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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
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2. ギアトーレ編

 ギルドにカミラと潜ることを告げ、ダンジョンに入る。


「これは……思ったより気持ち悪いな。俺の顔が見える」

「まあ、私の視界です……だからね」


 今、エヴァンはカミラの視界で見ている。つまり、向かい合わせになると、自分の顔が見える。まるで鏡に向かって話しているような感じだ。それなのに前からカミラの声が聞こえる。


「悪い。俺の横に立って」

「はあい」


 こうすれば正面に見えるのはダンジョンの通路になる。カミラがいるはずの右には壁しかなく、逆に誰もいない左には自分が見えるが、横を見なければ問題ない。少なくともさっきほどの気持ち悪さはない。


「どう?」

「ちょっと酔いそうだな。俺の体の感覚と見えてるものがずれてるから」

「うーん。やっぱりそうなるよね」


 カミラが一歩進んだとき、エヴァンが止まっていたら、エヴァンの体は動いていないのに視界だけ揺れることになる。


「それに、物の位置もずれるな」


 左の壁に手を突こうとすると、見えているより壁が近くにあった。当然だ。カミラの方が左の壁から遠いのだから。


「しかも、俺の手が見えない」

「私が常にエヴァンを見続ければ、それは何とかなりそうだけど。……やっぱりうまくいかないかな」

「いや、慣れれば何とかなるだろ。感覚さえつかめれば」


 不安そうなカミラを見……ようとしたら自分の顔が見えたので慌てて前を向く。


「多少問題があろうと、見えるようになるのはありがたい。助かる」

「うん」


 うれしそうな声だ。そこで、あることに気づいた。


「この状態だと、俺はカミラの顔を見られないな?」

「そう……だね。私の視界に私の顔はないし」

「で、俺が自分で見ようとしても、顔はあまり認識できない」


 エヴァンは思わずため息をついた。


「つまり、俺は自分のバディの顔がわからないままだ、と」

「……ああ、確かに。……いや、大丈夫じゃない?私が鏡を見れば」

「鏡なんて貴族しか持ってないだろ。……ああ、でも何かに映せば見えるのか」


 水とか、何か金属とか。


「ならよかった」

「なによう。美人じゃなかったら組むの辞めるとか言わないよね?」

「言わねえよ、そんなこと。ただ、顔がわからないのはあんまりいいもんじゃないからな」


 どうせ普段は見えない顔に、美人かどうかなど求めない。というか、顔が見えたところで、冒険のパートナーの顔の良し悪しなどどうでもいい。


「そういえば、属性魔術は使えないのか?」

「風は使える。あと、属性魔術じゃないけど空間収納も使える」

「はあ?」


 思わずカミラの方を向いてしまって以下略。


「空間収納?血術二つ持ってるのか?」

「何かねえ、おじいちゃんがテレパシーで、おばあちゃんが空間収納なの。おじいちゃんがそういう特殊な人を探したみたいで。もう二人ともいないけど。だからお父さんと私は両方持ってるよ」

「信じられねえ」


 血術を二つ持っている人など、聞いたこともない。


「それだけ使えて、何でE級なんだよ」

「だってどっちも戦うのには使えないよ。空間収納だってこのカバンに大量に物が詰められるってくらいで」

「空間収納ならポケットとかに全部入れられるんじゃないのか?」


 カミラが首を横に振る。視界だけが揺れ、思わずよろめいた。


「大丈夫?」

「ああ。あんまり顔は動かさないでほしいが」

「わかった」


 カミラは親指を立てた。うなずく代わりらしい。


「できないね。理論的にはできるのかもしれないけど、私が『物を入れる場所』でかつ『ある程度たくさん入る物』って思っていないとできないから」

「なるほど。ポケットは物を大量に入れられるわけじゃないからな」

「空間収納だから、正確に言えば、このカバンの中の空間を思いきり広げてるんだよね。ポケットは空間って感じじゃないから」


 認識の問題なら、いずれはできるようになるかもしれない。だが、今はそこまでやってもらう必要はない。


「で、風魔術も使えると?」

「使えるけど、せいぜい少し風を起こすくらいで、戦うには使えないよ」

「じゃあ、それも使い勝手が悪かったのか」

「そう。だから剣で戦ってたんだけど、あまりうまくなくて」


 カミラの左の腰には剣が下げてある。


「もしよかったら教えてくれない?」

「無理だな。俺もあんまり使わないし、この状態じゃきつい」


 エヴァンほとんど使わない剣を抜いた。


 まして今この状況でカミラと対面したら自分の顔が見えるのだ。そんな状態で剣なんて教えられるわけがない。


「とりあえず、ゴブリンか何かに出くわしたら剣を使ってみろ」

「その間は視界はこのままで大丈夫?」

「ああ。早く慣れたい」


 本当は酔いそうだから嫌だが、そんなことを言っていたらいつまでたっても慣れない。





 少し奥に進んだとき、微かな足音と、空気の流れを感じた。


「来るぞ」


 とつぶやく。大きな音で魔物を刺激しないように。


「わかるの?」

「そんなこと言ってる場合か」


 カミラが慌てて剣を抜く。

 前から来たのはゴブリンだった。


「一体ならいけるだろ」

「たぶん……?」


 自信なさげに言ったカミラはゴブリンに突進する。剣を横に振るが、ゴブリンによけられる。ゴブリンはカミラに棍棒を振りかぶった。


「うわわわ」


 一歩後ろに下がり、剣でそれを受け止める。


「駄目だ、こりゃ」


 エヴァンは思わずうめいた。カミラの視界で見ているため、今、エヴァンはゴブリンと対峙している状態に見えている。エヴァンも剣の腕はそんなに良くないが、それでもカミラの動きは明らかに悪い。自分だったらここに振るだろう、というところにかすりもしない。これは、そうとうひどい。


「カミラ、下がれ!」


 カミラがエヴァンの近くまで下がってくる。エヴァンは眼帯を一瞬外した。


 ゴブリンが消える。


「たかがゴブリン一体であれだけ手間取ってどうするんだ?」

「だから、剣は苦手だって言ったのに」

「それでももうちょっとましだと思ったんだよ。ひどすぎる」

「そこまで言う?」


 カミラが剣を鞘にしまう。


「これは少し鍛えても無理だ。他の武器に変えた方がいい」

「他の武器?槍とか?」

「何でそこで槍なんだ」


 そんなもの、細腕の女が振り回せるわけがないだろう。見たところ、カミラにはろくに筋肉もついていない。


「目はいいんだろ?なら弓矢だな。風魔術も使えるし」

「弓矢?」

「ああ。目がいいなら狙う場所がはっきり見えるだろうし、風魔術で補助をすれば力がそんなになくても飛ぶだろうからな。狙い方は俺が助ければいいし……ん?」

「なに?」


 エヴァンは眉をひそめた。


「そもそも、テレパシーと風魔術って同時に使えるのか?」

「使えるよ。今だって空間収納とテレパシーと同時に使ってるし、さらに風魔術も使える」

「血術だからか?すごいな」

「何が?」


 あまりに無邪気な問いに、思わずため息をつく。


「属性魔術は、普通は一度に一属性しか使えないんだよ。だから、風を使っている間に火を使うことはできない」

「ふうん。じゃあ、血術って特別なのかもね」

「たぶんな」


 ふいに、カミラが立ち止まった。


「どうした?」

「ねえ、エヴァンのあの力って何なの?」


 エヴァンに配慮しているのか、前を向いたまま話す。


「今だって、魔石は残ってなかったよね?」

「理由は俺にもわかんねえけど」

「へ?」


 素っ頓狂な声を出される。まあ、その気持ちはわかる。


「昔、魔族に負けたんだが、その時に魔族の邪気が目に入ったらしい。左目は眼帯を取ったら、目に入った魔物が全部死ぬ、というか消える。人間相手にはやったことがないからどうなるのかはわからないが」

「なんか……すごい邪眼だね」

「で、なぜか魔石すら残らない」


 その理由はわからない。わかったところでどうしようもないが。


「そういう事情があったんだ」

「人には言うなよ」

「言わないよ。私も血術のことは黙ってもらってるし」


 互いの秘密を抱えた場合、それは抑止力になる。きっとカミラはそんなことは考えていないのだろうが。


「言えるような相手もいないし」

「……そうか」


 聞いてはいけないことを聞いた気がした。





 ダンジョンを出て、武器屋に入る。


「ねえ、すごくない?この大剣!」

「わかったから、そうはしゃぐな」

「むう。弓矢だよね」


 カミラが弓を手に取る。


「こんな感じ?」

「構えは合ってるけど……、弦はどうだ?」

「ちょっと固いかなあ。引くの大変。これじゃ疲れる」

「お困りかい?お嬢ちゃん?」


 店の奥から大柄なおじさんが出てきた。


「この弦、もうちょっと引きやすいやつありますか?」

「ああ、それならこっちはどうだ?その弓は少しでかいだろ?」


 そう言って少し小ぶりな弓を持ってくる。


「確かに。これくらいの方がいいかもしれません」

「切れたら張ってやるから来いよ。矢はどれくらい?」

「十本ください」


 おじさんはカミラに、束になった矢を渡した。


「矢筒もいるよな?」

「はい」

「他は?」

「火と水の魔石を」


 エヴァンが横から言う。


「わかった。量は?」

「水は十日持つくらい。火は少しでいいです」

「おう。これくらいだな」


 とんとん拍子に買う物が決まった。


「弓が千タリーに、矢が十本で三百タリー。それから魔石が全部で五十タリー。合計千三百五十タリーだな」


カミラがカバンから革袋を取り出し、お金を払う。


「まいど」


 おじさんに手を振られ、店を出た。




「意外とお金は持ってるんだな」

「まあ、大量に持ってるわけじゃないから、余裕はないけど。武器はちゃんとしたやつ持ってないといけないから」

「それはそうだな」


 そこでお金をケチって死んだら意味がない。


「それにしても魔石なんて初めて買ったよ」

「これまでどうしてたんだ?」


 火の魔石は明かりや料理に。水の魔石は飲み水と、体をきれいにするために。自分がその魔術を使えないのなら、持っているのが普通だ。


 ちなみに、魔物からとれる魔石と、この店で売っている魔石は同じ物である。何かをして、特定の魔術を使える魔石になる。使い方は簡単だ。魔石に向かって魔術を少し放つだけ。だから、魔術を使えさえすれば、誰にでも使える。


「あんまり暗いときは外にでないから、明かりは必要なかったんだよね。空間収納ができるから、水がかさばるのは問題なかったし。あと、魔石って結構高いから」


 カミラにはつくづく常識というものがないと思う。





 冒険ギルドの地下には、剣や弓を練習できる場所がある。


「違う。もうちょっと上に向けろ」

「ええ?今真ん中狙ってるんだけど」

「矢は落ちていくんだから上にしないとだめだろ」


 離れた的にカミラが矢を放つ。


「お! 的にあたった」

「やっとな」


 初めてだから仕方ないとはいえ、最初は的にあたりさえしなかった。ただ、この練習にテレパシーはちょうどいい。カミラが構えたあと、細かく指示を出せる。


「エヴァンって弓矢できるんだね」

「いや、少ししかやったことないけど」

「じゃあなんでこんなに指示できるのよ? もしかして適当に言ってる? そしたら怒るからね!」

「適当じゃない。さすがに」


 だが、エヴァンは弓矢を武器にしているわけではない。


「長距離の魔術で狙うのと同じようなもんだからな。そこに、矢が落下することを考えるだけだ。何となく感覚がわかっているから、カミラより覚えが早いだけだな」

「エヴァンって魔術使えたんだ」

「言ってなかったか?」

「言われてないよ」


 カミラが少しすねたように言う。


「悪かったって。魔族に負ける前は使えてたんだよ。なぜか使えなくなったけど」

「それは……大変だったね」

「まあな。で、もうやらないのか?」

「やる。けど、腕が疲れた」


 矢を引くのにはかなり力を使う。さらに弓を狙う場所に固定するのも体力を使う。


「カミラはもうちょっと鍛えるべきだな」

「耳に痛い……」


 それでも練習をやめる気はないのだから、うまくなるかもしれない。言ってやる気はないが。



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