31. 死の領地編
アリシアが水を飲む。
「ってことは、お前の目的は俺の魔石か」
「最初にそう言ったじゃないの。だけど、誰の魔石かなんてわからないから、それなりの魔族のであればいいわ」
「それくらいであれば、作ってやろうか?」
「は?」
アリシアが眉をひそめる。
「作る?」
「ほら」
ユリシーズが手のひらを上に向ける。邪気がその手の上で渦巻く。
それがだんだん形を成していき、どんどん大きくなっていく。
「これくらいでいいだろ」
「魔石って、作れるのね……」
アリシアがそれを受け取る。ユリシーズは逆に不思議そうな顔をした。
「これくらいなら。しかし、魔石を持って帰ったところで、エヴァンがギルドに正しく報告するんじゃねえの? ユリシーズに治してもらったって。で、お前は俺を倒していないって」
「まあ、それはそうでしょうね」
「だったら、お前が嘘をついたことなんてすぐにわかるんじゃねえの? 取引なんだから、ギルドは教会に『ユリシーズを倒さなかった』って伝えるはずだ」
そうすれば、アリシアの嘘はすぐに気づかれる。
「それは別にいいのよ。力のバランスの問題だから」
「バランス?」
「はっきり言って、このエヴァンの話に関わっているのはかなりの地位にいる聖職者だけなのよ。その人たちにとっては、神よりも大事なものがあるわけ。権力か、金か、人によって違うけれど。だから、浄化と称して私に好き勝手しようとする残念な人たちもいるわよ。だけど、魔石さえ持って帰れば、私を守ってくれる人がいる」
アリシアが魔石をなでる。
「私の力を利用したい人は、魔族を倒したってことになる私が傷つくことを許さないでしょうね。純粋に魔石が欲しい人も、私を守ってくれるわ」
「お前がまた魔石を手に入れるかもしれないからか」
「そういうこと。だから、結局はバランスの問題なのよ。魔石さえあれば、私を守ってくれる人が増えるわ」
ユリシーズがニヤリと笑う。
「ほんと、強かな女だな」
足を組みなおす。
「さて、ここからは俺のターンだな」
「これまでも十分質問されてたわよ。まあいいわ。何でも聞いてちょうだい」
「お前、俺がエヴァンとかを殺そうとしないだろうって気づいてたな? いつからだ?」
アリシアは、魔石を横に置いた。
「どうしてそう思うの?」
「質問に質問で返すのはなしだぜ。まあいい。話を聞いていればわかる。お前が最初から、エヴァンと協力して俺を倒そうってしていないことはな」
「そうね。最初から気づいていたわ。そもそも、あなたの名前がギルドに知られていることがおかしかったのよ」
ユリシーズが首をかしげる。
「別に知られててもおかしくないだろ?」
「あなたの名前が知られているってことは、あなたに会って、その上で生きて帰ってきた人がいたってことよ。つまり、あなたは人を殺そうと思っているわけじゃない。だから、こっちから攻撃しない限りは生かしておいてくれるだろう、とは思ったわ。エヴァンの話を聞いた上で、ね。だけど、この時点ではあなたがこうやって治してくれるとは思っていなかったわね」
「なるほど。確かに俺は逃げるなら逃げろって言ってたからな」
ユリシーズに会った人が全員死んでいるのなら、名前が知られるはずがないのだ。
「ルイの話を聞いて、殺されることはないと思ったわ。おもしろいことが好きなのなら、わたしたち程おもしろい人もいないもの」
「まあ、俺をわざわざ追ってきてる奴らだもんな」
「ええ。そのときに、もしかしたら治してくれるかもしれない、と思った。おもしろい人材を、放っておくとは思えなかったもの。治せば、またエヴァンで遊べるものね」
ユリシーズが口角を上げる。
「よくわかってんな」
「ただ、決定打になったのはランベのときね」
「まあ、はっきり治してやるって言ったからな」
疑う余地もない。
「これで答えになったかしら?」
「ああ。じゃあ、次。こうなることはある程度予想できていたんだろ? それなら、なんであんなに取り乱した? 覚えていない、はなしだぜ」
「弱みを見せてはいけないのが巫女だからよ。今思えば取り乱した方がまずかったわね。だけど、あのときは出て行ってもらうことしか考えていなかったわ」
眉をひそめ、疲れたように言う。だが、その声は落ち着いていた。
「巫女はね、特定の人と親しくなってはいけないの。全員を救う神の使いだから、誰かに贔屓することがあってはいけないのよ。今回は特別だけど、こうやって一緒にいることもふつうはあり得ないわ」
「それで何となくぎこちなかったのか」
「ぎこちなかったかしら?」
ユリシーズがうなずき、足を組み替える。
「距離をとろうとしてるのか、仲良くしゃべろうとしてるのか、どっちつかずな感じだったな。あいつらがそれに気づいてんのかは知らねえけど」
「仕方がないでしょう。巫女として以外、人とまともに接したことなんてなかったんだから」
「大人ぶっといて、結局そうなるんだな」
口を尖らせたアリシアが、ユリシーズをにらむ。
「そう言うあなただって、大差ないわよ。取引っていう形でしか人と話せないなんて、私よりもひどいんじゃないの?」
「それを面と向かって言うお前の方が人付き合いは下手そうだけどな」
「言う相手は選んでるわよ」
沈黙がおりる。
先に笑い出したのはユリシーズだった。
「ほんと、気の強い女は嫌いじゃないぜ」
「あなたにそう言われてもうれしくないわ。それに、一応心優しい巫女なんだけど」
「腹黒の間違いじゃねえの?」
ユリシーズが笑いを止め、目じりをぬぐう。
「で、弱みを見せちゃいけねえのと、親しくしちゃなんねえことのどこに関係が?」
「人と親しくならない、というか深い関係にならない方法はふたつ。本音を見せないことと、弱みを見せないこと。仮面をかぶった完璧な人間は面白みがないし、近寄りにくいものなのよ。ただまあ、本気で混乱していたっていうのもあるわよ」
「まあ、無理もねえな」
死ぬ覚悟も決まらぬままに倒れ、それでも死んでいなかったのだから。
「それにしても、遠慮はしないと言ったわりに、殺さなかったのね」
「感謝してくれてもいいんだぜ?」
「事実として言ったまでよ。感謝する気はないわ。あなたが勝手にやったことだもの」
壁の明かりが消える。ユリシーズが軽く手を振った。またそこに明かりが灯る。
「聞こえてなかったんだな」
「何が?」
「エヴァンが俺に止めろって叫んだんだぜ。カミラも言ってたけどな。で、それを聞いてやる代わりに、庭を何とかしてもらうことにした」
アリシアの表情が戸惑ったようになり、少し顔をしかめ、ため息をついた。
「感情の忙しいやつだな」
「……そう、聖気で庭が無くなったのね」
「そういうこと。木も池も消えちまった。城は壊れないようにしたけどな」
今、城の前は何もない。
「ちょうどよかったんじゃないかしら? あんな禍々しい庭」
「ひでえなあ。気に入ってたのに」
「……あなた、何を考えているの?」
「質問が最初に戻っちまったな」
一周回ってしまった。
「庭を直すくらい一瞬でできるでしょう。それを条件に私の命を助けるなんて、釣り合わないにもほどがあるわ。何がしたいの?」
「まあ、な。そりゃ釣り合わないだろうよ。俺からしたらお前を殺そうがそうしなかろうがどっちでもいいとはいえ、な」
ユリシーズが肩をすくめる。
「ただまあ、お前は気に入ったからなあ。おもしろそうじゃねえか」
「気に入ったって言われてこれほど喜べないのは、初めてね」
「手厳しい」
アリシアがため息をついた。
「どうして、そこまでおもしろさを求めるの?」
「つまんねえんだよ。何もかも」
ユリシーズの顔が、初めてくもった。
「こうやって何百年も生きてると、何も感じない。何もおもしろくない。俺のところにわざわざ来るもの好きもいないからな。俺は強いから、戦うスリルもない」
心の底から、つまらなさそうに。
「自分でおもしろいこと探すくらいしかできねえの。それで、おもしろいって錯覚するくらいしか」
「……贅沢な悩みね」
「励ましてくれねえの?」
ユリシーズの顔が、もとの感情をのぞかせないものに戻る。
「まあいいや。まだ聞きたいこともあるしな」
「まだあるの?」
アリシアが胸の羽に触れる。
「これまでのはついで。本気で知りたいのは今から聞くこと」
「何が知りたいの?」
「君のスリーサイ……」
アリシアが脚を振り、ユリシーズが座っている椅子を蹴る。
「変態」
「冗談だって。緊張はほぐれたか?」
アリシアが、指で遊んでいた羽から手を離す。
「じゃ、仕切り直しだな」
「次ふざけたら、本気で蹴るわよ」
「巫女が暴力宣言をするのはどうなんだよ?」
「あなたは人じゃないから、救う対象じゃないもの。むしろ敵ね。だから、何をしようが許されるわ」
ユリシーズが両手を軽く上げる。
「降参。真面目に言うから」
「真面目に変な質問をしても怒るわよ」
「それは大丈夫。巫女なら真面目に答えざるを得ない質問だからな」
両手をおろし、足を組み替える。顔から笑みが消え、瞳の闇が深くなる。
「聖気は本来、人が持てる力じゃない。それをなぜ人が持っている? 何で、それを使える奴と使えない奴がいる? そして、何でそれが神の力ってことになっている?」
アリシアが目を見開き、大きく息を吐いた。
「たしかに、真面目な質問ね」




