人を殺したら捕まるに決まっている。むしろ、普通の人よりも罪が重いかもしれない。
「その代わり、他の冒険者よりは監視されてる。だから、俺は毎日ギルドに顔出してるだろ? ダンジョンに入ってないときは」
「そうだね。そういえば。別に毎日行く必要はないんだけど」
「A級は、ダンジョンに居ない限り、毎日行かないといけないんだよ。まあ、移動中に近くにギルドがないときは仕方ないけど、そのかわり自分がとこにいるのかは逐一報告しないといけない」
カミラが目をこする。
「なんか、面倒だね」
「だから、面倒な話になるって言っただろ」
「そうじゃなくて、いろいろやらないといけないの。私はもっと気楽だからね」
少ししゃべり方が舌足らずになっている。眠いらしい。エヴァンはつられるようにあくびをした。
考えてみれば、アリシアの家を出てからかなり時間が経っている。
「寝るか?」
「んん、寝る」
カミラが立ち上がる。
「おやすみ」
「ん。おやすみ」
明日の朝、起きられる自信がない。




