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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
30/97

29. 死の領地編

 各部屋も光が入る設計になっており、朝日のまぶしさで目が覚める。


 体を起こし、目をこすった。見えていることに違和感があるが、じきに慣れるだろう。


 左目に眼帯をつける。この眼帯とサヨナラすることができなかったのは残念だが、仕方がない。


「おはようさん。眠れたか?」

「ノックぐらいしてくれ」


 ユリシーズが入ってくる。朝にはふさわしくない、真っ黒な服。


 いや、むしろ光の入る設計になっているこの城がユリシーズに似つかわしくないのだ。


「ここは、俺の城だからな。何をしようが俺の勝手だ」

「まあ、それはそうだが」


 ベッドまで使わせてくれたのだから、文句はない。


「しかし、何で人数分のベッドがあるんだよ? 使わないだろ。他に誰かいる感じもないし」

「お前らのために作ってやったの。感謝しろ」

「そりゃどうも」


 ユリシーズはエヴァンの目の前で止まった。


「で、何の用だ?」

「二階のバルコニーに来い。面白いもんが見られるぞ」

「バルコニーまであるのか、この城」


 いやいや、そんなことはどうでもいい。


「面白いもの?」

「そ。興味あるなら見に来い」

「変なもんじゃないよな?」


 ユリシーズがうなずく。


「あと、カミラって人も呼んでいいぜ」

「お前が呼びにいかないのか?」

「さすがに、女の部屋に朝から行くのはないだろ。それとも、俺が行っていいなら呼びに行くが」


 ユリシーズが行く、と考えると、どこからともなくわいてくる不快感。それを、ユリシーズのニヤニヤ顔のせいにする。


「俺が行く」

「んじゃ、よろしく。来なくてもいいけどな」

「来てほしいのか何なのか、どっちなんだよ?」

「面白いものが見られるってだけだ」


 ユリシーズが何を考えているのか、わからない。


「わかった。行くから」

「そうそう。ひとつだけ言っとく」


 扉に手をかけて言う。


「仕掛けてきたのはあっちだから、俺に文句言われても受け付けないぜ」


 そう言って、ユリシーズが出ていく。


「文句?」


 ユリシーズの意図がまったく読めない。面白いものじゃないのだろうか。




 エヴァンが行ったときにはすでに起きていたカミラに、ユリシーズの言っていたことを話す。


「……というわけで、よくわからなかった」

「確かに、よくわかんないね。面白くなくても文句言うなってこと?」

「仕掛けてきたって言ってたけどな……」


 カミラがひとつあくびをする。


「まあ、面白いの感性が違うし、考えてもしょうがないんじゃない?」

「感性なあ。あいつと一緒って言われたらへこむな」


 面白というだけで人を危険にさらせる男なのだ。


「どうする? 行くか?」

「行く。わざわざ言いに来たってことは、それなりのものなんだろうし」

「了解」


 面白いもの、を拝みに行こうではないか。




 二階のバルコニーからは、昨日通った庭が見える。そして、そこに二人が向かい合って立っていた。


「アリシア!」


 カミラが叫ぶ。アリシアがちらりとこちらに目を向ける。


「どうしてあの二人を呼んだの?」


 この距離でも、声は聞こえる。


「観客がいる方がおもしろいだろ?」

「ほんとに、趣味の悪い」

「敵わないとわかってる敵に向かう方が頭おかしいんじゃねえの?」


 アリシアは答えない。


「アリシア! だめだ、やめろ!」


 ユリシーズの言っていた意味がやっと分かった。なにひとつ、おかしなことは言っていなかったのだ。


「エヴァン、カミラ」


 アリシアがユリシーズの方を見たまま、言う。


「止めないでちょうだい」

「エヴァン、どういうこと?」

「アリシアが、ユリシーズに相手するように言ったんだ。アリシアは、ユリシーズと戦う気だ」


 仕掛けてきたのはあっち。ユリシーズはそう言った。つまり、アリシアから言い出したのだ。


 そして、文句を言うな、と言った。それは、アリシアがどうなっても文句を言うな、ということ。アリシアから攻撃するなら、そう言うのは当たり前だ。


「勝てるの?」

「無理だ。ユリシーズの方が強い」


 敵うはずがない。


「アリシア!」

「カミラ、言ったわよね?」


 アリシアの声は冷たい。というより、何かを押し殺しているような声。


「止めないでちょうだいって。私には私の事情があるの」


 アリシアが剣を抜く。そして、中段に構える。いつもの構え方。


「エヴァン、どうするの?」

「駄目だ、止められない」


 何を言っても届かないだろう。


「ユリシーズが殺さないことに、賭けるしかない」

「そんなの……」


 わかっている。ユリシーズがそんなことをする理由はない。


「手加減はしねえよ」

「ええ。わかってるわ」


 アリシアから、聖気があふれる。邪気を持っていないエヴァンでもわかるくらいの強い聖気。


「へえ、やるね」


 ユリシーズの言葉に、アリシアは答えない。


 聖気がどんどん広がっていく。木が消え、池が消える。やはり、邪気でできていたのだ。


「せっかく作ったのに」


 そう言いながらも、ユリシーズは邪気を出さない。少なくとも、感じ取れるほどには出していない。


 それが、本気を出す気がないということならいい。面白がって見ているだけなら、どこかで本気を出すだろう。


「アリシア! やめて!」


 身を乗り出すカミラを支える。


「どうした?」

「駄目だよ、止めないと。だって、顔色が」


 アリシアの顔は真っ青だ。


 全身に鳥肌が立った。敵意を感じたわけではない。もっと根本的な恐怖。


「ユリシーズ! アリシアを止めろ!」


 このままでは、アリシアが死ぬ。感じたのは、死への恐怖。


「頼む! 止めろ!」

「今の言葉、忘れんなよ」


 ユリシーズはそう言うと、指を鳴らした。


 周りが一気に邪気に包まれる。アリシアの聖気を完全に打ち消し、さらに塗り替えるほどの邪気。


 アリシアが、地面に倒れる。


「アリシア!」

「騒ぐな。死んじゃいねえよ」


 ユリシーズがアリシアを抱え、地面を軽く蹴る。それだけで、二階のバルコニーにまで上がってくる。


「気をやっただけだ」


 アリシアは、ユリシーズの腕の中でぐったりとしていた。顔色が悪いだけではない。異常に汗をかき、肩で息をしている。


「アリシアに何をしたの?」

「俺は何もしてねえよ。エヴァンに言われたから止めてやっただけだ」

「じゃあ、なんでこんなことに……」


 ユリシーズはそれに答えず、奥に歩く。それに付いて行くと、アリシアの部屋についた。


 アリシアをベッドに寝かせる。


「たいしたことじゃねえよ。力を使いすぎただけだ」

「使い過ぎ?」

「そもそも、聖気は人が使うものじゃねえんだよ。それを、限界以上に使っちまった。だから、体の方が耐えられなかった」


 オーバーヒートに似たようなものだろうか。


「じゃあ、大丈夫なのか?」

「さあな。ほっときゃ目が覚めるだろ」


 どうでもよさそうに言うと、エヴァンに向き直る。


「さて、お前は俺にお願いをした。だろ?」

「……ああ」


 あのとき、頼む、と言った。


「で、俺はそれを聞いてやった。なら、俺もお前にお願いしていいよな?」

「……ああ」


 お願い、というより命令という雰囲気だが。


「庭、もとに戻しといて」

「は?」

「だから、庭」


 もっとすごいことをお願いされるのかと思っていた。


「昨日言っただろ? 邪気は癒したりする方向には使えねえの。だから、木を生やすのにも向いてないわけ。できないわけじゃないけど。とりあえず、面倒だから、やっといて。もう魔術使えるだろ」


 体の中の邪気がなくなったのだから、魔術は使えるはずだ。まだ確認していないが。しかし。


「残念ながら、魔術は木を生やせない。池はもとに戻せるが」

「じゃあ、それでいいや」

「わかった」


 それくらいならできるだろう。


「心配なら、こいつが目を覚ますまでここにいてもいいぜ。ここを出るまでにやってくれればいい」

「わかった。やる」

「よろしく」


 おそらく、ユリシーズはエヴァンに頼みたいことなどないのだろう。全て自分でできてしまうから。


 だが、エヴァンの頼みをただで聞くわけにはいかない。だから、適当なお願いをした。


 ユリシーズが部屋を出ていく。


「いい加減なのか、何なのか……」


 ますます何を考えているのかわからない。


「エヴァン、水出せる? 布を濡らしたいんだけど」


 カミラがバンダナを持っている。


「ああ、はい」


 手を軽く振る。バンダナが濡れ、さらに床まで濡れた。


「だめだ。加減がわからない」


 久しぶりすぎて、細かい調整ができない。


「すごい熱」


 カミラがアリシアの汗をぬぐい、額の上に濡らしたバンダナを置く。


「早く楽になるといいが」

「苦しそうだもんね」


 エヴァンと初めて会ったときでさえ、ここまでではなかった。


 そして、あのときは怪我だから原因が目に見えてわかったが、今回はどうしようもない。


「何であんな無茶なことを……」


 ユリシーズに敵わないことくらい、アリシアもわかっていたはずだ。それなのに、挑んだ。


 事情とやらは、聞けば話してくれるのだろうか。


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