#8 束の間休息と次なる任務
「おおお、よちよちコカトリス! 今日も元気か?」
「こら、戯れてないで早く餌をやる!」
「あ、はーい……」
実家にて。
家畜モンスター・レプティリアンチキンの鶏舎に入ったフレイマーはチキンと戯れるが。
恰幅のよい体格をしてタオルを鉢巻のごとく頭に巻いた母にドヤされ、餌やりをする。
「まったく、畜産農家なんて地味だからって勝手に家出したノラ息子が……まさか、ブラブラその日暮らしをしてるなんざいい恥晒しだよ!」
母はフレイマーを、殊更に責める。
「まあそれは……若気の至りといいますか。」
「若けりゃ、何をやってもいいってのかい! え?」
「あ、すいません……(やれやれ。)」
母の小言を内心面倒くさいと思いつつ受け流すフレイマーである。
さておき。
「キュー! クウマの滑り台だキュー!」
「おやおや、リシリー。」
鶏舎の外から、聞こえる声は。
無論、フレイマーの相棒たるリシリーの声だ。
「こらあ、リシリー。あんまりクウマたちにそれを覚えさせちゃうと」
「まったくうるさいバカ息子だねえ、やらせてやりゃいいじゃないのよ! ……リシリーちゃん、今日も可愛いねえ。」
「キュー! ありがとうだキュー!」
「(まったく、リシリーには甘いなあ。)」
リシリーにメロメロな母のその様子は、フレイマーが呆れるほどだった。
「キュー! フレイマーママも一緒にやるキュー!」
「あはは……ごめんねえリシリーちゃん。あたしゃ、まだ仕事があるもんでね。」
そう言うと母は、鶏舎の中に戻って行く。
「さてと……この卵を卵殻機関にセットしてと。」
「ええ!? 母さんいつから唯血巨人を」
フレイマー母は爬虫鶏の卵で作業を始め、その声に驚いたフレイマーは鶏舎に再び入って行く。
ここだけ切り取れば、母も唯血巨人の乗り手のように見えるが。
厳密にはフレイマー母が操作している装置は。
「あ、母さん! それ、原卵殻機関だよ……まったく、紛らわしいな。」
「何が紛らわしいんだい? まったく、いちいちうるさいねえ!」
母は舌打ちをする。
その装置は、原卵殻機関――家畜モンスター卵の孵化を早める、孵卵器としての卵殻機関だ。
当然唯血巨人のエネルギーにもならなければ、卵を孵化させても罰金の対象にもならない。
もともと卵殻機関といえば、この原卵殻機関のみを指していたのであるが。
後に、その副次的機能として唯血巨人の動力源となり得ることが発見され改良された現在の卵殻機関が出来。
元の卵殻機関はレトロニムとして、原卵殻機関と呼ばれるに至ったという訳だ。
そう、その卵殻機関改良の歴史はすなわち唯血巨人誕生の歴史。
そして、それはまたすなわち戦争開始の歴史でもある。
卵殻機関の改良が、戦争を――
「……痛っ!」
「何をボーッとしてんかね、そんな暇があったら手伝おうって気も起きるんじゃないかね!」
浸っていたフレイマーは、母から叩かれて我に返る。
「痛いなあ……ドメスティックバイオレンスで訴えるぞ!」
「ボ、ボーンさん! ……う、訴えられました!」
「……え?」
と、その時。
何やら鶏舎に、声が響き渡った。
見れば、近所の人が息を切らして駆けこんで来ていた。
◆◇
「ええ……フレイマー・ボーン。職能は傭兵、スキルは……Sランク・傭兵団長レベル。うん、中々高いな。」
「は、はあ……どうも。」
近所の人に呼びつけられ、そのまま引き立てられた先は。
フレイマーの実家の所在地たる宿場都市にある、戦時条例会議所支部である。
前にも述べた通り、ユロブ大陸の大戦そのものを司る機関である。
「さて……では単刀直入に言う。君はハッキリ言って、卵殻機関によるモンスター孵化禁止令に関してはブラックリストに入っているのだが分かっているかな?」
「あ、はい……」
会議所の年配男性官吏に睨まれたフレイマーは、少々戸惑いながらも答える。
「いいか、ボーン君! 君のこれまでの行いを見ていると、まるで違反は刑を受ければそれで無かったことにできるとでも勘違いしていないかと感じられるのだが。」
「え? い、いえいえそんなことは」
「問答無用! 状況を見る限りそうとしか思えないんだよ!」
「あ、はい……」
弁解の余地もなく、フレイマーは問い詰められる。
「言わねばならないな……ボーン君! 法や規則の違反に対する刑や罰とは、それ自体が抑止力となるべく存在しているものだ! 先ほども言った通り、君が考えているような受けて非がなかったことになるものでは」
「あの! お言葉ですが。」
「……何だ、話は最後まで聞かんか!」
しかしフレイマーは、ふと話を途中で遮り。
無論官吏は、かなり不満な様子だが。
「マルダ王子が使っていた唯血巨人! あれには改血機が使われたかもしれないという噂がありましたが?」
「む……耳が早いな。」
フレイマーのこの言葉には、はっとする。
あのアドン=ヴーレへ戦争の話である。
そうして。
「……あれは表向きにはだが、ガセネタということで一応の決着はついている。マルダ王子もだんまりを決め込まれているし、証拠物件の専用唯血巨人も自壊してしまったからな。」
「! な……でもそれって前にも」
官吏は、そう言い終える。
フレイマーはしかし、既視感があった。
「ああ、君がこれまで遭遇したケースはやはり改血機が使われた唯血巨人のケースだったな。……だが、ボーン君。このことは」
「はい、分かっています! ……でもその代わり、今回も卵孵しの件は見逃してくれませんか?」
「……ううむ。いや、それとこれとは」
そうしてフレイマーは、官吏に取引を持ちかけたのだった。
これは彼が何度か使っている、もはや常套手段ともいえる手である。
官吏は大いに渋るが、その時だった。
「ひいい! だ、誰か来てください!」
「……何だ! 今大事な」
「え? まさか……もしかしたら!」
「ち、ちょっと! 待ちたまえボーン君!」
会議所の外から聞こえて来た声に、フレイマーは事態を察して飛び出した。
「お、降ろしてくれえ! た、食べないでくれえ!」
「キュー! 何度も言ってるけどクウマたちは人を食べたりしないキュー! 言いがかりは止めるキュー!」
「やっぱり……皆かい!」
「キュー、フレイマー!」
毎度お馴染みというべきか、リシリーとクウマたちペット衆がやって来ていた。
これまた毎度お馴染み、フレイマーのいる建物付近にいた人――今回は、会議所支部の守衛男性である――をクウマが咥えて高い高いした状態である。
「こうら、だから言ったんだぞリシリー! クウマたちに高い高いを覚えさせ過ぎるとこうなるんだ、だから」
「ああもう、うるさいねえバカ息子!」
「! か、母さんまで?」
が、ペット衆の中のオウジャの背中には。
フレイマー母もいた。
「……ほうらよしよしクウマちゃん。その人、放しておやり?」
「……ぐるっ。」
「ひいい! ……お?」
そうしてフレイマー母は、オウジャの背中の上からそっとクウマの首筋に手を伸ばして撫で。
優しく守衛の解放を促し、クウマはあっさり従う。
さすがは、テイマーというべきか。
さておき。
「すみませんねえ、うちのバカ息子のペットたちが」
「い、いえ……降ろしてもらえれば、いいんです。」
フレイマー母の謝罪に、守衛もやや決まり悪げに頷く。
「バカ息子とは何さ母さん!」
「人様には、身内は落として言うもんなんだよ! それより……ほら、これ。」
「え? ……これは、ジュラ傭兵団から!?」
フレイマーは母に突っかかるが、母が差し出した封筒に目を見開く。
それは、採用通知だった。
フレイマー母やリシリーにペット衆は、わざわざこれを渡すためにやって来たのだ。
◆◇
「……そうして、成長した胚の状態を人工の組織であるイーコールに読み出して唯血巨人の肉体を構成する。これが卵殻機関が、唯血巨人の動力源たる所以です。」
アウレリアは生徒たちを見ながら、長くウェーブのかかった髪を振り更に辣腕をも振るう。
私立の大学府・ファスタ大学府が支配する学術都市・グライダ。
そのファスタ大学府の階段教室で、アウレリアは教鞭を奮っているのである。
◆◇
「じゃあ、またね!」
「はい、先生!」
「また!」
講義が終わったのち。
アウレリアは教室を急いで後にする。
この後は、人と会う約束をしていたためだ。
「お待たせして申し訳なかったわ、ええと……ジュラ傭兵団のボーン支団長、だったわね?」
「はいジュラの使いで参りました、ブリューム先生。」
部屋に入ると。
先に待っていたフレイマーとアウレリアは、握手を交わす。
アウレリアは実を言えば、あまり清潔感のないこの青年に触れるのが抵抗感満載だったのだがさておき。
「……では、単刀直入に。ブリューム先生、今回は危険ダンジョンへの極秘任務となっています。よって」
「ええ、手紙で拝見したわ。……私に、道案内を頼むということなのね?」
「……はい。何度かフィールドワークで潜られている先生しかお願いできないと、ジュラも申しています。」
次の任務は、危険ダンジョンであるものを探索するというものだった。
そう、あるもの――
「……そう。ごく稀にしか生まれないとされる強力モンスター、地下牢竜の卵を探索するため。改めて、力を貸してください!」
フレイマーはアウレリアに、そう頼み込む。
◆◇
「……さて。またいい商売ができそうですね……」
一方、その危険ダンジョン付近の山からそこを見下ろすのは。
獣車に乗る、あのフードの商人だった。
かくしてフレイマーの戦いは、再び幕を上げようとしていたのである。