15. イマリナ編
絶対に逆らわないと約束させ、足を体の上からどけてやる。
ルイは起き上がり、ペタンと座った。
「で、何があったんだ?」
「俺は死の領地にいたんだ。だけど何となく出て、ここに来たらいい感じの邪気があったから、ここに入った」
死の領地。この国の外側にある、邪気にあふれた土地。冒険者でもよほどの事情がなければ入らない。エヴァンがユリシーズにあったのは少し入ったところだった。どれほど広いのか、どれくらい魔物や魔族がいるのか。そういったことがなにひとつわかっていない未開の地。
「でも俺はあんまり強くないから、他の魔物に倒されそうになって。で、ユリシーズ様に相談したんだ」
「待て。何でそこで相談することになるんだ? 魔族同士は知り合いなのか?」
「ユリシーズ様は有名だ。あの方ほど強い奴はいない」
なるほど。一方的に知っていたらしい。アリシアがエヴァンのことを知っていたような感じか。
「ユリシーズ様は気まぐれな方で、うまくいけば相談も聞いてくれるかと思ったんだ」
「で、聞いてもらえた、と」
「ああ。いろいろとアドバイスをしてくれた。そのときに名前もくれて、言葉も教えてくれた」
そういえば、ユリシーズの言葉はなまりのないきれいなものだった。そして、ルイもきれいな言葉を話す。下町のしゃべり方ではあるが。
「ユリシーズ様は、誰よりも強いんだ。攻撃なんてしなくても、立っているだけで魔物を倒せる。弱い魔族でも倒せる。しかも、かっこいいんだ。俺みたいなこんなナリじゃなくて、人間と同じような見た目をしてるんだけど、ほんとにかっこいいんだよ。しかも、優しいんだ。俺に名前をくれた。名前なんて意味ないって思うだろ? だけど、ユリシーズ様が俺の名前を呼んでくださるんだ。お前らにはわからないだろ? この気持ちが。ユリシーズ様は絶対的な王者だよ。魔物と魔族は強さが一番だからな。ユリシーズ様は一番なんだ。誰も逆らえねえよ。それで……」
まだまだ続きそうなので、眼帯に手をかける。ユリシーズがどう思われていようが、今はどうでもいい。
ルイは、ガクガクうなずいて黙った。
「ユリシーズがここに来たのか?」
「何回か来てるぞ。この間も来てくださった」
「何回も? 何のために?」
「エヴァン」
アリシアが声をかけてくる。
「一回すべて話してもらった方がいいわ。質問は後にしましょう。その方がわかりやすいわ」
「そう……だな。じゃあ、起こった順に話せ」
ルイは素直にうなずいた。脅しがきちんと効いている。
「相談したら、ユリシーズ様が邪気をあの形に変えろっておっしゃって。で、それから弱そうな魔物、ゴブリンとかオークは倒せっておっしゃったんだ。だから、その通りにした。ユリシーズ様は何度かここにいらっしゃって、俺は何が起きたかをしゃべった。それだけだ」
「ユリシーズが何でそんな指示をしたのかはわかるか?」
ユリシーズがやったことはわかった。このダンジョンがおかしかったのは、すべてあいつのせいなのだ。だが、そんなことをする理由がわからない。
「おもしろそうだから、って言ってたな」
「おもしろそう?」
何だ、そのどうしようもない理由は。
「ユリシーズ様は気まぐれな方だって言っただろ? だから俺にも何を考えてるのかなんてわかんねえ。だけど、おもしろそうだからって言って、わざわざ話をしに何回かここに来たんだ」
「本当に、それだけなのか……?」
いくら気まぐれだからって、おもしろそうなんていう理由でこんなことをするだろうか。
「いや。しないとは言い切れない、か?」
あれだけ強かったら、代わりにどこか狂っていてもおかしくないかもしれない。
「あのドラゴンはもとからダンジョンにいたのか?」
「さっきのドラゴンか? いや。あれもユリシーズ様がやってくださった」
「まさか、ユリシーズが外から連れてきたのか? ありえないだろ」
イマリノにも普通に人が住んでいる。そんなことがあったなら、絶対に見られているはずだし、見られていたなら確実にギルドに情報がまわっているはずだ。
「いや。この沼にユリシーズ様が邪気をバーッて出したら、ドラゴンがバーッてでできた」
説明がいい加減すぎる。何がバーッだ。要するに、ルイもよくわかっていないのだろう。
「できた? ドラゴンが?」
「そうだぞ。すごいだろ、ユリシーズ様は」
魔物が魔族によって作られたなんて、あり得るのか。思わずアリシアの方を向く。
「魔物は邪気の塊だから、核の邪気にさらに魔族の邪気が加わってかなりの濃さになったのなら、魔物が出来るかもしれないわね。そんな話聞いたこともないから、ただの推測だけど」
「でも、ゴブリンとかじゃなくてドラゴンが出来るってすごくない?」
「魔物の中で最強だからな」
以前のエヴァンでも苦戦する相手。そして、今のエヴァンの邪気が効かない相手。
「あのとき、ドラゴンがお前を守ってるって言ったな? それもユリシーズの仕業か?」
「ユリシーズ様がドラゴンに命令したんだ。俺を守るようにって。優しいだろ?」
きっと気まぐれの優しさなんだろう。気まぐれなんだから。
「他にユリシーズがやったことは?」
「あとは……ないんじゃねえか。それだけだぜ。俺に言わないで何かをやってるんだとしたら、それは知らねえけど」
「ひとつ、聞いてもいいかしら」
アリシアが口を開いた。
「このダンジョンの邪気は核からだけじゃないわね? ユリシーズが邪気を出していったの? 何回も来たときに」
「そうだぜ。それがどうかしたか?」
「確認しただけよ」
「カミラは何か聞きたいことはあるか?」
少しの間のあと、
「ない」
と返ってくる。
「じゃ、じゃあ、もう終わりか?」
期待のこもった声。エヴァンはうなずいた。
「ただし、約束してくれるならな」
ルイの顔がこわばる。ただで解放されると本気で思っていたんだろうか。
指を一本立てる。
「ひとつ目。これからは邪気に形を作らないこと」
「つまり、今の状態にし続けろってことか?」
「ああ」
二本目を立てる。
「ふたつ目。魔物は出来るに任せること」
「ゴブリンとかを殺すなってことだな」
三本目を立てる。
「最期に、ユリシーズが何か言っても、今の約束はやぶらないこと」
「それは……」
ユリシーズが気まぐれなやつなら、少し逆らっただけで殺されるかもしれない。だが、そんなことは知ったことじゃない。
「本当はここから出ていけって言いたいんだけどな。これでも譲歩してやってるんだが」
「ひどい……」
「ユリシーズに何か言われたら、誰かに脅されたって言っとけ。それなら大丈夫かもしれないだろ」
かもしれない、を強調してやる。断言なんてできないし、そんなことをする必要はない。気まぐれな奴の考えなんて、誰にもわかりやしないのだ。
「いいな?」
眼帯に手をかけて聞く。ルイの顔が一気に青ざめた。実にわかりやすい。
「わ、わかった!」
素直なのはいいことだ。
「最後に教えろ。ユリシーズは死の領地のどのあたりにいる?」
「会いに行くつもりか?」
その質問には答えない。
「俺は知らねえよ。どこかにいる。だけど、いくらでも移動できるから、ユリシーズ様が会おうとしない限り、会えないんじゃねえの」
「そうか」
瞬間移動でもできるんだろうか。そうだとしたら厄介極まりない。自分たちはユリシーズを見つけられず、ユリシーズはいつでも自分たちを襲えるのだから。
「ルイ。人間に手を出すなとは言わないが、俺らには手を出すなよ」
「わかってる!」
エヴァンはゆっくりうなずいた。