2. ギアトーレ編 Ⅱ
店はにぎわっていた。やはり、ワインを飲めるというのは大きい。
「うーん、やっぱりいい値段するね」
「そりゃ、屋台じゃないからな」
安い料理でも、それなりの値段だ。その日暮らしの冒険者には厳しい。もちろん、エヴァンはこれくらい払えるが、かといって味にこだわりもないため、こういうところはあまり来ない。
「二人もワインが目当てですか?」
若い女の子が聞いてくる。
「いや、俺は……」
「エヴァンもやろうよ」
「……わかった」
目利きなんてできる気がしない。
「じゃあ、説明しますね。これから、ワインを三杯ずつ持ってきます。もちろん、少なめの三杯ですけど。で、それを飲んでもらいます」
奥から、ワインが運ばれてくる。金属の器で三杯。赤、青、緑で色が付けられている。量は多くない。
「この中から、ゴルザ地方のワインを当ててください。二人のうち、どちらか一人でも当たれば料理は店のおごりです。二人ともはずしたら、料理とワインのお金を払ってください。わかりましたか?」
ゴルザ地方は、確かワインで有名なところだ。貴族や王族にも出していると聞いたことがある。行ったことはないが、海が近く、きれいなところらしい。
「はい」
「じゃあ、どうぞ」
わかる気がしないが、とりあえず全部一口ずつ飲んでみる。
「どうですか?」
そう聞かれても、答えられない。
味が違うのはわかる。それはさすがにわかる。だが、どう違うのかと聞かれて答えられるほどはっきりとはわからない。ましてや、ゴルザ地方のワインと言われてもわからない。
「カミラ、どうだ?」
カミラは器を傾けて香りをかいでいた。少ししてから、一口飲む。
それを三杯すべてでやったあと、うなずいた。
「うん。わかった」
「わかった? 本当か?」
「こんなところで嘘をついてもしょうがないでしょうが」
まあ、それもそうだ。
「どれですか?」
「これ」
カミラが指したのは、青の印がついた器だった。
「理由をお聞きしても?」
「まず、これは絶対にない」
そう言って、赤の器を指す。
「香りも味も薄いから、もっと安いワインなはず」
そう言われて、エヴァンはそれを一口飲んでみた。言われてみればそうな気もする。が、よくわからない。
「香りと味が重厚っていうふうに考えると、これが一番なんだけど……」
そう言って指したのは、緑の器。それを一口飲んでみる。やはり、よくわからない。カミラの舌はどうなっているのだろうか。
「ゴルザ地方のワインは、酸味が強くてさっぱりしているのが特徴。そう考えたら、緑の器のワインは重すぎる。だから、青の器」
「正解です!」
店員が拍手をしてくれる。
「よくご存じでしたね。皆さま結構、その重厚なやつを選ぶんですけど」
「聞いたことがあったので」
「おめでとうございます。では、料理の注文が決まったら呼んでくださいね」
店員が机から離れる。
「ほんとに、よくわかったな。全然わからなかった」
「値段が高いものって言われたら困ったけどね」
「そうなのか?」
カミラが残ったワインを飲みながらうなずく。
「さっき言ったように青の器がゴルザ地方のワインなんだけど、緑の器もいいワインだったから。あれもそれなりの値段だと思うよ」
「へえ」
そう言われても、わからないものはわからない。
料理を適当に注文する。
「って言うか、私商人の娘だから、ちょっと鍛えられたんだよね」
「商人の? 初めて聞いたな。そうだったんだ」
「そう。それで、目利きとかは親に教えてもらったんだよね。そうじゃなかったら、ワインとか知らないよ、普通は」
道理で、そういう系統の知識はやけに持っていると思った。
「お父さんが商売やってたのか?」
「そう。お父さんの血筋でね。まえに、血術の話したでしょ?」
「あれか? 確か祖父と祖母が血術を持っていたから、お父さんとカミラは血術を二つ持ってるって話」
血術を二つ持っていると言われたときに、そんなことを言っていた。
「そう。おじいちゃんが商人やってたんだけど、おばあちゃんが空間収納持ってるって言うから、それで結婚したんだって。おばあちゃんからしたら、けっこう失礼な話だと思うけど。能力があるから結婚してくれって言われてもねえ……」
「まあ、商人なら空間収納は欲しいよな」
荷物の持ち運びが圧倒的に楽になる。馬車とかを使う必要もないし、襲われる心配もない。
「でもね、仲は良かったんだよ。あの二人。なんだかんだ言っても相性はよかったんだろうね。今はいないけど、ほんとに楽しそうだったから」
「それはよかったな」
料理が運ばれてくる。こういう店だからか、さすがにおいしい。
「で、お父さんが一人息子だったんだって。だから、お父さんが商売を継いだの。お母さんとは店で会ったらしいんだけど、詳しい話は聞いたことないんだよね。親のなれそめなんて聞きたいものでもないけどさ」
「そうか」
「でも、お母さんも商才はあったみたいでね、お父さんをいろいろ助けてた」
カミラは本当に楽しそうにしゃべっている。
「仲よかったんだな」
「うん。お父さんはときどき厳しかったけど、二人とも優しかったから」
「目利きはお父さんに教えてもらったのか?」
カミラがうなずく。
「そう。最初は苦手でね、全然わかんなかったから。だけど、わかるようになるとほめてもらえて、途中からはわかるのが楽しくて」
「あれ、楽しいのか」
エヴァンにはよくわからない。
「だって、見えないことがわかるって楽しくない? 当たったら嬉しいし」
「そういうもんか」
店員がエヴァンの皿を下げる。
「あれ、もう食べ終わったの? ごめんね、私全然食べてないね」
「ゆっくりでいい。急ぐ用事もないし」
食べるより話す方に口が忙しかったのだ、カミラは。
「エヴァンは親は?」
どこかで、聞かれるような気はしていた。この流れなら。
「カミラ。俺はいいけど、あんまり冒険者にするなよ、その質問」
「何で?」
「身寄りのない人が多いから」
カミラの目が見開かれる。
「……そうなの?」
「こんないつ死ぬかわからない仕事なんて、親がいて家業があったら、誰もやろうとしないからな。おまけに、稼ぎも安定しない。よほどの実力がない限り、その日暮らししかできない。それに、武器は安くギルドから貸してもらえるから、身ひとつでもやれる。身寄りがなくてできる仕事なんて、冒険者になるか、軍に入るかっていうところだからな」
「ごめん、そんなこと全然考えてなくて」
カミラの顔が曇る。本気でしょげているらしい。こういう素直なところは、カミラのいいところだ。
「いや、別に気にしなくていい」
「エヴァンも、親はいないの?」
「ああ。俺は孤児院育ち」
「ごめんね。何も考えてなくて。私の親の話とか聞きたくなかったら、止めてくれてよかったのに」
瞳が潤んでいる。
「大丈夫だって。気にしてないから」
泣かせたいわけではない。
「親の顔はまったく知らないからな、会いたいとかいうのもないし。孤児院もいいところだったから。話を聞くのが嫌とかいうのはまったくない」
むしろ、楽しそうなカミラを見ているのは楽しかった。
「孤児院はどんなところだったの?」
「どんなところってもなあ、親のいない子どもがまとまって暮らしてた。で、親代わりの大人が何人かいて、色々教えてくれたり遊んでくれたりした。俺の剣も孤児院で教えてもらったんだよ」
「そうなんだ」
話しているうちに、なつかしさがこみあげてくる。喧嘩をして怒られたりもしたが、なんだかんだ楽しかった。
「十八歳になったら孤児院を出ないといけないんだ。そのときに、戦う方面に才能がある人は冒険者になるか、軍に入るか。そうじゃない奴は、どこかの店とか貴族に奉公に行ってたな。頭がいい奴で一人、城に働きに行った奴もいたけど」
「それで、エヴァンは冒険者になったんだ」
「そういうこと。軍に行くのは嫌だったからな」
カミラが食べ終わり、礼だけ言って店を出る。
外は涼しかった。もう日は完全に落ちている。
「孤児院ってギアトーレにあるの?」
「ギアトーレには3個くらいあるんじゃないか? タルアで言えばかなり大量にあるだろうけど。俺はギアトーレの孤児院だな。ここからは少し離れてるけど」
「じゃあ、エヴァンはここで育ったんだ」
それにうなずく。
「生まれたのがどこかは知らないが、育ったのはここだな」
「孤児院は国がやってるの?」
「一応な。だけど、お金は貴族とかから募っているらしい。俺もそれなりに寄附してるよ。お世話になったし、子どもにはちゃんと育ってほしいからな」
自分がきっちり育ててもらったのだ。金でしか返せないが、恩はきちんと返したい。
「そうだったんだ」
「やけに気にするな。何か知りたいのか?」
「あ、ごめん。そんなに詮索するつもりはなかったんだけど」
アリシアの家の方に歩くと、明かりが少なくなってくる。
エヴァンは手のひらに小さく炎を出した。
「いや、俺の言い方が悪かった。気にするな」
「そんなことないよ、大丈夫。ただ、私の家がそういう人も雇ってたなって思って」
「そうだったのか」
商人なら、人手は必要だろう。どういうものを扱っているのかは知らないが。
それを尋ねようと思ったとき、アリシアの家についた。




