プロローグ:つまらない人生
第1章 目が覚めたら遥か遠い世界
01話『プロローグ:つまらない人生』
農業は辛いと彼は常々思っていた、幾度も幾度も土を見つめ耕し水をやり、苦労して育てた苗も農作物特有の病で枯れていく物も少なくない。
まるで自分の努力が見えない穴に吸い込まれていく様な錯覚さえ彼にはイメージ出来た。
彼は思う。
そもそも自分はなぜ農民なのだろう?この世界は、職業が生まれた頃から決まっていることも少なくない世界だけれど、だけれど何で自分は農民の家などに生まれてきたのだろうか?と何度も何度も考えるのだ。
彼はこの問いを生まれてから何回やったかわからないくらいに続けていた。
彼は、そんな風に野望も展望も望みすらない、ただの平凡な農民であった。
これは、実を言うとかなりな贅沢な境遇だったのだ。
実際ここイファーレンでは職を持てなくて苦労しているものが多い中、生まれた頃から自分の職が決まっていて代々の畑もあり、この世界のあまり進化していない農業であったとしても、ある程度の収穫を迎えることができ、とてつもない災害が起きる想定以外では一生食の食いっぱぐれが無く、ある意味では終身雇用の様な立場が職業農民と言う、彼の現在の立場なのだから。
しかし彼は隣の芝生が青いという様に、今日も畑の向こうの他の人々を羨ましく見つめていたのだった。
手に愛用の鍬を持ちながら。
「はぁ、日も暮れてきたし、そろそろ漫ろ帰ろうかな。」
彼が少し広いぐらいの農林を出て、農道を抜け、街中に差し掛かって数刻人混みの中を疲れた様子で歩いていた時に、その耳に聞こえたのは悲鳴と騒ぎ立てる人々の声と、助けを呼ぶ子供の声だった。
「キャァぁ!!」
「馬車が!馬車が!!」
「変な動きで突っ込んでくるぞ!!!」
「ロフ!!避けて」
見ると遠くに泡を吹く馬がおかしな動きで与太つきながら、それでもものすごい勢いで車輪のついた乗り物を引きずりながら、走ってくる光景が目に入って来た。
そしてその馬車の軌跡の先には躓いて座り込んでいるらしい子供の姿が!
馬車は既に子供の近くまであと少し、子供は目を見開いて何かを叫んでいた!
彼は手に持っていた農具を放り出し、自分でも気付かない跳躍を見せ子供をその体で轍から羽が飛ばした。
せつな……
馬が何かに躓き足を挫き倒れ伏す。口から泡を拭きながら車にしがみついていた御者と共に絶命した。
そして、その後方には、御者とも馬とも違う血と真っ黒になったもう動かない肉塊だけが転がっていた。