#6 王城の王女
「行くぞ……オウジャ!」
フレイマーは高らかに告げる。
告げる相手は、今自身が乗り込んでいる唯血巨人に搭載されたバジリスクの卵である。
そうしてフレイマーにより、限界まで成長ボリュームのレバーは引き上げられた。
すると、刹那。
「くっ! 圧がかかって……ぐう、いいぞオウジャ!」
フレイマー搭乗の唯血巨人は凄まじい勢いで、その姿を変える。
これまで蛇の意匠を備えた獣人のような姿だったそれは、羽毛無き鳥のような胴体に王冠状の鶏冠を備えた"バジリスク"そのものの姿へと変化する。
「支団長……?」
「皆離れて! 合図したら、僕を援護してくれ!」
「し、支団長!」
そういうやフレイマー機は、たちまち脱兎の勢いで駆け出す。
まずは。
「手荒ですまないがドラッガー君……今は、止むを得ないからねえ!」
「ぐっ、止まれ俺の騎体! ……んぐっ!?」
フレイマーは言うが早いか。
自身の唯血巨人をワイト機に体当たりさせ、地に仰向けに伏せさせて動きを封じる。
「し、支団長!」
「ドラッガー君、ひとまず騎体から出るんだ!」
「支団長、敵部隊から攻撃が!」
「ん! ……なるほど、ね。」
上からワイトに呼びかけるフレイマーだが。
そこに、既に迫りつつあるのはやはり敵部隊だった。
「さあ、敵のゴーレム部隊! 悪いけど……炎を食らってもらうよ!」
フレイマーは叫び。
まさにバジリスクそのものの姿たる自騎の口をガバリと開き。
そこより火線を投射する。
「む! て、敵機より攻撃……ぐああ!」
「ぐうっ!」
その火線は、既に放たれていたアドンのゴーレム部隊からの火焔弾幕を薙ぎ払いつつ。
ゴーレムそのものも、薙ぎ払って行く。
「き、バジリスクは遠距離戦は無理なんじゃ」
「ああ……これも、成長フェーズをギリギリまで上げたからかな?」
「な! そ、そういえば支団長……」
首を傾げて問いをこぼすワイトにフレイマーは説明するが。
ワイトはそこで、フレイマーの話にはっとして彼の騎体を見る。
そう、フレイマー機は既に中の卵が孵ってもおかしくない状況なのだが。
それも元はといえば。
「お、俺のせいで卵の成長フェーズを……」
「ああ、これ? いいんだよ別に! 元から僕は、卵を使い捨ててまで戦おうっていう今の世界そのものが甚だ疑問だから……ねっと!」
「し、支団長!」
ワイトが珍しく、しおらしくなっている中。
フレイマーはそんな彼を宥めつつもその騎体を押さえ込みつつも。
尚も迫り来るアドンのゴーレム部隊に火線を放ち牽制している。
が、その時。
「くっ! 騎体の圧が……これは、中々すごいな!」
フレイマーは自機が操縦に逆らって来る感覚を覚えて歯軋りする。
成長フェーズが限界まで達しつつある卵搭載騎体にありがちな現象である。
「支団長! アドンの部隊が再び」
「よし、こっから皆には敵部隊の牽制を代わってもらう! 牽制しつつ皆は橋城まで退却。僕もドラッガー君を騎体ごと担いで橋城まで退却する!」
「り、了解! 皆、行くぞ!」
そうする間にアドンのゴーレム部隊は再び迫り。
フレイマーは支団の傭兵騎体たちにそれらの牽制を任せつつ。
「すまないな……君は今は騎体から出ない方がいい! ひとまずおとなしくしていてくれ……以上!」
「くっ! し、支団長!」
先ほど自分で言った通り、自機の暴走をも宥めつつ。
ワイト機も押さえ込みつつ担ぎ上げて橋城まで駆ける。
「先ほどはよくもやってくれたな! 足を担う唯血巨人たちよ、加速せよ! ゴーレム全部隊は魔力の弾幕を撃って撃って撃ちまくれ! 敵軍をこの場で仕留めよ!」
「はっ!」
馬獣人型の唯血巨人に騎乗しているアドンのゴーレム部隊は陣形を組み直す。
そうして部隊長が命ずるままに、魔力の出力を上げてより多くの火焔弾幕を展開しヴーレへのフレイマー支団へと揺さぶりをかける。
「くっ! 支団長、敵攻撃激化!」
「ああ、そうだな……橋城の味方修道士部隊に援護射撃を要請したいが、この間合いだと味方も巻き込む……くそっ、どうすれば!」
後退しつつある味方部隊の報告に、フレイマーは尚も歯軋りする。
が、その時。
「がああ!」
「! し、支団長! 敵部隊、と、突然の空からの攻撃により停止!」
「!? え、そ、空から?」
味方部隊からの報告に、フレイマーは今度は首を傾げるが。
騎体の首を巡らせて空を見上げ、その疑問は一気に氷解する。
「キュー! フレイマー!」
「り、リシリー!」
突如として空から、リシリーと彼女が騎乗するテンマやワシジ、クウマの攻撃があったのだった。
「あれは……支団長のペットたち!?」
味方部隊も、これには驚いている。
◆◇
「キュー! クウマたち、フレイマーをいじめる奴らを許しちゃダメだキュー!」
「ぐるっ!」
「ガルっ!」
「がああ!」
リシリーと、クウマ以下ペットたちは高速で空を駆け回り。
クウマたちの吐く火焔弾幕は、地上のアドン軍を苦しめる。
「今だ、フレイマー支団全隊散開! 修道士部隊の皆さん、援護射撃を!」
「り、了解!」
「ぐああ! き、橋城からも攻撃が!」
その隙にフレイマーは、味方部隊に命じて敢えて道を空けさせ。
橋城の修道士部隊から敵部隊への見晴らしをよくした状態で援護射撃を頼む。
「今だ、フレイマー支団前衛はアドン軍へ突撃! 残りは橋城まで後退する!」
「了解!」
かくしてフレイマー支団は、戦線の立て直しに成功する。
◆◇
「よし……もう、大丈夫かなドラッガー君。」
「はい……あの、すみません俺」
ワイトとフレイマーは、橋城の上で互いに乗機を降りて向かい合っている。
ワイトは、フレイマーに散々雇われ支団長と言い過ぎたことを謝罪する。
「え、何どうしたのさドラッガー君。それより、怪我はないかい?」
「え! は、はい俺は大丈夫です……」
が、フレイマーはどこ吹く風といった様子でありワイトは拍子抜けする。
「し、支団長! 俺は、あなたに酷いことを」
「ああ、そんなのは言われ慣れてはいるし今更気にしないよ! それに……今僕が説教すべき人は、君じゃあないからねえ。」
「え?」
フレイマーはワイトに言いつつ、空を見上げている。
無論、その目の先には。
「キュー! フレイマー」
「リシリーもクウマたちも! お説教しなきゃいけないから一旦降りて来な!」
「! き、キュー……」
リシリーやペットたちがおり。
彼女たちはフレイマーの指示に従い、不承不承といった様子で降りて来る。
「まず、言い出しっぺは誰だい?」
「……クウマだキュー。キューは、少しは止めたキュー。」
「ぐるっ。」
フレイマーからの追及に、リシリーは渋々答える。
クウマはむしろ誇らしげに、肯定の鳴き声を上げる。
「ふうん……まあいいや。しかしよく、この川の上を飛んで来れたな……ところで。ハデスは?」
フレイマーはいろいろ感嘆しつつ。
唯一飛べないペットであるハデスの所在を尋ねる。
まあ、どうせ待機中だろ。
フレイマーはそう予想するが。
「そ、そうだキュー! フレイマー、ハデスはお城の方に行っちゃったんだキュー! 王女様に、何かあったみたいだキュー!」
「!? な、何!」
彼はリシリーのこの言葉に驚く。
もはやお説教の時間どころではない。
まさか。
「くっ……ここは、君たちに任せる!」
「し、支団長!」
「皆……すまない、王女様が危ないらしいんだ! 僕は行かなくちゃならない!」
「!? な、お、王女が!?」
支団の傭兵たちも驚く。
王女が危ない?
「フレイマー! 飛んだ方が早いキュー!」
「ああ、そうだな。よし、このオウジャ……じゃなくて僕の騎体ごとワシジやクウマ、テンマに持ち上げてもらおう!」
「キュー! クウマたち、フレイマーを持ち上げるキュー!」
フレイマーはそうして、今やすっかりモンスターそのものの形になった騎体に飛び乗り。
再びリシリーたちを戦場に行かせてしまうことにはやや迷いつつ。
結局、彼らの世話になることにした。
◆◇
「近寄らないで!」
「おやおや……何と、品のないお方か!」
その頃ヴーレへの王城内にて。
乗り込んで来たアドンの王子たるマルダは、ヴーレへのエレナ王女へと迫っていた。
「このボク様に! 愛されているんだぞ? さあもっと、誇りに思えよ!」
「い、いや!」
マルダは自意識過剰な言葉を、エレナに行って聞かせる。
と、その時だ。
「失礼しまあああす!」
「む!? ……ぐうう! こ、こんな所に唯血巨人が!?」
「な……!?」
突如として、窓をそれが付いている壁諸共破り。
フレイマーが乗機の上半身を、突っ込ませて来た。
「よいしょっと!」
「くう! ……ほう、貴様中々の手練れだな!」
そうして、フレイマーは素早く乗機から飛び出し。
マルダと剣を交え、エレナから彼を突き放した。
「ええ、あなたはアドンの王子ですね? 僕はフレイマー・ボーン。今ヴーレへ防衛軍に加らせてもらっているクイニッシャー傭兵団傘下のボーン傭兵支団団長です!」
「ほう? なるほど貴様が……噂に聞く雇われ傭兵団長か! ははは、卵孵しの罪人風情が! 汚いなりでよくもまあこの城に!」
「雇われ傭兵団長? あなたが……」
フレイマーの自己紹介に、マルダは侮りの眼差しを浮かべ。
エレナも平時ならばやや軽蔑で見ていたであろうフレイマーの姿と渾名だが、今の緊急時とあっては藁にも縋る思いだ。
「……あ、ごめん。そろそろ時間だわ。」
「はあ? 何だ、所詮は雇われ傭兵団長! この期に及んで……ぐう!」
「!? ひい、き、バジリスク!」
「あーあ、だから言ったんだけどなあ……」
と、その時。
フレイマーの騎体の背面を突き破り、搭載されていた卵から孵ったのはバジリスクだった。
「……誕生おめでとう、オウジャ!」
フレイマーは改めて、今しがた孵ったモンスターに彼が名付けた名前で呼びかける。
オウジャはマルダを掴み。
そのまま、口に運びかける。
「ちい、離せ!」
「ダメだ、オウジャ! 人を食べちゃ!」
しかしフレイマーに止められ。
オウジャはそこで、ピタリと手を止める。
「な、何をなさっているの雇われ傭兵団長とやら! は、早くその外道なんかモンスターに」
「ダメですよ王女様! この王子は外道じゃありません……れっきとした、人ですから!」
エレナはマルダが消えればなんでもいいようだが。
フレイマーは、マルダをそれで打ち負かすのは気が引ける話だった。
「……ふん、雇われ傭兵団長! 貴様の甘さが、こういう結果を生むんだ!」
「! クーン!」
「! オウジャ!」
が、マルダは抜剣し。
オウジャの自らを掴む右前脚を斬りつけて離脱する。
オウジャは右前脚を、大いに痛がる。
「……傷つけましたね?」
「ははは、お前のせいだぞ雇われ傭兵団長! 戦闘力があると言っても、所詮はその分際だ!」
フレイマーは俯きながらマルダに静かな怒りをぶつけるが。
マルダは、すっかり調子に乗った様子だ。
「……いいでしょう、さあ! 僕の命はくれてあげますから、オウジャや王女様には手は出さないでください!」
「……ほう?」
「!? な、あなた何を!?」
が、なんとフレイマーは。
素早くオウジャの前にエレナを連れて移動すると同時にマルダの前で、剣を納めてそれを両手で持ち。
跪いて見せる。
「ふん……いいだろう! じっくり痛ぶってやるよお!」
「ぐっ、ぐああ!」
「な、ぼ、ボーンさん!」
マルダは笑いながら。
フレイマーへと、斬撃を加える。
フレイマーは少しは納めた剣を盾にするが、その身体はあっという間に傷だらけになる。
「クゥーン!」
「ダメキュー! クウマもテンマもワシジも……オウジャも。フレイマーと約束したキュー、キューたちは今度こそ守らないとだキュー!」
この様子を空から見るリシリーとペットたちだが。
ここはフレイマーを信じ、見守る。
◆◇
「……ふっ、本当に傷だらけだなあ! 雇われ傭兵団長?」
「く……」
「ボーンさん!」
そうしてフレイマーは、もはや満身創痍だ。
マルダはそれを見て、満足げな笑みを浮かべる。
「さあて……王女様! そろそろ」
そうしてマルダが、フレイマーに止めとばかり剣を翳したその時だった。
「……っ!」
「ぐああ! ……な、わ、私を斬りつけたのか!」
何と、満身創痍とは思えぬ速さでフレイマーは剣を振るい。
咄嗟に避けるが避け切れなかったマルダは、左腕を負傷する。
「ええ……僕のスキル、お話してませんでしたね? ……マイロード、借りだらけの雇われ傭兵団長!」
「ぐっ! こ、これは……?」
フレイマーが徐に、自身のスキルに命じるや。
彼の身はたちまち、旋風を纏い出してマルダを威圧し始めたのだった。