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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
24/97

23. 死の領地編

 死の領地に入ってから四日。

 邪気はかなり濃い。


「なんかもう、気が滅入るんだけど、この空気」


 カミラがうっとうしそうに言う。


「無駄にストレスがたまる」

「邪気が濃いから仕方がないわね」


 そう言うアリシアも疲れた顔をしている。


「邪気は体に害だから、長くいるとどうしてもストレスがたまるのよ。仕方がないわ」

「アリシアは大丈夫なの?」

「私は聖気で守っているもの。そういう影響はないわよ。少し疲れが取れにくくなってはいるけど、今のところ大したことはないわ」


 カミラが深く息を吐いた。


「エヴァンは元気そうなんだけどね……」

「さすがに少し疲れてきてはいるけどな」


 自分の方がよっぽど強い邪気を持っているエヴァンは、死の領地の邪気には影響を受けていない。旅の疲れが少しあるくらいだ。


「目は大丈夫なの?」


 エヴァンはかなり眼帯を取って目を使っていた。ワームくらいなら倒せても、それ以上となると、やはりきつかったのだ。


 カミラの矢はそこまで強くはなく、血術は戦闘には応用しにくい。エヴァンの剣の腕は中堅以下。アリシアは聖気で多少魔物の動きを鈍らせることが出来るが、決定打になるようなものではない。


 エヴァンの目がなければ、死の領地に太刀打ちできるようなものではないのだ。


「大丈夫だ。何ともない」

「本当に?」

「本当だって。これまで目が痛んだのなんて、二回だけだしな」


 カミラがエヴァンを見る。エヴァンは目を背けた。自分の顔と対面する気はない。


「あ、ごめん」


 カミラが顔を前に戻す。いつもはエヴァンの方を見ないように配慮してくれているのだが。


「で、いつ?」

「一回目は眼帯作るまでだな。あのときは何がどうなっているんだかわからなかったから」


 ユリシーズに倒され、意識が戻ったあと。何かを感じてはいたがそれが邪気だとはわからず、自分の目がろくに見えない理由もわからず。要するに、何もわからなかったのだ。


「眼がこんなことになってるってことも気づかなかったんだ。で、体も痛いし座り込んでいたら、左目の痛みがひどくなってきてな」


 ちょうど、ユリシーズの邪気が目に入ったときのような痛みだった。


「それで、そこから何で眼帯にいくわけ? 普通、痛いからって眼帯を作ろうとはしないよね?」


 非常に真っ当な指摘である。


「別に眼帯を作ろうとしたわけじゃねえよ。冷やしたら楽になるかと思って、服を割いて水で濡らして押さえたんだ。そしたら、体から何かが出てる感じが止まって、痛みも少しおさまったからな。それで、眼帯を作った」

「へえ」

「二回目は、ダンジョンの奥で自分で限界まではずしてみた」


 黙って聞いていたアリシアが顔をしかめる。


「痛むくらいで済んでよかったわね。そんなことをして。死んでもおかしくなかったわよ」

「まあ、な」

「もうそんなことしちゃだめだからね」


 カミラがエヴァンの袖を引いて言う。


「わかってる。もうしねえよ」


 それ以前に、目が治ってくれるといいのだが。つまり、無事にユリシーズの下にたどり着けないと、話にならないのだ。




 夕刻。


「何か来るな」


 砂を踏む足音。それも、一つではない。


「あっちから来るね」


 カミラが指をさす方向に、動くものが見えた。


「見にくいけど……、けっこう数が多いね」


 今は夕方。遠くがはっきり見えない。


「地面からなのも感じないのは幸いだな。見える敵なら何とかなる」


 眼帯をはずせばいい。


「アリジゴクかな、あれ」

「それなら、足の関節を狙え。他は硬いから、矢が通らない」

「わかった」


 エヴァンは剣を抜いた。

 まだ魔物の群は遠い。


「カミラ、水はまだ余裕あったな?」

「まだあるけど。何で?」

「この辺りに水をばらまけ。その方が足場がよくなるし、砂漠の魔物は水に弱い奴が多い」


 魔石は魔力を流し込んで使うもの。この三人の中では、カミラしか使えない。


「うん」


 カミラが水の魔石を取り出す。


「どれくらい?」

「地面が少し湿ればいい」

「了解」


 カミラが水を撒く。


「ありがとう」


 魔物が近づいてくる。エヴァンは眼帯を取った。


「消えるくらいの奴で助かったな」


 イマリナのダンジョンのドラゴンのような奴が今出てきたら苦しい。


「エヴァン! 後ろ!」


 振り返ると、魔物の群がいた。それも消す。


「何でこんなに多いんだよ」


 それに答えられる人はいない。


「まずいわね」


 四方八方を魔物に囲まれる。消しても消してもわいてくる。


「スタンピートみたいな感じか?」


 魔物の行動が異常だ。そもそも、魔物はここまでまとまって動いたりしない。


「近くに核があるのかもしれないわ」


 アリシアが地面に剣を突き立てて言う。聞き返そうとしたが、アリシアは祝詞を唱えていた。


 ダンジョンのもとになる核が近くにあるのなら、これだけ魔物がわいてきてもおかしくない。


「数が多い!」


 苛立って吐き捨てる。


 遠くの敵はカミラが矢で鈍らせ、近くの敵はエヴァンが目で消す。


「どうすんの? エヴァン!」


 カミラが叫ぶ。


「どうしようもない!」


 原因を探ることが出来れば一番だが、そんな余裕はない。それに、核を見つけたところでどうしようもない。昔の人が地面に埋めるくらいしかできなかったのだ。


「あっ」


 左目の奥が痛んだ。針で刺されるような痛み。


「どうしたの?」

「大丈夫だ!」


 この目がなければ殺される。


 だが、痛みはひどくなっていく一方だった。頭痛もしてきて、息が乱れる。


「エヴァン!」


 平衡感覚が狂い、地面に倒れ込む。それと同時に、背中に焼けるような痛み。


「ああああああ!」


 エヴァンは痛みをこらえ、左目でその魔物を消した。かなり近くに来ている。だが、頭痛がひどく起き上がれない。


 血が失われていく。


「エヴァン!」


 カミラがエヴァンを守るように立つ。だが、弓矢だけで戦えるはずがない。


「カミラ! どうしたの?」


 アリシアが歌を止めて振り返る。


「……悪い」


 聞こえないくらい小さい声しか出なかった。だが、


「黙って休んでなさい。眼帯つけて」


 アリシアはそう言った。


 エヴァンはゆっくりとした動作で眼帯を取りだした。そして、それをつける。背中の傷は痛むが、目の痛みは少しだけおさまったような気がした。


「カミラ、スペースを作るわ。テントを出して、エヴァンを中に」

「どうすんの?」

「本気出すわ」


 アリシアのまとう空気が変わる。


「去れ!」


 腹から出された声。これまでとは比べ物にならないくらい強い聖気が放たれる。死の領地の邪気も、魔物の邪気も、一掃してしまえるほどの、強い聖気。


 魔物が、消えていく。見えなくても、はっきりと感じた。


「カミラ!」

「わかってる!」


 カミラがテントを出す。テントの中はカミラによって作られた異空間。ある程度安全だ。


「エヴァン、ゆれるよ」


 カミラに抱き上げられる。背中の傷に当たる。もう自分が叫んでいるのかどうかすらわからない。


 だんだん、意識がもうろうとしてくる。耳鳴りがする。もう何もわからない。


「エヴァン!」


 カミラの声に答えることもできず、エヴァンは目を閉じた。


目と眼が混同されていたのを、目に統一しました

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