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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
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10. イマリナ編

 あまり人のいるところに行ってはいけない、と言われてはいるが、ずっとダンジョンの中にいるわけにはいかない。食料を買わなければならないし、ギルドにもある程度報告に行かなければならない。ついでに、魔石も売りに行かなければならない。


「私は外で待ってるわ。そこらへんにいるから、終わったら声かけてちょうだい」


 とアリシアが言うので、カミラとエヴァンの二人で入る。さすがに、アリシアはギルドの中には入らないらしい。


「エヴァンさん。奥で支部長がお話があるそうなので、行ってもらってもいいですか?」


 受付の人が言う。


「俺一人で、ですか?」

「はい」


 ギルドの命令は絶対。それが冒険者として武器を持つ条件だ。だから、絶対に逆らえない。逆らった場合は資格剥奪と武器の没収、場合によっては投獄もあり得る。


「カミラ、そこで待ってろ」

「わかった」


 テレパシーを切ってもらったあと、受付の奥の戸をくぐる。




 ここ、ギアトーレの支部長は元B級の冒険者だ。射貫かれそうなほど、目が鋭い。見えていなくても、視線を感じる。


「久しぶりだな、エヴァン」

「お久しぶりです」


 この支部長は、エヴァンの事情を知っている。


「お話とは?」

「ああ。イマリナのダンジョンについてなんだが」

「イマリナ?」


 ダンジョンはあるが、ギアトーレほど大きなものではない。町もそこまで大きくはなく、ギルドもあるが規模は小さかったはずだ。


「何か問題があったんですか? そんなに話題に上るようなダンジョンではなかった気がしますが」

「口止めしているからな。おかしくなったのは、半年くらい前からだ」


 半年前。そのときにはすでにエヴァンはギアトーレのダンジョンにしか入っていない。


「死んだ奴はひとりだから多くねえし、大きな怪我をするわけじゃないんだが、出てきた奴が皆錯乱してるんだ。攻撃しても当たらねえってな。で、いつの間にか気を失って、意識が戻ったときには魔物はおらず、慌てて外に出てくるって感じだ」

「実力がないのに下層に行ったとかいうわけではなく?」

「上層。しかも、一階だ。攻撃をよけるような知能のある魔物なんて出るはずがないんだがな」


 一階に出るのは、せいぜいゴブリンかオークくらいだ。違う魔物が出ることもなくはないが、そこまで強いものは出ない。


「何が出たんです?」

「オーガが出たらしい。あとは、デュラハン」


 オーガはゴブリンに似ているところもあるが、ずっと強い。デュラハンは首のない全身鎧で、硬く、攻撃が入りにくい。


「それが一階って、ありえないですね」

「だろ? ギルドの人間で調べたんだが、みんなダンジョンの中で気を失っちまうんだ。さすがに錯乱することはなかったが、口をそろえておかしいって言う」


 支部長がため息をつく。


「というわけで、調査を頼みたい」

「俺は今はE級ですが、いいんですか?」

「その力を買っている。それに、お前ならいろいろ経験しているからな。何とかできるだろ。解決できなくてもいいから、何が起きているのかだけでも調べてほしい。もちろん、解決するにこしたことはないが」


 エヴァンは、ゆっくりうなずいた。


「断れませんし、お受けします。ですが、あの二人は捕まらないんですか?」

「A級の二人か? 残念ながら、断られた。緊急性がないと言われてな。それ以上に緊急の依頼が多かったらしい」

「緊急性がない?」


 それは、おかしい。


「半年間、誰もろくに魔物を倒してきていないんですよね?」

「ろくに、どころか一匹もないな」


 口を開いたエヴァンを制す。


「それも調べてほしい。報酬ははずむ」

「……わかりました」


 頭を下げ、支部長室を出る。




 カミラは何もしておらず、壁にもたれていた。


「話、終わった?」

「ああ。待たせたな」

「魔石は全部買い取ってもらったよ。たいした値段にはならなかったけど」

「まあ、ゴブリンとオークだけだからな。そんなもんだろ」


 その二つは、大半の冒険者が一人でも倒せる。


「何の話だったの?」

「依頼を受けた。アリシアにも話すから、あとでな」

「はあい」


 もうギルドに用はない。




 アリシアは少し離れたところで人と話していた。また、信者に声をかけられたのだろう。エヴァンに気づくと、目で制する。


「アリシアって人気なのかな」

「巫女だからだろ。とはいえ、話しかけやすいんだろうな。ああいうときは雰囲気が柔らかいし」

「それは、ほめてるのかけなしてるのかどっちかしら」


 後ろから少し冷たい声がかかる。


「うわっ。いたのか」

「やけに時間かかってたわね。何かあったの?」

「ああ。依頼を受けた。アリシアの家でいいか?」

「いいわよ」


 その声は少し冷たいままだった。




 いつものように、エヴァンとカミラが隣に座り、アリシアがその向かいに座る。


「イマリナのダンジョンの調査を依頼された」

「イマリナってなんかあったっけ? 名前は記憶あるけど」

「そんなに大きな町ではないわね。ダンジョンがあるから、小さいというわけでもないけれど。一度行ったけれど、特に変わったところではなかったはずよ」


 そう。どこにでもありそうな町。エヴァンは、支部長から聞いた話をそのままする。


「……というわけで、調査してくれってさ」

「おかしいわね。それは」

「だろ?」


 カミラはエヴァンの袖を引いた。


「一階に出るのがおかしいの? 確かに聞いたことのない話ではあるけど、ダンジョンなんて何が起きてもおかしくないところなんだから、そういうこともあるんじゃないの?」

「いや、それもおかしいんだが、もっと大きい問題があるんだよ」

「半年も魔物が倒されていないのなら、町に魔物が出てくるはずなのよ」


 アリシアの言葉にうなずく。


「アリシアが説明するか?」

「エヴァンが説明してちょうだい。冒険者の方が知ってるはずよ」

「私知らないんだけど」


 明らかにすねた口調。


「カミラは冒険者になってからそんなに経ってないだろ。しょうがない」

「むう。……まあいいや。で、魔物が出てくるってどういうこと?」

「ダンジョンには魔物が多くいる。で、そのまま放置しておくと、魔物がダンジョンであふれて外に出てくる。だから、そうならないように冒険者が魔物を狩るんだ」


 町に魔物が出てこないように。ダンジョンの中にとどめておけるように。


「そうなの? じゃあ、冒険者ってそういう理由でいるわけ?」

「何だと思ってたんだ?」

「いや、魔石を得るためかなあって」


 知らなかったのなら、そう思うのも無理はない。何も知らなければ。


「魔石がなくても死にやしない。そんな理由で市民に武器を持たせるような真似はしねえよ。冒険者がいるのは、魔物を倒すためだ」

「つまり……、半年も魔物が倒されてないのに魔物が町に出てこないのがおかしいってこと?」

「ああ。だが、緊急性はないと言ってたから、ダンジョン内に魔物があふれてるわけでもなさそうだ」


 要するに、魔物が増えていないのがおかしいのだ。


「魔物が魔物を倒すこともあるんでしょ? オーグとかが上に来てるんだったら、そいつらがゴブリンとかを倒してるんじゃないの?」

「それはないな。そいつらは上に上がってこない。何でか知らないけど、絶対に下にいる。魔物は魔物を食うわけじゃないし、わざわざ倒す理由もない」


 エヴァンは、黙って聞いているアリシアを見た。


「そうだよな?」

「そうね。下の方が邪気が濃いから、上に来ることはないわね」

「初めて聞いたな。その話は」


 エヴァンは眉間を押さえた。


「アリシア。ダンジョンについて、知ってることを全部話してくれ」

「わかったわ。わからなかったら質問してくれていいから」


 その前置きが恐ろしい。


「そもそも、ダンジョンは人が作ったものなのよ」

「は? 人が?」

「ええ。前に私が墓地の浄化をしたときに、核がなかったって言ったのは覚えてる?」

「……ああ」


 そのとき核について質問したら、ごまかされた。


「あのときはあのあたりで魔物が倒されて邪気がたまっていただけだったから、核がなかったのよ。でも、ダンジョンには核がある」

「で、その核ってのは何なんだ?」

「正確にはわからないけれど、邪気を出し続ける物質っていう説明が一番正しいわね。私も見たことはないけど。それは、聖職者でも浄化できず、誰も壊すことができないわ」


 つまり、物理攻撃も通じない。


「魔物は邪気の塊だと話したでしょう? 核は邪気をかなりの濃さで出し続けて、魔物を作り続けるのよ」

「魔物を?」

「ええ。そんなところに人は住めないでしょう? だから、土魔術が得意な人たちが集まって、地面の奥深くに埋めたのよ。でも、そうしたら地中から魔物が出てきてしまった。だから、倒せるように、ダンジョンという形にした」


 だから、ダンジョンは人工物なのだ。


「土魔術でやるにしても、相当な労力だろうな」

「でしょうね。でも、生活するにはそうするしかなかった」


 エヴァンも土魔術は使えたが、それでもあんなものを作れるとは思えない。大勢の人がいたとしても、どれくらいの時間がかかるだろう。


「核はダンジョンの最深部にあるわ。だから、邪気は下に行けば行くほど濃くなる。そして、魔物にとっては邪気の濃い空間の方が居心地がいいのよ」

「ってことは、魔物は下に行こうとするんだよね?」

「ええ。だけど、魔物にもなわばりのようなものがあるみたいでね。すべての魔物が下にいられるわけじゃない。だから、弱い魔物は上に出てくるのよ。生き残るために。ゴブリンとかオークはその典型ね。あとはオーガなんかも、下層にはいられなかったんでしょう。そして、それでも入らなくなったら、ダンジョンから出てくる」


 魔物も弱肉強食。ならば、そうなるのも仕方のないことだ。人間のように話し合ったりはできないのだから。


「だから、イマリナのダンジョンでオーグやデュラハンが上に来るのはおかしいわね。話を聞いた限り、その二つが下層にいられないほど強い魔物が大量にいるわけではなさそうだし。下層に余裕があるなら、上に上がってくるはずはないわ」

「邪気が薄いから、だな?」

「ええ」


 だからアリシアも話を聞いただけでおかしいと感じたのだ。エヴァンと根拠にするところは違えど、感じていることは変わらない。


「ここで話していてもらちが明かない。行くしかないな」

「錯乱って……怖いなあ」


 カミラが不安げに言う。ギアトーレのダンジョンにしか潜ったことがないのだ。不安なのも仕方ない。


「なら残るか?」

「むうう。エヴァンの意地悪!」


 ポカポカ背中を殴られる。まったく痛くはないが。


「冗談だ。大丈夫だろ。俺がいるから」

「そう言うところがずるい……」


 カミラが不満げに、だがどこか嬉しそうにつぶやいた。






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