#7 スキル・借りだらけの雇われ傭兵団長
「僕のスキルは、借りだらけの雇われ傭兵団長と言いましてね。」
「な、何!?」
フレイマーは、その身に旋風を纏いながらゆっくりと立ち上がる。
「さっきまでやられてた――借りだらけだった分を、倒れる寸前だけ全部お返しできるスキルです!」
「ま、まさか……や、やめ、やめろお!」
「ボーンさん……」
フレイマーの言葉に、マルダは震え上がる。
しかし、時すでに遅し。
「……全額返済 オブ トゥルース!」
「ひいっ! ぐうっ!」
フレイマーは再び、目にも止まらぬ速さで動き。
次にはマルダの右腕を、斬りつけた。
「死は怖いですか、王子様?」
「な、何い?」
フレイマーは少し笑いながら。
先ほどの斬撃により距離が離れたマルダへと、詰め寄って行く。
「安心してください、王子様? そんな死の恐怖から、すぐに楽にしてあげますからああああ!」
「や、止めろお! ひいいいい!」
「そ……そうよ、フレイマーさん! あのバカ王子を、さっさと!」
フレイマーは怯えるマルダを、煽るエレナをよそに。
マルダへと、走り行く。
「……マイロード、借りだらけの雇われ傭兵団長!」
「ぐうう! ひいい!」
「全額返済 オブ トゥルース!」
「うわああああ!!」
フレイマーはそうして。
渾身の力を込めて、マルダへと素早く刃を振り下ろした――
◆◇
「し、死んだの?」
「安心してください、王女様。……永遠じゃない方の眠りについただけですから!」
「え、永遠じゃない方の?」
エレナは、先ほど煽りながらも恐る恐る尋ねるが。
フレイマーは、事も無げに彼女に言う。
確かにマルダは床に倒れながらも。
まだ、息はあるようだった。
「ええ、まあ王女様ご不満でしょうけど……こんな人でも、一応人間ですから!」
「!? (え……この感じは、何?)」
そう言って、振り返ったフレイマーは笑顔だったが。
エレナは瞬間、目を疑った。
ボサボサ髪で無精髭の冴えない容貌にしか見えなかった彼が、頗る爽やかなイケメンに見えたのである。
「? どうしました、王女様。」
「あ……い、いいえ何でも! た、助けてくださってどうも……」
「! あ、いえいえ! 僕はそのために雇われた傭兵団長ですから!」
フレイマーはエレナから、思いがけず礼を言われて畏まるが。
そのエレナが、何やら顔を赤らめていることには気づかないのだった。
「キュー、フレイマー!」
「がるっ!」
「! リシリー、皆!」
やがてフレイマーの言いつけ通りに傍観者に徹していた、リシリーやペットたちが王城へと降り立って来た。
「ぐるっ!」
「あ、こらだめだオウジャ! 人は食っちゃ……まあ、高い高いしてもいけないんだけどな……」
と、オウジャも伸びてしまっているマルダを掴み上げたためにフレイマーは止める。
しかし。
「! ぼ、ボーンさん!」
エレナが心配の声を上げたことに。
フレイマーはそのまま、ばたりと倒れてしまったのである。
そう、彼が先ほど発動したスキルはさっきまでやられてた――借りだらけだった分を、倒れる寸前だけ全部お返しできるスキル。
倒れる寸前に全力を出したとあらば、彼にできることはもうなかった。
◆◇
「まったく、与えた改血機もろくに実験してくれないとは下客でしたね……」
この様子を、ヴーレへ王国近くの山の中腹にて見ていた者がいた。
それはマルダに改血機を与えた、あのフードの人物だった。
「ん……ああ、心配は要りませんよ。早く上客を探せばいいだけですから……」
と、そこへふと意思が彼に伝わり。
フードの人物は、その方向を向く。
それは唯血巨人の非起動時にとる形によく似た、何やら卵型の大型カプセル。
駄獣モンスターに引かせた獣車に運ばれるそれは、何やら内部に人影が見えるものであった。
「……さあ、次の商談を探さなくては……」
フードの人物は、ふっと微笑み。
そのまま獣車に飛び乗りその場を後にする。
かくして、アドン=ヴーレへ戦争は終焉した。
◆◇
「今回は……本当にありがとうございました!」
「あ、いえいえ! まあ傭兵として使命を果たせたのはよかったです……」
終戦から一週間余り後。
フレイマーは傍らにオウジャ、リシリーにその他ペットたちを引き連れ。
クイニッシャー傭兵団野営地を、後にしようとしていた。
「いえいえはこっちです! ヴーレへからは大枚の礼金含めてかなりの額を頂いていて、そのキングサーペント孵しの罰金も肩代わりしたいぐらいなんですが」
「ああ、いいんですって! それはまたまた僕のヘマによるものですから……それだけは自分で尻拭いしますから!」
クイニッシャー傭兵団長の言葉を、フレイマーはやんわりと拒否する。
あくまで孵化させた罪は、自分で責任を取るという意思である。
そのためにまた、この傭兵団を去り。
罰金も、自分で払うのだ。
「では……お元気で! また、お会いしましょう!」
「ああ、ちょっと! ……まったく、噂と違うと思えばこういう所は噂通りだなあ……」
クイニッシャー傭兵団長は、リシリーやペットたちと共に去るフレイマーの後ろ姿を見てため息を吐く。
「いいんですよ大団長! あれでこそ雇われ傭兵団長フレイマー・ボーンなんですから!」
「ああ、そうかもしれないが……君は随分、彼に感化されたようだね。」
「はい!」
そんなクイニッシャーに声をかけたのはワイトである。
が、彼の風貌は以前と異なり。
銀の毛こそそのままだが、何と髪はボサボサに。
無精髭が生えている。
お世辞にも、綺麗とは言えない容貌。
これが、フレイマーに感化されたと言われる由縁である。
さておき。
「俺も……まずは、支団長を目指します!」
「うん、君はまず……傭兵戦闘スキルレベルCランク雑兵からBランクの汎用兵に上がらないとね!」
「む……は、はい!」
しかしクイニッシャーからは、即座に現実を突きつけられる。
そう、ワイトはまだ下から数えて二番目のランクだったのだ。
「だ、大団長!」
「ん? どうしたんだい?」
そこへ。
伝令兵が、血相を変えて飛び込んで来た。
「ゔ、ヴーレへ王国から……緊急の依頼です! お、王女様が!」
「! な、何だって!?」
彼の言葉に、クイニッシャーは驚く。
「姫様、姫様!? だ、誰かあ! え、エレナ王女様がいなくなられました!」
そう、エレナが失踪したのだが。
「悪いわね……この胸のざわつき、それを起こさせたあのボーンさん……興味が抑えられないの!」
彼女は自分の意思で、逃げたのだった。
◆◇
「フレイマー……気持ちいいキュー!」
「ああ、今日も日向ぼっこは気持ちいいな……な、皆!」
「ぐるっ!!!!!」
そんなヴーレへの喧騒をよそに。
フレイマーはリシリーやペットたちと共に、草むらに身体を横たえて日向ぼっこをしていた。
「皆、まあ今回僕を助けるためとはいえ無茶をしたな……」
「ごめんなさいキュー……」
「ぐるっ……」
が、フレイマーのその一言には。
リシリーやペットたちも、しおらしくなる。
「いや、いいさ……生きてりゃそれだけで儲け物だ!」
「! キュー! そうだキュー、キューたち生きてるからそれでいいキュー!」
「ぐる!」
フレイマーはしかし次には、笑い。
リシリーたちも、笑う。
「……とはいえ、もらった給金で借金の一部返したらもう金ないんだよな……よし! ここは、実家へゴー!」
「キュー!!」
「ぐる!」
次にはフレイマーは、しかし現実に戻り。
一旦宿を確保すべく、実家のある宿場都市へ向かうのだった。
◆◇
「さあ、大事なことなのでもう一度! ……卵殻機関は、動力源となる卵の生命の書を読み取る器官・生命の書演算器官の働きを加速させる。そうすることで卵内の胚を孵化しない程度に成長させる。」
その頃、学術都市・グライダ。
私立の大学府・ファスタ大学府が支配する一種の企業城下町である。
ここで助手を務める若き女性アウレリア・ブリュームは今、多数の生徒たちが座る階段教室の教壇の上で教鞭を振るっている。
「(やっと講師になれそうよ……お父さん。)」
アウレリアは心の中で、そう呟く。
そうして。
ユロブ大陸にはまた、新たな戦いの幕が上がろうとしていた。