#24 許されざる存在
「フロマ帝国が擁する超大型唯血巨人――卵甲殻艦テュポン、ですか……それって、どんな技術なんですか?」
「いやちょっと助手先生! そんなことは別にいいでしょ、私の国が大変なことになってるし!」
ボーン家にて。
新聞を読みながらテュポンに興味を示すアウレリアに、エレナがすかさずツッコミを入れる。
そのテュポンの出現により。
今や勢いを湛えたフロマ帝国はエレナのヴーレヘ王国のみならず、アドンやその他ユロブ大陸の諸国を占領していった。
今こうしている間にも、体力のない小国から次々に呑まれていっているのだ。
「ええ……ヴーレヘに亡命したマルダ王子も気になりますね」
「あんなバカ王子はどうでもいいわ! 父や母がどうなっていることやら」
「そ、そうでしたねすみません……」
フレイマーは言いながらしまったと考える。
エレナには、これは禁句だったと。
「ぶ、ブリューム先生! あの卵甲殻艦とやらですが……かつてあの地牢竜卵を使うはずだった所を、あの唯血巨人を見る限りは死地竜卵を大量に使っていると見られます。」
「! で、死地竜を……まあ、あの地牢竜の代用品なら仕方ないですね……」
話題を逸らす目的も兼ねて、フレイマーはアウレリアに話を振る。
「ただあの唯血巨人は……卵型の時なんですけど、翼を生やしていました。ご存じの通り、死地竜に翼などありません。ということは」
「……改血機によって、生命の書をいじられている可能性がありますね。」
「はい。」
アウレリアはしかし、そのフレイマーの言葉に考え込む。
「え!? ち、ちょっと。話が全然見えないんだけど……つまり……?」
「あ、すみませんエレナ王女……つまり。フロマが使っているのは、違法技術だということです!」
「!? そ、それじゃあ……戦時条例会議が、黙っていないわよね! や、やったわ……これで、ヴーレヘは救われる!」
エレナはそれを聞き、喜ぶが。
「エレナ王女……すみません。そう期待したいんですが……フロマは戦時条例会議に、かなりの影響力を持っています! ですから今の戦時条例会議も、フロマを止められないと思います。」
「! そ、そんな……」
フロマは大国であるが故に、世界の憲兵としても機能していた。
よって戦時条例会議の求心力においてもかなりの影響を与えており、フロマに対し咎めることはほぼ絶望的と思われるのだ。
「それに……やはりこれも相手がフロマであるが故に。そこに戦いを挑む勢力には色んな商会や傭兵団が協力を渋っています。それが、僕たちも長らくフロマに手出しできていない理由です……」
「……くう……」
エレナは言葉を失う。
そう、ここまでフロマの勢力拡大を許したのは何も卵甲殻艦ばかりが原因ではない。
フレイマーの弁にあった通り、武器や戦力を売ってくれる者たちがいないことも原因だったのだ。
「じ、じゃあ私の国は」
「何か策はあるはずです! あの卵甲殻艦は超大型な分、機動力など皆無でしょう。そこに突き崩す隙が、きっとある。」
「! ほ、本当?」
しかしフレイマーのこの言葉により、エレナは顔を明るくする。
「何よりあの兵器は……僕には、その存在自体許しがたいものですから! ユキジが……ユキジが何のためにあれを……一度は使えなくしたのか、このままではその意味がなくなってしまう!」
「! ぼ、ボーンさん……」
「そうね……ユキジちゃんは、何のために……」
が、フレイマーはその本心を明かし。
これにはアウレリアもエレナも、言葉を失う。
「コンコン! 邪魔させてもらうぜ、ボーン支団長! ……ったく、辛気臭い空気が流れてんだけど?」
「! フィナンスさん……」
と、そこへ。
フィナンスが訪ねて来た。
「ガイルさん……何の御用かな?」
「おやおや、用がなきゃあたしは訪ねて来ちゃダメなのかい? つれねえなあ……まあ、あたし自身は特に用ねえんだけどさ! ちょっと、特別ゲストを連れて来たんでね。」
「げ、ゲスト?」
「おお……ここが、あんたの実家かい。」
「! お、おやっさん!」
フィナンスがややむくれながらも指し示したのは、唯血巨人関連のビジネスを扱うダッカー商会会長ジャックだった。
◆◇
「こ、これが……ロック鳥の卵ですか!」
「ああ……これなら、恐らくはあの卵甲殻艦とやらに対抗できる糸口が見つかるだろう!」
そうして別室でフレイマーが見せられたのは。
ジャックが誇らしげにテーブルに置いた、卵だった。
ロック鳥、言わずもがな飛行モンスターである。
「ただし……お前さんも知っているとは思うが、ヴーレヘのシリド大河のように飛行モンスターも条件によっては飛べない時もある。何より……」
「はい。ウォロル族の混血魔獣も空対地攻撃を仕掛けましたが、結局芳しくない結果に終わりましたし。」
「その通りだ。」
ジャックは、フレイマーに対し懸念を話す。
そう、空対地攻撃ができるモンスターとて卵甲殻艦に対抗できるとは限らない。
それは先ほどのフレイマーの弁にもあった通り卵甲殻艦は機動力のない故に、全方位かつ広範囲な火線攻撃能力を備えているからだ。
「でも……いいんですか? フロマを潰そうとする僕に、協力して」
「ああ、そうだな! 下手打てば、うちの商会はあんな大国に睨まれて終わりだ。」
「そうです……だから、何でって」
フレイマーのその疑問に、ジャックはそう返す。
しかしフレイマーは更に尋ねるが。
「……賭けてるからだよ、俺たちはな!」
「え?」
ジャックは微笑む。
「大国の圧力、そして統一……大昔から、人間の間で幾度も繰り返されて来たことだがなあ! 残念ながら俺たちに、それを受け入れられる度量はない。だったらいっそ、博打を打ってやろうと思ってなあ!」
「おやっさん……」
「……フレイマー! だからあんたが、この賭けの競走馬だ! 精々走り切ってくれよ!」
「……ありがとう。」
フレイマーは、目の前の卵に。
感慨深げに触れる。
と、その時だった。
「キュー! ふ、フレイマー!」
「! り、リシリー……こうら、お客さんがいるってのに」
リシリーが、入って来たのである。
「そ、それどころじゃないキュー! た、沢山の人がやって来たキュー!」
「え?」
「おおっと、ようやく来たか! いやあ実はな……今日のお前への訪問者は、俺だけじゃないんだよ!」
「……え?」
フレイマーはリシリーとジャックの言葉に首を傾げるばかりだが。
「ボーンさん!」
「ボーン!」
「ボーン!」
「ボーンさん!」
「!? み、皆さん……」
リシリーの後に続く、クラックス・クイニッシャー・ジュラ・スリングの四傭兵団長。
そう、彼らもフロマへの抵抗を諦めていなかったのだ。
◆◇
「さて……敵の様子はどうか?」
「はっ、宰相! 四方八方、共に以上はございません!」
「ふふ、ははは腰抜けの小国共めが! もはや我らの勝利は、ほぼ確実か……」
それから一ヶ月後。
アドン・ヴーレヘの緩衝地帯上空を巡回する卵形態のテュポンだが。
「! に、二時と七時の方向、地平線に敵部隊影あり!」
「ほう……」
「い、一方はウォロルの混血魔獣群! も、もう一方は……ゆ、唯血巨人群です!」
「! 何? ……まさか、まだ我らに歯向かう国があるというのか?」
ウォロル族はともかく、非獣人系の国にそんな所が?
ツェングは、大いに首を傾げるが。
「さあ皆……飛び立て!」
「応!」
その非獣人系部隊は、鳥人型の唯血巨人を擁しており。
翼を広げ、一斉に飛び立つ。
「て、敵部隊飛行しました!」
「ふん、飛んで火に入る夏の虫共が! 成長フェーズを一段階上げよ、撃ち落とす!」
「は、ははあ! 成長フェーズ、一段階上げ!」
卵甲殻艦司令室より、ツェングが号令を出し。
たちまち卵殻炉周囲にあるその子機多数のうち、一部に張り付いている防護服着用の作業兵が成長フェーズレバーを引き上げる。
それにより。
卵甲殻艦の上部卵殻の一部が開き。
その開いた上部卵殻の一部内より、前方広範囲に熱線が放たれる。
「敵砲撃!」
「距離を取れ、射程範囲外へ!」
それにより鳥人型唯血巨人部隊は。
卵甲殻艦から、一気に突き放されてしまう。
「申し訳ありませんが……その卵甲殻艦――ひいては卵殻炉の存在を認めてしまうと、ユキジの存在を否定することになってしまいます! だから……僕は、その存在を絶対に許しません!」
しかしその部隊の中で、虎視眈々と気を窺うは。
やはり、フレイマーの騎体だった。
◆◇
「これはこれは。まさか、今や名実共に"大陸の巨人"になっているフロマ帝国に堂々と喧嘩を売る者が現れようとは。……あなたですね、フレイマー・ボーン!」
やはりこの様子も遠くから見ている闇商人アークは、フレイマーの存在に気づく。
かくして。
フロマ帝国への反攻作戦の火蓋は、ここに切って落とされたのだった。




