33. 死の領地編
頭に衝撃が走った。
「いたい……」
「おはようさん。部屋戻んなかったのか?」
衝撃の原因は、ユリシーズだった。
「ん? ああ、朝か」
アリシアのことが心配で、眠る気にならなかったのだ。それで、カミラと二人で、応接間に起きていたのだが、いつの間にか寝ていたらしい。
平気だと思っていても、やはり疲れているのだろう。
「アリシアは?」
「さっき寝た。というわけで、今行っても寝てるぞ」
「大丈夫なのか?」
寝ているだけなら、大丈夫なのだろうが。
「落ち着いてんじゃねえの? まあ、心配ならこれからそばにいてやることだな。なんか危なっかしいし」
「……はあ」
含みのある言い方だ。
「とりあえず、池だけ何とかしとけよ」
「わかってる」
「んん……」
カミラが顔を上げる。
「あれ、寝ちゃったのか……」
大あくびをして、背中を伸ばす。
「おはよう」
「ふえ? おはよう?」
目をパチパチさせ、いきなり立ち上がった。
「アリシアは?」
まともに目が覚めたらしい。
「大丈夫らしい。今寝てるってさ」
「あ、そうだ」
扉を半分開けたユリシーズが振り返る。
「伝言。心配ない、心配してくれてありがとうってさ」
「おう」
片手を上げ、ユリシーズが部屋を出る。
「寝てるのなら、見に行かない方がいいよね?」
「俺もそう思う。起きたら向こうから出てくるだろ、よほどひどくなければ」
「それもそうだね。じゃあ、これからどうするの?」
エヴァンは体を伸ばした。机に突っ伏して寝たからか、背中がこわばっている。
「庭の池を直す。あと、魔術の練習をしようかな、と」
「練習?」
「一年以上使ってないからな。感覚が鈍ってる。実戦で使って威力間違えたら大変だから、すこし試してみたいんだ」
昨日水を出したとき、加減ができなかったのだ。
「そっか。じゃあ、庭行こうか」
「ああ。飯食ったらな」
タイミングよく、腹の虫が鳴った。
庭は、そこまでひどい有様ではなかった。正確に言えば、何もかも無くなっただけで、ぐちゃぐちゃなわけではなかった。
「池ってあの辺か?」
「たぶん。地面へこんでるし」
「よし。何かあったら危ないから、一応さがっとけよ」
カミラを後ろにさがらせ、池に向かって右手を振る。
「あ……」
「エヴァン!」
水の勢いが強すぎた。とっさに風魔術で防御したが、間に合わない。
「最悪だ……」
「びしょびしょだね……」
「悪い。そっちまで濡れたか」
結果、池に水は溜まったものの、多すぎた水をエヴァンとカミラが頭からかぶる羽目になった。全身びしょぬれである。
「どうする? 布取りに行く? 着替えた方がいいかな?」
カミラが濡れた服を引っ張って聞いてくる。
「これくらいならなんとかなるだろ」
今度は自分に向かって右手を振る。強すぎないように。
「よっしゃ、成功」
「へ? 乾いてる?」
エヴァンの服は乾いていた。髪の毛も。
「どういうこと?」
「水魔術で、服と髪から水だけ抜いたんだ。カミラのもやっていいか?」
「そんなことできるんだ。じゃあ、よろしく」
カミラに向って手を振る。
「すごい! 乾いてる!」
「うまくいってよかった」
「エヴァンって便利だね。うらやましい」
ほめられて悪い気はしない。が。
「まあ便利には違いないが……。血術二つも持ってるカミラも便利だろ。空間収納があったら重い荷物持たなくていいんだし」
「まあね。矢を使う私には確かに便利」
「そうだな」
剣と違って、ひとつあればいいというものではない。矢はそれなりに必要だし、それなりにかさばる。
「さて、やるか。危ないから、さがってろよ。水をかぶるだけじゃすまない」
「じゃあ、後ろで見てるね」
カミラがさがる。
エヴァンは大きく息を吐くと、池に向かって左手を振った。
「うわわ!」
エヴァンが放った特大の火魔術。それが池の水をなめる。
「ちょっとやりすぎたか」
「すごい威力……」
池の水は完全に干上がり、そこの土が少し焦げている。
「熱かったか?」
「大丈夫。びっくりしただけ」
「ならよかった」
もはや池ではない池に、風魔術を放つ。
「……まあ、こんなもんか」
「風魔術ってそういう風に使うの?」
「普通の使い方だけど」
池の底はざっくり斬れていた。
「風は刃にできるからな。うまくできれば、意外と使い勝手はいい」
「いや、それにしてもすごすぎるでしょう……」
「教えようか?」
カミラは風魔術を、矢を飛ばす補助にしか使っていない。
「教えてくれるの?」
「って言ってもなあ、教えるものでもないんだけど」
「教えてよ」
エヴァンはカミラに向き直った。
「風魔術を使うときに、刃にしようってイメージをする。そしたらできる」
「イメージって……。それだけ?」
「だから、教えるものでもないんだって。俺は剣をイメージするけど」
カミラが口をとがらせ、エヴァンがやったように手を振った。
「風だな」
「風だよ。ただの風だったね」
頬を膨らませている。
「練習するしかないな」
「むう。頑張ります」
「やろうと思えば、剣で斬れないものも斬れるぞ」
奥の方にある岩に狙いを定める。
「ほら」
岩は、真っ二つに斬れていた。
「ええ……」
カミラがあきれたように言う。
「すごいけど、できる気がしない」
「風魔術が使えるんだから、あとは練習の問題だと思うけどな。防御にも使えるし」
「さっきやってたよね。あれ、何がどうなったの?」
エヴァンは、水から自分を守ろうとした。
「風で押し返すんだよ。これは、剣じゃなくて盾とか防具のイメージ」
「へえ」
魔術はイメージなのだ。頭に描いたことが、実現する。自分が使える属性であれば、の話だが。
「そういえば、エヴァンって詠唱しないの?」
「カミラも詠唱してないだろ?」
「だって空間収納とテレパシーは常に使ってるから、詠唱も何もないし。風も詠唱しないけど、それは威力が小さいからかなって」
エヴァンは首を横に振った。
「魔術を使うのに、詠唱は必要ない。詠唱することで時間を無駄に使うから、しない人も多い。まあ、たまにかっこつけで詠唱する奴もいるけど」
そういう奴は見ているこっちが恥ずかしくなる。
「じゃあ、詠唱する人ってみんなかっこつけなの?」
「いや、それはない。詠唱も意味はあるし、俺もすることはあるからな」
「そうなの?」
本当にただのかっこつけだったら、それこそ見ていられない。
「魔術はイメージが基本なんだけど、とっさにイメージするのが難しかったりする。そういうとき、声に出した方がイメージしやすい人もいるんだよ。ファイヤーボールって言ったら火球って感じで」
戦闘の一瞬にイメージしなければならないから、自分に向いたやり方を探すのが一番なのだ。
「そうなんだ」
「だから、使う魔術の手数が多い人は、詠唱する人もいる。ただ、俺の場合はあんまり詠唱が向いていないから、ほとんどやらないな」
「向いてない? 全属性使えるんだから、それこそ魔術の種類もすごい数になりそうだけど」
それはそうなのだが。
「詠唱ってひとつの魔術にしか対応しないんだよ。だから、いくつかの属性を一気に使う俺には向いてない。あとは、俺があんまり細かい魔術を使わないっていうのもあるな」
「細かい魔術?」
「基本的に勢いと威力だけでなんとかしてるから、特定の武器をイメージしたりはしないんだよ。ただ、一応手の動きとかは属性ごとに変えてるけどな」
要するに、細かい調整が苦手なのだ。だから、威力が強すぎることもある。
「ねえ、見せてよ。いくつか一気に使うやつ」
「いいけど、耳ふさいどけよ」
「耳? 何で?」
「失敗したらうるさいから」
エヴァンは斬った岩よりもさらに遠くに意識を向けた。これくらい離れていれば、ここには被害が出ないだろう。
大きく息を吐き、左手を振る。
火魔術を風魔術にのせる。
風にのった火は、一気に遠くまで広がった。砂をなめるように広がる。
「うまくいったか」
火と風を止め、水魔術を放つ。
火が消えた。
「すご」
「まあ、まだふたつだからな」
再度耳をふさぐよう言い、意識を遠くに向ける。
「よし」
大きく息を吸い、左手を振る。土魔術で巻き上げられた砂を、火魔術が溶かす。即席の溶岩だ。
そこに風魔術を加え、遠くに飛ばそうとした。
「まずい!」
ぞくっとした。
直観に従い、魔術を止めて耳をふさぐ。
ドオオン!
大爆発が起きた。暴風がここまで届く。
「……何が起きたの?」
「ちょっと失敗した」
「いや、ちょっとじゃないでしょ……」
爆発のせいで、耳が少しおかしい。何度か手の平で叩いた。
「三つ以上使うと、ちょっと加減間違えただけで大爆発するんだよ」
「ええ……。危ないね」
「俺も、いまいち制御できないな。こればっかりは」
上からの視線を感じる。
「エヴァン。俺は庭を壊せとは言ってない」
「今から何とかするから」
ユリシーズがため息をつくのが、離れていてもわかった。
「城は壊すなよ」
そう言って中に消える。
「エヴァンって、前もこんな調子だったの?」
「ああ。それで、ついたあだ名が爆発狂。別にやりたくて爆発させてたわけじゃないんだけどな」
「あだ名って、魔人じゃないの?」
その疑問はごもっとも。
「A級はあだ名がふたつあるんだよ。ひとつ目は、ギルドからもらう正式な二つ名。それが、俺の場合は魔人だな。もうひとつは、A級の先輩につけられるやつ。これは、別に深い意味はない」
「それが爆発狂? そんなに爆発させてたの?」
「自分が近くにいなければ、けっこう使えるからな。何せ、あれだけの威力だ」
欠点は、人がいるときには使えないこと。エヴァンでも、爆発がどれくらいの規模になるのか毎回わからないのだ。
「じゃあ、わざと爆発させるの?」
「本当は事故なんだよ。うるさいし、俺にも制御できないし。最初のころは加減間違えて爆発させてただけだったんだ。ただ、切羽つまったらわざとやったりもする」
「なんか……。A級って次元がちがうね……」
かなりあきれられたらしい。
「そうじゃなかったら、もっと人数がいるだろうからな」
「三人しかいないんだっけ。もう二人のあだ名は?」
「華颯ことギャンブラーと、ファントムことお姉さま」
「姉弟!?」
カミラがすっとんきょうな声を出す。
「いや、あだ名」
「すごいあだ名だね……」
「会ったらわかるぞ。あれはお姉さまだ」
首を傾げられるが、それ以外説明ができない。
「お前ら」
ユリシーズがまた、二階のバルコニーから顔を出す。
「まだ何も壊してないぞ」
「ちげえよ。これ以上壊されてたまるか」
「じゃあ、何だ?」
「起きたらしいぞ」
カミラと顔を見合わせる。
「見に行くか」
「うん」
エヴァンは振り向きがてら、池に向かって右手を振った。
土魔術で底を何とかし、水魔術で池を池にする。
今回は水をかぶらなかった。




