#22 ヴーレヘ奪還戦と破竹の勢い
「や、雇われ傭兵団長!」
「安心してください、躱しましたから!」
混血魔獣と相対しているフレイマー騎は。
今突如として生えて来た混血魔獣の第三頭部の攻撃を、避けた所である。
「ガルルルッ! 不意打ちが通じないとはしぶといガル」
「えいっ!」
「ガルルルッ!」
フレイマーはそのまま、自騎の左脚を上げて混血魔獣を蹴り距離を離す。
「く……しかしこのままでは」
「よいしょっと!」
「痛! や、雇われ傭兵団長!」
「しっかり掴まっていてください、マルダ王子!」
「な! ぐあっ!」
そのままフレイマーは、自騎の左腕を操作し同手中のマルダを自分がいる操縦席に放り込み自騎を駆る。
「おのれガル……人間風情があ!」
「悪いけど……舐めないでいただきたいなあ人間を!」
距離が離れた混血魔獣と唯血巨人は、少し睨み合い。
再びぶつかり合う。
「ガルッ!」
「おりゃ!」
獅子頭の牙と巨人の剣がぶつかり合い、火花を生むが。
「ガルルルッ! まだ頭があるから油断するなガルッ!」
「ご丁寧にどうも、だが言われなくても大丈夫だ!」
その隙に混血魔獣が差し向けた山羊頭と一角獣頭がフレイマー騎を襲うが、フレイマー騎もその蛇型頭部を巡らし。
その口より炎を吐かせる。
「ガルルルッ!」
「うん、これは効くか! やっぱり野生の勘は僕ら以上だねウォロル族は!」
「ウォオオン! グル!」
それに対してやはり怯んだ混血魔獣の隙を突き。
フレイマー騎は剣を一閃して魔獣の三つ首を切り裂いてしまった。
「よし、これで」
「ガルッ、中々やるガル……だけど甘いガルルルウォオオン!」
「!? く、尾か!」
そのまま止めを刺そうとフレイマー騎が剣を振り上げるが。
その隙を突かんとばかりに実は蛇頭になっていた魔獣の尾がフレイマー騎を襲い、間一髪騎体は右肘でそれを受け止める。
「ウォオオン、止めるとはさすがガル! だが……」
「くっ、頭が生え変わり始めた!」
しかし混血魔獣も隙を与えまいとばかり。
先ほど斬られた首が、再び形成され始めた。
「雇われ傭兵団長、傷口を焼け!」
「え? は、はい!」
「ガルッ! ぐっ!」
が、マルダの機転を利かせた言葉に。
フレイマーは戸惑いつつも従い、再び騎体口より炎を発して混血魔獣の傷口を焼き払う。
「ガルルルッ! この!」
「今だ、雇われ傭兵団長!」
「言われなくても、うりゃあ!」
「ガルッ!」
フレイマーは自騎を抑える蛇尾が弱まった隙を突き。
混血魔獣をそのまま、縦に一閃する。
それにより魔獣は、真っ二つとなり果てる。
「よし、雇われ傭兵団長!」
「喜ぶのはまだ早いですよ……さあて。気づけばまだ皆苦戦してますし、僕の騎体周りにはモンスター型唯血巨人がたくさん群がって来ますね!」
「くっ……」
フレイマーは冷静に周囲を見渡す。
今の彼の弁にもあった通り、未だボーン支団は各個奮戦し。
更に新たな混血魔獣たちが、今度は多数フレイマー騎に向かって来ていた。
「こうなれば……マルダ王子、一旦操縦をお願いできますか?」
「な! き、貴様私に命令するのか!」
「じゃ、お願いしますね!」
「っておい! 私の意思は聞かんのか!」
フレイマーはマルダに、半ば強引に操縦を押し付け。
そのまま彼自身は、自騎の外へと飛び出す。
「さあモンスター型唯血巨人の皆さん……いや、中に乗るウォロル族の皆さん! 僕を食べられるものなら食べてみてください!」
「な!? な、何を考えているんだ雇われ傭兵団長!」
「ガル……何ガルこいつは!?」
すると、何と。
マルダやウォロル族戦士たちも驚いたことに、フレイマーは自らその身を混血魔獣群の前に晒して見せた。
「ガル……まあいいガルルルッ! お望み通りにガブリと言ってやるガル!」
「や、雇われ傭兵団長!」
ウォロル族戦士たちは、しかし戸惑いつつも。
すぐにフレイマーへと、騎体を駆り向かって行く。
そのまま、瞬く間に混血魔獣群はこの小さな獲物へと群がり齧り付く。
一瞬の、出来事であった――
「そ、そんな……おい! 私との因縁がまだだろうが、死ぬな!」
マルダも思わずそう叫んだ、その時だった。
「ガル! き、騎獣の目が!?」
「ウォオオン! な、何が起こったガル!」
ウォロル族戦士たちが、驚いたことに。
瞬時に何者かの手により、混血魔獣たち全ての二つ首に備わる目は潰され。
その目を通しての映像が見れなくなった彼らは、困惑している。
「な……ふ、フレイマー・ボーン!」
しかしマルダは、しかと見ていた。
その目潰しの犯人がフレイマーであり、彼が瞬く間に混血魔獣の群れから飛び上って抜け出し。
再び今自らが代理で操縦桿を握る自騎に帰って来た所を。
「はあ、はあ……すみませんマルダ王子、再び操縦をさせてもらいます! しっかり掴まっていてください!」
「……は? ……ぐあっ!」
あまりに突然の出来事に、マルダが呆ける間に。
満身創痍のフレイマーはすぐに彼から操縦桿を奪い、そのまま騎体を迅速に駆り出す。
マルダは大きく怯むが、やはりフレイマーはお構いなしだ。
「く……き、貴様一体何を……」
「マイロード、借りだらけの雇われ傭兵団長!」
「!? そ、それは!」
「全額返済 オブ トゥルース!」
「ぐっ……それは忘れもしないぞ!」
マルダは横で聞きながら、フレイマーの意図にようやく気づく。
そう、これは。
――安心してください、王子様? そんな死の恐怖から、すぐに楽にしてあげますからああああ!
――や、止めろお! ひいいいい!
マルダにとっては忌まわしき王城で彼自ら受けた、フレイマーのスキル借りだらけの雇われ傭兵団長である。
その条件となる斃れるギリギリのダメージを敢えて受けるためにフレイマーは、混血魔獣群に自ら身を晒したのだった。
「ガルル!」
「グルッ!」
フレイマーはそんなマルダをよそに。
まさに先ほどの借りを返さんとばかり、自騎を駆り混血魔獣群を薙ぎ倒して行く。
「し、支団長!」
「聞こえているかいドラッガー君! 君の出番が来たよ……ボーン支団を全て退避させた上で、君のスキルを発動させるんだ! そうすればこの敵部隊は、一掃できる!」
「は、はい!」
フレイマーは尚も攻撃を続けつつ、ワイトにそう命じた。
「ガル……撤退、撤退ガル!」
かくして。
フレイマー騎とワイト騎の奮戦により、敗北したウォロル族の混血魔獣群は撤退して行く。
ヴーレヘ王国は開放されたのだった。
「はあ、はあ……何とか退けましたね……」
フレイマーは自騎の中で、息が荒くなっていた。
「一つ聞いていいか。……何故、私を助けた?」
「そんなの……当たり前じゃないですか!」
マルダは、そんなフレイマーに問い。
「借金だらけだって――王子の場合はたとえ国が滅びたって――こんな戦乱だらけの世界、生きてりゃそれだけで儲け者です! ……ですが。」
「……雇われ傭兵団長?」
フレイマーは、そんなマルダに答えながら。
ユキジのことを思い出し。
「死んだら……大損なんですよ!」
「! ……そう、か……」
悲痛に、マルダに訴えた。
「だから敵とはいえ、一度は見逃した相手にこんな所で死という大損を被って欲しくなかった。それだけです……」
「! や、雇われ傭兵団長!」
そう答え、フレイマーは。
そのまま、倒れてしまった――
◆◇
「ふうむ……宰相、さすがは君が見込んだだけのことはあるな! ボーンという男は!」
「はっ、恐れ入ります……」
フロマ帝国の王城にて。
皇帝は宰相ツェングと語らっていた。
ヴーレヘ王国の戦いより数ヶ月後であるが。
彼らの話題はその戦い後も快進撃を続ける、フレイマーについてであった。
その戦いにより勢い付いた彼を中心に、諸国が様々な傭兵団を雇い連合傭兵団とし。
勢いに乗ってアドンやその他ウォロル族占領下にあった国々を開放したのだった。
「ええ、さすがですねえ。私の混血魔獣を、こんなに早く陳腐化させてしまうとは。」
「む……アーダー!」
そんな王城内には不釣り合いな、簡素なフード付きマントを纏ったのみの格好をしているのは。
ウォロルに新兵器を売りつけた張本人、闇商人アーク・アーダー。
「この状況を招いたのは元はと言えば、貴様のせいだろう! あんな兵器を蛮族に売りつけおって」
「まあそれは仕方あるまい宰相! ……アーダー卿にはその代わり、今は我らに協力してもらっているのだ。」
「はっ、陛下!」
彼を咎めるツェングだが、皇帝のその言葉にひとまずは矛を収める。
「ええ、ありがたきお言葉。必ずや報いて見せましょう……」
アークは恭しく頭を下げつつ、不敵に笑う。
◆◇
「ついに来ましたね……」
それから、更に数ヶ月後。
アドンやヴーレヘの占領前にはウォロル族ら獣人族とフレイマーら非獣人族の緩衝地帯であった大平原。
今や戦場になろうとしている、その地平線を占めるは。
「ガルルルッ、ウルォ様!」
「ウォオオン! 皆、ここが人間たちと我らの戦いの最前線であるガル……」
ウォロル族長ウルォ・ウォン率いる、混血魔獣の大部隊である。
既に非獣人系国家は領外となっているためか、それらの国から接収し前衛部隊としていた唯血巨人群の姿は見えず。
「ありがたいことに……人盾なき獣人様方御自らのお出ましのようだ!」
「おおお!」
そこへ、フレイマー率いる連合傭兵団もやって来て。
両者は、一触即発の状態となっている。
が、その時だった。
「ぼ、ボーンさん! あ、あれを!」
「ん? ……な!?」
「な、何だあれは!?」
「き、巨大な卵……?」
突如空に、巨大な構造物が浮かび。
戦場の全ての目は、そちらに奪われる。
それはいつぞやの混血魔獣待機状態を連想させる、横向き卵型の物体。
表面は折り重なったような見た目の卵殻に覆われ。
両側面の殻は数カ所小さくめくれているが、その中からは翼のようなものが生えており。
そこから下に向かい噴き出されている熱風がその物体の浮力を担い。
更に翼たちの羽ばたきが、推進力になっていた。
「見つけたぞ……野蛮な騎獣遊牧民共!」
その物体の内部には、伝声管や操作盤が巡らされた比較的広い司令室があり。
そこではあのフロマの宰相ツェングが、指揮を取っていた。
「巨大な卵……まさか、卵殻炉が!? で、でも何で……」
この戦場の皆が戸惑う中、フレイマーだけが合点していた。
あれぞ、聖地戦争時にフロマ帝国上層部から見せられた新技術。
しかし同時に、それはフレイマーの大事なペットでもあったユキジの死と引き換えに使用不能になったはずであった。
何故――
「ふふふ……ええ、ようやく来ましたか卵甲殻艦テュポン! さあ見せつけるとよいですよ、その圧倒的な力を……」
この戦場を毎度お馴染み高見の見物するアークは、またも不敵に笑う。
かくして、改血機擁する人造モンスター・混血魔獣と。
卵殻炉擁する卵甲殻艦。
何の因果かどちらもフレイマーに因縁深い技術同士が、ここにぶつかり合うことになったのだった。




