#25 滅ぶべき巨人
「こんな真似ができるのはフレイマー・ボーンか……ちょうどよかった、呼ぼうと思っていた所だったからなあ!」
ツェングは目の前の鳥人型唯血巨人群を眺め、その中心人物に思い当たり高らかに叫ぶ。
彼は――いや彼らは、フレイマーがここに来ると既に予想済みだった。
◆◇
「ううむ、これは予想以上の出来であるぞアーダー卿! 今すぐ、量産せねば!」
この戦いの数日前、フロマ帝国王城にて。
皇帝はアークとツェングに、そう告げていた。
「ははあ! ごもっともでございます陛下、さあアーダーよ! 陛下の思し召す通りに!」
卵甲殻艦の示した力に当然というべきかやや前のめりな皇帝とツェングは、その量産を望んでいたのである。
しかし。
「はっ、誠にありがたきお言葉。ですが皇帝陛下……量産については、お勧めしかねます旨を申し上げます。」
「! な、何?」
アークからは果たして、あまり芳しくない反応が返って来た。
「何だそなたは! 陛下の思し召しに従えないと申すのか!」
「よい、宰相! ……アーダー卿よ、その理由を聞かせてはもらえぬか?」
憤慨するツェングだが、皇帝は彼を諫めてアークに問う。
「はっ、陛下。恐れながら……まず動力源としております死地竜も、未だ卵が安定供給できる状況にはございません。また卵殻炉も予備の持ち合わせがありましたが故に、ここまで早く完成させられたのでございます。更に……」
「ま、待て! こ、この卵甲殻艦はそんなに扱い難いものであったのか!?」
しかしツェングも、アークのその言葉には驚愕する。
聞けば聞くほど、卵甲殻艦とはその強さの割に――いや、強さ故か――兵器としては欠陥品であることを否応なく認識させられる。
そもそもアークが言った通り、卵殻炉の実験機を流用できたのでまったく気にしていなかったが。
これをまた一から造るとなれば、建造費は如何な大国フロマと言えど国家予算から多く捻出されることになる。
おまけに、今アークが言ったような動力源の問題もある。
更にこれまたそもそも(これはフレイマーたちも指摘していたが)、その動力源自体改血機という違法兵器による代物である。
故に強力だが、維持性や量産性に欠けるという点でまごう事なき欠陥品であった。
「ええ、私は前に短期決戦を狙うべきと申し上げましたがそれはこれが故に。……さあ陛下。誠に恐れながらこのアーダー、真にユロブ大陸統一を目指されるならば今すぐ決戦を各国に挑むべきと進言いたします!」
「う、うむ……」
「く……」
アークのその言葉に、皇帝もツェングも返す言葉がない。
彼の言う通り、この卵甲殻艦は失えば替えの効かない代物である。
よってそれを維持管理できるうちに大陸諸国を統一する、この考え方はかなり妥当と言わざるを得ないからだ。
「ええ、くれぐれも卵甲殻艦の喪失と……フレイマー・ボーンにはお気をつけください。」
「! ふ、フレイマー・ボーンだと?」
しかし、このアークの言葉にはツェングも皇帝も再び首を傾げる。
「な、何故彼奴の話に」
「危険だからですよ、彼は……もし卵甲殻艦を堕としうる存在がいるとすれば、それは彼でしょう。ですからくれぐれも、彼にはお気をつけください。」
「……む。」
ツェングは、考え込む。
確かに、フレイマーは侮れない存在であると。
が、彼は危険視よりも別のことを考えていた。
「(ならば……我が国の専属兵となってもらうのもやぶさかではないかもしれん)」
こんなことを――
◆◇
「……フレイマー・ボーン! そこにいるのは分かっている。今すぐに降伏せよ。さすれば貴様や兵の命を助けるばかりか、まとめて我が国の正規兵として取り立てても構わん!」
「! この声は……ツェング宰相!」
そうして、現在。
ツェングの声が、卵形態の卵甲殻艦から響き渡っている。
それはフレイマーや、その他の傭兵たちの耳にも届いた。
「……宰相。お言葉はありがたいですが、お断りします! あなた方が今使っているその動力は、僕の大事な仲間が命と引き換えに一度は壊したもの! それを使うあなた方に力を貸せば、僕は仲間を否定することになりますから!」
「……ふん、やはり乗っては来ないか!」
が、フレイマーも。
力強く、自騎からこう告げ。
ツェングを、撥ね付ける。
「支団長……」
「フレイマー……」
これにはフレイマーの配下として軍に加わっているワイトやフィナンスも頷く。
◆◇
「あの卵甲殻艦を、破壊したい!」
「ええ、勿論!」
「ああ、腕が鳴るぜ!」
この戦いの数日前。
既に一月前、フロマに一矢報いんとする複数の傭兵団や商会が出資し合い結成された、フレイマー率いる連合傭兵団。
その作戦会議の場でフレイマーは、意気揚々と眼前のワイトやフィナンスに告げる。
他の傭兵団長たちは、会計等について話し合っている最中である。
「だけどフレイマー……問題は。あのバカでかい唯血巨人、あれをどうやって壊すんだってことだけどよ。」
「ああ……そうだね。」
フレイマーはフィナンスの言葉を受け、彼女に向き直る。
そうしてまた、ワイトの方も向く。
「……何ですか、支団長?」
「君たちのスキルで、僕の騎体を卵甲殻艦まで弾き飛ばして欲しい!」
「……ええ!?」
しかしフレイマーのこの言に、ワイトもフィナンスも驚く。
「は、弾き飛ばすだって!?」
「ああ。ご存じの通り敵の卵甲殻艦は、全方位攻撃を仕掛けて来る。だけど。どこかには必ず綻びがあるから、そこを強行突破するんだ!」
「な……そんな無茶苦茶ですよ!」
ワイトはフレイマーの更なる説明に、もはや否定の姿勢をとっている。
「大丈夫だよ、いざとなったら別の手も考えてある! それに……あの卵甲殻艦には狙い時があるから、その時は全方位攻撃も緩むさ!」
「べ、別の手……?」
「ね、狙い時……?」
ワイトもフィナンスも、ただただ首を傾げている。
◆◇
そうして、今に至る。
「交渉は決裂か……だがよい、フレイマー・ボーン! ならば……貴様ら纏めて、我ら帝国の敵でしかないことをここに確かめた!」
ツェングは卵甲殻艦内司令室より、そう告げる。
そして。
「……成長フェーズを更に引き上げよ、これより巨人形態に移行する!」
「はっ!!」
ツェングの更なる指示を得て、卵甲殻艦にも更に動きが生じ。
たちまちその巨大卵型艦体には割れ目が走り、そのまま全ての卵殻が開かれる。
そのまま中で燻っていた巨躯が、広がり始め――
「……ガルルルッ! 俺が行くガル!」
「!? う、ウォオオン! ぞ、族長!」
しかし、それは即ち隙でもあり。
その好機逃すまいとばかりに、飛び立ったのはウルォの駆る混血魔獣であった。
「! さ、さあ支団長!」
「フレイマー!」
これを好機――即ち、フレイマー曰く狙い時としたのは彼らも同じであり。
そのまま鳥人型唯血巨人群のうちワイト騎にフィナンス騎はフレイマー騎を打ち出すべく構える。
しかし。
「いやごめん……その必要はなくなったから!」
「!? え!?」
「本音を言えば、君たちを僕と同じ最前線には出したくなかったんだ〜! ごめん!」
「お、おい!」
フレイマーはそれだけ言うと騎体を駆り飛び出し。
そのまま――
「ガルルルッ!? な、何だガル!」
「ウォロルの族長さんですね、初めまして! フレイマー・ボーンと申します!」
何とフレイマー騎は、飛行するウルォの混血魔獣の背にしがみついた。
そう、フレイマーは作戦会議時にこうも言っていた。
―― 大丈夫だよ、いざとなったら別の手も考えてある!
フレイマー曰く、ワイトやフィナンスにスキルで打ち出してもらうのとはまた"別の手"。
それは即ち。
「な……ガルルルッ! 誰か知らないが、何するガル」
「さあ族長、加速しますよ! 族長も加速してください、じゃないとこの騎体壊れますよ!」
「ガル!? く、何するガル! ……ぐ、誰が何のこれしきガル!」
フレイマー騎と、恐らくは出て来るであろうこの混血魔獣で(強制的に)加速し。
卵甲殻艦へと、そのまま強行突入する手であった。
「族長! このまま突っ切りますよ!」
「め、命令するなガル!」
かくして、フレイマー騎とウルォ騎は。
「く……ったく、フレイマーの奴!」
「いやいい……あれでこそ雇われ傭兵団長だ! 行っけええ、支団長おおお!」
フィナンスやワイトも、皆も見守る中。
今まさに孵化しかけの超巨大巨人へと、突撃していく――
「ガル!?」
「ぐああ! く……な、身体から生える蛇に捕らえられた!?」
が、何と。
フレイマー騎とウルォ騎は、突撃した先にあった体表の蛇に捕らわれてしまう。
◆◇
「やはり来ましたか、フレイマー・ボーン! しかし……残念でしたね! その卵甲殻艦は巨躯な分、細かな識別は不得手になってしまう弱点もありました! だからこそ……真理機関も搭載し乗組員たちの意識を拡張することでその難点はクリア済みだったのです!」
戦場から離れた場所よりアークは、高らかに叫ぶ。
そうこの卵甲殻艦には、真理機関も搭載されていたのだった。




