#9 ダンジョン潜行開始
「それじゃあ……行って来るよ母さん、リシリーたち!」
「キュー! 行ってらっしゃいだキュー、フレイマー!」
「まったく、また死にに行くようなもんだよバカ息子! 死んだら許さないからね!」
「分かってるよ、母さん。」
ファスタ大学府訪問より、数日後。
フレイマーはジュラ傭兵団に合流すべく実家を発っていた。
「また金鉱山の採掘護衛に行くだけだから、そんなに危険はないよ!」
フレイマーは母にそう言うや、走り出す。
無論、嘘である。
彼らが向かうは、まさに魔窟だ。
◆◇
「全員、整列!」
「はい!!!」
その魔窟――地下牢竜の卵があるというダンジョンへと通じる洞窟の前で、ジュラ騎士団は全員が大団長ジュラの前に整列する。
そこには合流したフレイマーの姿もあった。
先ほど母やリシリーたちに嘘を吐いたのは、これが極秘任務だという事情もあってのことだった。
「これより……地下牢竜の卵探索及びその確保へと向かう!」
「はい!」
「このダンジョンでは、卵の生命力が食い潰されるペースが早い! 故に……換えの卵を控えておく補給部隊の存在が必要不可欠となる、心得ておけ!」
「はい!」
ジュラに対し勢いよく返事をする傭兵たちの後ろに並ぶは。
卵の殻で出来た鎧を纏った獅子の獣人の如き姿をした唯血巨人たち。
冷却系の能力を使うモンスター、フリージングレオの卵を搭載された騎体群だ。
「(だけど……あの卵も、あっという間に使い捨てになっちゃうのか。)」
フレイマーはジュラの話を聞き、騎体一機毎に搭載のフリージングレオ卵へと思いを馳せる。
「そして……改めてよろしくお願いします、ブリューム先生!」
「はい、私こそ。」
そうしてジュラの左には。
今回、案内役として同行することになったアウレリアの姿が。
「では、先遣隊たるボーン支団! これより」
「はい! 我ら支団、ダンジョンへの潜行を開始します!」
ジュラは次に、フレイマーに声をかけ。
フレイマーは、勇んで叫ぶ。
◆◇
「ブリューム先生、お守りします!」
「ええ、ありがとう……」
フレイマーの支団長騎体たる唯血巨人の操縦席で、同乗するアウレリアは彼の言葉に頷く。
「さあ、この先には道が入り組んでいる部分もありますから、気をつけて」
「はい! 総員、気をつけて!」
「はい!」
アウレリアの言葉を受け、フレイマーは彼の騎体前後にいる部下たちに指令を送る。
騎体は縦一線に並び、命綱によって外部から繋がり道を行くボーン支団である。
「(ここに……もしかしたら)」
アウレリアはふと、思いを馳せる。
――お父さん、どこに行くの?
――ああ、ちょっと用事があってダンジョンに
――ダンジョン? どこの?
――すまん、それは教えられなくてな……でも、すぐに帰ってくるから。
――うん! お仕事頑張ってね!
「……嘘つき。」
「え、先生?」
「……あ、ごめんなさい。何でもないわ。」
ふと声を漏らしたアウレリアに、フレイマーは首を傾げるが。
アウレリアは首を横に振り、何でもないことを示す。
「あ、はい……さて! 進んで行くぞ!」
「はい!」
フレイマーはさして気にせず、支団を更に進める。
そうして暫く進み、一本道を抜けて広い空洞へと出た時。
彼らは遭遇した。
「! 支団長、モンスター群を奥に確認!」
「よし……前方、防御用意! 冷気を吹き出し、死地竜群の攻撃を防げ!」
「はい!!」
このダンジョンの住人・死地竜と。
これから卵を取りに行こうとしている地下牢竜が上級種ならば、こちらは下級種或いは通常種と呼べる種である。
それらは群れを成して湧いて出て、今侵入者たちに目を光らせている。
「前衛騎群、冷気発射!」
その死地竜群が放った火線を、前衛の獅子獣人型唯血巨人は横に並び、一斉に冷気を放つことにより防ぐ。
「すごい……これが唯血巨人の力……」
「ええ! 研究者のブリューム先生でも驚かれますか……すごいでしょう!」
「ええ……実際に見るとすごいわ……」
モンスター群と唯血巨人の軍の戦いを目の当たりにしたアウレリアは、その光景に見惚れている。
唯血巨人の研究者の立場とはいえ、実際にこうして形を為している唯血巨人を見ることはそうそう多くはない。
あくまで彼女たちが日々相手してるのは、図面や数字に論文なのである。
「しかし……ジュラ大団長の言う通り、生命計の目減りが早い! 後方、補給準備!」
「り、了解!」
とはいえ、見惚れている場合ではない。
生命計――生命の書の中にある、残り寿命を数える為の領域。
これが切れ元に近づくにつれて老化が進む。
すなわち卵殻機関に使われている卵は、この生命計が切れ元に迫ることにより使えなくなる。
「やっぱりここでは卵が……すぐに使い捨てになってしまうのか。」
フレイマーは悲しげに漏らす。
そうする内にも、リレー式に新たな卵たちが前衛部隊に届けられて行く。
それらは交代しながら冷気の橋頭堡を築いている騎体たちに、古い卵と交換されていく。
「古い卵と……」
「ええ、この子たちは親の意思を告げずに可哀想……」
「! ブリューム先生……」
尚も複雑な思いでこの光景を見るフレイマーだが、アウレリアも心情を吐露したことに驚く。
「あ、すみません! こちらの話です……」
「いえいえ、確かにその通りです! 僕もこの卵に……一体何してるのかなって気持ちに時折なりますから。」
「ボーンさん……」
フレイマーも背面に搭載されている、自騎の卵の方を見ながら言う。
そう、これまで卵を孵して来たのは孵れない卵たちを憐れんでの時もあったのだ。
「支団長! 敵モンスター群、増援も押し寄せて来ています! このままではこちらは防戦一方で埒が明きません!」
「む! そうか……」
が、またも浸ってしまっていたフレイマーははっとする。
見れば死地竜は、大空洞の奥より次々と湧き出して来ていた。
「止むを得ないな……総員、一旦防戦しながら後退を!」
「待ってください、後退はしないで!」
「!? ぶ、ブリューム先生?」
フレイマーは決断を下そうとするが。
それを止めたのはアウレリアだった。
「な、何言ってるんですかブリューム先生! この支団長は僕ですよ!」
「ごめんなさい、出しゃばった真似を! でも……あくまで私は前進して欲しいの!」
「ブリューム先生……」
フレイマーは苦言を呈するも、アウレリアも引かない様子である。
「仕方ないですね……皆! 前衛は鏃型陣形を組んで! 後衛は縦一線に! 合わせて矢印型陣形で一度、ここを突破できるか試して見よう!」
「は、はい!」
「! ボーンさん……」
結局はフレイマーが折れる形で、支団は尚も前進する。
「ごめんなさいボーンさん、私……」
「いえいいんですよ! よくよく考えたら、今撤退すればジュラ大団長はもっと粘るように言って来るでしょうし……だから、これでいいんです。」
「ボーンさん……」
「でもどうなさったんですかブリューム先生? 冷静なあなたが、さっきは何やら熱くなられて」
「……それは。」
フレイマーはアウレリアの言葉に、何でもないと返すが。
先ほどの彼女の変貌ぶりには、驚いていたようである。
「いるかもしれないから……ここに、私の父親が!」
「え……?」
アウレリアのその言葉に、フレイマーは更に戸惑う。
◆◇
「うんうん、順調にあの傭兵団は奥に向かっていますねえ……さあそろそろ、実験ができますよ……」
しかし、その頃洞窟のある方とは裏側では。
あのフードの商人が、ほくそ笑んでいた。
◆◇
「はあっ、はあ! どこにいるの……私の心を騒がせた、あの傭兵団長は!」
その頃。
出奔したヴーレへの王女エレナは、偶然にもボーン家の近くの森を彷徨っていたのだった。