#17 生ける災害
「こ、これは……!?」
フレイマーは、尚も目の前にある巨大なモンスターに驚くばかりだ。
いや、驚くばかりではない。
すぐに、その感情について分析する。
これはその恐怖は、生命の書レベルに刻まれたもの。
あの危険ダンジョンで感じた恐怖とまったく同じ感情。
いや、それが無理矢理増大されていくかのような感覚。
これは――
「この感情は、あの危険ダンジョン――死地竜の巣窟で感じたものそのものだ! だけどそれよりももっと強く恐ろしい感情……間違いない、こいつは!」
フレイマーは、ようやく合点した。
「死地竜の上位種、地牢竜だ!」
そう、これは。
その卵が新型卵殻機関・卵殻炉の動力源にされていたはずの強大なモンスター・地牢竜。
「さ、宰相これは!」
「実験は失敗だ……後始末はあの雇われ傭兵団長共に任せて、我らは撤退せねば!」
「は、ははあ!」
辺境地シュタットに空いた大穴――地牢竜の登場が衝撃的で誰も考えていなかったが、ここが地牢竜の出処である――をその地下から見上げるはフロマ帝国宰相ツェング以下、この実験のメンバーである。
そう、卵殻炉実験のための聖地近辺にある地下坑道とは。
辺境地シュタットの地下だったのだ。
◆◇
「卵内生育状態、良好!」
「せ、生成される生体波さらに増大!」
「おお……これだ、これぞ我らが求めたものだ! あははは、つ、ついにやったやったぞ! もはや我らに――フロマ帝国に、止められぬものはない!」
時は、少し遡る。
地上にてまさに国教会部隊とボーン支団対悪魔教部隊の二度目の戦いが繰り広げられている中。
その喧騒を実験の雑音殺しに使うことで、この卵殻炉最終起動実験はその煩さとは裏腹に極秘実験として進められたのであった。
わざわざ戦場の下を実験場としたのは、そういうことであった。
そうこうする間にも、卵殻炉からは強大なエネルギーが生み出されていく。
「そうだ……実に長かったぞ、この十年余り。この大国フロマ、ユロブが分たれていくのを黙って見届けねばならなかった……実に長かった!」
ツェングは尚も高笑いをする。
そう、この実験が成功すれば。
量産は出来ずとも強力な兵器を、フロマ帝国は持つことができる。
それこそ彼曰くこれまで指を咥えて見るより他なかったユロブを、その分裂を食い止めるどころか統一すら成し遂げ得る力をも得うる。
「このユロブ大陸は――いや、この世界は本来の姿を取り戻さねばなるまい! 人類もそもそも一つだったのだ、故に国も何千何百とはいらぬ……我がフロマ、ただ一つでよい!」
ツェングは、拳を握りしめる。
しかし、その時であった。
ズドン!
「くっ! な、何だ……まさか、地上の戦いの音か? よもや……」
突然の轟音に、ツェングや部下たちは驚くが。
彼らが考えたのは、悪魔教部隊にこの地下坑道がバレたのではということだった。
「おのれ、フレイマー・ボーン……役立たずめ!」
ツェングの怒りの矛先は、フレイマーに向く。
だが悲しいかな、彼らのこの考えは大間違いであった。
「さ、宰相! ら、卵殻炉の部品の一部が爆発した模様です! せ、生体エネルギーの過剰生成――それも、観測されたことのない速さでのそれによるものかと!」
「な、何!?」
危機は内より訪れていた。
だが既に、事態は後の祭りであった。
「地牢竜卵内の胚成長ボリューム、こちらからの調整操作を受け付けず! さ、さらにエネルギー過剰流入あり!」
「な……く、実験を中止せよ! 卵殻炉の起動を止め! とにかく成長を石化させよ!」
「は、ははあ!」
半ばパニックとなりながらもツェング以下関係者は、大いに尽力し。
やがて――
「ば、爆発は免れたか……」
停止した卵殻炉を見て、ツェングらはへなへなと崩折れる。
だが、ツェングたちが安心するのはまだ早かった。
「ぐうっ!? な、何だこの地響きは!」
「た、卵が……地牢竜卵内の胚……いえ幼体! 成長留まるところを知らず……だ、だめです! 地牢竜、孵ります!」
「さ、宰相様お逃げ下さい!」
「く……そ、総員退避せよ!」
卵殻炉そのものは止まっても、一度タガが外れた卵の成長は止められず。
たちまち卵の殻と卵殻炉の殻は割れ、中から両前脚次いで頭が鎌首をもたげ。
それは上部の地盤を、勢いよく砕き――
◆◇
「退避い! 総員、退避い!」
そうして、現在の地上では。
フロマ国教会部隊隊長が、部隊全員にそう告げていた。
いや、国教会部隊のみならず悪魔教部隊本陣でもボーン支団でも、同じ言葉が叫ばれている。
そう、もはやこれは戦いなどではない。
突如現れた、生きた災厄からの避難の始まりである。
「皆、早く逃げるんだ!」
「離せ、離せ!」
「く、ガイルさん……君が正気になってくれれば、僕はあいつに立ち向かえるんだけど!」
フレイマーは尚も部下たちに退避を促しながら自分も自騎を駆りその場を離脱しつつ。
触手を駆使して肩に担いでいるフィナンス騎を見ながら、歯軋りする。
「仕方ない……こうなれば!」
意を決したフレイマーは、操作盤を見る。
やはり毎度お馴染みというべきか、彼の目はその成長ボリューム調整レバーに向けられている。
何をしようとしてかは、言うまでもない。
――いいか、もう聞き飽きたと思うが……金は返しても、卵は孵すなよ!
「何度も悪いねおやっさん……僕が一度でもその約束、守った試しがあるかって話だよね!」
―― いいか、ボーン君! 君のこれまでの行いを見ていると、まるで違反は刑を受ければそれで無かったことにできるとでも勘違いしていないかと感じられるのだが。
「ええすみませんね会議所の皆さん……僕には自覚がないけど、どこかしらそういう所があるみたいです!」
次々と浮かぶ、自分に対し人がかけてくれた戒めの言葉に。
フレイマーは自嘲の笑みを浮かべながら、しかしそれらを非情にも振り払い。
成長ボリューム調整レバーを、上げる――
「な!? な、何だこれはあ!?」
自分を自騎ごと担いでいたフレイマー騎の変わり様に、フィナンスは驚く。
卵の成長ボリュームを限界まで引き出したフレイマー騎は、龍人然とした姿からより卵の主たるマラク然とした姿になるのはいつも通りだが。
右腕だけだった触手は、左腕にも生えたのみならずそれは何股にも分かれ。
それはフィナンス騎のみならず。
「な何これ!」
「あ、あの男支団長……やっぱり狂ってる!」
ボーン支団の逃げ遅れ気味な女性傭兵たちの騎体群多数も、一気に担ぎ上げて全力疾走していく。
そうして。
「すみません、国教会部隊の皆さん! 彼女たちを、よろしくお願いします!」
「うわ!? な、何だこれは!」
フロマ国教会部隊は別の城砦へと逃げ延びていたが。
フレイマーはその退避場所に追いつくと。
枝分かれした触手により担ぎ上げていたボーン支団の騎体群をゆっくりと降ろす。
その中でフィナンス騎は、引きちぎられたフレイマー騎の触手で縛られている。
「特に……ガイルさんは悪魔教のせいで何か変になっていますから! よろしくお願いします!」
「あ……ち、ちょっと待てボーン支団長! 君はどうする!」
フレイマーは支団を任せると、一人騎体を駆り再び地牢竜に突撃して行くフレイマーの背中に。
国教会部隊隊長が尋ねるが。
「大丈夫ですよ! 僕は傭兵、心配なさらずともあなたたちの身代わりぐらいにはなります! それに……少なくとも、このマラクの卵は最悪守りますから!」
「くっ……あいつ、正気なのか!?」
フレイマーのその返事に、怯え切った国教会部隊は驚く。
「どうやら我々は、あの卵孵しの雇われ支団長様を甘く見ていたようだな……ちょっと考えれば分かることだ! 卵孵し禁止なんて故意でなければ犯せないような掟をわざわざ犯さねばならないとは、それなりに死線を潜って来たということ!」
「くっ……」
国教会部隊隊長はそんなフレイマー騎の背中を見て、部下たちに叫ぶ。
◆◇
「さあ……勝負だ、地牢竜!」
そんな国教会部隊を尻目に、フレイマーは一心不乱に自騎を駆り。
果敢というべきか無鉄砲というべきか、地牢竜に突撃を仕掛ける。
が、地牢竜の目にはフレイマー騎も小さすぎて目に入らず。
攻撃目的ではなくあくまで移動目的で振り上げられた右前脚が、そのまま同騎を踏み潰さんと迫る。
「さあ……行くよ!」
しかしフレイマーの動きもまた素早く。
枝分かれした触手で、地牢竜の右前脚の甲にしがみつく。
「さあ……これでどうにか糸口は掴んだ……だけど!」
が、フレイマーは次に物憂げに生命計の表示を見る。
それはかつての危険ダンジョン任務時と同じく、減りが早くなっていた。
「くっ、このままじゃ……くう!?」
と、その時である。
フレイマー騎は、次には地牢竜の身体から引き剥がされていた。
それは。
「キュー、フレイマー!」
「な……り、リシリー! が乗るクウマが僕の騎体を持ち上げて……い、いやそれだけじゃなく!」
フレイマーは自騎を引き剥がしたクウマとそれに乗るリシリーに驚くが。
「ユ、ユキジまで!?」
更に彼が驚いたことに、ワシジの背にユキジまで載せられていたのだった。