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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
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25. 死の領地編

 意識が戻ってから三日経って、エヴァンはベッドから降りた。もう少し早く出たかったのだが、カミラとアリシアに止められたのだ。


「どう?」

「歩くだけなら問題ないな。少し痛むけど」


 背中がひきつるような感じがする。熱を持った痛みではない。アリシアの薬湯が効いているのだろうか。


あとは、四日以上寝たきりだったせいで、体が凝っている。こればっかりは仕方がない。体を伸ばそうとしたが、傷が痛んだのでやめる。


「それは問題ないって言わないの」


 カミラの声はまだ心配そうだ。


「剣とか使わなければ大丈夫だろ。これくらいなら問題ないって」

「……ならいいけど」

「あんまり動くと傷が開くから気を付けてちょうだい」


 エヴァンはもともとそんなに動く戦い方をしない。こうなる前は魔術メインで戦っていたため体を動かす必要はないし、今は眼帯をとるだけで倒せるのだから、これまた動く必要がない。傷が開くようなこともないだろう。


「また魔物が大量に来るとかがなければいいんだけどな」

「そうなったらどうしようもないわね」

「いや、どうしようもない、じゃないでしょ。なんとかしないと」


 カミラの言葉に、


「冗談よ」


 とアリシアが笑う。だが、すぐ真剣な顔になる。


「だけど、そうならないことを祈るしかないわね。いきなり私たちが強くなるわけじゃないもの。どうしようもないっていうのも嘘ではないわ」

「そうなんだよな」


 邪気が濃くなるにつれ、出てくる魔物はどんどん強くなる。だが、自分たちの実力は変わらない。ダンジョンなら自分の実力に合った階層に行けばいが、ここではそうもいかない。


「グダグダ言っても仕方がない。行くぞ」

「ほんとに大丈夫? 無理してない?」

「じっとしている方が体に悪い」


 正確に言えば、精神に良くない。動きたいのだ。




 テントの外は静かだった。あれほど魔物に襲われたのが嘘のようだ。


「魔物の気配もないな」

「見えるところにはいないね。よかった」


 ユリシーズにはまっすぐ西に来い、と言われている。


「あっちの方にも何も見えないんだけどね。どれくらい距離あるんだろう?」

「ただ、あっちの方が邪気が濃いから、何かがあるのは確かだな」


 周りの邪気も濃いためそこまではっきりとはわからないが、西の方が邪気が濃い。反対に、東は人里に近いからか、邪気が薄い。


「なんか、人が近づいちゃいけないような気がするんだけど」

「嫌な感じ、か?」

「うん。行きたくない感じ」


 カミラは、死の領地に入るときもそんなことを言っていた。


「体が拒絶しているんでしょうね。聖気に近い存在だから、仕方がないわ。言葉通り、人が来るような場所ではないわよ」

「だよね」


 エヴァンは相変わらず何も感じない。


「俺の邪気よりは弱いんだな」

「あなたの邪気より強かったら、人なんて近づいただけで死ぬわよ」

「ああ。そうだったな」


 アリシアに会ったときにそう言われたし、本能的にエヴァンも理解していた。


「それに、ほとんどの魔物も存在できないわね」

「そっか。消えちゃうから」


 容器である魔石が壊れたら、魔物は消える。エヴァンの邪気は魔石を壊すくらい強いのだ。ドラゴンのように、よほどの魔物でない限り、存在することすら許されない。


「そう考えると、ユリシーズって相当だよね」

「あれはもう、この世に存在していいものじゃねえよ。神様みたいなもんだ」


 言ってから、アリシアの方を見る。


 巫女に対して、失礼なことを言ったのかもしれない。


「気にしないで。言いたいことはわかるし、私もそう思うもの」


 アリシアはあっさりそう言った。あまり神を信じていないエヴァンやカミラが何を言っても、アリシアは基本的に何も言わない。注意したのは、町で金の話をしたときだけだ。


「俺らに神を信じさせようとは思わねえの?」

「私に言われたところで何も変わらないでしょう」

「まあ、な」


 奇跡でも起こらない限り信じることはない。いや、怪我を治療してもらったり、アリシアの浄化を見たりはしているから、神の力が存在しているとは思っている。だが、自分が熱心に信じたところで、神に救われるとは思っていない。


「それに、神は心の支えになるものなの。そもそも全員が同じものを信じる必要はないのよ。信じさせるものでもないわ」

「あっさりしてるんだね。それくらいの方が付き合いやすくていいけど」


 確かに、神の話をずっとされたら、話しづらい。


「それにしても、不気味なくらい何もいないわね」

「ああ」

「何も見えないんだよね。地面しかない」


 どこを見渡しても、砂と空しかない。あとはところどころに草が生えているくらいだ。生き物の気配もない。


「墓場みたいなところだな」


 生きている者が来てはいけない、不毛の地。死者だけがいることが許されるような。


「死の領地って言葉の意味が分かる気がするよね。入ったら死ぬっていうのもそうだけど、これは確かに死んでる」

「水がどこにもないから、そう感じるのかもしれないわね」

「なるほど」


 生きるのに不可欠な水。それがどこにもない。砂漠だから当たり前なのかもしれない。だが、オアシスのようなものも、一度も見ていない。


 おまけに、空気も乾いている。水の存在を感じないのだ。


「ユリシーズが近くにいるのなら、魔物が出ないのもうなずけるな」

「そうなの? なんかむしろ大量に魔物がいそうだけど」

「強すぎるんだよ、あいつは」


 普通に考えてはいけない。


「ダンジョンでも、ゴブリンとかオークが出てくるのは、下の階層の強いやつらに殺されないように、だろ?」

「でも、それと同じように考えたら、強い魔物がたくさんいるはずじゃないの?」

「単に邪気が濃いだけなら、そうなるな。だけど、殺されたくないって考えると、ユリシーズの近くにはいないだろ。殺されるからな」


 カミラが手をポンと打つ。


「そっか。多少邪気が薄くても死ぬよりましって考えるから、ゴブリンとかは上に出てくるわけで。ってことは、魔物は同族殺しをするってことだもんね。ユリシーズに殺されたくないって思ったら、そりゃ近づかないか」

「力の一部を持っているエヴァンでさえ、見ただけで殺せるものね」

「これでユリシーズのところまで一切魔物がでなかったら楽なんだけどな」


 エヴァンは本調子とは程遠い。


「そうもいかねえだろうな」


 今は魔物の気配がない。


「アリシア。ユリシーズの邪気は感じるか?」


「無理ね。周りの邪気が濃すぎるわ。せいぜい今私たちが向かっている方の邪気が濃いことはわかるけど、それ以上はまったく」

「やっぱりそうか。俺もわからん」


 だが、ユリシーズは嘘をついていないはずだ。


「高みの見物ってのも腹が立つんだけどな」

「それは思う。何してるんだろうね」


 城とか言っていたが、そこでのんびりしているんだろうか。


 腹が立つのも仕方がないと思う。


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