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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
15/97

14. イマリナ編

 最下層には、カミラのオーバーヒート以外に特に問題もなく到着した。恐ろしいほどに、何も起こらなかった。


「幻覚以外に何もできないんなら、いいんだけどな」

「そんな簡単にいくのかな? だって、相手は魔族なんでしょ?」

「魔族にも強いやつと弱いやつがいるんだよ。ただ、確かにあんまり楽観するのもよくないな」


 最下層の地図はない。誰もここに来たことがない、ということだ。だが、一本道なのは助かる。


「そういえば、ギアトーレのダンジョンは分かれ道が多かったな。なのにここは一本道か?」


 一階層から四階層までにはいくつか分かれ道があったが、最下層にはない。そして、ギアトーレのダンジョンには分かれ道が無数にあった。地図がなければ地上に戻れないほどに。


「そこまで手間をかける余裕がなかったんでしょうね。後は、ここの核はギアトーレの核より小さいんでしょう。だから、あそこまで大きく複雑なものを作る必要がなかった」


 ダンジョンを大きくすれば、中にいられる魔物の数が増える。複雑にすれば魔物も迷い、外に出てくることが少なくなる。ダンジョンは、ものすごく合理的なシステムだ。


「あれ? 行き止まり?」


 曲がり角の先。かなり奥には壁があった。


「ってことは、あそこに核があるのか?」

「おそらく。あのあたりにあるはずよ」

「邪気もかなり濃いからな。ここが最終地点か」


 今のところ、変わったものは見えない。


「アリシア、何か見えるか?」

「いいえ、何も。壁しかないわ」


 だんだん行き止まりの壁に近づいてくる。


「あれなんだろう? 水溜りかな」


 壁の少し前に、沼のような、水溜りのようなものがある。あそこだけ、邪気が異様に濃い。


「あそこに核があるんだろうな」


 そのとき、声が聞こえた。


「なんだ、支配できるのはその女だけか」


 男の、ひどくしわがれた声。声の主の姿は見えない。声は奥の方から聞こえている。


「まあいい。お前らはせいぜい仲間に殺されるんだな」

「カミラ! 剣とローブ!」


 アリシアが叫ぶ。カミラから受け取るとローブを羽織り、剣を抜く。


 そして横の壁にもたれた。


「悪いけど、あとは頼むわ」


 そう言って、剣を地面に突き立てる。その瞬間、そこだけ聖気が溢れた。


 アリシアが床に崩れ落ちる。


「アリシア!」


 アリシアは目をつむり、少しも動かない。


「気を失ってるだけだ。大丈夫」

「だけど……!」

「アリシアは聖気に囲まれてる。何をしたのか知らないが、操られないように自分の意識を失わせただけだろ。それより、今はあの声だ」


 魔族の邪気を探ろうとするが、核の邪気が強すぎてわからない。


「……いた! 水溜りの奥」


 エヴァンは眼帯をはずした。カミラの声と直感に従い、相手の姿を認識するよりも速く。


「無駄だぜ」


 水溜りから何かが出てきた。


「ドラゴンか!」

「ドラゴン? うそでしょ!」


 エヴァンの邪気では消えない。効かないとわかったエヴァンは、眼帯を戻しかけたが、またはずした。床に投げ捨てる。


「カミラ、テレパシーをアリシアにやれ」

「わかった!」


 カミラがテレパシーを切る。理由をわかっているのかは知らないが、今は説明している暇はない。


 音と、自分の感覚だけを頼りに、ドラゴンの体をよける。火を吹いてくる様子はない。


 剣を抜き、タイミングを測って斬りかかる。

 確かに手ごたえはあった。だが、すぐに傷がふさがっていく。


「どうしろってんだよ」


 カミラが後ろから矢を放ってくる。それはドラゴンにあたったが、傷ひとつつかない。


「無駄だ。こいつは俺を守ってくれるからな」


 その声を無視し、体はよけることに集中しながら、必死で解決策を探す。


 エヴァンは今感覚でよけて、斬っている。だから、ドラゴンの体のどこを斬っているのかはわからない。


 そして、魔物が生き物である以上、必ず急所がある。


「カミラ! 急所を探せ! お前なら見えるはずだ」


 今は、カミラの目のよさを信じるしかない。


「見えるもんなの!?」


 カミラが叫ぶ。


「うろこが薄いところだ! わかるか?」


 ドラゴンは全身が硬いうろこに覆われている。火力でドラゴンを上回るか、うろこをも斬れるほどの攻撃を放つかすればいいのだが、今のエヴァンにはどちらも厳しい。


「……見えた! で、どうすればいいの? 射る?」

「アリシアの矢を使え! 普通の矢じゃ無理だ!」


 そろそろよけるのも限界だ。


 ヒュンと風を切る音がする。そして、細く邪気が切り裂かれた。


「そこか!」


 矢がドラゴンのうろこにはじき返される。だが、そこだけ邪気が聖気に変わる。


 思い切り振りかぶり、剣を叩きつけた。


 確かな手ごたえ。そして、ドラゴンが消える。




 エヴァンは眼帯を拾い、戻した。


「カミラ、テレパシー」

「うん」


 テレパシーが戻される。


「……お前か」


 ドラゴンの奥にいた小人。そこから放たれる邪気。


「てめえが、犯人か?」


 逃げようとする首をつかみ、窒息するギリギリまで締め上げる。魔族が呼吸をしているのかは知らないが、脅しにはなるだろう。


「離せ!」

「誰が離すか。おら、さっさと吐け」


 声が低くなっている自覚はある。だが、これだけ苦労させられたのだ。少しくらい、怒ってもいいだろう。


 ついに、相手が音を上げた。


「わかった! なんでもしゃべるから!」

「じゃあ、まずはこの邪気を何とかしろ」

「いや、これは俺が出してるわけじゃ……」

「形をなくせって言ってんだよ」


 眼帯に手をかける。さっき、眼帯をはずしたらドラゴンが出てきて防御した。ドラゴンがエヴァンの邪気から守ったということは、魔族は守られなければならなかったということ。    


つまり、エヴァンの邪気より弱い。


だから、眼帯をはずすぞ、という脅しは何よりも効く。魔族の顔がサッと青ざめた。


「わかったから! それはやめろ」


 エヴァンは、邪気に形があることはわからなかった。だが、邪気が何か変わったことを感じた。


 とりあえず、魔族を床に落としてやる。そして、体の上に足を置く。


「エヴァン、アリシア起きたよ」

「終わったみたいね。無事でよかった」


 アリシアは壁に手をつきながら立ち上がる。


「大丈夫か?」

「ええ」


 アリシアの顔色は少し悪い。だが、このダンジョンに入ってから常に悪かった。これまでよりひどいのかどうか、判断できない。


「邪気が変わってるわね。形がなくなってるわ」

「ああ。こいつにやらせた」


 足の下でモゾモゾしている魔族を指さす。

 カミラとアリシアが近づいてくる。


「それが魔族かしら」

「それが魔族? 何か、小さい」

「それって言うな! 俺にはルイって名前があるんだよ!」

「ルイ?」


 エヴァンはふと首を傾げた。


「ユリシーズといい、てめえといい、何で人間の名前を名乗ってるんだ?」

「エヴァン、それどういう意味?」

「魔族は人間じゃない。人の形をしていようが、人じゃない。人と関わることもないんだから、名前なんてなくていいだろ? というか、名前は普通親につけてもらうもんだ。邪気の塊であるお前らが、何で名前を持っている?」


 名前は呼ばれるためにあるものだ。人間みたいに集団で生活するなら必要だが、魔族に必要なのだろうか。


「それを言うなら、何で人の言葉を使ってるのかも気になるよね。しかも、この国の言葉を」

「……お前ら、ユリシーズ様を知ってるのか?」

「ユリシーズ、様?」


 様をつけられるほど偉いやつなのだろうか。確かに強かったし、他者を圧倒するような風格はあったが。


「俺に力をくれたのはユリシーズ様なんだ。名前もくださった」


 心酔しているような声が、不快に感じる。


「その話、詳しく聞かせてもらおうか」

「何で話さなきゃいけないんだよ。誰がてめえの言うことなんて聞くか」

「へえ?」


 ニヤリと笑い、眼帯に手をかける。


「まだ逆らうか?」


 凶悪な顔になっている自覚はある。だが、別にいいだろう。言うことを聞かないのが悪い。往生際の悪い奴だ。


「わかった! 話すから!」


 ルイは首をガクガク縦に振る。


「最初から素直にうなずいてりゃいいんだ」

「エヴァン……怖いよ。気持ちはすごくわかるけどさ」


 その声に救いを求めるように、ルイがカミラを見る。


「あ、私も機嫌はよろしくないからね?」


 絶対零度の声。ルイの顔が絶望に変わる。


「お前も十分怖いって」


 少しすねるくらいはあっても、カミラのこんな声は初めて聞いた。


「やりすぎないようにしなさいよ」


 アリシアは傍観を決めこむらしい。その声のトーンはいつもと変わらなかった。


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