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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
12/97

11. イマリナ編

 イマリノまでは歩いて十日かかった。


「なんというか……、何の変哲もない町だね」

「そうだな。俺も初めて来たが、似たような街がどこにでもありそうだ」

「ギアトーレと比べるから悪いのよ。ギアトーレはかなり大きい街なんだから」


 ギアトーレほど大きくもなく、そこまでの活気もない。だが、田舎というわけでもない。特徴はないが、暮らしやすそうな町だ。


「ギルドはあっちか」

「依頼のことは伝わってんの? 私たちが行くってことは」

「ああ。一応紹介状も支部長に書いてもらったからな。カミラとアリシアは同行人って書いてもらったし。行けばイマリノの支部長に合わせてくれるらしい」

「それは、エヴァン一人?」

「さあ。それは言われたとおりにするしかないな」


 ギルドが見えてくる。小さいが、立派な建物だ。


 中には受付があり、何人か人がいた。受付に紹介状を見せる。


「エヴァンさんですね。支部長から話は聞いております。こちらへどうぞ。そちらのお二方も、ついてきてください」


 階段を上がり、きれいな部屋に通される。客を招く部屋らしい。シンプルだが、居心地のいい部屋だ。


「わざわざ、来てくれてありがとう。私が支部長だ」


 ギアトーレの支部長よりは雰囲気が柔らかいが、やはりその眼にはすごみがある。


「エヴァンです。こちらはカミラとアリシア。アリシアは巫女です」

「ああ。では、話を聞いてもらおう」


 支部長が資料を渡してくる。カミラがそれを受け取る。おかげで、エヴァンも読むことが出来た。




 支部長の話は、聞いていた話と変わらなかった。目新しい情報もない。


「できれば解決していただきたいが、とにかく原因を探ってほしい。前報酬は出す」

「わかりました。今からダンジョンに入るので構いませんか?」

「ああ。そうしてくれるとありがたい。案内の者をつけた方がいいか?」

「いえ、大丈夫です。お気持ちだけいただきます」


 何が起こるかわからない以上、エヴァンの事情を知らない人がいる方が面倒だ。


「そうか。もし何かあったら遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます」


 支部長は何度も頭を下げた。今は問題がなくても、いつ町に魔物が出てくるかわからない。どんな手を使おうと、早く解決させたいところだろう。


「ダンジョンに入るときは、これを警備の者に見せてくれ。普通の人は入れないようになっているんだ」


 渡されたのは、支部長の名が書かれた許可証だった。




 ダンジョンの前の警備の人は、どこかやつれていた。許可証を見せるとうなずくが、顔色が悪い。


「これがあるなら入っていいが……。やめておいた方がいい」

「何かあったのですか?」


 アリシアが前に出る。こういうとき、アリシアの話し方は人の力を抜く。


「巫女さんですか。あなたも聞いているでしょう。出てきた者はみんな錯乱しているのですよ」

「ええ。聞いています。痛ましいことです」

「ここにはいつもは一人しか立ってないんですが、すぐ近くに建物があるでしょう? 今はここに立つのは交代で、あとはあそこに詰めているんです。いつ魔物が出てきても対処できるように。ですが、ずっと気を張っているからか、疲れて不安定になってしまう奴もいまして……」


 この人も、ずいぶんと顔色が悪い。不安なのだろう。


「許可証があるってことは、任されたんでしょう? 無理はしてほしくありませんが、できれば何とかしてください。もう色々と限界なんです」

「それは大変でしたね。私たちも力を尽くします」


 アリシアが微笑む。


「あなた方がこうしてくれているおかげでこの町が守られています。それは素晴らしいことです。神も必ず見てくださっていますよ」

「あ、ありがとうございます!」

「あなた方とこの町に、神の祝福がありますように」


 ふわりと聖気が放たれる。浄化のときよりも、ずっとやわらかい。


「ありがとうございます!」


 警備の青年の顔色は、いくらかマシになっていた。聖気を感じたわけではないだろうから、精神的な問題だろう。


 青年から離れ、分厚い金属の扉に閉ざされた地下への入り口に立つ。


「アリシアって凄いんだね。元気出てたよ、あの人」

「これが本来の仕事だもの」

「何とかしないとかわいそうだな。どこまでできるかわかんねえけど」


 剣を抜く。


「カミラ、テレパシーを切れ」

「何で?」

「感覚をつかみたい。ない方がいい」


 ずれた視界には慣れてきたが、何が起こるかわからないダンジョンだ。音や空気で感じたい。


 テレパシーが切られる。アリシアが剣を抜き、カミラが矢筒を背負い弓を用意したことを確認し、


「行くぞ」


 エヴァンは扉を開けた。




ダンジョンの中は薄暗く、土のにおいがした。それは普通のダンジョンと変わらない。


「アリシア、大丈夫?」

「ええ……」


 アリシアが眉間にしわを寄せ、左手でこめかみを押さえている。


「気をつけて。おかしいわ、ここ」

「なんか気づいたか?」


 エヴァンは何も感じていない。


「邪気が、おかしい」

「とりあえず、進んでも大丈夫か?」

「……ええ。エヴァン、眼帯は取らない方がいいかも」

「わかった」


 何かあったら引き返せばいい。エヴァンは入り口を確認し、気を引き締めて進んだ。


「何も、出ないな」


 入口が見えなくなるくらいまでは進んだが、何もいない。音もせず、空気の流れも感じない。


「入ってる人が俺ら以外にいないとはいえ、静かすぎる」

「何も変わったものは見えないけど。アリシア、本当に大丈夫?」


 顔色が悪く、汗がにじんでいる。おまけに、息も荒い。浄化の後のときよりもずっとしんどそうだ。


「一回休むか?」

「大丈夫……よ。邪気がある以上……ここで休んでも、変わらないわ」

「本当にきつくなったら言えよ。外に出るから」


 しゃべるのもつらいのか、アリシアは黙ってうなずいた。


「奥、何かいる!」


 カミラが叫ぶ。


「嘘だろ! 何も感じなかったぞ!」


 音も、空気の流れも、匂いも。


「あれは……デュラハン!」

「本当に、一階層に出るのか」


 何も感じない以上、視覚に頼るしかない。


そう思ったとき、エヴァンにもデュラハンが見えた。黒く、大きな首無し鎧。


「デュラハンだ……」


 近づいてくる速度は速くない。だが、のんびりしている暇はない。


「デュラハン? 二人とも、何を言っているの……?」

「見えないなら、下がってろ」


 見えていたとしても、今のアリシアを前には出せない。


「カミラ、関節を狙え。膝だ。他は当たっても意味ないから」

「了解」


 弓を構え、カミラが矢を放つ。


 だが、それはすり抜けた。まるで、そこに何も存在していないかのように。


「嘘だろ……」


 攻撃が通らない。それは冒険者の実力の問題などではなかったのだ。今の矢は確実に当たっていた。それは間違いない。なのに、当たらなかった。デュラハンに、そんな特徴はない。攻撃が効きにくいとはいえ、それは当たらない、というわけではない。


「エヴァン、どうするの?」


 デュラハンはだんだん近づいてくる。薄暗い中でも、輪郭がはっきり見えるようになってきた。


「くっ……」

「アリシア!」


 アリシアが膝をついた。その表情は見えないが、地面に剣を突き立てている右腕は震えている。


「エヴァン! 眼帯をとりなさい!」


 エヴァンは、眼帯をとった。

 その瞬間、デュラハンが掻き消えた。


 アリシアが立ち上がり、剣を振り下ろす。爆発的な聖気が、邪気を消す。


「入口まで走って! 振り返らないで走りなさい!」


 これほど切迫したアリシアの声は聞いたことがない。三人は、一斉に入口へと走った。一度も振り返ることなく。




 外に出て、扉を閉める。


「アリシア、大丈夫か?」


 アリシアは、扉に背を預けてぐったりと座り込んでしまった。血の気がなく、苦しそうに呼吸をしている。いくら全力で走ったからといって、こうはならないだろう。


「やっぱり、何かあったのか? このダンジョン」

「ええ……」

「アリシア、飲める?」


 カミラに渡された水を飲むと、いくらか顔色がよくなってきた。


「ありがとう」

「とりあえず、休むか。カミラ、テント出してくれるか?」

「はーい」


 カミラがテントを出す。カミラが頑張ったため、テントの中はものすごく広い。エヴァンの寝室と、カミラとアリシアの寝室。ちゃんと人数分布団もある。それから、椅子が三脚と机がひとつ。そして、物置。テントとは思えない広さと快適さだ。


 もちろん、それらの物をそろえるのに、エヴァンがお金を出した。宿に泊まれずずっとテント暮らし。しかも女が二人と男ひとりとなれば、ある程度考えざるをえない。その結果がこのテントだ。


「疲れたわ」


 アリシアが剣を置き、椅子に座る。


「私も疲れた。デュラハンなんて初めて見た。しかも矢が当たらなかったし」

「一階に出るはずがない魔物が出るっていうのは事実みたいだな。ゴブリンとかは逆にいなかったし」


 エヴァンは水をあおった。全力で走ったため、エヴァンも疲れている。肉体的に、というよりも精神的に、だが。


「おまけに、攻撃が当たらなかった。デュラハンは鎧だから、当たったら音がするはずなのにしなかったし、よけられたわけでもなかった」


 今でも、その事実が信じられない。それでも、認めるしかない。


「すり抜けたんだよなあ。何でだろ」

「エヴァンもわかんない?」

「わからん。無理。こんなの初めてだ」


 冒険者になって四年目だが、こんなことは起きたことがない。話に聞いたことすらない。


「あれは、焦るな。あれで気を失ったんなら、錯乱してもおかしくない」

「エヴァンがそう言うなら、そうなんだろうね」


 カミラが、ずっと黙っているアリシアに目を向ける。


「大丈夫? まだ体調悪い?」

「それは大丈夫だけど……」


 アリシアは怪訝な顔をしている。なにひとつ理解できない、という顔。アリシアがこんな顔をするのは珍しい。これまでは、誰よりも状況を理解していた。


「二人とも、何を言っているの?」

「何のことだ?」

「あそこに、デュラハンなんていなかったわよ」


 はっきり、そう言った。






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