19. ナホマ編
ギルドの外に出る。アリシアはひとりで立っていた。今回は誰にも話しかけられなかったらしい。
「何を話してきたの?」
「カミラの級に関してと、あと依頼を受けた」
「そう。上がったのね。おめでとう」
カミラの腕には赤いリボンがついている。
「依頼の内容は?」
エヴァンは、副支部長からの依頼の内容を話す。
聞き終わったアリシアは、眉を寄せた。
「魔物が死の領地から、山を越えてきているのね?」
「スタンピートではなさそうだが。そんなことは起こるのか?」
「普通は起きないわね。魔物は邪気の濃いところに居ようとするから、わざわざ薄いところに来ることはないはずよ。死の領地に接しているところは邪気が他よりは濃いけれど、それでも死の領地よりはかなり薄いもの」
やはり、普通ではないことが起きているのだろう。
「ねえ、スタンピートって?」
「聞いたことないのか?」
冒険者なら、一度は聞いたことがあるはずだ。
「あるにはあるけど、何だったかは覚えてなくて」
「スタンピートってのは、魔物が大量に町に押し寄せてくることだ。近くにいる冒険者は総出、A級冒険者は必ず行く。それでも人が住むところに入っちまうと、かなりの死者が出るな」
「どこから押し寄せてくるの? わいて出るわけじゃないでしょ?」
「死の領地からだな。一番最近は五年前のリーンか。俺はまだ冒険者じゃなかったから詳しくは知らないけど、けっこう被害が出たらしいぞ」
そのときのスタンピートを見た冒険者は、いまだにそのことをよく語る。
「一応、ダンジョンから大量に魔物が出てきた場合もスタンピートって言うわよ。大昔にしか起こっていないけれど」
「何にせよ、そうしょっちゅう起こることじゃないな」
「ふうん」
しょっちゅう起こっていたら、それはもう大変だ。
「あとさ、報酬がないってどういうこと? 魔物の討伐に関しては報酬はないですって言ってたけど」
「普通は報酬なんてないぞ。俺らだって、取った魔石を売って金をもらってるだけだ。あれは報酬じゃない」
「そっか。あれは買い取りか。じゃあ、報酬って何なの?」
カミラが知らないのも無理はない。大半の冒険者には縁のないものだ。
「B級とかA級の冒険者だと、個人的に依頼が来るんだよ。俺がドラゴンを倒しに行ったのはそうだったし、イマリナのダンジョンも俺に依頼してただろ。そういうときは報酬が出るんだよ。ドラゴンを倒す、みたいな依頼ならドラゴンの魔石の買い取りと、それに追加して報酬が。原因調査とかは、魔石を得られるものじゃないから、報酬がかなり高くなるな」
「へえ。だから、エヴァンはあんなにお金を持ってたんだ」
「そうだな。A級ともなると、報酬がかなり高いから。報酬は依頼人がいる場合はその人が出してくれる。俺のドラゴンのときはリーンの町が出してた」
A級は国内に三人しかいなかったのだ。そのぶん、価値は跳ね上がる。
「じゃあ、あの地図の話ってなんでお願いだったの?」
「ちゃんと説明されてただろ」
「だって、わかんなかったんだもん」
すねたような声。
「依頼は受けた以上達成しないといけないんだよ。それができなかったときは報酬はもらえないし、ペナルティってのがあることもある。次の依頼報酬を減らされたりな。だけど、地図に関してはできるならやってほしいって言ってただろ? つまり、やることは義務じゃない。だから、依頼じゃなくてお願いだったんだ」
「イマリナのとき、そんな話してたっけ?」
「あのときは、ペナルティはなかったからな。難しい依頼だと、ないこともある。イマリナの依頼は、できない可能性が高いものだったから」
それでも、達成する義務はあった。失敗しても何もないとはいえ、冒険者の信用が落ちる。
「それにしても、依頼を受けてよかったの? ギルドも何が原因なのか絞れていないみたいだったし、大変なんじゃないかしら」
「まあな。だけど、大義名分がいるから」
「それ、副支部長さんも言ってたよね。何なの、それ?」
カミラはどんな思いでエヴァンと副支部長の話を聞いていたんだろうか。全然理解できていないようなのだが。
「死の領地に入るには、ギルドからの依頼が必要なんだよ。もしくは許可だな。だけど、ただの許可ってのは少ない。ギルドは冒険者を失いたくないから、どうぞ行ってください、とはならない。だから、死の領地に俺が入る理由として、依頼が必要だった。もしいい感じのがなかったら、許可ってことにしたんだろうけどな」
組織である以上、大義名分が必要なときもあるのだ。
「話は変わるけど、あなたたち、支部長さんや副支部長さんの名前は知らないの? ギアトーレの、とかイマリナのって言っていて、いつも名前を呼ばないから。前から気になっていたのよ」
「そういえば、名乗らないね。何でだろう?」
「そういう決まりなんだよ」
支部長や副支部長は名前を言わない。
「級が上がるのとか、あとは依頼の金の話とかしないといけないからな。贔屓とかがないようにしているらしい。俺も詳しいことは知らないし、効果があるのかもわからないけど」
「そういう理由なのね。わかる気がするわ」
「そうか? 意味があるのか聞きたいけどな。支部長になる前に知っている人とかは名前も知ってるし」
それでも、名前で呼ぶことはない。
「知り合いってこと?」
「ギアトーレの支部長には昔お世話になったからな。あの人は、知り合い。イマリナの支部長は間接的に知ってるけど、面識があったわけじゃないな。支部長になる人ってB級以上だから、間接的に知ってる人がほとんどだ。副支部長はみんな知らないが」
B級はA級に比べたらたくさんいるが、多いわけではない。狭い世界なのだ。
「エヴァンもいつか支部長になるの?」
「これが治ればな」
今は、この目を何とかするしかない。
「ランベから死の領地には抜けられそうね。ちょうどよかったわ」
アリシアが地図を見て言う。
「俺らがつく前に魔物が増えてないといいが」
死者が出ないことを祈る。




