#26 体表の決戦/新たな時代
「くっ……ガルルルッ! な、何だガルこれは!?」
「ぐっ……族長気をつけてください! この超大型唯血巨人の身体から生える蛇たちが、僕たちの騎体を捕らえたんです!」
「ぐっ……」
卵形態から巨人形態へ変形途上の卵甲殻艦を奇襲したフレイマーとウォロル族長ウルォだったが。
その体表で捕らえられた彼らは、早くも出鼻を挫かれる形となった。
卵甲殻艦は既にその間、巨人形態へと変形を終えている。
「……本艦に突撃して来た唯血巨人と混血魔獣各一騎、捕らえました!」
「ようし……ふふふ、思い知ったかフレイマー・ボーン!」
艦内司令室にて。
ツェングは部下からの報告に、得意げに笑う。
――卵甲殻艦は巨躯な分、細かな識別は不得手になってしまう弱点もありました! だからこそ……真理機関も搭載し乗組員たちの意識を拡張することでその難点はクリア済みだったのです!
先ほどのアークの言葉通り、フレイマー騎とウルォ騎を識別した彼らは両騎体を難なく捕らえたのだった。
「さあて……しかし、やはり葬り去るにはまだ惜しい! フレイマー・ボーンにはまた、その意を問い質さねば」
「ぐう!」
「む!? な、何としたことか!?」
しかしそれでも、まだフレイマー籠絡を諦めていないツェングだが。
突如として艦体が鳴動に襲われ驚く。
それは。
「も、申し訳ございません宰相! あ、あの雇われ傭兵団長と騎獣遊牧民族長が体表部分で大暴れを……ぐう!」
「くっ! 何だと!」
ツェングは歯軋りする。
「さあさあ族長! 早く進んで下さい、追いついちゃいますよ!」
「ガルル! 指図するなと言っているガル!」
なんとフレイマー騎とウルォ騎は、すっかり枷が外れており。
体表部分を次々と破壊して回っている。
フレイマー騎は、ひたすら剣を振るい続けている。
そうしてウルォ騎は。
「ガルル! さあ味わうガル、獣人でなし共の超大型騎獣! 貴様ら自らの力に、焼かれるガルル!」
その尾が死地竜状に変化しており、尾の目と口から火線を照射している。
そう、これは混血魔獣固有の食らった生命の書を自身の能力へと転化する能力であり。
先ほど拘束時に、この卵甲殻艦の体表一部を齧り取り込んで得た力である。
「とはいえ……唯血巨人の大部分はイーコールで構築されたハリボテだ! やっぱり決定打を与えるには卵殻炉本体を狙わないと!」
フレイマーはしかし、斬った焼いた傍から体表部分が回復していくのを見て歯軋りする。
そう、身体は大部分が枝葉でしかない。
ならば、根幹たる卵殻炉を叩くしかないのだが。
「ぐう!? く、復活した体表部分の蛇たちが!」
「ガルル!」
先ほど復活した部分からの攻撃がフレイマーにウルォを襲い、まさに絶体絶命である。
更に。
「生命計の減りも早い! あの危険ダンジョンと同じ……そうか! あれは、死地竜たちが沢山いるからだったのか!」
フレイマーが操縦盤の表示を見ながら合点する。
いずれにせよ、長期戦は難しいようである。
「……こうなれば、行くよトリオ!」
フレイマーは成長フェーズ引き上げのレバーに手をかけつつ、背後搭載のロック鳥卵に呼びかける。
やはり、毎度のごとく孵す気満々だが。
今回は、少し事情が違った。
――いいか、もう聞き飽きたと思うが……金は返しても、卵は孵すなよ!
いつもなら、こうジャックに言われていた所だが。
今回は。
―― いいか、もう聞き飽きたと思うが……今回は違うから聞き流すな! 金は返
……しても卵は孵すなよ!
ではなく。
――さなくてもいいから、いざとなったら卵を孵してでも騎体に全力を出させろ! 分かったな!
こう、言われていたのである。
「ああ……ありがとう、おやっさん! さあ、成長フェーズ引き上げ!」
「ガルル!? ……ふん、俺もやるガルル!」
フレイマーはこうして、成長フェーズを限界まで上げ。
それに触発されたウルォも、成長フェーズを限界まで上げ――
◆◇
「まだ潰し切れんか! じれったい…… 全身の蛇頭部砲塔より斉射用意! 面倒だ、奴らを諸共葬り去る!」
「ははあ!」
一方、司令室では。
ツェングは既にフレイマー籠絡を諦めており。
ウルォ諸共討伐を命じるが、その時だった。
「ぐうあ! く、また奴らが!?」
「は、はい! し、しかも今回は両騎ともに最終成長フェーズに入っている模様で形態変化しています!」
「ぐ……おのれえ!」
部下からの報告にツェングは、怒りが頂点に達する。
「ならばこちらも……全稼働中搭載卵、成長フェーズを限界まで引き上げよ!」
「!? さ、宰相!」
ツェングの言葉に部下たちは、驚く。
「さ、宰相それでは! この卵甲殻艦を使い潰すことに! 何より! それはあの雇われ傭兵団長と同じでは」
「ごちゃごちゃ抜かすな! 後のことは、考えるな!」
「は、はい! …… 全稼働中搭載卵、成長フェーズを限界まで引き上げ!」
一旦は諫めようとする部下たちだが、ツェングは聞く耳持たず。
命令を受けた卵殻炉子機では、張り付いていた作業兵たちにより次々と成長フェーズレバーが上げられて行き――
◆◇
「ガルル!? こ、これは!?」
「くっ!? これは……卵甲殻艦が、背中を丸めている!? まさか……成長フェーズを限界まで上げたのか!?」
体表部のフレイマーたちも、ようやくこのことに気づくが。
既に卵甲殻艦は、止められない状態になっている。
「ははは、全艦ヴーレヘ王国に砲門を向けよ! まだ我がフロマの恐ろしさが分からなかったようだな……ここで小国とはいえ国一つが滅びれば遅ればせながらとはいえ解せよう!」
「く……宰相!」
司令室よりツェングの声が、響く。
卵甲殻艦は背中を丸め、両腕を地に突き。
どことなく、あの忌まわしき地牢竜を思わせる姿に近づいていた。
「く……ガイル! 俺たち連合傭兵団の騎体でヴーレヘ上空に橋頭堡を」
「ダメだドラッガー! あそこにはシリド大河がある、飛行モンスター卵を使う私たちの騎体では!」
「……くっ!」
この様子を見ていたワイトはフィナンスにそう語りかけるが。
ヴーレヘ王国をシリド大河は飛行型モンスターが嫌う臭いで満ちており。
よほど高空を飛べなければならないため、空から対地攻撃を仕掛ける唯血巨人の心配がないという自然の要害である。
が、今は防衛を妨害していた。
「ははは、フレイマー・ボーン! 貴様、私たちを敵に回したことを後悔するのだな!」
「く……宰相!」
ツェングの尚も響く声に、フレイマーは歯軋りに次ぐ歯軋りである。
このままでは――
◆◇
「フレイマー……やっぱり心配キュー! キューたちが行かないと」
「まあお待ち、リシリーちゃん! あのバカ息子との約束はどうなるんだい?」
「キュー! フレイマーママ……」
一方、ボーン家では。
リシリーやペットたちはいつもならば抜け出しているが。
今回はフレイマーより固く言いつけられ、フレイマー母もそんな彼の意向を汲んでいて留められていた。
「ぐる!」
「がる!!!!」
「く、クウマたちも騒いでいるキュー!」
しかし庭のペットたち――クウマにテンマにワシジにハデス、オウジャにリュウジも、今にでも出て行かん勢いである。
「……よしよし、皆落ち着きな。あのバカ息子は本当にバカだけど、今まで約束を破ったことなかったろう? どんなにボロボロだろうが帰って来たんだから!」
「キュー、フレイマーママ……」
が、やはりフレイマー母がそれを頑なに止める。
「そうよ、リシリーさん! ……私だって今すぐにでも飛び出したいわ、ヴーレヘ王国に戻るために!」
「! き、キュー……王女様……」
そこへ口を挟んだのはエレナである。
そう、今最も辛いのは彼女なのである。
「……そうですね、でもエレナ王女! リシリーさんたちも。ダメですよ、ここで私たちが約束を守れなければ、ボーンさんも約束を守れない!」
「! き、キュー……先生……」
アウレリアも、リシリーたちを諫める。
「わ、分かっているわよ! 私だって、ただリシリーさんたちを止めるつもりで!」
「キュー……分かったキュー! キューたちが大人しくしてなかったら、フレイマーは喜ばないって分かったキュー!」
「がる……」
「ぐる……」
「リシリーちゃん……」
リシリーもペットたちもそこで、ようやく落ち着く。
「……さあ、せめて祈ろうじゃあないかあのバカ息子のために!」
「は、はい!!」
「キュー、分かったキュー!」
「ぐる!」
「がる!」
フレイマー母のこの一言に。
アウレリアやエレナ、リシリーにペットたちは目を瞑り手ないしは前脚を合わせる。
「(フレイマー……頑張るキュー!)」
皆はフレイマーのために、祈る――
◆◇
「ぐああ!」
「!? ぐ……何だ、成長フェーズが上がり切っていないぞ!」
そうして、戦場では。
その祈りが通じたのか、卵甲殻艦の成長は不完全に終わる。
だが。
「な、何だ……何が、どうなって……?」
別に、フレイマーが何かやった訳ではなかった。
それは。
「た、大変です宰相! さ、作業兵の一人が急に暴れ出しまして……ぐああ!」
「な、何だと!」
伝声管から伝わる断末魔に、ツェングは耳を疑う。
その作業兵とは。
「ははは、ようく聞け者ども! 我が名はアドン王国第一王子マルダ! 我が愛するエレナ王女の故地、及び我が亡命先ヴーレヘを破壊しようなどと不届き千本! このマルダが邪魔させてくれる!」
何と潜入していた、マルダだった。
「ぐう……何をしているのだ! 高々へっぽこ王子ごときに手こずりおって! 兵を送れ!」
ツェングは痺れを切らし、伝声管に怒鳴りつける。
が、その時だった。
「さ、宰相! や、雇われ傭兵団長とウォロル族長がああ!」
「な、何だと!? ぐうう!」
その混乱の隙に乗じ。
「さあ行きますよウォン族長!」
「ガルル! だから指図するなガル!」
フレイマー騎とウルォ騎は、一瞬宙に上がり。
そこから急降下して、卵甲殻艦の卵殻炉親機搭載部へと突撃して行き中に入り込んだ。
「ぐうあ!」
「!? マルダ王子! ……そうか、いきなり隙ができたと思ったらあなたが……さあ、あなたもここから出ましょう早く!」
「く! ふん……後で感謝しろよ!」
そうして早々に見つけられたマルダはフレイマー騎に乗せられ。
フレイマーは、目の前にある卵殻炉親機を睨む。
「あなたは存在してはいけなかった……いえ、存在しないもの! よって……このまま、消え去ってもらいます!」
「ガルル! 行くガル、フレイマー・ボーン!」
「い、行け雇われ傭兵団長!」
「はい……おりゃあああ!」
そうしてフレイマー騎は、巨大な翼で一気に飛び上がり。
剣で巨大な炉を、切り刻んで行き――
「ぐっ! さ、宰相お逃げ下さい! 炉が破壊されました!」
「な、何だと!? ……おのれえマルダ王子にフレイマー・ボーン、ウルォ・ウォンがあああ!」
そのまま司令室では、炉の破壊が察知されたが。
時すでに遅く、たちまち爆発が起こり――
◆◇
「!? あ、卵甲殻艦が爆発した!?」
「フレイマーたちは!? 無事なのか!?」
これを見ていたワイトやフィナンスを始めとする連合傭兵団は、見た。
四つ足の地牢竜を思わせる形態であった卵甲殻艦の胴部前後から、爆炎が上がり。
たちまち同艦は形象崩壊してイーコールに還元され、滝のようにイーコールが地に流れ。
身体に纏われていた卵殻状の鎧も、そのまま剥がれ落ちるように地に堕ちる。
「フレイマー!」
「支団長!」
ワイトやフィナンスは、必死に呼びかける。
すると。
「おーい、皆!」
「!? ふ、フレイマー!」
「し、支団長!」
そんな彼らの目には、空を飛ぶ二羽の巨鳥が。
いや、正確には巨鳥は一羽――フレイマーがトリオと名付けたロック鳥――だけであり。
残るは、あの混血魔獣である。
その背に。
「皆! 僕は無事だよ!」
「わ、私だ! 私が反撃の狼煙を上げたのだぞ!」
フレイマーとマルダの姿もあった。
「ガルル! ふん、今日だけガル!」
そう、ウルォが。
トリオが孵ったことと卵甲殻艦を破壊したことで、自壊してしまったフレイマー騎から堕ちた彼らを混血魔獣の背に拾い上げたのだった。
かくして。
因縁の対決は、幕を閉じた。
◆◇
「な、何とか辿り着いたぞ……」
その一月ほど後。
死に体ながらも何とか卵甲殻艦から、脱出用の死地竜卵搭載唯血巨人(改血機による翼あり)で生還したツェングは。
そのままフロマ帝国王城にたどり着くが。
「……フロマ帝国宰相ツェング・ジファン殿ですね? 私たちはユロブ大陸戦時条例会議所の者たちです。同国皇帝とあなたを、戦時条例違反容疑で連行させていただきます!」
「な!? そ、そんな……」
王城で待ち受けていたのは、戦時条例会議所職員たちと同会議所が雇った傭兵たちだった。
◆◇
話は、卵甲殻艦破壊の数日後に遡る。
「まさか……我が艦が堕ちたなどと……」
「はい、しかとこの目で見定めし次第にございます……」
アークが王城に舞い戻り、皇帝に報告していた。
が、その時だった。
「い、一大事にございます! し、城の金庫がああ!」
「な、何だと!?」
使いの報告を聞き、皇帝が金庫へと急ぐ。
すると、そこには。
「くっ、これは!?」
金庫を破壊し佇む者を見て皇帝たちは、目を疑う。
それは、見た所混血魔獣なのだが。
全身は黒く、むしろワシジのようなグリフォンを思わせる姿である。
「案ぜられることはありません……貸しを回収させていただくだけですから!」
「!? な、アーダー卿!?」
その背中へアークが、ひょいっと乗る。
「ええ、フレイマー・ボーンが借りだらけならば私は貸しだらけなのですよこの帝国に! そして商人とは貸しを何としても回収しなければなりません……たとえ個人ならば死のうと、国ならば滅びようとも!」
「な……!? あ、アーダー卿貴様は!」
皇帝はアークに、憤る。
「悪く思いなさらず、皇帝陛下! 私はあくまで商人、そういうことです……では!」
「ぐっ!? ま、待て……」
「陛下、お下がり下さい!」
アークは捨て台詞を残すと。
そのまま混血魔獣を飛び立たせ、足早に去った。
その金庫から直接持ち逃げした分と、密かに送金処理がなされていた分と合わせてアークにはかなりの金を持っていかれ。
国家予算の大部分と卵甲殻艦の喪失により大国フロマの求心力は、一挙に失墜してしまった。
それが戦時条例会議の干渉を許してしまったのである。
◆◇
「ううん……諸々の違法兵器摘発ね。フロマ帝国だけではなく、アドンのマルダ王子も……まあマルダ王子はあの卵甲殻艦破壊の功績と帳消しみたいですけど!」
「だから、あんなバカ王子のことは知りませんて! ……まあ、私のヴーレヘを救ってくれたことには感謝しなきゃだけど!」
「あら、素直じゃないですね〜」
「何よ助手先生!」
「もうすぐ講師です!」
そうして、卵甲殻艦破壊より二月後。
朝食を片手にアウレリアとエレナは、新聞を読んでいた。
「フロマが弱体化して周辺国が領土を取って行って新たな国が勃興して……ふう、今まで以上に厳しい時代になるわ。私たちヴーレヘもどうなるか」
「大丈夫ですよ! この大陸には……あの人がいるんですから!」
「……そうね!」
アウレリアとエレナはしかし、珍しく意見が合う。
「ユキジ……君の死は、ようやく報われたよ。」
「キュー、ユキジ……」
「がる!!!!」
フレイマーにリシリー、ペットたちは。
ユキジの、墓の前にいた。
無論、彼が命を賭した兵器の破壊を報告しに来たのだった。
「でもよかったキュー、フレイマー! 生きてて……」
「ああ、心配かけたな……それに、新しく仲間も増えたしな! な、トリオ。」
「ぶるっ!」
リシリーとフレイマーの傍らにいるペットたちの中には、トリオの姿も。
「そうさ……お前たちはもう誰も死なせない! 死ぬなんて大損させられないよ、たとえ借金したってね!」
「キュー、フレイマー!」
「がる!!!!」
フレイマーのその言葉に、リシリーもペットたちも元気よく応える。
第九回ネット小説大賞応募用に他作執筆のため、一旦ここで完結とさせていただきます!
再開時にはこの雇われ傭兵団長たちをまたよろしくお願いします!




