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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ほあほあな甘党と優しい辛党

作者: 沼スノキ

 



 ぼんやりとした脳で、温かいホットココアを想像する。

 僕はあったかい飲み物と甘いものが好きな甘党だった。

 ポワポワしていてふわふわで、マシュマロが入っているといいのだけど。



 突然だが聞いてほしい。


 僕は悪くない。


 絶対に悪くない。


 例え、僕が転生者だろうと、元はただの一般人。人生にちょっとオプションがついてスタータセット付けただけのへなちょこ凡人だ。


 今世では農家の両親を持つ、平民だ。剣も魔法も使えない。特にこれといった特徴がない。モブキャラみたいな生まれだった。


 そんな僕が、お貴族様に対して無礼な働きなんてするはずがない。した覚えがない。




「お前みたいなやつは追放だ!」



 マジで勘弁してほしい。






 特に何をするでもない。至って普通な平民。今世の名前を香兎(こうと)という。良い匂いがしそうだ。初めて聞いた時、香ばしい兎肉を連想した。

 前世の名前は忘れた。記憶もあまりない。ただただ知識が残っている感じ。


 ことの発端はこうだった。



 村で貴族が襲われた。

 被害者の証言、アリバイがないのは。

 一人だけ。


 見事な三行説明。


 指紋検査も探偵もいないこの場で、犯人と決めつけられるのは決定事項のようなものだった。


 両親は泣いてくれなかった。これで貴族様の怒りが収まるのならと、差し出された。



 僕が、差し出された。



 人間不信になりそう。前世がなかったら確実に病み期だっただろう。


 国王の前に両膝つけて伏せさせられて、民衆に見守られながら、刑を言い渡された。

 公開処刑ってことか、そうか。


 殺されはしなかった。

 国外追放されて、何にもないところにポツンと放置されただけ。


 ……人生ハードモードです。エクストラハード、ルナティック入りまーす。




 怒りも絶望もなく、あるのは虚無ばかり。


 それにしてもたった一人貴族が死んだだけで、国王の前まで突き出すのか? 普通に考えて。

 …もしかしたら王の愛人とか王族だったのかも知れない。まぁどっちにしろ状況は変わらないのだけど。


 なんとか今世を理解し始めて、今世こそは満足に生きようと考えたらこれだよ。



 今世はまったくもって不便な世界だ。


 魔法なんて使えるのは世界に十人もいないから、特段異質な世界とは思えず。

 剣持つのも農具持つのも変わらない。

 戦争が多く人がよく死ぬ。科学の発達が芳しくない。

 食べ物は農作物ばかり、醤油も塩もない。魚を食べられるのは数ヶ月にいっぺん。肉なんて今世では見てもいない。そして何より砂糖がない。



 そう、砂糖がない。甘党の僕にはとてもこたえた。辛かった。それでも周りもそうやって生きているからとなんとか娯楽への欲求を耐え、家族のためにと仕事を手伝い、結果がこれだ。

 今世の家族。苦労する平民でありながら、こんな成人済みが彼らの大事な子供にとって変わってしまい可哀想だと同情していた。しかしながら、僕に対するあたりがきつい。我が子が冤罪吹っかけられているにもかかわらず、助けてなんてくれなかった。


 子供は弱いしすぐ作れるから要らなかったのだろうか。


 ウジウジしていても仕方ない。


 僕は動かなくてはいけない。



 その場から離れて、獣に襲われなさそうな場所を探す。


 こそこそ動いて、洞穴を見つけられたのは幸運だった。


 その日はそこで一晩過ごした。



 次の日に馬車を見つけた。

 馬の休憩をしているようで、草むらに止まっていた。

 荷馬車のようで、乗組員は馬当番二人だけ。


 積荷に隠れて、どこか知らない街を目指した。


 街に着いたら勝手に降りさせてもらおう、無賃乗車なのは仕方ない。バレないようにしよう。

 元の国に戻ってしまっていたらと、不安で仕方なかった。

 まぁ、あの国は外を遮断している国なので、おそらくそれはないと思うが。

 とても悪いとは思ったが、腹が減っていたので積荷の食料をつまみ食いさせてもらった。


 かったいパンと臭いのきついチーズ。


 久々のご飯の味は不味かった。



 ワインボトルを一本もらった(奪った)。水を入れて水筒にしようと思う。




 ガタガタとうるさい音が消えたあたりで、馬車が止まったと気がついた。サッと飛び降り、その場を足早に後にする。人の少ない朝早く。


 ワインボトル抱えて、かったいパンを何切れかポッケに押し込み、街を彷徨く。人がまったく見当たらない。



 朝日が登っても、人間は出てこない。

 なんだこの街とうろちょろしていたら、誰かと正面衝突した。


 おっ、美人? 美人のおねーさん?


 それにしては少し硬い。


 淡い期待をして上を向いたら、強面のにーちゃんだった。

 ヤのつくご職業の方ですね。死んだ。


 また来世にご期待ください。


 頭の中でテロップが流れた。




「…子供?」



 逃げ腰で後退りを始める僕に、彼は怪訝そうな顔をした。


 彼の後ろからワイワイと声がする。


 静かな街の中でここだけ賑やかだった。今気がついた僕は相当周りを見ていなかったらしい。頼れるところのない状況に焦っていたのかもしれない。


「なんだー? 猫でもいたかー?」


 飲んだくれのおばさ……お姉さんが、ひょこりと覗いてきた。こういう時はお姉さんと呼ぶのだと近所のトメさんに聞いた。


 パチリと目が合う。



「…こりゃ、なんとも可愛い猫さんだな」


「ありゃ? 入り込んじゃったかな?」


 始末しないと、なんて副音声が聞こえる。

 うわぁ、詰んだ。え、僕こんなとこで死ぬの?


 不意に手が近づいてきた。

 まったくもって気配がなく、急に手が現れたかのように思えたから、動けなくなってしまった。



 その手は殴ることも叩くこともなく、僕の頭に止まった。

 そのまま、わしゃわしゃと撫でられる。


 待って、本当に僕のことを、猫だと…。



「何してるんだい、二人とも」


 増えた。人、増えた。



 驚いて固まったまま動くことのない僕に、見知らぬ男女が頭を撫でてくる。謎の状況をこの青年はなんとかしてくれるだろうか。


「おや、子供……あれ? ここってこんな子供でも入り込めたっけ?」



「いーや、今日は物資供給の馬車しか…」


 ひょいと、僕を抱えて、じゃあ馬車からきたのか?なんて呟く男性。



 僕の声は相変わらず出てこない。



「にゃぁー、かーわいー。何この子?」


 またもや見知らぬお嬢さんが現れた。

 きらびやかな美人。目がシパシパする。


「荷馬車の子か、はたまた紛れ込んだ子か」


「荷馬車のじーちゃん、孫いたっけ?」


「あ゛? 未婚の俺になんてこと聞いてんだ?」


 ワイワイガヤガヤみんな楽しそうに、騒がしく喋っているが、僕から見ると不安しかない。


 不法侵入、マジすいません。そこら辺の街に着くかなと思って勝手に紛れ込みました。


 そんな言葉が発せられない。殺されるかも。



「ほら、みんな。その子怯えてしまっているよ」


 ふふふっと笑いながら、僕の顔を指差した青年。

 その一言に、怯えさせる気はなかったんだと、口々に謝られる。本当にごめんなさい、悪いの、僕です。これに関しては僕が悪いです。


「悪いなー、猫ちゃん。怖がらせる気はなかったんだよぉ。」

 ニカニカと酒飲みが笑っている。

 僕は猫ちゃんで固定なのか。



「まずは話を聞こうか。ジュース飲むかい?」


「おいこら、それ酒だ」


 ジュース持ってるやつどこだー。瓶でくれーと、ヤクザ顔の男性が声をかける。

 おう、ここだと返事があって、ポイっと投げ出された瓶を片手で悠々とキャッチした。


「はいどーぞ」


 そしてそのまま瓶ごと渡される。

 え、この2リットルありそうな大きい瓶を抱えて飲め、と?

 固まっている僕に、隣の酒飲みなお姉さんが、何か渡してくれる。


「ジョッキでいい?」


 あれよあれよという間に、ジョッキに薄青色のジュースを注がれて、持たされる。横には持ち逃げしてきたワインを置いておいた。

 怒涛の勢いに戸惑いが隠せない。


 ジョッキはデカくて、片手で持てないサイズだった。


 なんのジュースだろうかとちょっと飲んでみた。

 口の中でシュワシュワパチパチしてラムネの炭酸のような味だった。美味しい。



「さて」




 改めて、と、男性が言った。



「どこの子だ? 猫ちゃん」


 何て答えるべきだろうか。


 少し考える。

 あの街の子ではなくなったし、あの国の子でもなくなった。

 名前を名乗るべきか、しかし、『どこの』に当てはまるとも思えない。

 首を傾げて考えていると、沈黙が答えと受け取られたのか、次の質問がとんでくる。


「……じゃぁ、何しに来たんだ?」


 おっ?これなら答えられるぞ。


「食べ物と寝床探し……馬車があったからどっかの街につかないかなぁ、と」


「…ん?」


「着の身着の儘放り出されたから流石にまずいかなって。」


 自給自足するにも準備がいるよなぁ、ぽやぁっと呟いていたら、男性は首を傾げた状態のままから動かないことに気がついた。



「着の身着の儘? 子供が? 一人で?」



 頷いたら、微妙な顔された。このご時世、放浪してる子供なんぞ山のようにいるだろう。



「…まさか、隣国のカルテリオから来たんじゃないのか?」



 僕は驚いた。


「よくわかりましたね」


 近隣国四つもあるのによく絞れたものである。




「治安、悪いからなぁ……あの国」



「そうですかね?」



 僕にはあまりわからないが、第三者目線から見ると違って見えるのかもしれない。



 でも、あの国確か入国も出国も禁止の孤立した国だった気がするんだが、と事実を言われたので、追い出されましたと正直に伝える。



「国から、追い出された?」



「なんか貴族殺しの犯人らしいですよ。僕」


 まったく見に覚えがないんですけどねー、と穏やかに言うと、危機感がないだの冤罪じゃないかだの言われた。

 どれも事実だ。僕は前世の影響からか、この世界には似合わないくらいのほほんとしている。別に気にしていないし、国に愛着があったわけでもない。両親に対しての信頼は消えた。

 僕は寝床がないのと生活していけないこと以外に特に問題性を感じていない。



「とりあえず、うちに泊まっていけ。ほっとくのも気分が悪い」



「え、あ、ありがとう、ございます」



 ヤクザ顔の男性はなかなか優しかった。







 それから僕はこのよくわからない街に居候している。一応バイトとしてウロチョロと物品配達やら、雑用やらをこなしているが、よくわからない子供を置いて下さった彼らには感謝しきれない。


 お礼によく働くことにした。



 この街は不思議だ。

 街の住人が少ない。活気がないわけではないのだが、どちらかというと街というより何かのアジトのようだ。


 どっちでも気にしないけれども。


 僕が知っているのは、まとめ役のヤクザ顔の男性。酒飲みお姉さんと、はちゃめちゃ美人のお姉さま、優男タイプの青年、後はおじいさんやら若い兵士っぽいお兄さん多数。女性が少ないけど、たまに弓使いや盗賊っぽいお姉さんもいる。

 とても元気な戦闘狂のような相手もいた。よく刃物振り回している。異世界だから有りなだけで、現代日本ならアウトだろうなと思いつつ、眺めている。

 稀に追っかけられる。全力逃走が得意になった。


 中でも特段仲が良いのは、優男の青年、祀紫(しし)という。最初は『獅子』なのかと思った。(まつ)るに紫で『シシ』。不思議な組み合わせだ。


 そう、この世界は日本語標準なのだ。


 これは僕にとってとても嬉しいことだった。

 なんせ、前世で僕は英語が大の苦手分野だったのだ。

 どう頑張っても品詞からして理解が及ばなかった。多分僕は英語に嫌われている。(個人の感想です)

 そんな僕が異世界語をマスターできると思うか?そう、できるわけがないのである。


 ちなみに名字はない。あったとしたら貴族だろう。こういうところは日本じゃない。文化的にも米や和服の文化はない。なのに日本語、ガンガン日本語。ちょっと違和感はある。



 時たま、これはとても奇妙(おかし)な夢なのではないかと感じる。もしかしたら、これは夢の中だから僕に合わせた言語で、現実(現代日本)ではありえない怖いことが起きて……。



 どちらにしろ、夢が覚めるまで、もしくは人生が終わるまでは生きていないといけないのだ。




 今日も元気に行こう。



祀紫(しし)、これ今日の分の…なんだろう。箱?」


「おや、ありがとう。香兎(こうと)


 今世の僕の名前には、可愛いうさちゃんがついている。裏切り者の両親が付けた名だが、案外気に入っている。



「これは…仕事に使う物品が入ってるんだ。うん。確かに受け取ったよ。次はどこに行くんだい?」


 中を見ずに受け取った祀紫は、にこりと笑っている。

 少し怪しげなその笑みが美しく見える。


 これだから美人は。



「次は…ええと…。三咆(さんほう)さんのところ」



 三咆(さんほう)さんは、あのヤクザチックな男性だ。

 気さくで良い方である。


「ラッキーだなぁ。ここに届け物があるのだけど」


「あ、うん。持っていくよ」


「うんうん、よろしく」



 ニコニコ笑う彼に、この人はいつも笑っているなぁなんて思いつつ、荷物を受け取る。

 箱詰めされているけど、少し重い。


「持っていけるかい?」


「大丈夫です」


 てってか持っていき、三咆(さんほう)さんにも届けて今日の分は配り終えた。

 満足げに与えられたお家に帰る。


 今日もがんばった。









 悪人の街にはポヤポヤしている子供が一人住んでいる。


 ほんっとうにポヤポヤしているから、悪人どもはみんな扱いに困った。悪人なのだからもちろん殺してしまおうとまで話は出た。


 結果から言うと、殺せなかった。

 ほんわか系な可愛い子供を意味なく殺せる殺人狂はその場にはいなかった。そう、その場には。

 その後、後から、殺しとこうか?とそいつに聞かれた頃にはもう愛着が湧いていた。


 愛着が湧いた人形はなかなか手離せないものである。



「おとどけものでーす」


 今日も元気に危険物配達を頼まれているそのお人形ちゃんは、中身にまったく気が付いていないのか、特に何事もないような振る舞いをしている。


 街の住人がどんな奴らかもわかっていないのだろう。


 ふわふわして笑っているところは今では癒しの場になっている。特に懐かれている祀紫(しし)はここのところ絶好調だった。


 そんな子供は根っからの甘党らしい。


 よく飴棒を齧っている。時々お駄賃ついでに菓子も餌付けされている。


 街長は、もうコイツうちの街のペットか看板猫な、と言っていた。住人たちも同意見である。


 時たま、猫ではなくメスとして見るクレイジーな御仁もいるが…。そういう奴は見張り番(護衛隊)が滅している。

 お陰様でその子供は、クレイジー野郎のことを、よく吊るされている謎の趣味を持つ人と思っているようだ。


 事実が明るみにでるより余程マシである。



 ちなみにその子供は歴とした男の子だ。



 ちょっと女顔で子供だから女の子に見えなくもないが、男の子だ。




「なぁ、香兎」


「なんですか?祀紫」



「…お菓子食べるかい?余ってるのがあるんだ」


 やましいことが一切ないかの様に白々しく胡散臭く屈託のない笑顔を見せる。


「わぁ、嬉しいです!」


 花のように笑う子供。食いつきは上々。



「ついでに夕食もどう?」


子供はどうしてだか、少し考える素振りをみせた。


「今日の夕飯は何ですか?」


 ちょっと前までこれだけで釣れたのだけど、最近はメニューを聞いてからにしているようだ。さてはて、誰の入れ知恵だろう。


「んー。カレーかなぁ。ちょっと香辛料多めでも平気?」



「辛くなければ大丈夫です」


 今日のメニューはお気に召したようだった。

 ニヤリと笑ってしまいそうになるのを片手で隠す。


「じゃあ君のは甘くしようね。…ついでに、ココアでも入れようか」


 この街には辛党が多いから、甘党のこの子には気を使ってあげないと。


 それでもメニューを変えないのは、香辛料で匂いを消すのが一番楽だからだ。



「はい!ありがとうございます!」




 良いお返事をしてくれるこの子には是非とも、狩りたてほやほやの肉を用意してあげよう。


 ちょうど、この前街総出で夜中に狩りに行ったんだ。


 この子にバレないように血の匂いを消すのが手間だった。


 文字通り無邪気に笑った子供を微笑ましく思いながら、次の狩場を考える。

 もっと量が欲しいな、二人分作ることが増えたし。


 他のやつらは祀紫と食事なんてしてくれないのだ。肉料理ならなおさら。一緒に食べてくれるこの子供を、彼はいたく気に入っている。


 ()()()()()()()()()()()()大きな街が狙いどころだ、でも老いているのや、運動不足なお貴族様のはまずいから要らない。



「次はもう少し若めのにしようかなぁ」





「何か言いました?」



スプーン片手にこの子に聞かれてしまった。


 いけない、いけない。


 変に気づかれて、一緒に食べてくれなくなるのは嫌だ。



「なにも言ってないよ」


 笑顔でごまかす。




 この街には、悪人しか住んでいない。



主人公くんも実際のところ悪人。別に自分の知らないところで知り合いが犯罪者でも気にしないタイプ。



ここまで読んでくださりありがとうございました。

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