第1章 02話『見たこともない世界』
第1章 目が覚めたら遥か遠い世界
02話『見たこともない世界』
目が覚めた。
頭が少しジンジンする。瞼の裏からでもわかる、鳥も鳴いている、もう明け方なのだ。
喉が渇いたので起きあがろうと目を開けた。
その瞬間、彼は我が目に少しありえない光景が映っているのを見た。
その光景は一見ただの天井だった。寝た状態で上を向いて目を開けているのだから当然だ。
しかし、その天井は自分の家の天井と違った。
それだけなら夕方の事故の後、親切な誰かが治療院にでも担ぎこんでくれて、そこの部屋の天井かなとも想像ができた。
だが、彼の目の前にあったのはこれまで見たことのない、彼の世界の感覚では全く異質だった。
しばらくして起き抜けの頭でもそも、何が異質と感じたのか?ハッキリと判別ができる様になって来た。それはその天井の材質だった。
その材質は、彼が今までの人生で初めて見たものらしかった。
それは石屋根でも無く、藁葺き屋根でも無く、木でできたものでもなかった。
漆喰でも無く、レンガでも無く、泥を固めてできたものでもなかった。
その他の彼が知っているありとあらゆる物質の記憶では、該当しているものがなかった。
(なんだ?これは?)
また、夢でもみているのかとも思ったが、頭が多少ジンジンしていることを除けば自分でも確実に理解できるほどに彼は覚醒している実感があった。
それて冷静になればなるほど、さらに違和感は広がっていった。
彼の触覚が全ての違和感に警告を出している、まずは彼の寝ているベッド、今手に触れているシーツは彼の知っている麻などの自然な布からは作られていない。
そして、それは彼の上にかかっているフワフワの物もそうだった。中に何かが入っていて、その蕩けそうな感触を生み出しているのだけれども、その中身が彼のどの記憶からも特定できるものはなかった。
「「街でも聞いたことはないぞ、、、」
いつのまにか独り言がでた。
彼は何かを確かめる様にベッドを出た、その時に周りの光景が彼をさらに驚かせる。
それは、見たこともない青い光を放つ家具が所々に点在する、彼の世界では希少な、鉄でできた大きい箱が机の横にある異様な部屋だった。
その部屋からは人の温かみを感じない空虚な雰囲気が滲み出ていた。そして先程の鉄でできた(しかも驚くほど薄い鉄だった)箱は色々な細かい雑音を発しながら何やら細かく震えながら動いている。
季節が冬だと言うのに何故か暖かいのでその熱源を探した。暖炉はなかったが代わりに鉄でできた小さい箱が見つかった。
こんな箱から真夏の太陽の様な強い熱を感じる。
最初は、燻製を作る小型の窯かなと思ったが、それにしては寝室にあるのがおかしい。それでこれは今いる部屋を暖めている暖房ではないかと推測した。
しかし多少ながら冷気も感じる。彼はその礼儀を辿ってカーテンがかかっている一画へとたどり着いた。
冷気はそのカーテンの向こうから感じる。
そこからは朝の光が部屋に差し込んできているため、彼はドア(大きさから見て彼にはそう思えた)が開けっぱなしなのかと考えカーテンを開いた。
そこで見たものは彼の想像を大きる覆した!
透き通る様な大きな板が目の前にあったのだ。
あまりに透明すぎてぶつかりそうになったそれは、彼の世界の技術では到底作ることも出来ず、全く見たこともない様な代物だった。
窓!!
それは、信じられないことに窓だった!!
そこから少し冷気が部屋に伝わってくるが、カーテンがその冷気を遮る仕様だったらしい。
そして彼が何故この透明な壁を窓と判断できたかと言うと、窓から見える光景にヒントがあった。
ドアは二階には付けない。
そう、彼のいる部屋は二階だった。もう窓と彼が特定した透明な板の向こうからハッキリと分かったことだ。
そして、窓の外の光景はただの二階ではなかった。彼は何度驚かされるのであろうか?さて、それはこの先永遠であろうが、しかし初めてその光景を見たこの瞬間を超える衝撃は、もう二度とやってこないであろう。
それは彼の平凡な脳が処理するには、あまりにも情報が多すぎた。
そのため驚きで床にへたり込みながらも、今はまだ見なかったことにしようとした。それより気になったのは、窓に映っていた彼の姿である。(それが彼の姿であるのは、彼の動きと連動して写し身も動くのですぐに理解できた)
「え?な?なん、、、で?」
窓の透明な板に写ったその姿は、40代を超えた自分が知っている彼自身とは全く異なっていた。それは彼から見たら青年とも言っていい年齢の男子の姿だった。
それはさらにあり得ないことに、彼の青年期の姿でもなかった。そう、全く別人だった。
見たこともない人種だった。少なくとも彼の世界ではごくありふれた普通の農民が目にする様な人種では無かった。
彼の混乱した脳に更に追い討ちをかける様に、見知らぬ声が聞こえてくる。
「タクト朝よ、ご飯食べに降りてらっしゃい」
その状況が彼を少しずつ覚醒させていく、この世界のこの光景は話に聞いたことがある事をちょっとずつ思い出しはじめた。
街には時々少量のお賽銭欲しさに吟遊詩人が来ていた、その吟遊詩人はいろいろな世界の物語を歌にして語ってくれていた。
そして、それは彼が好きな物語だった。
観客には子供達が多かったが彼は年甲斐もなくその物語にはまっていた。
特に娯楽もない平凡な一農村には物珍しいその吟遊詩人の歌う物語が一大ブームになっていた。
平凡な農民の生活を、日々繰り返すルーチンワークにほとほと嫌気がさしていた彼は、その世界にたちまち魅了された。
夜寝る前も、農作業で少し休んでいる時も吟遊詩人の歌う物語の世界にいてるかの様に妄想した。それが現実の人生をさらに過酷に思わせる効果があると知っていた。
しかし、彼はやめられなかった。
その世界を旅することだけが、彼の唯一の幸せだったのだから。
そう、今、その世界に自分がいる、歌の世界の、遥かな未来の、その物語の世界に今、自分が違う姿でいるのだ。
彼の意識は、今までの驚きと不安と恐怖から180度違い感情が支配しはじめていた。
死ぬほどつまらなかった何も変わらない日常、そこからの脱却、そしてもう一つの生、これは彼が熱望し望み叶えられないと理解し諦めていた夢だった。
彼はこの今いる世界で生きていこうと決心した。
そして、先程の窓と違う、彼の世界にあったものとよく似た、今度こそ扉と思う物のノブを恐る恐る捻りドアの前に繋がる階段を慎重に降りていった。