13. イマリナ編
話の最後が抜けていたため、編集しました。
ダンジョンの扉の前に立つ。
「カミラ、これ持っててちょうだい」
剣を鞘ごとはずし、ローブを脱ぎ、首にかけている羽をはずす。
「これ、全部?」
「聖気と相性がいいものは外した方がいいと思うから」
「わかった」
カミラがすべてかばんにつっこむ。
「私に何かあったら、それを渡してくれる? そうしたら私の中の聖気が反応して、もとに戻ると思うから」
「なんかすごい心配なんだけど……。無理しないでね」
「わかってるわよ」
カミラがエヴァンとテレパシーをつなぐ。
無防備な格好のアリシアが目に入る。
「それだと身を守れないが、いいんだな?」
「守ってくれるんでしょう?」
そこにあるのは、絶対的な信頼。
「ああ」
エヴァンは扉を開いた。
さっきと見えていたものは同じだ。違うのは、カミラの視界を見ていること。それ以外は何も変わらない。
「カミラ、何か変わってるか?」
「いや、全然。すでに幻覚を見てるか、この時点では幻覚じゃなかったか、どっちかだね」
「アリシア、どうだ?」
アリシアは青ざめていた。剣も何もない状態で、邪気から身を守っているのが分かる。反射的にそうしてしまうのだろう。
「大丈夫か?」
「ちょっと……怖い」
初めて聞いた、弱音。
「作戦を変える気はないんだな?」
アリシアがうなずく。
「悪いな」
エヴァンはそう言うと、眼帯を一瞬はずした。アリシアの足元を見た状態で。
「あ……!」
アリシアが膝をつく。
「ちょっと、エヴァン! 何してるの? アリシアが……」
「防御できないくらいの邪気を当てただけだ。大丈夫か、アリシア?」
「……ええ」
アリシアが顔をあげ、ゆっくり立ち上がる。
「少し体がだるいけど、それくらいね」
「じゃあ、うまくいったの?」
「たぶん。見えているものは変わらないけど」
「悪いな、手荒なことして」
防御できないくらいの邪気を当てられたら、受け入れるしかない。エヴァンは自分が邪気を放つことで、強制的に受け入れさせた。
「気にしてないわ。ありがとう」
「じゃあ、進むぞ。何か見えたら言ってくれ」
さっきと同じなら、もう少し進んだら幻覚が見えるはずだ。
さっきデュラハンが見えたあたりで、アリシアが立ち止まった。
「何かいるわ。奥の方。まだそんなに近くはないけれど」
「何も見えないけどな。うまくいったのかも」
エヴァンには何も見えていない。つまり、カミラには何も見えていない。アリシアだけに見えているのなら、幻覚を見ているのはアリシアだけとなるから、カミラの作戦がうまくいったことになる。
「何が見える?」
「黒い……鎧ね。デュラハンだわ」
「さっきと同じだな。同じ場所には同じ幻覚が見えるのか?」
それに答えられる人はいない。
「アリシア。俺らの声をよく聞け。見えてるものは信用するな」
「わかってるわ。だから、頼むわよ」
「ああ。任せろ」
エヴァンが眼帯をはずし、すぐにつける。
「消えたか?」
「まだ、いるわ。近づいてきてる」
「さっき俺が眼帯をはずしたらデュラハンは消えたぞ。だよな? カミラ」
カミラが首を横に振る。
「ごめん、見てなかった」
「見てなかった?」
「振り返らないで走れって言われたでしょ? だから、消えたかどうか見てなかったんだよね。その前に後ろ向いちゃってたから」
「あ……」
アリシアが小さく悲鳴を上げ、眼を閉じた。
「どうした?」
「殴られた……」
「痛みは?」
「ないわ」
アリシアに何が見えているのかはわからない。だが、幻覚とわかっていても目の前に魔物がいるのは怖いだろう。まして、それに殴られるとなれば。
「まだ、そこにいるか?」
アリシアが薄く目を開ける。だが、すぐに閉じた。
「いるわ。眼の前に」
「アリシア、走って!」
カミラがアリシアの腕をつかみ、走る。
しばらく走ったところで止まった。
「まだ、いる?」
「いない……わ」
後ろを振り返る。
「後ろにもいないわね」
「通り過ぎたら消えるってことか?」
「幻覚が同じ場所で見せられるのなら、通り過ぎた時点で見せる意味がなくなるわ。だから、消えたんじゃないかしら」
それなら、筋が通る。
「後ろから追ってくる幻覚とか見せたらもっと怖いと思うんだけどな」
「そこまで頭が回らなかったか、魔族の実力的にできないのか……。どういう理由にせよ、通り過ぎたら消えるのなら、今みたいにすればいいな」
「助かったわ、カミラ」
そう言われ、手をつないだままだったことに気づいたのか、カミラが手を離した。
「でも、何でエヴァンの邪気で消えなかったのかがわからないままなんだよね」
「ああ。俺の邪気より強いことはなさそうだが」
「ねえ、本当に消えたの? 最初に入ったときは」
カミラは消えたかどうか見ていなかった。アリシアはそもそも幻覚を見ていない。だから、エヴァンの記憶に頼るしかない。
「ああ。間違いない」
「じゃあ、エヴァンの幻覚は解けるんじゃない? 邪気を放ってるエヴァンだけ」
「……なるほど。頭の中に邪気が入り込んでるなら、俺が邪気を出そうが二人には関係ないわけだ。で、俺だけは自分の邪気でダンジョンの邪気を追い出せた」
エヴァンは思わず息を吐いた。
「面倒だな。アリシアは幻覚を見続けるのか」
「今ので感覚はつかめたから大丈夫よ」
壁に突き当たり、下に続く階段を下りる。
カミラが奥を指差した。
「何かある」
「あれは……死体、か?」
「死体があるっていうことは、本物の魔物も出るみたいね」
壁にもたせ掛けられた死体。骨しか残っていない。それから、衣服の切れ端と、防具。
アリシアがその前に立ち、手を合わせる。エヴァンとカミラもそれにならった。
「これしかできないけれど」
そうつぶやき、アリシアが顔をあげる。
顔をあげたエヴァンは剣に手をかけた。
「何か来るな。音がする」
「うん。何か来てるね。アリシアは? 見えてる?」
アリシアが目を凝らす。
「ええ……、何か来てるわね。まだよく見えないけれど」
「オーガ、かな。あれ」
「……みたいだな」
エヴァンが眼帯をはずす。
「消えた」
「消えたね」
「ええ」
かき消えた。いつも通り、魔石も残っていない。
「本物の魔物は他のダンジョンと変わらないってことか。それなら、俺の邪気だけでなんとかできるから楽だな。オーガなら二階層に出てきててもおかしくないし、本物の魔物に関してはそんなに変なところはない」
「そうね。よかったわ」
もしエヴァンの邪気で消えないとしたら、剣で戦わないといけない。アリシアは今は完全に無防備。カミラは戦えるほど強くない。テレパシーは戦闘には使えない。だから、エヴァンが倒すしかないが、何頭も出てきたら厳しいところがある。もともと、エヴァンは魔術の補助くらいにしか剣を使ってこなかったのだ。
「希望が見えてきたな。このまま最下層まで行けばいい。五階層だったか?」
「地図は、これか。うん。最下層の地図はないみたいだけど、五階層までだね。結構小さくてよかった」
「ギアトーレが大きすぎるんだよ。十階層超えるところなんて、あそこくらいしかない」
イマリナの支部長が、ダンジョンの地図をくれていた。階段どうしは離れているから、かなり歩かなければならない。それでも、ギアトーレのダンジョンに比べたらかなりましだ。
まして、魔物との戦闘になる可能性もかなり低い。
「この調子なら、数日で下まで行けそうだな」
そうなることを願っている。
何度か幻覚と本物の魔物に出会ったが、特に問題もなく進んでいた。
ふいに、カミラがエヴァンの袖を引く。
「どうした?」
「なんか、体が熱い」
「どのへんが?」
カミラが腹のあたりをなでる。
「お腹のあたりが。気のせいかなって思ったんだけど、なんかそうじゃない気がして」
「オーバーヒートか。一回休んだ方がいいな。テント出してくれ」
カミラがテントを出す。
「見張りは? 立っていた方がいいかしら」
「いや。幻覚なら問題ないし、本物が来たら音でわかるから大丈夫だ」
テントに入る。
「テレパシーを切れ」
テレパシーが切られる。エヴァンはカミラに水を手渡した。
「これで、少しは楽になる」
「ありがと」
「カミラ、あなたの荷物触っても大丈夫? 預けてたものを出したいんだけど」
カミラがうなずく。
「手を突っ込んだら普通に取れるから」
「わかったわ」
アリシアがカミラの荷物からローブと羽を取り出して身につけ、剣を抜いた。
アリシアから感じていた邪気が消え、いつもの聖気に変わる。
「そんな簡単に戻れるもんなんだな」
「銀が私の聖気を引き出してくれるから。でも、うまくいって良かったわ」
剣を鞘に戻す。
「カミラは大丈夫なの?」
「オーバーヒートを起こしたんだろう。休めば治るから大丈夫なはずだ」
「さっきも言ってたけど、オーバーヒートって何なの?」
水を少しずつ飲みながらカミラが尋ねる。
「簡単に言うと、魔術の使い過ぎだ。魔術を使いすぎると、体が熱を持つ。腹のあたりから熱くなって、その状態で魔術をさらに使うと気を失うこともある」
「でも、私いつもほとんど一日中テレパシー使ってるけど、これまでは大丈夫だったよ。何でいきなりそんなことになったんだろう?」
「ほとんどずっとテレパシーを使ってる上に、常に空間収納を使い続けている。気づかないうちに使いすぎてたんだろうな」
たとえ、空間収納やテレパシーに書けている労力が少なくても、常にやっていればオーバーヒートになってもおかしくない。
「それに、このダンジョンで頭に邪気が入ってこようとしていた。それに抵抗しようとして、余計に力を使ったのかもしれないな」
「治す方法は?」
「休むしかない。本当は魔術を一切使うなって言いたいところだが、状況がな……」
カミラが空間収納を切ってしまったら、荷物の行き場がなくなる。テントの中の物も。
「きついようだったら、空間収納もやめた方がいいが」
「そんなことしたら大変なことになっちゃうでしょ」
カミラが存外明るい声で言う。
「そんなに熱くないし、大丈夫でしょ。ずっと発動してられるってことは、空間収納なんてほとんど魔術を使ってないような状態なんだろうし」
「無理はすんなよ」
「わかってる」
エヴァンは、カミラの頭に手を置いた。
「悪かった。気づいてやれなくて」
「へ?」
驚いたように間抜けな声を出したカミラは、嬉しそうに笑った。
「気にしないでよ。私が自分で気づかなかったぐらいなんだからさ」
それだけ笑えるなら大丈夫だ、と思った。