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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第二部
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3. ギアトーレ編 Ⅱ

ノックをすると、アリシアが出てくる。


「本当に来たのね。上がって」


 カミラとエヴァンが何度も来るものだから、アリシアの家には椅子が三脚ある。


「ワインはどうだった?」

「カミラが当てた」

「すごいわね」


 アリシアが机に水を出す。カミラとエヴァンが隣合わせに、アリシアが向かいに座る。


「そういえば、アリシアって親いるのか?」


 そういう話は聞いたことがない。聞いてはいけないことだったら、謝るしかないが、アリシアは怒らないだろう。


「いるにはいるんでしょうけど、覚えてないわよ」

「悪い。聞かない方がよかったか」

「別にいいわよ。聖職者はみんなそうだから」


 アリシアはいつもと変わらないトーンで言った。


「聖職者はみんなそうってどういうこと?」

「子供が生まれたら、教会に行くでしょう? そのときに、聖職者の素質のある子は教会に預けられて、親から離されるの。だから、覚えてないわよ」

「じゃあ、ずっと教会なんだね」

「ええ」


 酔って火照った体に、冷たい水が心地いい。


「どうしていきなり親の話になったの?」

「私の親が商人だっていう話をしてて、その流れで」

「商人の娘なの?」


 アリシアも知らなかったらしい。


「そうだよ」

「私、てっきりあなたが一人っ子だと思っていたけど、兄弟がいるの?」

「一人っ子だけど? 言ってなかったっけ?」


 エヴァンは思わず眉を寄せた。アリシアもそんな顔をしている。


「聞いてないわよ。それにしても、本当に一人っ子なのね?」

「そんなに重要? 私に兄弟がいるのかなんて」

「カミラが一人っ子だとしたら、何で冒険者なんてやってるんだ? 商売を継ぐ人がいなくなるだろ」


 冒険者なんて明日もしれない職業なのだから。


「まして、血術をふたつも持ってるんだから、カミラが継がない手はないだろ? なのに、何で冒険者?」

「ああ、そういうこと? 親にねえ、いろんな経験積んで来いって言われたんだよね。それで十八歳になったときに追い出されて」

「冒険者になってこいって?」


 カミラがうなずく。


 納得がいかない。経験を積むにしても、冒険者は危険すぎる。


「カミラ、そんなことができるっていうことは、比較的大きいお店よね? なんていうの?」

「グリフィン商会」

「はあ!?」


 思わず大きな声を出してしまう。


「本気か?」

「こんなところで嘘つかないってば。私の本名カミラ・グリフィンだし」

「本当に、グリフィン商会の一人娘なのか……。そしたらお前、お嬢様じゃないか」

「まあ、そうとも言うね」


 グリフィン商会は、冒険者向けの商品を扱っている。剣や防具はもちろん、魔石や野宿のための道具なども扱っている。そして、ギアトーレにもいくつか店がある。タルア全体で言ったら、けっこうな数の店舗があるんじゃないだろうか。


 要するに、知らない者はいないくらい大きい商会なのだ。


「信じられないな……」

「失礼な。本当だってば」

「いや、疑ってるわけじゃないんだけどな」


 だが、そうだとしたらどこか世間知らずな態度もうなずける。大事に育てられてきたのだろう。


 そして、目利きの才能も。


「おかしいとは思ってたんだよな。オリハルコンを扱う店なんてほとんどないから、それをあんなに簡単に見分けられるとなったら、それなりの店だろうとは思ってたんだが」


 ワインに関してもそうだ。普通の人はめったに口にしないもの。それをあっさり当てたのだから、カミラはそれなりにワインを飲んだことがあるということになる。


「エヴァンは買ったことある? グリフィン商会で」

「何回か。けっこういい値段はするが、物はかなりいいからな。長く使えるし。この剣も確かそうだぞ」

「冒険者からもらったんじゃないの?」

「くれた人は、グリフィン商会で買ったらしい」


 値段は聞かなかったが、かなり高かったんじゃないだろうか。


「まあ、ここまでいいミスリルはそこらにはないだろうからね」

「グリフィン商会って、どこかで最近聞いたわね……。何の話だったかしら」


 ずっと黙っていたアリシアが、そうつぶやいた。


「グリフィン商会の名前なんて、しょっちゅう聞くけど」


 冒険者の憧れの店だ。ギルドにいれば、よく名前を聞く。


「私は冒険者じゃないもの。そういうことで聞いたわけじゃないわよ。……思い出せないわ」

「珍しいね。アリシアがそんなこと言うなんて」

「私だって、一回聞いたことを覚えられるわけじゃないわよ。でも、大したことじゃなかったのかもしれないわ」


 重要なことだったら、覚えている自信があるんだろうか。アリシアらしい。


「それより、どうしてカミラを手放したのかが気になるわね。これ以上いい人材なんていないでしょう」

「だよなあ。テレパシーにせよ空間収納にせよ、商人としてはかなり使い勝手がいいだろうし、カミラは目利きの能力もある。というか、父親がわざわざ鍛えたのに、あっさり手放すのはおかしい」

「いろんな経験積めって言われただけなんだけどなあ」


 カミラも不思議そうだ。


「経験積ませたいだけなら、護衛くらいつけるだろ。お前、俺に会うときもう少し遅かったら死んでたんだから」

「それはそうなんだよね……」

「やっぱり、おかしいわよね。何か事情があるのかしら?」


 誰も答えられない。


「明日行ってみるか?」

「行くってどこに?」

「グリフィン商会の店」


 カミラが首を横に振った。


「私の実家って王都だよ? いくら頑張ったって、明日に行けるわけないでしょ」

「俺は、グリフィン商会の店って言っただろ。ギアトーレにも何軒かあるだろうが」

「そっち? うん。この辺りにも一つあったと思うけど」


 それよりも、カミラの実家が王都にあることが、驚きだ。さすがグリフィン商会。


「事情は聞けないと思うけど、もしかしたら何か少しくらいは話を聞けるかもしれないだろ? 行く価値はあると思うが」

「そうだね。行ってみようかな。全然顔出してないし、顔なじみの店員さんだったら、いろいろ話せるだろうし」

「そもそもよ、カミラ。テレパシー持ってるのに、親と連絡はつかないの?」


 それを忘れていた。確かにそうだ。


「テレパシーしてくるなって言われてるから」

「そうなのか?」

「だって、いつでも連絡していいってなったら、親を頼っちゃうでしょ? そういうことなんじゃないかな。直接言われたわけじゃないけど」


 その理論はわかる。だが、何か腑に落ちない。


「あ、でも帰ってこいって連絡はテレパシーでしてくれるって言ってた。まだ来ないけど。私が経験積んだって思ったら、呼び戻されるんじゃない?」


 そう言うカミラはどこかさみしそうな顔になった。


「商人になるって育てられたから、家の仕事をするぶんには文句はないんだけど、二人に会えなくなるって思うと嫌だね。冒険者も楽しいのに」

「安全な仕事ができるのなら、それに越したことはないだろ。それに、会いに行くくらいはできるから」


 エヴァンは冒険者としてしか生きられない。だが、違う道があるのなら、カミラにはそっちを行ってほしい。怪我をしたりするところは、見たくない。


 アリシアがあくびをして立ち上がる。


「私はもう寝るわ。二人は起きていてもいいわよ」


 教会は朝が早い。アリシアも仕事があるのだろう。


 エヴァンもつられるようにあくびをした。夜も遅い上、酒のせいで眠くなっている。


「俺らも寝るか」

「さすがに寝る場所はないわよ」

「大丈夫。前みたいにテントで寝るから」


 監視という目的でここに泊まったとき、外でテントを出して寝た。あの時はカミラとアリシアの空気が微妙だったから外に出られたのはありがたかったが、今はそういう思いはない。


 だが、さすがに一人で暮らしている女性に寝る場所まで借りるのは非常識だ。


「そう。おやすみ」


 アリシアが奥に消える。


 椅子から立ち上がったエヴァンは、思わず机に手をついた。


「大丈夫?」

「ああ。思ったより酒が回ってるだけだ」


 カミラは平然としている。


「お前、俺より飲んだくせに、よく平気でいられるな」

「酒は強いから。っていうか、エヴァンが弱いんでしょ。そんなに飲んでないじゃん」


 おっしゃる通り。エヴァンが飲んだ量はたいして多くない。


「……待てよ」


 カスミがかかる頭で考える。


「おまえ、十八歳で家を出たんだよな?」

「そうだよ」

「それで、ワインの目利きができた、と」


 カミラがうなずく。


「いつから飲んでたんだ?」

「いつだろうね……」


 カミラがごまかすように笑った。


「酒は十八歳にならないと飲めないだろ」

「まあまあ、過ぎた話だから」


 それはそうだが。


「エヴァン、歩ける?」

「大丈夫だ」


 これしきの酒で支えてもらうのは、さすがに恥ずかしい。


 今晩は、テントが遠く感じた。これだから、酒はあまり好きではないのだ。



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