27. 死の領地編
ユリシーズが片頬を上げて笑った。
「玄関で立ち話もなんだろ。入れよ」
その言葉に罠を疑ってしまう。だが、
「罠とかはねえからさ」
と言った。読まれている。
「わかった」
ユリシーズは背を向けると、城の奥に進む。攻撃の意思は本当にないのだろう。
『エヴァン、どうする?』
『ついていくしかないな』
中に入ると、扉が音を立てて閉まる。
もう戻れない。
「アリシア、大丈夫か?」
「大丈夫よ。行きましょう」
相変わらず眉をひそめてはいるが、辛そうではない。
「早く来い。治してやらねえぞ」
ユリシーズがたくさんあるうちの、ひとつの扉を開ける。
「応接間、か」
椅子が五脚。机が一つ。装飾などもされており、かなりきれいだ。豪華すぎないところも、居心地がいい。
ここが、ユリシーズの城でなければ、の話だが。
「じゃ、座って」
ユリシーズが座る。
「アリシア、これ座っても大丈夫なのか?」
どうせ聞こえているのだろうが、小声で聞く。面白そうにニヤニヤされているが、気にしない。気にしても仕方がない。どうせ何を言おうがニヤニヤするのだ、こいつは。
「大丈夫よ」
そう言うが、アリシアは座ろうとしない。
「座らないの?」
「私はいいわ。立っている方が落ち着くから」
アリシアから見ればユリシーズは物凄く相性の悪い相手。座りたくないのもうなずける。
エヴァンも座りたいとは思わないが、座らないと話が進まないのだろう。
「そうか」
エヴァンが座ると、カミラも右隣に座る。
ユリシーズの両隣が空いている状態になる。
「もうちょっと早く来るんだと思ってたけどな」
「俺らは人間なんだよ」
一応、れっきとした人間である。反則みたいな強さを持って言いようが、人間なのである。
「それにしても、生きているとは思ってなかったぜ? エヴァン。あのときに死んだと思ってた」
「死んだと思ってた?」
「ルイに聞くまではな。まさか俺の邪気を直接浴びて死なないとは。これまでそんな奴はいなかったからな」
おかしい。何がおかしいって、ユリシーズが、エヴァンが生きていることを知らなかったことがおかしい。
「アリシア。ユリシーズがそうし続けない限り、俺の体に邪気がとどまることはないんだよな?」
「ええ。人は聖気に近いから、反対の存在である邪気を追い出そうとするはずよ。だから、何もせずにいたらすぐに消えるわ」
アリシアは、前にもそう言っていた。ユリシーズの意思がなければ、エヴァンの左眼に邪気がずっとあることはない、と。
「それなのに、お前は俺が死んだと思ってたのか?」
そうだとしたら、ユリシーズの意思がないことになる。死んだ人間に邪気をとどめさせることに何の意味のない。
「何だ。そんなことで悩んでたのか?」
そんなこと、ではない。
「俺は、お前が死ぬまで邪気が体にあるようにしただけだ。だから、死んでない限り消えることはないな」
「……つまり、普段は意識していなかった?」
ユリシーズがうなずく。
「何でお前ごときのために、俺が常に力を使わないといけないんだ。そんなことするわけねえだろ」
「でもエヴァンのことを殺そうとしたんじゃないの?」
カミラの問いに、ついにユリシーズが声を出して笑った。
「あれはエヴァンがやらかしただけだろ? 俺は何もしてないぜ」
「そう……なんだよな」
あれはエヴァンがユリシーズを攻撃したときに、邪気を浴びてしまっただけである。誇張でもなんでもなく、ユリシーズは何もしていない。
「俺に真っ向から向かってくるやつはほとんどいないから、面白かったけどな。だけど、それだけだ。殺す価値もない。うぬぼれんなよ」
どんなに軽く言っていても、その内容は絶対的強者のもの。いや、だからこそそんなに軽く言えるのだろうか。
「殺そうとしてたんなら、俺を認識する前に終わってる」
「……だろうな」
認めるのが悔しいとすら思わない。
「とはいえ、生かしておきたいわけでもなかったし、死んだと思ったからな。お前が死ぬまで邪気があり続けるようにしたことに大した意味はねえよ。というか、ほぼ無意識だ。ルイに言われるまで、そんなやつのことなんて覚えてすらなかったしな」
ほぼ無意識の行動のせいで、ずっと苦しめられたのだと思うと腹が立つ。だが、それを責めたところで、反省などしないだろう。精神的な意味でも、ユリシーズは別の次元を生きている。理解できるものではない。
「俺の眼を治すって言ったのは嘘じゃないよな?」
「嘘じゃねえよ。約束通り、ここまで来たんだから治してやるよ」
残念そうな風もない。本気でエヴァンなどどうでもいいのだろう。
「それを信じてここまで来たんだもんな。そういう奴は嫌いじゃないぜ」
「男に言われてもうれしくない」
というより、ユリシーズに言われてもうれしくない。
「ただ、左目はもう治らないぜ」
「は?」
この左目を何とかしてもらうために、わざわざここに来たというのに。
思わず身を乗り出すが、ユリシーズの表情は変わらない。
「そこから邪気を抜くことはできる。それくらいは簡単にな。だが、その目はもう死んでる。治らねえよ」
「どういう意味だ?」
「あんたならわかるんじゃねえの? 巫女さん」
いきなり話を振られたアリシアは、大きく息を吐いた。
「私たちでも治せないのね?」
「無理だな。俺の力の方が強い」
話の展開が読めない。
「どういうことだ?」
「邪気でもう目がボロボロなのよ。聖職者の治療で治せるかとは思っていたんだけど」
「人が死ぬような濃さの邪気で、お前の目が無傷なわけないだろ? 右目は邪気に少し影響されて見えにくくなっているだけだろうから、邪気を抜けば見えるようになる。だが、左はもう無理だ」
それを、考えたことがないわけではなかった。だが、信じていた。信じていたかった。
「治療で治せないのか?」
「言ったろ。俺の邪気の方が強い。そいつらの弱い聖気じゃ到底治せねえよ。死人を生き返らせるのが不可能なのと同じようなもんだ。できないんだよ」
「ユリシーズは治せないのか?」
こいつが治してくれるとは思わないが。
だが、帰ってきたのは予想外の答えだった。
「俺がやるわけねえだろって言いたいところだけどな。その度胸に敬意を払って教えてやるよ。俺にはできない。不可能だ」
「お前の邪気なんだから、強さ的には問題ないんじゃないのか?」
「そりゃ、強さは問題ねえよ。そうじゃなくて、向き不向きの問題。邪気は治療には向いてねえの。木を生やすくらいならできるが、癒しの方向には使えない。逆に、聖気は攻撃には向いてない。だろ?」
アリシアがうなずく。
「そう言われているわね。形を自由に変えられない私たちには関係ないけれど」
「治療の形にはかえられない、のか?」
「そういうこと。逆に聖気は攻撃の形には変えられないな。でも、何となくわかるだろ? 光はものを癒し、闇は攻撃する。実際、光と闇ってわけじゃねえけど、それに近いものではあるからな」
「アリシアって攻撃してなかった?」
カミラは魔物を消したときのことを言っているのだろう。
「あれは、邪気を聖気で消しただけよ。攻撃の形を持たせたわけじゃないわ。ユリシーズが言っているのは、聖気で邪気を持たない生き物を傷つけることはできないっていうことよ。聖気で人を傷つけることもできないわね」
「さてと、話は終わったか?」
ユリシーズが立ち上がる。
「治すとは言ったからな。邪気は抜いてやるよ。少し痛むかもしれんが、文句は言うなよ」
扉に手をかける。
「どこへ行くんだ? ここでやらないのか?」
「お前らはここに居ろよ。俺は扉の外にいるから」
「見られたらまずいのか?」
そう聞くと、首を横に振る。
思いっきりめんどくさそうな表情で。
「そういうわけじゃねえよ。だけど、お前らの感動シーンなんて見てても楽しくないからな」
「あのなあ……」
もう少しましな言い回しをできないのだろうか。
「安心しろ。失敗はしねえよ」
「眼帯ははずさなくていいのね?」
「ああ。そのままでいい」
自身のある声。
大丈夫。こいつは嫌な奴だが、嘘はつかない。




