#3 再びの雇われ傭兵団長
「これより……ユロブ戦時条約会議の発足及び、この大陸が闘国時代に入ったことを宣言する!」
「異議なし!」
議場にて、議長を務める教皇の言葉に。
議員たる各国や各商工会、その他各教会や各傭兵団、各学府の代表たちは満場一致で合意する。
ユロブ大陸――フレイマーたちの住む大陸であるが。
少し前の話である。
卵殻機関によりもたらされた軍事力を背景に、この大陸は大小様々な勢力が凌ぎを削る闘国時代へと突入した。
元よりある国はもちろん、大小様々な国が生まれては滅びていく情け容赦なき時代である。
これは一見すれば、国同士の戦いだけのように見えるが。
直接は戦わず国にも属さない者たちも、戦っている。
商工会も戦争ビジネスで生き残りをかけて戦い。
更には教会も、戦乱の時代に自衛のため戦い。
私立学校も、教育ビジネスで生き残りをかけて戦い。
更に、傭兵団――いや、これは国にこそ属さないが直接戦う者たちか。まあ、各国に戦力として使われようと常に凌ぎを削り戦う。
そう。今やこの大陸に、戦わぬ者はいない。
◆◇
――今回も大活躍だったそうですね、おめでとうございます!
「あ、いやそんな……僕だけの力じゃないですよ。」
「キュー! キューも頑張ったんだキュー!」
「あ、そうそう……この娘も、かなり頑張ってくれました。」
――その娘は?
「ああ、この娘はえっと……まあ、助手みたいなものです。」
「キューウ! フレイマー、キューはものじゃないキュー!」
「あ、ああすまん! お堪忍を!」
――ああ、すみません……一旦、取材を中断します。
「……リシリー。いい子にしてろって」
「ムッキュー! キューはいい子だキュー! 悪い子はフレイマーだキュー!」
「ああ分かった分かった、俺が悪かったって。」
フレイマーは記者を前に、リシリーと戯れている。
宿場都市の一つに、彼らはいた。
宿場都市――先述の、商工会が支配する都市である。
いわゆる企業城下町だ。
国家間の緩衝地帯にあり、直接の戦闘は行わない。
商工会が国家に属していなければ、この宿場都市も国家に属してはいない。
ここはその都市にある飲食店・DEAD OR ALIVE。
取材をする記者は、どの国家の圧力にも屈しないをモットーとする通信紙を発行している最大手通信商会・オズボーン商会の者である。
「……ふふふ!」
「! あ、すいません……商会長のお嬢さん、でしたよね?」
突然笑い出した、記者たちの付き添いで来ていた女性にフレイマーは謝罪する。
「いえいえ! やはり噂通り、面白いお方ですわ!」
微笑むのは、うら若きブロンドの女性。大手・オズボーン商会の令嬢。
ロザライン・オズボーンである。
「へいお待ち! ……こちら、東方の大調帝国名産品・ピータンでえす!」
「うおっと! ……ん? これは……卵?」
と、そこへ。
この店の店主である、アウク・ジョーガンが皿を運んで来た。
「ああ、これはなあ……孵化しかけの卵を、調理したもんさ!」
「……ぶっ!」
アウクの言葉に、思わずフレイマーは吹き出す。
孵化しかけの卵?
「ちょっと……おやっさん、それは……俺どんな顔して食べりゃあいいんだよお!」
フレイマーは、アウクに食ってかかる。
「……ははは! すまんすまん、坊主! 嘘だよ、これは普通の無精卵を発酵させた代物さ!」
「……なら、いいか。」
「キュー! とっても美味しいキュー!」
戯けて見せたアウクを、フレイマーは少し睨み。
リシリーは嬉しそうに、ピータンを頬張る。
まったく、自分が卵に関わる仕事をしていることを知っていて。
フレイマーが心の中で毒づいた、その時である。
「ひ、ひいい! て、店長お、モンスターがあ!」
「え?」
「あーあ……」
外から突然、声が響いた。
フレイマーの卵から孵した子たちに餌を上げてくれていた、店員の声だ。
「おーい、クウマか? テンマか? ワシジか? ハデスか? 誰か知らないけど…… こうら! 人は食っちゃいけないが高い高いしてもいけないって言っただろう?」
フレイマーは店外に出つつ、ペットたちを叱る。
フライングリザード。
フライングホース。
イーグルヘッドレオン。
そして、この前の金鉱山発掘任務で得たヘルガーディアンハウンドである。
皆、生まれつきフレイマーという人間の側で育ったために人を進んで攻撃はしないが。
むしろ人懐っこい性質がここでは災いしていると言うべきか、初対面の人を必ず高い高いしてしまうのである。
「ひ、ひいい! ……おおっと!」
「おお、よおしよし。いい子だ、ワシジ!」
高い高いしていたのは、ワシジだった。
高い高いされていた店員は、フレイマーの鶴の一声でいきなり地上に落とされる。
「いやいや……全然いい子じゃないでしょ!」
店員はワシジを指差し、憤る。
「あ……す、すみません! うちのワシジが」
「まったくですよ……賠償、してもらえないですか?」
「ば、ばば賠償!?」
慌てて謝るフレイマーだが。
店員からは思いもよらぬ言葉が飛び出し、更に慌てる。
「おお、待ってくれや! ……まあまあ、わざとじゃないんだからさお前さん。ここは、堪忍してくれないか?」
「あ、店長! ほら、店長もこう言って……ええ!?」
しかし、そこにアウクが割って入る。
店員は彼の言葉に、驚く。
「まあまあ! こいつは知っての通り、モンスターの飯代も罰金のための借金も半端なく抱えてる野郎でな。……お前だって鬼じゃないんだから、まあ俺が見舞金出してやるからそれで納得してくれや。な?」
「鬼じゃない、ですか……」
自分は鬼じゃなく、モンスターに襲われたか弱い人間ですが?
店員は、そう突っ込みたい気分だったが。
「……了解しました。じゃあエサのお代わり、持って来ます。」
「おうすまん、頼むよ!」
結局は矛を収めることにし。
そのまま、店内へと戻っていった。
「キュー! クウマたちの高い高い、最高キュー!」
「ああ、リシリー! ……まったく、だからクウマたちの高い高い癖が治らないんだな。」
リシリーの元気な声が響き、フレイマーは振り向く。
リシリーはクウマやテンマ、ワシジやハデス。
四匹揃っての豪華な高い高いを受けて喜んでいた。
フレイマーは複雑な気持ちだ。
「失礼します! あの……フレイマー・ボーンさんはどこに?」
「おお、いらっしゃい! フレイマーの坊主なら、ここにいるぞ?」
と、そこに。
店にどこかの使いのような者が訪れ、アウクに尋ねる。
アウクは、フレイマーを指差す。
「あ、もしかして……クイニッシャー傭兵団の入団試験結果ですか?」
フレイマーは立ち上がる。
◆◇
「えっ、合格ですか!?」
「はい。……我が傘下として、ボーン傭兵団を作り。そこの団長として来ていただきたい。」
「……は、はい! 是非!」
クイニッシャー傭兵団の天幕の中で。
フレイマーは、俄然活気づいて答える。
が。
「……えっと、すいません。面接の時にも一つお断りしたんですけど……その、僕は借金塗れで」
「ええ、お噂は予々。しかし、あなたの戦闘スキルは本物だ。人不足に苦しんでいる我々に、是非力を貸してほしい。」
「は、はあ……」
恥ずかしげに自分の状態を言いかけるフレイマーだが、クイニッシャー団長の言葉に少し首を傾げる。
人不足、ということは。
「……何か、戦争ですか?」
「ええ、じきに報道されるでしょうが。……アドン王国が、ヴレーヘ王国に宣戦布告したんです。」
「!」
フレイマーがもしやと思い尋ねたことに対し、クイニッシャー団長はやや声を潜めながら言う。
「……という訳で。我々クイニッシャー傭兵団は、ヴレーへ王国防衛に参加いたします。」
「な、なるほど……それで、人手が必要だったんですね……」
フレイマーは団長の話に納得する。
しかし、と彼はふと首を傾げる。
アドンと言えば、この大陸でも小国だ。
戦に強いという評判も聞いたことがない。
そして、ヴレーへも。
そこまで大国というほどでもないが、アドンよりは規模が大きい。
いわばアドンは、自分よりも大きな相手に挑んだことになる。
何故、そんな見ようによっては無謀なことを――
「うむ、まあ国の規模からして小さいアドンが何故ヴーレへにそのような挑戦をしたのかは……我々にとっても興味がありますが。」
「! あ、ああ……そうですね。」
フレイマーは呆けていた所に、クイニッシャー団長からの言葉に面食らう。
まるで、テレパシーのように心の中を言い当てられたからである。
「まあ何はともあれ……よろしくお願いします! フレイマー傭兵団長!」
「あ、はい……よ、よろしくお願いします!」
フレイマーはクイニッシャー団長から求められた握手に、握手を返す。
さらに、その老け顔には似つかわしくない天真爛漫な笑顔も返す。