#18 暴れる獣と鎮める獣
「何でだ……リシリー! 何でユキジまで」
フレイマーは自騎をぶら下げるドラゴンのクウマ騎乗のリシリーに、その自騎から疑問をぶつける。
その傍らを飛ぶは同じく彼のペットたるワシジと、その背に乗るユキジだ。
ユキジはあの危険ダンジョン任務で孵ったために、生まれながらにして寿命が短い。
なので今も、その命は風前の灯火である。
だから彼は、そんなユキジを連れて来たリシリーを咎めた訳だが。
「フレイマー……ユキジが言ってるキュー! あいつを止められるのは、僕だけって! 言ってるキュー!」
「な……ぼ、僕だけって……?」
フレイマーはユキジの思いを聞きつつ、そしてぼんやりとだがその意味を理解していた。
だが無意識のうちに、首を傾げてまったく分からないふりをしていた。
「僕だけって……どういう意味さ! ユキジが地牢竜を止めるって、どういう」
首を傾げるのみならず、こう聞いてもいた。
「フレイマーなら分かるはずキュー! キューの力でユキジの冷気の力をもっと強くして……それであれを、氷漬けにするんだキュー!」
「……そんなこと!」
が。
そんなフレイマーが実は全て理解していることを知った上でユキジの真意を説明して来たリシリーに、フレイマーは思わず食ってかかるように自騎から叫んでいた。
「そんなこと……今のユキジにさせられる訳がない! ユキジはもう、ただでさえ命が永くはないんだ……いくらリシリーが力を大きくすると言っても、そんなことしたらユキジは……!」
場合によっては、いやほぼ確実に死ぬ。
フレイマーはそれを言いかけてやめる。
「キュー……キューだって、な、何度も止めたキュー! キューだって、ユキジに、し、死んでほしくないって何度も言ったキュー! でも……ユキジは……」
「! リシリー……」
リシリーが泣きじゃくりながら、しゃくり上げるようにそう言ったからであった。
そうだ。
そんなことリシリーが考えられないはずはない。
フレイマーは、彼女を一方的に責めてしまったことを悔やみ始める。
「すまないリシリー……でも僕は」
「ガルルル!」
「!? ゆ、ユキジ!」
それでも首を縦には振らないフレイマーだが。
他ならぬユキジが、その弱る身体のどこから搾り出したか分からぬ雄叫びを上げ彼を驚かす。
「フレイマー……ユキジ、分かっているキュー! 自分がもうすぐ死ぬって、分かってるキュー。だから……もう、キューたちには止められないキュー……」
「……くっ! この……」
フレイマーはリシリーのその声に、苦悩の声を激しくする。
危険ダンジョンで生まれたがために、生まれながらに生命計が減っていたが故に。
ただでさえ永くは生きられないユキジに、こんなことをさせねばならないとは。
これでは――
「ユキジは、何のために生まれて来たんだよ……」
「フレイマー……キュー……」
フレイマーは思わず、そう漏らす。
だが。
「ガルルル!」
「ぐる!」
「ぐるる!」
「! く……地牢竜、何を……!? く、口の中に光が!?」
と、その時。
ユキジに、クウマやワシジたちが威嚇の声を上げ。
何事かと下を見れば。
地牢竜――改めて上空から見れば、四つ足の羽無きドラゴンのような姿で、更にやはり巨大であることが分かる――は、口をガバリと開き。
今その中に、光を宿していた。
こちらを狙ってかは不明だが、狙っていないにせよ火線を吐けば間違いなくその射程には国教会部隊やボーン支団の避難場所が含まれている。
このまま、放たせる訳には――
「フレイマー……キューは、もう覚悟できているキュー!」
「!? う、うわあリシリー! もう卵殻機関に乗り込んで……ユキジに、やっぱりあんなことさせる気なのか!」
フレイマーは、操縦席背後にある自騎搭載卵殻機関内からリシリーの声が聞こえて驚くが。
そこから、彼女の本気をも感じ取る。
「フレイマー! さっきフレイマーは、ユキジが何のために生まれたのかって言ったキュー。……ユキジに生まれた意味を与えられるのは、キューたちしかいないキュー!」
「リシリー……」
「ガル!」
「ぐるっ!!」
「く、クウマにワシジに、ユキジ本人まで……分かったよ! 我ながら、情けないけど……」
フレイマーはリシリーやクウマにワシジ、さらに他ならぬユキジの覚悟を見せつけられ。
「……行くよ、リシリー! クウマ、ワシジ! ……ユキジ!」
「キュー!」
「ガル!」
「ぐるっ!!」
ついに、腹を決めた。
そして、その刹那。
「ぐっ! 地牢竜が今にも火線を……あれ?」
地牢竜が今まさに火線を吐こうとした刹那、それは横合いから来た魔法弾幕により体勢を崩され失敗に終わる。
それは。
「ボーン支団長! 何だか分からないが、恐らくその化け物を倒せるのは君たちだけだ! さあ、我々はその間の足止めぐらいはできる!」
「応!!」
「こ、国教会部隊……」
国教会部隊が展開する魔法弾幕であった。
さらに。
「支団長! 何だか分からないけど、今だけは助けざるを得ないから助ける!」
「! し、支団の皆……」
ボーン支団の傭兵たちも、自騎の触手により投石を行い地牢竜を妨害する。
フィナンスは、まだ縛られたままだがさておき。
「まったく……皆、勝手にユキジの力を求めて! でもありがとう皆……もう仕方ないよね……」
フレイマーは、そんな彼らに少しだけ呆れつつも感謝し。
今一度、地牢竜を睨む。
さすがに魔法弾幕や投石では止めきれない地牢竜は国教会部隊らを睨むが。
「君の相手は……こっちだよ!」
「! く、ま、眩しい!」
「な、何だ……この光は……」
「う、美しい……」
フレイマーはリシリーの力で兎耳や兎脚が現れた自騎から、これまたリシリーの力により妖しき光を放つ。
それは、国教会部隊やボーン支団の皆を見惚れさせ。
地牢竜の注意も、引きつける。
「地牢竜が開きかけの口をこちらに向けました……今です、フレイマー・ボーン!」
リシリーが卵殻機関に入った時としてはいつも通りの、人が変わったような声に促され。
「ああ……今だ、行っけええユキジ!」
「ガルルル!!」
フレイマーの呼びかけに応え、フレイマー騎の腕の中にユキジは飛び込み。
「うおおお!」
リシリーの力で強化された冷気を、地牢竜が火線を吐いたタイミングとほぼ同時に放ち。
冷気と火線は、空中でぶつかり合う。
「!? あ、あれは冷気……? って! あれ、あたしは何を……」
その光景に、ユキジに助けられたことのあるフィナンスは思うところがあり。
それが刺激となってか、正気を取り戻す。
「あの雇われ支団長……あのユキジとか言うペットと一緒にあんな化け物と戦ってんのか……? ……負けるな雇われ支団長! ユキジ! あんな化け物に負けるな!」
「……ガル!」
「! ゆ、ユキジ?」
フィナンスはその光景に、ユキジを応援する言葉を叫ぶ。
「頑張れボーン支団長!」
「頑張れええ!!」
それにつられて地上の国教会部隊にボーン支団は、揃って応援の声を上げる。
「ガル……ガルルルッ!」
「ユキジ……ああ、そうだぞユキジ! これで君の生きていた証は、この場にいる全員に刻まれるんだ……」
フレイマーはそう言いつつ。
涙を一筋、流す。
そして応援の甲斐あってか、ユキジの冷気は凄まじい勢いで膨張し。
地牢竜の火線を瞬く間に振り払い、その開けられた口へと入り――
「! く……な、何だ!」
「た、隊長! あ、あの化け物が凍って……い、いいえそれだけではなく……!?」
「な……ゆ、ユキジ!」
地上の皆も、驚いたことに。
地牢竜は口から侵入したその冷気により身体を凍らされたばかりか。
内側より無数の氷柱が生えて食い破られ、身体がバラバラに千切れて行く。
勝負は、瞬く間に決まった。
◆◇
「や……やった! やったぞ!!」
「エイエイオー!」
この光景に。
事情を知らない国教会部隊やボーン支団は、勝利したという事実のみを認識し沸き立つ。
「ね、姐さんやったわね!」
「あ、ああ……で、でもなんか様子が……」
そんな喧騒をよそに。
フィナンスは、地上では約一名違和感を覚えていた。
「ユキジ……ごめんな、ごめんな……僕がもっとしっかりしていれば、君にこんなことはさせずに済んだのに……」
「グルッ!」
「! ゆ、ユキジ……」
自騎の腕の中で息が薄くなりつつあるユキジを、フレイマーは自騎の腕でもって抱きしめる。
「グルル……グルッ……」
「……ユキジ……」
フレイマーは、声にならない泣き声を上げた――
◆◇
「バカ息子の奴は……まだ引きこもってるのかい。」
「無理もありません、お母様。」
「ええ……まさか……」
それから数週間後、ボーン家にて。
母屋は、静寂に包まれていた。
フレイマーは戦功を讃えられたが、名誉を辞退し。
いつも通りというべきか、スリング傭兵団を辞めていた。
それ以来、自室に引きこもってしまった。
「やっぱり、ユキジちゃんが……」
「ユキジちゃん……私も、救ってくれたのに……」
危険ダンジョンでユキジに救われたことがあるアウレリアは、すすり泣く。
「……フロマ帝国は、事実を隠し通す気なのね。」
「……みたいです、王女様……」
エレナも新聞を読み、苦い表情をする。
フロマがあの地下で実験をしていたことは、アウレリアもエレナもフレイマー母もフレイマーが戦場に帰った直後に彼から聞いていた。
――こんなこと会議所に訴えたところで……問題児一兵卒が何かと笑われるだけですよ。
彼女たちから訴えることを促された彼が、こう自嘲気味に漏らした言葉と共に。
「……聖地周辺の大空洞より危険モンスター出現、依然原因分からず……くっ! やっぱりヴーレヘの力さえあれば」
「お止めください王女様! あのフロマの前ではヴーレヘの力じゃ」
「な、何ですって!」
新聞記事に苛立つエレナだが、アウレリアとぶつかってしまう。
◆◇
「キュー。ユキジ、ここは暖かいからいいキュー? ……違うキュー、ユキジは氷作ってたから冷たい方がいいキュー……?」
その頃、ユキジの墓標が立つ丘で。
リシリーはペットたちを連れ立ち墓参りをしていた。
「ぐるっ!!」
「グルル!」
「き、キュー! ハデスもテンマもオウジャも落ち着くキュー……そんなに大勢で戦場行ったら、危なかったキュー……でも、確かにごめんキュー……」
「グルル……」
リシリーは、連れて行けなかった三匹に不満を浮かべられつつ。
最後には、彼らと抱き合う。
「……ギュルっ!」
「キュー……リュウジ!」
そんなリシリーに。
今回の戦いで卵から孵ったマラクのリュウジは、声をかける。
あの地牢竜に卵を搭載されていたフレイマー騎が触れたことで、やや寿命は削られたが。
ユキジほどではなく、今のところは元気である。
「そうキュー……新しく、もうこの子もいるんだキュー、フレイマー……」
リシリーはそうして。
フレイマーが尚も引きこもっている母屋を見下ろす。
◆◇
「ウウォオオオオン! 同胞たち、よく聞くウォルッ! 俺たち、ウォロル族、ついに世界手に入れるために征服乗り出す! 族長の俺が言うこと、絶対! 遅れる奴、死ぬだけ!」
「ガルルルッ! ウウォオオオオン!」
その頃。
獣人による家畜モンスターを乗りこなし牧畜を生業とする民族・騎獣遊牧民族の一つウォロル族の本営地にて。
族長ウルォ・ウォンの雄叫びに、他のウォロル族戦士たちも揃って雄叫びを上げる。
「ガルルルッ! お前の、力、役に立つ……俺たち、ウォロル族には! ……アーク・アーダー!」
演説の後。
ウルォは自身の天幕の中で、傍らに佇む人物に声をかける。
その人物とは。
「恐れ入ります、族長殿……」
ウルォのその言葉に、フードの商人――アーク・アーダーは恭しく頭を下げる。
「ええ……私のキマイラが、お望みにお応えいたしましょう……」
アークは不敵に笑い。
彼自身がキマイラと呼ぶモンスターがいる方を、振り返る。
「(フレイマー・ボーン。やはりあなたの連れの娘はただ者ではないようですね……私が売りつけた卵殻炉の具合を見に行っただけだったのですが、更に面白いものが見れました……)」
アークは、やはりというべきか聖地争奪戦争にも関わっており。
フレイマーの気も知らず、やはり笑みを浮かべるのだった。
そうして、今彼は。
ユロブ大陸中を巻き込む大戦乱の種を撒いていた――