29. 死の領地編
各部屋も光が入る設計になっており、朝日のまぶしさで目が覚める。
体を起こし、目をこすった。見えていることに違和感があるが、じきに慣れるだろう。
左目に眼帯をつける。この眼帯とサヨナラすることができなかったのは残念だが、仕方がない。
「おはようさん。眠れたか?」
「ノックぐらいしてくれ」
ユリシーズが入ってくる。朝にはふさわしくない、真っ黒な服。
いや、むしろ光の入る設計になっているこの城がユリシーズに似つかわしくないのだ。
「ここは、俺の城だからな。何をしようが俺の勝手だ」
「まあ、それはそうだが」
ベッドまで使わせてくれたのだから、文句はない。
「しかし、何で人数分のベッドがあるんだよ? 使わないだろ。他に誰かいる感じもないし」
「お前らのために作ってやったの。感謝しろ」
「そりゃどうも」
ユリシーズはエヴァンの目の前で止まった。
「で、何の用だ?」
「二階のバルコニーに来い。面白いもんが見られるぞ」
「バルコニーまであるのか、この城」
いやいや、そんなことはどうでもいい。
「面白いもの?」
「そ。興味あるなら見に来い」
「変なもんじゃないよな?」
ユリシーズがうなずく。
「あと、カミラって人も呼んでいいぜ」
「お前が呼びにいかないのか?」
「さすがに、女の部屋に朝から行くのはないだろ。それとも、俺が行っていいなら呼びに行くが」
ユリシーズが行く、と考えると、どこからともなくわいてくる不快感。それを、ユリシーズのニヤニヤ顔のせいにする。
「俺が行く」
「んじゃ、よろしく。来なくてもいいけどな」
「来てほしいのか何なのか、どっちなんだよ?」
「面白いものが見られるってだけだ」
ユリシーズが何を考えているのか、わからない。
「わかった。行くから」
「そうそう。ひとつだけ言っとく」
扉に手をかけて言う。
「仕掛けてきたのはあっちだから、俺に文句言われても受け付けないぜ」
そう言って、ユリシーズが出ていく。
「文句?」
ユリシーズの意図がまったく読めない。面白いものじゃないのだろうか。
エヴァンが行ったときにはすでに起きていたカミラに、ユリシーズの言っていたことを話す。
「……というわけで、よくわからなかった」
「確かに、よくわかんないね。面白くなくても文句言うなってこと?」
「仕掛けてきたって言ってたけどな……」
カミラがひとつあくびをする。
「まあ、面白いの感性が違うし、考えてもしょうがないんじゃない?」
「感性なあ。あいつと一緒って言われたらへこむな」
面白というだけで人を危険にさらせる男なのだ。
「どうする? 行くか?」
「行く。わざわざ言いに来たってことは、それなりのものなんだろうし」
「了解」
面白いもの、を拝みに行こうではないか。
二階のバルコニーからは、昨日通った庭が見える。そして、そこに二人が向かい合って立っていた。
「アリシア!」
カミラが叫ぶ。アリシアがちらりとこちらに目を向ける。
「どうしてあの二人を呼んだの?」
この距離でも、声は聞こえる。
「観客がいる方がおもしろいだろ?」
「ほんとに、趣味の悪い」
「敵わないとわかってる敵に向かう方が頭おかしいんじゃねえの?」
アリシアは答えない。
「アリシア! だめだ、やめろ!」
ユリシーズの言っていた意味がやっと分かった。なにひとつ、おかしなことは言っていなかったのだ。
「エヴァン、カミラ」
アリシアがユリシーズの方を見たまま、言う。
「止めないでちょうだい」
「エヴァン、どういうこと?」
「アリシアが、ユリシーズに相手するように言ったんだ。アリシアは、ユリシーズと戦う気だ」
仕掛けてきたのはあっち。ユリシーズはそう言った。つまり、アリシアから言い出したのだ。
そして、文句を言うな、と言った。それは、アリシアがどうなっても文句を言うな、ということ。アリシアから攻撃するなら、そう言うのは当たり前だ。
「勝てるの?」
「無理だ。ユリシーズの方が強い」
敵うはずがない。
「アリシア!」
「カミラ、言ったわよね?」
アリシアの声は冷たい。というより、何かを押し殺しているような声。
「止めないでちょうだいって。私には私の事情があるの」
アリシアが剣を抜く。そして、中段に構える。いつもの構え方。
「エヴァン、どうするの?」
「駄目だ、止められない」
何を言っても届かないだろう。
「ユリシーズが殺さないことに、賭けるしかない」
「そんなの……」
わかっている。ユリシーズがそんなことをする理由はない。
「手加減はしねえよ」
「ええ。わかってるわ」
アリシアから、聖気があふれる。邪気を持っていないエヴァンでもわかるくらいの強い聖気。
「へえ、やるね」
ユリシーズの言葉に、アリシアは答えない。
聖気がどんどん広がっていく。木が消え、池が消える。やはり、邪気でできていたのだ。
「せっかく作ったのに」
そう言いながらも、ユリシーズは邪気を出さない。少なくとも、感じ取れるほどには出していない。
それが、本気を出す気がないということならいい。面白がって見ているだけなら、どこかで本気を出すだろう。
「アリシア! やめて!」
身を乗り出すカミラを支える。
「どうした?」
「駄目だよ、止めないと。だって、顔色が」
アリシアの顔は真っ青だ。
全身に鳥肌が立った。敵意を感じたわけではない。もっと根本的な恐怖。
「ユリシーズ! アリシアを止めろ!」
このままでは、アリシアが死ぬ。感じたのは、死への恐怖。
「頼む! 止めろ!」
「今の言葉、忘れんなよ」
ユリシーズはそう言うと、指を鳴らした。
周りが一気に邪気に包まれる。アリシアの聖気を完全に打ち消し、さらに塗り替えるほどの邪気。
アリシアが、地面に倒れる。
「アリシア!」
「騒ぐな。死んじゃいねえよ」
ユリシーズがアリシアを抱え、地面を軽く蹴る。それだけで、二階のバルコニーにまで上がってくる。
「気をやっただけだ」
アリシアは、ユリシーズの腕の中でぐったりとしていた。顔色が悪いだけではない。異常に汗をかき、肩で息をしている。
「アリシアに何をしたの?」
「俺は何もしてねえよ。エヴァンに言われたから止めてやっただけだ」
「じゃあ、なんでこんなことに……」
ユリシーズはそれに答えず、奥に歩く。それに付いて行くと、アリシアの部屋についた。
アリシアをベッドに寝かせる。
「たいしたことじゃねえよ。力を使いすぎただけだ」
「使い過ぎ?」
「そもそも、聖気は人が使うものじゃねえんだよ。それを、限界以上に使っちまった。だから、体の方が耐えられなかった」
オーバーヒートに似たようなものだろうか。
「じゃあ、大丈夫なのか?」
「さあな。ほっときゃ目が覚めるだろ」
どうでもよさそうに言うと、エヴァンに向き直る。
「さて、お前は俺にお願いをした。だろ?」
「……ああ」
あのとき、頼む、と言った。
「で、俺はそれを聞いてやった。なら、俺もお前にお願いしていいよな?」
「……ああ」
お願い、というより命令という雰囲気だが。
「庭、もとに戻しといて」
「は?」
「だから、庭」
もっとすごいことをお願いされるのかと思っていた。
「昨日言っただろ? 邪気は癒したりする方向には使えねえの。だから、木を生やすのにも向いてないわけ。できないわけじゃないけど。とりあえず、面倒だから、やっといて。もう魔術使えるだろ」
体の中の邪気がなくなったのだから、魔術は使えるはずだ。まだ確認していないが。しかし。
「残念ながら、魔術は木を生やせない。池はもとに戻せるが」
「じゃあ、それでいいや」
「わかった」
それくらいならできるだろう。
「心配なら、こいつが目を覚ますまでここにいてもいいぜ。ここを出るまでにやってくれればいい」
「わかった。やる」
「よろしく」
おそらく、ユリシーズはエヴァンに頼みたいことなどないのだろう。全て自分でできてしまうから。
だが、エヴァンの頼みをただで聞くわけにはいかない。だから、適当なお願いをした。
ユリシーズが部屋を出ていく。
「いい加減なのか、何なのか……」
ますます何を考えているのかわからない。
「エヴァン、水出せる? 布を濡らしたいんだけど」
カミラがバンダナを持っている。
「ああ、はい」
手を軽く振る。バンダナが濡れ、さらに床まで濡れた。
「だめだ。加減がわからない」
久しぶりすぎて、細かい調整ができない。
「すごい熱」
カミラがアリシアの汗をぬぐい、額の上に濡らしたバンダナを置く。
「早く楽になるといいが」
「苦しそうだもんね」
エヴァンと初めて会ったときでさえ、ここまでではなかった。
そして、あのときは怪我だから原因が目に見えてわかったが、今回はどうしようもない。
「何であんな無茶なことを……」
ユリシーズに敵わないことくらい、アリシアもわかっていたはずだ。それなのに、挑んだ。
事情とやらは、聞けば話してくれるのだろうか。




