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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
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26. 死の領地編

 死の領地に入ってから十日。

 カミラが奥を指差した。


「あれ、木だよね」

「木だな」


 木なんて、死の領地に入ってから一度も見ていなかった。いくら進んでも同じ景色で、進んでいる気がしなかったのに、カミラの指の先に木が生えている。


「それも一本じゃないね。けっこう大量に生えてる」

「はっきりとは見えないけど、砂漠にあるような木じゃないわね」


 山に生えているような、普通の木。


「ってことは、あれが城かな」

「だろうな。どうやって建てたんだ、あんな高さ」


 黒いとがった屋根が見える。それも、けっこうな高さに。


「しかも、材料ないよね。こんなところ」


 見渡す限り砂しかない。建物を作れそうな大きな材料はない。


「木では作らないだろうしな。何であんなところに木が生えてるんだかわかんないけど」

「魔族は邪気の形を変えられるから、何があってもそう不思議ではないわよ。あの城が未知の材料でできていたんだとしても、驚くことでもないわ。木を生やすこともできるでしょう」


 アリシアが冷静な声で言った。だが、エヴァンは首をかしげる。


「いや、できるのか?」

「魔術だとしたら、できるの? 木を生やすのって」

「できない。さすがに魔術にも限度がある」


 血術と風魔術だけのカミラはあまり意識しないかもしれないが、全属性使えるエヴァンにとっては重要だった。組み合わせができるため自由度が高いが、それでも越えられないところがある。


「魔術は生き物を作ることはできない。人間はもちろん、他の動物や魔物、植物も作れない。それがひとつ目。ふたつ目は、自分が認識できない範囲に魔術はかけられない。俺の場合は、見えていない部分には魔術をかけられない」

「そうなんだ」

「つまり、木を生やすなんてのは不可能なんだよ。ついでに、命に関することはできないから、怪我とか病気を治すことも不可能。そういう血術がないとは言えないけど、聞いたことはないな」


 少なくとも、火、水、土、風の四属性には不可能。これまで何人か血術持ちに会っているし、ギルドも血術持ちの情報は持っているが、そんな話は聞いたことがない。


「だからこそ、聖職者が聖職者としてあがめられているっていうのはあるわね。命に手を加えることは、神の力にしか許されていないわ。邪気にはできるのかもしれないけれど」


 聖気と邪気はしている。互いに害であるだけで、性質は同じ。それが正しいとしたら。


「そうなると、邪気にもできるできないがあるってことか? 聖気でできることが治療と浄化だけだとしたら、邪気もそんな感じか?」

「そうだとしたら魔族ってそんなに強くないことになりそうだけど」


 アリシアが首を横に振る。


「それはないわよ。できないことはあるかもしれないけれど、聖職者みたいにひとつしかできないことはないわ」

「何で?」

「私たちはあくまで神の力の一部を使っているだけ。神の持つ力のすべてを使うなんてしたら、人の体の方がもたないもの。だから、本来神の力、聖気はもっといろいろなことができるはずよ」

「そうか。簡単にはいかないな」


 たとえ制限があったところで、ユリシーズに勝てるわけでもないだろうが。一部の力を持っているに過ぎないエヴァンがこの強さなのだ。本人はこの何倍の力を持っているのだろう。


「そう考えると、何でエヴァンがそれだけの邪気を持っていても平気なのかって話になるよね」

「それは知らないわよ。偶然としか言いようがないわ」

「まあ、それがわかったところでどうにかなるわけでもないからな」


 特別知りたいとも思わない。それに、アリシアが知らないのなら誰も知らないだろう。というか、こんな事例が今までにないのだから、わかるはずがない。アリシアが推測すらしないのは珍しいが、それほどに謎なことなのだ。


「かなり近づいたね。こんなに大きいんだ」


 周りに生えている木と比べると、かなり大きい。タルアの王宮と同じくらいの高さはあるんじゃないだろうか。数度しか見たことがないが、デザインも何となく似ている。


「タルアの王宮を意識して作ったのか?」

「確かに。言われてみれば似てる」

「ユリシーズ以外にも何かいるのかしらね」


 一人で住むには広すぎる。ユリシーズは人間ではないが、サイズは大柄な人間くらいだ。エヴァンより背は高いが、体はどちらかと言うと細い。


 つまり、この城はユリシーズからしても広すぎる。


「あいつと同居できるやつがいるのなら、見てみたいけどな」


 おもしろければなんでもやってしまいそうな、どうしようもない自由人と。


 エヴァンなら無理だ。


「おもしろいからって理由だけで、この城も建ててそうだよね」

「そうだとしたら、かなりの労力をかけていることになるが」


 木が目の前に来る。


「普通の木だな」


 手触りは普通だ。


「そうなの?」


 触れようとしたカミラを、アリシアが止める。


「触らない方がいいわ」

「何で? 普通の木みたいだけど」

「邪気でできているんだとしたら、どんな影響があるのかわからないわよ。エヴァンは大丈夫かもしれないけど、気を付けた方がいいわ。その木から邪気を感じるし」


 カミラが手を引っ込める。エヴァンも触れていた手を戻した。大丈夫かもしれないと言われても、触っていたいものではない。


「嫌なところね。すべてのものから邪気を感じるわ」


 アリシアが珍しく不快感をあらわにする。


「俺はそこまで感じないけどな」

「あなたの邪気もここの邪気も、ユリシーズのものでしょう。何かあるのかもしれないわ」


 同じ邪気だから、感じにくくなっている。その可能性はある。誰の邪気、という区別がどの程度あるのかは知らないが。


「感じられてもそうじゃなくても、別にどっちでもいいんだけど」


 邪気があるとわかったところで、何かができるわけではない。 


 木の間を潜り抜ける。


「小さな森みたいな感じだね。なんか癒される」

「これが全部邪気だって考えたら嫌になるけどな」


 抜けきった三人は、思わず足を止めた。


「水だ」

「オアシスみたいだな」


 目の前に池がある。それなりの広さで。


「これも邪気か?」


 オアシスのところにユリシーズが城を作ったのか、この水も邪気で作ったのか。その意味合いはかなり違う。まだ前者の方がかわいげがあるのだが。


「邪気よ」


 アリシアが眉をひそめて答える。残念ながら、後者だったらしい。


「アリシア、しんどい? 大丈夫?」

「不快なだけよ。邪気がかなり濃いから」


 顔色はそこまで悪くない。それに、今ここで休む意味はない。


 池の周りを歩き、城に近づく。


「ずいぶんきれいな庭だな」


 あきれてしまう。岩や木がきれいに配置されている。そういうことに疎いエヴァンでも、きれいだと思える。ここがユリシーズの居城でなければ、の話だが。


「さすがに花は咲いてないね」

「これで咲いてたら逆に雰囲気を壊すだろ」


 タルアの白い王宮とは逆に、この城は黒い。


「ユリシーズには似合いだな」


 あの男に白は似合わない。




 城の目の前に着く。


「でかいな」


 階段を上がり、扉の前に立つ。


「開けた瞬間に魔物が出てくるとかじゃなければいいんだけどな」

「たどり着けたら治してくれるって言ってたんだし、それはないんじゃない?」


 それが条件なら、もう満たしたことになる。


「じゃあ、開けるぞ」


 鍵はかかっていない。見た目以上に重い扉を、ゆっくり押し開ける。


「誰もいない、か?」


 光を取り入れられる設計なのか、中は明るい。だが、何の気配もしない。


 そう思った。


「やっと来たか。待ちくたびれたぜ」


 その瞬間、ユリシーズが目の前に現れた。

 最初見たときと同じ、真っ黒な服。


「いらっしゃい」


 そう言って、笑った。



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