#4 アドン=ヴーレへ戦争開戦
「……来ましたね。」
「ええ……そうみたいですね。」
ヴーレへ王国へと至る橋頭堡の一つ・アヴグン橋城に詰めているフレイマーは身震いしている。
アヴグン橋城は、ヴーレへとアドンを隔てる大河を渡す橋であり城である。
この橋城が架かるシリド大河は、飛行型モンスターが嫌う臭いで満ちており。
よほど高空を飛べなければならないため、空から対地攻撃を仕掛ける唯血巨人の心配はない。
すなわちここを守れば、ヴーレへ領内への侵攻は防げる。
フレイマーは、身が締まる思いである。
「まあそんな訳で……よろしくお願いします、ボーン支団長。」
「ああ、よろしく。ええと……」
「ワイト・ドラッガーです。」
「あ、すまない……よろしく!」
フレイマーは、自身の傍らに立つ唯血巨人に――正確には、そこに乗る騎士に言う。
その騎士の名が、ワイト・ドラッガー。
白銀の鎧に、銀髪という銀づくしの眉目秀麗(要するにイケメン)の騎士である。
その騎士が乗る唯血巨人と、フレイマーの乗機はいずれもトサカのある蛇獣人のような姿をしている。
今回の作戦でヴーレへ側が使うモンスター・バジリスクだ。
「後方にはヴーレへ国教会修道士たちによる、ゴーレムの部隊が控えています。遠距離からの魔法弾攻撃は彼らに任せるとして……彼らは接近戦には頗る弱い。だからこそ」
「あ、ああ分かっている。だからこそ! 我々がここで接近戦を担いアドンの部隊を退けるんだ!」
「ええ、その通りです。……そのぐらいは分かっているんですね、雇われ傭兵団長閣下。」
「! ……ううーん……今の言葉はちと、心にぐさりと刺さったねえ!」
フレイマーはワイトの言葉に、胸元を押さえる。
「ええ、お噂は予々……まあ、失礼な言葉だとも思ってませんが。安心して下さい、その戦闘スキルだけは信用してますよ。」
「くうう……はーい……」
ワイトの尚も不遜な態度に、フレイマーは言葉に詰まる。
と、その時。
「支団長! 前方より敵襲です!」
「お、おお……よし! 総員戦闘用意!」
伝令機たる唯血巨人からの報せに、フレイマーは自機を操作し。
その右腕を上げ、合図を送る。
すると、フレイマー自らに付いている部隊がいるより更に上の城壁よりゴーレムの部隊が顔を出す。
先ほどの話にも合った通り、遠距離戦に特化した唯血巨人と同サイズの巨大戦力であり、粘土板がそのまま人型に変化したような姿をしている。
しかし、卵殻機関は搭載していない。
ゴーレムが搭載しているのは。
「全機、真理機関全力稼働! 前方より迫る敵部隊に照準、詠唱用意!」
「了解!」
真理機関――人の脳内に収められた知恵たる真理の書を補助し魔法を発動する装置である。
発令を受け、各ゴーレムに搭載された真理機関は作動し。
迫り来るアドン王国軍を照準する。
「マイロード 、Yechaviah! 敵軍照準 オブ トゥルース!」
「マイロード 、Yechaviah! 敵軍照準 オブ トゥルース!」
「マイロード Melohel! 魔軍撃滅 オブ トゥルース!」
そのまま照準し。
たちまちゴーレムの持つ杖より、火球が出て。
それは列を成して飛び、アドンの一角獣獣人型唯血巨人軍に命中し。
「ぐああ!」
「うおっと! ……ふん、そんな攻撃では!」
少なからず吹き飛ばして行くが。
それでも多くは、未だ一角獣の脚力を活かす形で難なく避けて健在である。
「一角獣の俊敏さ……これでは我々の力が!」
「大丈夫ですよ、修道士さんたち! ここはボーン支団にお任せを!」
「……何?」
「……何を言っているんですか、支団長?」
地団太すら踏む、ゴーレムに乗る修道士たちだが。
ふと発言したフレイマーに、彼らは首を傾げる。
「ええ、確かにこの唯血巨人の動力である卵の、バジリスクはまったく遠距離戦向けじゃありません。でも……目は、いいんですよ!」
「! ……では、ボーン支団長。まさか」
しかしこのフレイマーの発言に、修道士長は食いつく。
つまり、バジリスクの目を使い敵軍を照準しようという魂胆だ。
「ええ……さあ、迷っている暇はありません! さすがに真理機関は積んでいないので、照準魔法はよろしくお願いします!」
「わ、分かりました……行くぞ、皆んな! 照準魔法、詠唱開始!」
「はい! マイロード 、Yechaviah! 敵軍照準 オブ トゥルース!」
フレイマーに半ば押し切られ。
ゴーレムは自分たちにではなく、前を守る唯血巨人に照準魔法を使う。
「さあ、ようく見るんだオウジャ! あれが、敵部隊だよ……」
フレイマーは自機搭載卵の中のバジリスクに既に名前まで付けており、呼びかける。
もはや孵す気満々だ。
さておき。
「……見えた! 修道士さんたち!」
「よ、よし! ……マイロード Melohel! 魔軍撃滅 オブ トゥルース!」
「ぐあああ!!!」
そうこうするうち、バジリスクの眼力を借りたヴーレへの修道士軍は。
ゴーレムの握る杖より、火球を放ち。
精度を高めたその攻撃により、アドンの機体群を次々と正確に打ち砕いて行く。
「ひいい、ぶ、部隊長!」
「狼狽えるな! ……第二次修道士輸送部隊出撃、戦域に進入後、直ちに攻撃を開始せよ!」
「はっ! マイロード 、Yechaviah! 敵軍照準 オブ トゥルース!」
「マイロード Melohel! 魔軍撃滅 オブ トゥルース!」
「くっ! ……雇われ支団長! 敵からもゴーレムによる攻撃が!」
「そ、そうだね! ……そしてドラッガー君、まだその呼び方をするのかい!」
負けじと、ゴーレムを背負って走り来る唯血巨人からも火球攻撃が来る。
フレイマーは尚も慇懃無礼なワイトにずっこけたい気分である。
さておき。
「くう……修道士軍、攻撃を撃ちまくれ! 何としてもこの橋城を死守せよ!」
「はっ!」
アドンの修道士部隊も、負けじと反撃する。
「まばらな攻撃じゃ防ぎ切れません! 先ほどと同じくこのバジリスクの眼を頼ってください!」
「待ってください支団長! もう奴らがそこまで迫ってます、ここは白兵戦にするべきです!」
「あ、ちょっとドラッガー君! 単独行動は」
修道士部隊に再び、バジリスクの眼力による補助を提案するフレイマーだが。
功を焦っているのかワイトは、そのまま自機を駆って橋城を飛び出し。
「おうりゃあ!」
「ぐあっ!」
「はあっ!」
迫る敵機群をバサバサとなぎ倒して行く。
「ふん、まったく! 所詮は雇われ支団長め。いざという時の決断力がないな、こういうときは素早く動かなくては!」
ワイトはそんな自分に半ば陶酔する形で、フレイマーを見下す。
「ドラッガー君の機体があっちゃあそこへの魔法攻撃はできない……よし、ボーン支団はドラッガー機の援護に行くよ!」
「はい!」
フレイマーは止むを得ないとばかり。
支団を率いて、そのままワイトの援護に向かう。
◆◇
「ふん、見るがいい……いや、見られたら困るんだけど。まあ何はともあれ、あの商人が売りつけてくれたこの改血機によって隠密性を付与された我が専用機は使える!」
一方、アドンのマルダ王子は。
今の本人の弁による通り、他のアドン機体と同じく一角獣の卵を搭載した唯血巨人を使いながらも。
護衛の機体も周囲にないまま、今アヴグン橋城で繰り広げられている戦いを尻目にあっさりと橋城が架かる大河を渡り切っていたのだった。
マルダ機は、橋城の裏をこっそりと渡り。
大河の向こう岸――すなわち、ヴーレへ領内へと至っていたのである。
それが可能だったのも、これまた本人の弁による通り。
改血機により隠密能力として気配を断つ能力を得たためである。
「さあて……待っていてくれよ! 私の姫様!」
マルダは機体の中で、ヴーレへ王城の方へ投げキスをする。
◆◇
「姫様、ご安心なさいませ! 今に御身は、ヴーレへ軍が守ってくださいます。」
「……そう。」
その頃、ヴーレへ王城では。
「戦争なんて知りたくもない……高々そんなことで命を賭けるなんて、なんて愚かなことなの。」
この戦いで敵が目的そのものにしているともいえるエレナ王女は。
気怠げにどこか他人事のような言葉を漏らしていた。