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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
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3. ギアトーレ編

 二人は夜の街を歩いていた。


「あっちってなにもないよな?」

「あっちの奥?」


 エヴァンは道の奥を指さした。人はまばらで、店もないあたりだ。


「山になってるところならお墓があるよ。無縁墓地だったかな。それ以外には何もなかったと思うけど」

「そう……か」

「何で?」


 エヴァンは首をかしげながら言う。


「ダンジョンと同じ雰囲気がある気がするんだけどな」

「ダンジョン?そんなものあるわけないでしょ。私は何も感じないけど」

「じゃあ気のせいか」


 何かがしっくりこない。


「行ってみる?」

「そうだな」


 どうせ急ぎの用事もない。




 店が無くなり、あたりが暗くなる。頼りになるのは月明かりしかない。


「何もなさそうだけどね」


 そのとき、全身に悪寒が走った。


「下がれ!」

「え? キャアアアアア!」


 奥から人が斬りかかってきた。

 エヴァンはとっさに眼帯をはずしてしまう。


「くっ……!」


 相手のうめき声に我に返り、眼帯を戻す。相手はエヴァンから距離をとったが、剣は構えたままだ。


「誰だ?」

「何者なの?」


 声が交差する。先に口を開いたのはエヴァンだった。


「そっちから斬りかかってきておいて、その質問はないだろ」

「あなた、人間じゃないでしょう。何者なの?」


 その声は女性のものだった。白いローブを着た女性が、剣を中段に構えている。


「……俺は人間だが」


 エヴァンは背中にへばりついているカミラに声をかけた。


「視界、やってくれ」

「へ?ああ、慌てたから止めちゃったか。ごめん」


 普通に返事をしたカミラは、


「いやいや、え?」


 とこぼした。


「どういう状況?何で襲ってきた人と普通にしゃべってんの?」

「……普通じゃないだろ」

「そちらは、普通の人間なのね」


 何かわめこうとするカミラの口を押えて黙らせる。


『誰なの、これ?』

『話が進まないから、ちょっと黙ってろ。俺もよくわからん』


 カミラがうなずく。


「普通の人間って、どういう意味だ? 俺は何に見えている?」

「それだけの邪気を放っておいて、人間だなんてあり得ないのよ。それも、そこらの魔物とは比べようもないほどの邪気よ。何者なの、あなた」

「邪気を、放ってる?」


 女性はエヴァンから目を離さないまま言った。


「ええ。今でもうっすら放ってるわよ。眼帯をとったときは、もっとすごかったけれど」

「……お前は巫女か?」

「ええ」


 よく見れば首にラミ教のシンボルである銀の羽を下げている。ローブも聖職者のものだ。


「お前は、この目が何かわかるか?」

「ある程度は。少なくともあなたよりはわかっていると思うわ」


 嘘はついていなさそうだ。


「じゃあ、取引だ」


 エヴァンは自分の目を指差す。


「俺がどういう理由でこうなっているのかを話す。その代わり、この目が何なのかを教えてくれ」

「それは成立しないわよ」


 相手は即答する。


「教会は、ある程度の権限を持つわ。邪気を放つあなたを拘束して、尋問するくらいのことは可能よ。だから、それでは私に得がない」

「それは違うだろ」


 エヴァンは薄く笑う。相手を挑発するように。


「俺を、拘束できると? 俺が本気で抵抗したら、できないだろ?」


 不敵に見えるように、わざと言葉を区切って言う。相手が眉をひそめ、ため息をついた。


「……わかったわ。その条件で飲みましょう」

「むうう」


 カミラがうなる。正確に言えば、これまでもモゴモゴしていたのだが、無視していたのだ。


 とりあえず話が終わったので解放してやる。


「いいだろ? カミラ?」

「むう」


 不満げな、カミラは


「……わかった」


 とつぶやいた。


「ああ、失礼」


 女性がカミラに近づき、剣を首に当てる。


「え?」

「何のつもりだ?」

「まだ信用できないもの。少しでも変な動きをしたら、この女性の首を斬るわ」


 本気の声。カミラは、刺激しないようにか、黙っている。


「じゃあ、お前が何かしたら、俺がお前を殺す。それでいいんだな?」

「ええ」


 カミラの目に女性の顔は見えていない。だから、エヴァンも彼女がどんな表情をしているのかがわからない。ただ、冗談ではないことはわかった。


『エヴァン、これ、大丈夫なの? 殺すって本気?』

『殺意はなさそうだから大丈夫だろ。抵抗せずに大人しくしてろ』

『わかった』


「ここじゃ暗いから、移動しましょう」

「どこに?」

「近くに私の家があるわ。ついてきて」


 エヴァンに背を向ける。それは、エヴァンが何かしようとしたらカミラの首を斬るという事実を、改めてエヴァンに伝えていた。




 連れてこられたのは、小さいがきれいな家だった。


「武器はそこにおいてちょうだい」


 戸を閉めた後、玄関を示される。女性はカミラの首から剣を離し、彼女も剣を床に置く。


 そのとき、赤く染まった手袋が見えた。本来白いはずの手の平の部分が、真っ赤に染まっている。


「怪我か?」

「たいしたことはないわ」


 だが、その声には苦痛が滲んでいる。


「包帯は?」

「治療してくれるの?」

「俺のせいだろ? それ。今は敵意はなさそうだしな」


 女性は家の奥の箱を指差す。


「カミラ」


『何でよ?』

『怪我してる人ほっとくのはさすがに気が引ける』


「頼む」

「……わかった」


 カミラは不服そうに箱を取りに行った。


「ありがとう」


 包帯を持ってきたカミラに女性は両手を差し出した。


「うわ……」


 手の平の皮はなくなり、血があふれている。


「先に洗った方がいいな」


 エヴァンがそう言うと、カミラは水袋を取り出し、傷口にかけた。


「いっ……」


 女性は唇をかみしめている。そのおかげか、ほとんど声は漏らさなかった。


「はい、終わり」


 実に不機嫌な声でカミラはそう言うと、エヴァンの隣に戻ってきた。


「座ってちょうだい。椅子はないから、床になるけど」


 女性は手をつくときに痛そうにしつつも、床に座る。エヴァンが座るとカミラも座った。


「まだ名乗ってなかったわね。ラミ教の巫女のアリシアよ」

「ああ。俺はエヴァンだ。で、こっちがカミラ」


 アリシアの眼が大きく見開かれる。


「エヴァン?」

「ああ」

「あなた、もしかして魔人?」

「知ってるのか?」


 カミラがエヴァンをツンツンする。


『魔人? 何それ? っていうか、知り合いなの?』

『俺は知らん』


「知らないはずがないでしょう。生きていたとはね」

「知り合い? 知り合いなの?」


 エヴァンがまじめにテレパシーで答えてくれないからか、カミラが声を出す。


「私が知っているだけよ」


 カミラが首をかしげる。


「エヴァンって有名なの?」

「有名も何も、A級冒険者よ」

「A級って三人しかいないやつ?」


 エヴァンはため息をついた。もう隠す意味はない。


「ああ。俺はその一人だった」

「エヴァンは魔人と呼ばれた、国内最強の魔術師よ。全属性を同時に使えた唯一の人ね」

「そんなに強かったんだ……」


『何で言ってくれなかったのよう』

『後で全部話すから』


 アリシアは冷たい瞳をエヴァンに向けた。


「ドラゴンの討伐に行ったあと帰ってこず、行方不明となっていたはずだけど。まさかE級として冒険ギルドに匿われているとは、思っていなかったわ」

「匿われていたっていうわけじゃないが」

「そう。まあ、そこは今はどうでもいいわ」


 とがめだてするつもりはない、と暗に告げられる。


「何があったの? その目は何?」

「ユリシーズっていう魔族に負けて、邪気が左目に入った。眼帯をはずすと邪気があふれるけど、つけている間はそうはならない」

「それだけの邪気だと、魔物なんて消えるでしょう」


 エヴァンは黙ってうなずいた。


「それは制御できていないのね?」

「ああ」

「それは厄介ね」


 アリシアが初めて、感情らしい感情を表した。


「それで、何が知りたいの? 答えられることは答えるわ」

「これで、人を見たらどうなる?」


 左目を指差す。


「死ぬわ」


 アリシアは、また感情のない声で即答する。


「ただし、魔物とは違って死体は残るわ。魔物とは身体の作りが違うから。どういう風に死ぬのかはわからないけれど」

「アリシアは、何をした? 死ななかったってことは何かをしたんだろ?」

「聖気で防御したのよ。聖職者は聖気を扱えるから」


 それでも、と付け加える。


「一瞬でこれだけの傷になるんだから、もう少し眼帯をはずされていたら私でも死んでいたでしょうね」

「聖気は邪気を消せるのか?」

「正確に言えば、互いが害になる状態ね。だから聖気で邪気を打ち消すこともできるし、逆も起こるわ」


 つまり、強い方が弱い方を打ち消すということ。


「じゃあ、アリシアが俺の邪気を消すことはできるのか?」

「無理ね。私の聖気の方が弱いもの」

「他の聖職者は?」


 アリシアは首を横に振る。


「私よりも強い聖気を持つ聖職者はいるにはいるけど、あなたより強い人はいないわよ」

「そう……か」


 カミラがエヴァンの背中に手を置いた。ポン、ポンと優しく叩く。


「じゃあ、これを何とかする方法はない、のか?」


 すがるような声になっている自覚はある。


「ないことはない……わね。たぶんとしか言えないけれど」


 アリシアの言葉は歯切れが悪い。


「あなたのような人は見たことがないから、断言はできないわ。一応それは頭に入れておいて」

「わかった」

「そのユリシーズっていう魔族ならなんとかできるかもしれないわ。魔族は邪気を操るから、あなたの体から邪気を出すことはできるかもしれない」

「魔族がって言うなら、ユリシーズである必要はない、か?」


 エヴァンをこうしたユリシーズが治してくれるとは思えない。


「少なくともユリシーズと同等かそれ以上に強くないとできないわよ」

「ああ、じゃあ無理だな」


 ユリシーズより強い魔族がいたとしてもこちらの言うことなど聞いてくれないだろう。殺されて終わりだ。


「あとは、その魔族を殺しても治ると思うわ。本来、人の体に邪気がとどまることはあり得ないもの。ユリシーズが望んでそうしているとしか思えないわ」

「つまり、ユリシーズの意思が無くなれば体から出ていく?」

「おそらくね。そもそも人間は聖気に近い存在だから、邪気を打ち消すか追い出すかするはずよ」


「顔色悪い」


 カミラが唐突に声を出した。


「私?ああ、熱が出てきたかしら」


 アリシアの顔色は確かに悪い。汗もかいている。


「傷が熱を持ってきたか」

「そうみたいね」


 他人事のように言い、アリシアが立ち上がる。


「悪いけど、休ませてもらうわ。話の続きは明日でいいかしら」

「ああ」

「それから一つ。明日はここから出ないでちょうだい」

「何で?」


 カミラが不機嫌な声で聞く。カミラの機嫌は一向に治らないらしい。それでも相手の顔色は気にするのだから、根は優しい。


「眼帯をしていたら大丈夫とは言え、それだけの邪気を放つ人に、ただで町を歩かせるわけにはいかないのよ」

「……わかった」

「食べ物と水は使ってくれて構わないわ。私は朝少し家を出るけど、気にしないで寝てていいわよ」

「俺らの寝る場所は?」


 アリシアは少し首を傾けた。


「場所はここしかないわね。冒険者なら寝袋くらい持っているでしょう。それを使ってもらえる? もし自分のテントを使いたいって言うなら、家のすぐ外に立ててくれてもいいけれど、それより遠くに出歩くことは禁止。それで大丈夫?」

「ああ。問題ない」

「じゃあ、それで。基本的に家の物は触っていいけど、私の部屋には入らないこと。それから、あの剣には触れないこと。それも守ってちょうだい」


 立ち去りかけたアリシアを呼び止める。


「アリシア。その手、悪かった」


 アリシアは驚いたような顔をすると、


「結構よ。謝らないで。先に剣を抜いたのは私だから」


 それだけ言い残すと、アリシアは肘でドアを開け、奥の部屋に消えた。



「」は声を出しての会話

『』はテレパシーでの会話です。

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