17. イマリナ編
地上に戻るのに二日かかった。いくら幻覚がなくとも、ダンジョンは広いのだ。
イマリナのギルドに入る。受付は、エヴァンらの顔を見るなり、応接室に通してくれた。
「無事に帰ってきたみたいだな。本当に良かった。遅かったから心配したんだが」
「ご心配おかけしてすみません」
支部長の向かいの椅子に座る。
「それで、何か新しいことはわかったか?」
「はい。もう解決しましたので、心配はありません。今後このようなことが起ることもないでしょう」
支部長が息を飲む。
「それは本当か?」
「はい」
「原因は何だった? どうやって解決した?」
エヴァンは、ユリシーズのことは伏せ、最下層で魔族に会ったこと、これからはこのようなことをしないと約束させたことを話した。
「では、本当に解決したのか」
支部長はそうつぶやき、まだ信じられない様子で、机を指で叩いている。
「わかった。感謝する。料金は上乗せしておこう」
「ありがとうございます」
「あと、ダンジョンを踏破したことになるから、カミラの級を上げるか。一応本部に相談することにはなるが」
カミラはいまだE級である。
「助かります。このあと、死の領地に行く予定なので」
「死の領地に行く? 正気か?」
本気か、ではなく正気か、と聞かれてしまった。まあ、死の領地に行くというのはそれくらいの愚行ではある。
「はい」
ため息をつかれる。
「止めても聞かないんだろう? その話も本部にしておこう。死の領地に入るのなら、C級以上が必要だな。ダンジョン踏破があれば十分だが、一緒に潜ったのがエヴァンだからな……。それだけで実力を測るのは難しい。エヴァンから見て、そのあたりはどうだ?」
「血術もうまく使えていますし、それに値するだけの実力はあると思います」
「わかった。エヴァンの推薦も言っておこう。十日経たないくらいで結果は教えられると思う。わかっていると思うが、このギルドである必要はないからな。それから……」
支部長がアリシアを見る。
「教会に何か礼をした方がよろしいでしょうね。教会にするのと、あなたにするのとどちらが良いでしょうか」
アリシアが首を横に振り、ほほえむ。巫女としてのほほえみ。最初は違和感があったが、もう見慣れたものだ。
「いえ。助けを求める者に手を差し伸べるのが私たちの仕事ですから、礼は結構です。お気持ちだけいただきます」
「そうおっしゃるのなら」
エヴァンに向き直る。
「本当に助かった。ありがとな。気をつけろよ」
「ありがとうございます」
エヴァンは頭を下げた。
ギルドを出たあと、カミラがエヴァンの袖を引く。
「エヴァンはE級のままでいいの?」
「俺はいいんだよ。E級ってことにしてギルドにおいてるだけなんだから。前にそんな話はしただろ?」
「されたけどさ。気になって。あと、私今E級だけど、一気にC級になることなんてできるの?」
そうすると、D級を飛ばすことになる。
「いいんだよ。あれはひとつずつ上がっていくもんじゃないからな。その冒険者の強さがどれくらいなのかをわかるようにしているんだ。だから、カミラにC級の実力があるなら、それでいい」
「そうだったんだ」
「俺も、最初からB級だったしな。全員がE級から始まるわけでもない」
カミラが叫ぶ。
「最初からB級?! うそでしょ?」
「いや、本当。全属性持ちだし、同時に使えたからな。でもそのB級ってのも冒険者に慣れるだけのためだったから、一通りダンジョンに潜って、魔物倒してからはすぐにA級になってるぞ」
冒険者になってから一年半でA級になっている。
「そうだよねえ。E級から始めて一年半でA級とかなんかおかしいなって思ってたんだけど」
「そのときにそう言ってくれたら答えたんだけどな。隠してるわけじゃないし」
「エヴァンは、私の実力はどれくらいだと思ってる?」
エヴァンは少し考えたあと、口を開く。
「急所を見つける能力は高いが、そこに矢を当てる能力はまだまだだから、総合してD級だな。だけど、血術ふたつ持ってるし、それをある程度使えてるから、C級」
「なんか、ほめられてるのかそうじゃないのかわかんない……」
へこむカミラの頭に手を置く。
「ただ、血術をふたつ持ってる奴なんて過去にいないからな。もっと使いこなせるようになれば、A級にもなれるんじゃないか? それくらいの素質はあると思うぞ」
「やった!」
「死の領地に入るにはC級以上ってのが条件だからな。このダンジョンがあって助かった」
危険すぎる死の領地。だからこそ、無駄死を防ぐために、D級以下は入れない。
「C級なら入れるの?」
「一応な。だけど、ひとりは禁止。パーティの全員がC級以上の実力を持っているなら入れる。あとは、A級と一緒ならふたりでも入れるな。A級はひとりでも入れるけど」
「……そしたら、私たちって入れなくない?」
E級とC級がひとりずつ。それから巫女。ふつうに考えたら入れない。
「今回は俺が特別扱いだからな。元A級だし、死の領地に入ったこともある。まあ、一番の理由はこの目なんだろうけど」
「うん。大半の魔物はそれで消えるもんね」
単純に強さだけで考えたら、A級の実力はある。今のA級ふたりよりも強いだろう。
「あとさあ、アリシアお礼もらっちゃえばよかったのに。無償ってのも変な話じゃない? これだけ役に立っておいて。ああいうのって断る方が失礼な気がするんだけど」
「それは俺も思った。冒険者の治療費はギルドからもらってるんだろ?」
アリシアがため息をつく。
「そう言うことを町中で言うのはどうかと思うわよ」
「あ、悪い」
「私は気にしないけれど、神の使いなんだから、一応表向きはお金とかの世俗とは離れているの。信者の方に失礼だから、気を付けてちょうだい」
エヴァンはあまり神を信じていない。カミラもそうなのだろう。アリシアはそれを咎めたりはしない。
だが、信者への配慮をするのは、当たり前だ。
「ごめん。そんなこと全然考えてなかった」
「次から気を付けてくれたらそれでいいわ。それで、お礼の話だったわね」
声のトーンを落とす。
「確かに、治療費として教会はギルドから一定額をもらっているわ。教会もお金が必要だから、そこはきちんと取引されているわよ。だけど、それは組織と組織の話。教会は、個人的な行動に対して報酬をもらうことを禁じているわ」
「それは、アリシア個人が受け取っちゃいけないってこと?」
「もちろん私は受け取れないけれど、教会も受け取らないわよ。あくまで私個人がしたことだもの」
教会からの指示でエヴァンと一緒にいるとはいえ、ダンジョンの踏破と原因の解決はアリシア個人がしたことだ。
「そうしないと、誰がいくら払ったとかで問題になるから。商売ではないから、値段を正確に決めることはできないわ。それに、聖職者がお金のために人助けをしているっていうのは問題だもの」
「何か、面倒だね」
「私は受け取らなければいい話だもの。面倒でもないわよ。気持ちだけはいただくし、相手もそういうものだとわかっているから、失礼にも思われないわ」
だから、アリシアはきっぱり断った。
「じゃあ、教会って治療費以外に金は入らないの?」
「寄進っていう形で、貴族や大商人からいただいているわよ」
そう言って、アリシアがカミラの額に指をはじく。
「そういうことに興味を持つのが悪いとは言わないけれど、教会に関してそういうことを聞くものではないわよ。それより前に、基本的な教義くらい理解しなさい」
「むう」
前に物凄く基本的なことを質問したことを、忘れてもらってはいないらしい。
「教会の人間がこんなことを言ってはいけないけれど、信じる信じないは自由よ。だけど、常識として知っておいた方がいいわ」
「……わかった」
カミラがどれだけむくれようが、アリシアの言っていることが正しいのだ。諭されるのも仕方がない。
「それで、このままナホマに行くのでいいのね?」
「ああ。他の町のギルドでも、カミラがC級になったことは教えてもらえるだろうからな。ここにとどまる意味はない」
「もし、私がC級になれなかったらどうするの?」
カミラは不安そうだ。無理もない。これまでずっとE級だったのだ。
「大丈夫だろ。俺の推薦もあるし、ダンジョンも踏破したし。まあ、万が一C級になれなかったら、他のダンジョンに入って成果を上げるしかないな」
「だよね……」
「ここからナホマまでにダンジョンはいくつかあるし、そうなったら着いたところのダンジョンに入ればいいからな。結果がどうであれ、ここに居続ける意味はないだろ」
イマリナのダンジョンは踏破してしまったし。
「ここからナホマまで歩いて二十日くらいだろ? それまでにはカミラの結果も出てる。なんとでもなる」
「イマリナを出ることに反対してるわけじゃないよ。ただ、何となく不安だっただけ。でも、自信出てきた。大丈夫なんだよね」
「大丈夫だろ」
カミラがうなずく。
「じゃあ、一日休んだら行くか」
急いでもユリシーズが捕まるわけではない。休息は大事だ。