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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
1/97

プロローグ

 ドッカアアアアアアン!!


 ドラゴンの首元で大爆発が起こった。ドラゴンが低く咆哮を上げる。エヴァンはそれにひるまず次々と大火力の魔術を放つ。このまま削っていけば勝てる、と確信していた。ドラゴンのブレスを避けながら、目や鼻を狙う。


 突然、ドラゴンがエヴァンとは違う方向に火を吹いた。だが、それは一瞬でかき消される。


「何だ……?」


 敵か味方か、と身構えるエヴァンの耳に、好戦的な声が響く。


「俺に刃向かおうとは、いい度胸だな」


 物凄いプレッシャーにエヴァンは目を一瞬閉じてしまう。攻撃が放たれたわけではない。それなのに、死を覚悟するほどのプレッシャー。


 そして目を開けたとき、ドラゴンはいなかった。跡形もなく消えていた。魔石も残っていない。


 だが、エヴァンの本能が告げていた。これは味方ではなく敵だ、と。それも、五十メートル以上ある凶悪なドラゴンを一瞬で、攻撃らしい攻撃をすることもなく消し去ってしまえるほどの、圧倒的な敵。


 鋭く周りを見渡すと、ひとりの男が宙に浮いていた。髪も服も真っ黒な、闇のような男。そしてそこから放たれるドラゴンとは比べ物にならないほどの邪気。


「魔族、か?」


「ご名答」


 聞こえないほどの小さなつぶやきに魔族はあっさり答え、音もなく地面に降り立つ。よく見れば、瞳まで真っ黒だった。吸い込まれてしまいそうな黒。


「人間にはユリシーズと名乗っているが」


「ユリシーズ……!」


 知らないはずがない。誰も敵わないと言われる、高位の魔族。


「お前、タルアの冒険者だろ? で、あのドラゴンを倒しに来た。黙って帰るなら見逃してやるが」


 感情のない、否、つまらなそうな声。エヴァンはそれを鼻で笑う。プレッシャーに怯え、震える自分を押し込めるように、不敵に。


「誰が、黙って逃げるって?」


 剣を構えなおし、風魔術を後ろに放って自身を加速させる。逃げた方がいい、と頭ではわかっていた。敵うはずがない、と。だが、体が疼いた。ドラゴンと戦っていた時に高ぶっていた体は、まだおさまっていない。


「へえ」


 ユリシーズがすっと目を細める。引かないエヴァンを面白がるように。


 一気に距離を詰めたエヴァンは全属性を一気に放った。


 ドッカアアアアアアン!!


 ユリシーズを中心に大爆発が起こる。


「その程度か?」


 ユリシーズは無傷だった。それどころか、服すら乱れていない。まるでそよ風が吹いただけのような、そんな反応。しかも、ユリシーズは防御する動きをしなかった。自分が傷つけられるわけがないと、わかっている者の態度。


「高位魔族の名は、伊達じゃないってことか」


 エヴァンは火を放つ。景色が揺らぎ、地面が溶けるほどの熱。だが、


 シュウウウウウッッ


 ユリシーズが一瞥するだけで、火はすぐにかき消された。まるで最初から火など存在しなかったかのように。赤く溶けた石だけが、その存在を残している。


 エヴァンが二三歩下がり、大きく深呼吸をする。その間もユリシーズから目はそらさない。


「逃げるのか?」


 挑発するでもない、普通の聞き方。それが余計にエヴァンをあおる。


「まさか」


 クッと口角を上げ、風魔術で加速しユリシーズの懐に入る。それでもユリシーズは動じない。その冷たい瞳に頭はひるみそうになるが、体は止まらない。


「くらえっ!」


 足元に火魔術を放ち、それに気を取られて目線の下がったユリシーズの首に、風魔術をまとわせた剣を振り下ろす。


「おっと」


 ユリシーズが少し身をそらす。剣は届かなかったが、風魔術が放たれ頬を薄く切り裂いた。そこからあふれた黒いもやのような何かが、エヴァンの左目にかかる。


「あ……?」


 とっさに大きく後ろに下がったエヴァンは、左目を押さえる。身体に何かが侵入してくるような、そしてそれに身体が塗り替えられるような、とてつもない不快感。


 そしてそれは、焼けつくような痛みに代わる。


「あああああああああああ!!」


 平衡感覚が狂い、地面に倒れこむ。だがその痛みすら感じないほど、左目が痛んだ。


 どこかで叫び声が聞こえる。そして喉の痛みを感じ、叫んでいるのは自分だと知る。だが、それを止めることすらできない。


 掴むものがなく、地面を引っ掻く。爪がはがれ、血が流れるが、そんなことは気にしていられない。


 ただこの痛みを紛らわしたい。でなければ、気が狂ってしまう。




 かすかに痛みがやわらぐ。薄く目を開けると、ユリシーズは既にいなくなっていた。もしかしたら視界の外にいるのかもしれないが、ユリシーズの邪気は感じない。少なくともエヴァンを攻撃する気はないのだろう。


 エヴァンが死んだと思い、去っていったのかもしれない。とどめを刺されなかったことは、幸運と言うほかない。


 こんなところで倒れていてはいけない、とわかってはいたが、体がいうことを聞かない。せめてどこかにやってしまった剣を拾おうと思ったが、近くにはない。


 だんだん頭も回らなくなり、目もかすんでくる。ピクリとも動かない体を動かすことをあきらめ、エヴァンはいまだ痛む目を閉じた。



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