4. ギアトーレ編 Ⅱ
グリフィン紹介の店は、朝早くから開いていた。
どっしりとした構えは、さすが、の一言に尽きる。
「ここは来るの初めてなんだよね」
「来た事なかったのか?」
「うん。いくつかの店は行ったことあるんだけど、ここは初めて来た」
「でも、店なんてどこも同じだろ?」
そう言うと、カミラが首を横に振った。
「場所によってけっこう違うよ。需要によって売る物も変えるからね。あと、海の近くだと金属が錆びやすいから、ここよりいい剣が多かったり」
「そんなもんか」
エヴァンは依頼でギアトーレから離れることはあっても、店にはほとんど立ち寄ったことがない。だから、カミラにそう言われてもはっきりとした反応は返せない。
「緊張するなあ……」
「自分の家の店だもんな」
「せめて知ってる店員さんがいればいいんだけど」
カミラは昨夜もそんなことを言っていた。
「店員さんは知り合いの人が多いのか?」
「そういうわけじゃないけど、でも店長になる人は一回王都の本店で教育されるから、そのときに会ったことがある人はいるよ」
「さすがはグリフィン商会だな。教育までされるのか」
カミラが扉の前で深呼吸をする。
「よし」
何をそんなに気合を入れているのか知らないが、頬を一回叩くと、扉を押し開いた。
扉につけられ鈴が心地よい音を出す。
「いらっしゃいませ」
店員がカウンターから挨拶してくる。店に客はいない。
手近な剣を手に取ったカミラは、鞘から抜き、眉を寄せた。剣を鞘に戻す。
『エヴァン、これ持ってみて』
『いいけど』
なぜテレパシーなのか、と思いつつ剣を受け取る。
重さはエヴァンの剣と同じくらい。鞘から抜いてみる。手にかすかな違和感。
『どう?』
『少し引っかかるな。気になるほどでもないけど』
『反りが合ってないんだよね。剣と鞘の』
鞘に戻す。やはり、どこかなめらかにいかない。この程度で実践に差が出るとは思えないが、剣を中心に戦う冒険者は気にするかもしれない。
『らしくないな』
『うん』
たぶん、これくらいの剣なんてどこにでも売っている。安い剣なら、これよりもひどいものがあるかもしれない。そういう意味では、気にするほどのものでもない。だが、これはグリフィン商会の剣なのだ。
『グリフィン商会は値段は高い分、クオリティは高いからな』
『そうなんだよね。こんなもの、店に出すはずないんだけど』
『いちいちチェックするのか?』
カミラは他の剣を手に取る。まだ、眉は寄せたままだ。
『全部っていうわけじゃないけど、少なくとも店長とか店員がある程度はチェックするよ。さっき言ったけど、店長は本店で鍛えられているから、こんなもの店に出したりしない』
『ここの店長の実力がないとか? いや、それはないな』
ギアトーレは冒険者が多い。そのぶん、実力がある人も当然多くなる。だから、中途半端な品を出すはずがないし、実力のある店長を配置するだろう。
『これなんて傷がついてるし。ありえないんだけど』
『まあ、一回落ち着け』
カミラは店内を見渡し、ため息をついた。
『傷がついてるの、これだけじゃないね。どういうことなんだろう?』
『店員に聞くか?』
店員はカウンターから動いていない。
『文句言うだけの客とは思われたくないんだけどね……。それに、何かあったんだとしたら、店員が知ってるとは思えないな。どっかもっと根本的なところで問題があるのかも』
『他の店も確認するか?』
『そうだね。その方がいいかも』
カミラが扉を開ける。外に出ると、扉が閉まった。
「信じられないんだけど。どういうこと?」
「俺に聞かれても困る」
カミラは明らかに怒っている。自分の家と商品に誇りを持っているのだろう。
「問題があるって言うなら、父親か母親にテレパシーをしたらどうだ? 連絡してくるなって言われてるんだとしても、聞いてくれるだろ」
「そうだね」
カミラがエヴァンから視線をはずす。
しばらくして、口をとがらせた。
「駄目だ。繋がらない」
「となると、どうしようもないな」
「いい加減なことやってるなら、ひっぱたいてやる! って言いたいけど、お父さんがこんなことするはずないんだけどな……。やっぱり何かあったのかな?」
カミラの顔がだんだん不安に曇ってくる。
「とりあえず、他の店を見に行くか? もしかしたらここだけかもしれないだろ?」
「……うん」
カミラが小さく頷いた。
その夜。
「それで、今度は何の用かしら?」
と言うアリシアに、グリフィン商会での話をする。
「で、近くにあるもう一つの店にも行ったけど、同じありさまだった」
「傷があるやつがあまりに多くて。うっかりどこかでぶつけたにしても、数が多すぎるんだよね。それに、反りが合わない剣もいくつもあったし」
「それを私に言われてもどうしようもないわよ」
そりゃそうだ。アリシアにはどうしようもない。
「いいの。とりあえずしゃべりたかっただけだから」
「まあ、いいわよ。忙しいわけじゃないわ。それで、そのあとどうしたの? まだ続きがあるんでしょ?」
「ああ」
二軒目を見たあと、エヴァンは軍の屯所に行った。そこで、グリフィン商会に何かなかったか聞いてみたのだ。
「で、特に何もなかったらしい」
「そう」
「ひとつ言われたのが、荷馬車の数が減ってるってことだった」
ギアトーレに入ってくる荷馬車は、すべて入り口で軍にチェックされる。
「それは、たまたまではないのね?」
アリシアの目は心なしか鋭い。
「ああ。半年と少しくらい前から減ってきていて、今は前の半分以下だってさ」
「どこかの店がつぶれたとかいうわけじゃないのに、減ってるんだよね。どうりで、傷のある商品が多いんだって思って」
「どういうこと?」
カミラは椅子の背もたれにダランともたれて言った。
「荷馬車が減ったのに、ギアトーレに入ってくる商品の数は減ってない。っていうことは、無理に荷馬車に詰め込んでるってことでしょ。そんなことしたら、中でぶつかりやすくなるから、傷がつくのもしょうがない。剣の反りも、衝撃で何かあったのかもしれない」
「空間収納ってことは考えられないのか?」
「それはないよ。たかが荷物運ぶのにお父さんが出張ることはない」
カミラがため息をついた。あまりため息をつかないカミラが、今日は数えきれないほどため息をつく。
「お金がないから運搬にかかるお金を減らそうとしたんだろうけど、それだったら商品の値段を少し上げてでも、クオリティを保つべきだと思うんだよね。グリフィン商会はクオリティが売りなんだから」
「話はだいたいわかったわよ。それで、二人はどうするつもりなの?」
アリシアにはお見通しらしい。エヴァンとカミラがじっとしている気がないということは。
「私の実家に行って、話を聞いてくる。そんなに行き詰ってるのなら、助けてあげたいし、私がのんびり冒険者なんてやってる場合じゃないから」
「ということだから、俺も一緒に行く」
「アリシアも来る?」
断るだろうと思った。ギアトーレ所属のアリシアが、浄化の依頼でもないのに移動するとは思えない。だが、
「ええ。行くわ」
迷うことなく、そう答える。
「来るのか?」
「王都には少し用事があるから、ちょうどいいわ」
「じゃあ、また三人だね」
カミラが嬉しそうに言う。
エヴァンとしても、アリシアがいると心強い。
「なんか、ついこの間ギアトーレに戻ってきたばかりな気がするんだけどな」
「一カ月は経ってるでしょ。それに、ギアトーレにいないといけないわけじゃないし」
「まあな」
冒険ギルドに言いさえすればどこにでも行けるのだから、気楽な身分である。
「アリシアは、いつなら出られる? エヴァンと私はいつでもいいんだけど」
「そうね……。二・三日待ってくれる? 教会の用事を片付けてくるわ」
「わかった。急がなくていいからね」
アリシアがうなずく。
「大丈夫よ。そんなに仕事はないから。用意ができたらそう言うわ」
「了解。じゃあ、それまで俺らは休むか」
「下手に怪我したくないしね。治してもらえるとはいえ」
アリシアがあくびをする。
「ごめんね、夜遅くまで話しちゃって」
「気にしてないわ。私は寝るけど、二人はご自由に」
昨夜と同じ流れである。
というわけで、エヴァンとカミラはアリシアの家を出た。




