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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
34/97

33. 死の領地編

 頭に衝撃が走った。


「いたい……」

「おはようさん。部屋戻んなかったのか?」


 衝撃の原因は、ユリシーズだった。


「ん? ああ、朝か」


 アリシアのことが心配で、眠る気にならなかったのだ。それで、カミラと二人で、応接間に起きていたのだが、いつの間にか寝ていたらしい。


 平気だと思っていても、やはり疲れているのだろう。


「アリシアは?」

「さっき寝た。というわけで、今行っても寝てるぞ」

「大丈夫なのか?」


 寝ているだけなら、大丈夫なのだろうが。


「落ち着いてんじゃねえの? まあ、心配ならこれからそばにいてやることだな。なんか危なっかしいし」

「……はあ」


 含みのある言い方だ。


「とりあえず、池だけ何とかしとけよ」

「わかってる」

「んん……」


 カミラが顔を上げる。


「あれ、寝ちゃったのか……」


 大あくびをして、背中を伸ばす。


「おはよう」

「ふえ? おはよう?」


 目をパチパチさせ、いきなり立ち上がった。


「アリシアは?」


 まともに目が覚めたらしい。


「大丈夫らしい。今寝てるってさ」

「あ、そうだ」


 扉を半分開けたユリシーズが振り返る。


「伝言。心配ない、心配してくれてありがとうってさ」

「おう」


 片手を上げ、ユリシーズが部屋を出る。


「寝てるのなら、見に行かない方がいいよね?」

「俺もそう思う。起きたら向こうから出てくるだろ、よほどひどくなければ」

「それもそうだね。じゃあ、これからどうするの?」


 エヴァンは体を伸ばした。机に突っ伏して寝たからか、背中がこわばっている。


「庭の池を直す。あと、魔術の練習をしようかな、と」

「練習?」

「一年以上使ってないからな。感覚が鈍ってる。実戦で使って威力間違えたら大変だから、すこし試してみたいんだ」


 昨日水を出したとき、加減ができなかったのだ。


「そっか。じゃあ、庭行こうか」

「ああ。飯食ったらな」


 タイミングよく、腹の虫が鳴った。




 庭は、そこまでひどい有様ではなかった。正確に言えば、何もかも無くなっただけで、ぐちゃぐちゃなわけではなかった。


「池ってあの辺か?」

「たぶん。地面へこんでるし」

「よし。何かあったら危ないから、一応さがっとけよ」


 カミラを後ろにさがらせ、池に向かって右手を振る。


「あ……」

「エヴァン!」


 水の勢いが強すぎた。とっさに風魔術で防御したが、間に合わない。


「最悪だ……」

「びしょびしょだね……」

「悪い。そっちまで濡れたか」


 結果、池に水は溜まったものの、多すぎた水をエヴァンとカミラが頭からかぶる羽目になった。全身びしょぬれである。


「どうする? 布取りに行く? 着替えた方がいいかな?」


 カミラが濡れた服を引っ張って聞いてくる。


「これくらいならなんとかなるだろ」


 今度は自分に向かって右手を振る。強すぎないように。


「よっしゃ、成功」

「へ? 乾いてる?」


 エヴァンの服は乾いていた。髪の毛も。


「どういうこと?」

「水魔術で、服と髪から水だけ抜いたんだ。カミラのもやっていいか?」

「そんなことできるんだ。じゃあ、よろしく」


 カミラに向って手を振る。


「すごい! 乾いてる!」

「うまくいってよかった」

「エヴァンって便利だね。うらやましい」


 ほめられて悪い気はしない。が。


「まあ便利には違いないが……。血術二つも持ってるカミラも便利だろ。空間収納があったら重い荷物持たなくていいんだし」

「まあね。矢を使う私には確かに便利」

「そうだな」


 剣と違って、ひとつあればいいというものではない。矢はそれなりに必要だし、それなりにかさばる。


「さて、やるか。危ないから、さがってろよ。水をかぶるだけじゃすまない」

「じゃあ、後ろで見てるね」


 カミラがさがる。


 エヴァンは大きく息を吐くと、池に向かって左手を振った。


「うわわ!」


 エヴァンが放った特大の火魔術。それが池の水をなめる。


「ちょっとやりすぎたか」

「すごい威力……」


 池の水は完全に干上がり、そこの土が少し焦げている。


「熱かったか?」

「大丈夫。びっくりしただけ」

「ならよかった」


 もはや池ではない池に、風魔術を放つ。


「……まあ、こんなもんか」

「風魔術ってそういう風に使うの?」

「普通の使い方だけど」


 池の底はざっくり斬れていた。


「風は刃にできるからな。うまくできれば、意外と使い勝手はいい」

「いや、それにしてもすごすぎるでしょう……」

「教えようか?」


 カミラは風魔術を、矢を飛ばす補助にしか使っていない。


「教えてくれるの?」

「って言ってもなあ、教えるものでもないんだけど」

「教えてよ」


 エヴァンはカミラに向き直った。


「風魔術を使うときに、刃にしようってイメージをする。そしたらできる」

「イメージって……。それだけ?」

「だから、教えるものでもないんだって。俺は剣をイメージするけど」


 カミラが口をとがらせ、エヴァンがやったように手を振った。


「風だな」

「風だよ。ただの風だったね」


 頬を膨らませている。


「練習するしかないな」

「むう。頑張ります」

「やろうと思えば、剣で斬れないものも斬れるぞ」


 奥の方にある岩に狙いを定める。


「ほら」


 岩は、真っ二つに斬れていた。


「ええ……」


 カミラがあきれたように言う。


「すごいけど、できる気がしない」

「風魔術が使えるんだから、あとは練習の問題だと思うけどな。防御にも使えるし」

「さっきやってたよね。あれ、何がどうなったの?」


 エヴァンは、水から自分を守ろうとした。


「風で押し返すんだよ。これは、剣じゃなくて盾とか防具のイメージ」

「へえ」


 魔術はイメージなのだ。頭に描いたことが、実現する。自分が使える属性であれば、の話だが。


「そういえば、エヴァンって詠唱しないの?」

「カミラも詠唱してないだろ?」

「だって空間収納とテレパシーは常に使ってるから、詠唱も何もないし。風も詠唱しないけど、それは威力が小さいからかなって」


 エヴァンは首を横に振った。


「魔術を使うのに、詠唱は必要ない。詠唱することで時間を無駄に使うから、しない人も多い。まあ、たまにかっこつけで詠唱する奴もいるけど」


 そういう奴は見ているこっちが恥ずかしくなる。


「じゃあ、詠唱する人ってみんなかっこつけなの?」

「いや、それはない。詠唱も意味はあるし、俺もすることはあるからな」

「そうなの?」


 本当にただのかっこつけだったら、それこそ見ていられない。


「魔術はイメージが基本なんだけど、とっさにイメージするのが難しかったりする。そういうとき、声に出した方がイメージしやすい人もいるんだよ。ファイヤーボールって言ったら火球って感じで」


 戦闘の一瞬にイメージしなければならないから、自分に向いたやり方を探すのが一番なのだ。


「そうなんだ」

「だから、使う魔術の手数が多い人は、詠唱する人もいる。ただ、俺の場合はあんまり詠唱が向いていないから、ほとんどやらないな」

「向いてない? 全属性使えるんだから、それこそ魔術の種類もすごい数になりそうだけど」


 それはそうなのだが。


「詠唱ってひとつの魔術にしか対応しないんだよ。だから、いくつかの属性を一気に使う俺には向いてない。あとは、俺があんまり細かい魔術を使わないっていうのもあるな」

「細かい魔術?」

「基本的に勢いと威力だけでなんとかしてるから、特定の武器をイメージしたりはしないんだよ。ただ、一応手の動きとかは属性ごとに変えてるけどな」


 要するに、細かい調整が苦手なのだ。だから、威力が強すぎることもある。


「ねえ、見せてよ。いくつか一気に使うやつ」

「いいけど、耳ふさいどけよ」

「耳? 何で?」

「失敗したらうるさいから」


 エヴァンは斬った岩よりもさらに遠くに意識を向けた。これくらい離れていれば、ここには被害が出ないだろう。


 大きく息を吐き、左手を振る。

 火魔術を風魔術にのせる。


 風にのった火は、一気に遠くまで広がった。砂をなめるように広がる。


「うまくいったか」


 火と風を止め、水魔術を放つ。

 火が消えた。


「すご」

「まあ、まだふたつだからな」


 再度耳をふさぐよう言い、意識を遠くに向ける。


「よし」


 大きく息を吸い、左手を振る。土魔術で巻き上げられた砂を、火魔術が溶かす。即席の溶岩だ。


 そこに風魔術を加え、遠くに飛ばそうとした。


「まずい!」


 ぞくっとした。

 直観に従い、魔術を止めて耳をふさぐ。


 ドオオン!


 大爆発が起きた。暴風がここまで届く。


「……何が起きたの?」

「ちょっと失敗した」

「いや、ちょっとじゃないでしょ……」


 爆発のせいで、耳が少しおかしい。何度か手の平で叩いた。


「三つ以上使うと、ちょっと加減間違えただけで大爆発するんだよ」

「ええ……。危ないね」

「俺も、いまいち制御できないな。こればっかりは」


 上からの視線を感じる。


「エヴァン。俺は庭を壊せとは言ってない」

「今から何とかするから」


 ユリシーズがため息をつくのが、離れていてもわかった。


「城は壊すなよ」


 そう言って中に消える。


「エヴァンって、前もこんな調子だったの?」

「ああ。それで、ついたあだ名が爆発狂。別にやりたくて爆発させてたわけじゃないんだけどな」

「あだ名って、魔人じゃないの?」


 その疑問はごもっとも。


「A級はあだ名がふたつあるんだよ。ひとつ目は、ギルドからもらう正式な二つ名。それが、俺の場合は魔人だな。もうひとつは、A級の先輩につけられるやつ。これは、別に深い意味はない」

「それが爆発狂? そんなに爆発させてたの?」

「自分が近くにいなければ、けっこう使えるからな。何せ、あれだけの威力だ」


 欠点は、人がいるときには使えないこと。エヴァンでも、爆発がどれくらいの規模になるのか毎回わからないのだ。


「じゃあ、わざと爆発させるの?」

「本当は事故なんだよ。うるさいし、俺にも制御できないし。最初のころは加減間違えて爆発させてただけだったんだ。ただ、切羽つまったらわざとやったりもする」

「なんか……。A級って次元がちがうね……」


 かなりあきれられたらしい。


「そうじゃなかったら、もっと人数がいるだろうからな」

「三人しかいないんだっけ。もう二人のあだ名は?」

華颯はなはやてことギャンブラーと、ファントムことお姉さま」

「姉弟!?」


 カミラがすっとんきょうな声を出す。


「いや、あだ名」

「すごいあだ名だね……」

「会ったらわかるぞ。あれはお姉さまだ」


 首を傾げられるが、それ以外説明ができない。


「お前ら」


 ユリシーズがまた、二階のバルコニーから顔を出す。


「まだ何も壊してないぞ」

「ちげえよ。これ以上壊されてたまるか」

「じゃあ、何だ?」

「起きたらしいぞ」


 カミラと顔を見合わせる。


「見に行くか」

「うん」


 エヴァンは振り向きがてら、池に向かって右手を振った。


 土魔術で底を何とかし、水魔術で池を池にする。


 今回は水をかぶらなかった。


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