#12 兎耳巨人と雇われ傭兵団長
「フレイマー!」
「り、リシリー! 何でこんな所に」
フレイマーは自騎の目を通して見た景色に驚く。
そこにいるのは紛れもなく、危険ダンジョンにいるはずもないリシリーだったからだ。
「ん? 何故あんな小娘が……まあいい! こんな所にいるのが悪いのだからな!」
敵部隊も、しかしその時には再起動しつつあり。
その半竜半人型唯血巨人の目から火線が、リシリーに向けて発せられた。
「! 危ないリシリー! 頼む、ユキジ!」
「ひいっ! あ、危なかったキュー……」
驚いたフレイマーは、尚も地牢竜の巨大卵裏側より冷気を自騎から放ってリシリーの背後に氷の壁を築き。
間一髪、リシリーを敵部隊の攻撃から守る。
「フレイマー!」
「リシリー、早く!」
その隙にフレイマーは、自騎たる唯血巨人のコックピットを開け。
唯血巨人の右腕でリシリーを引き入れる。
◆◇
「キュー! フレイマー」
「キュー、じゃないだろリシリー! 何で君がこんな所に」
「キューだキュー、フレイマー! フレイマーに何かあったから、フレイマーママに送り出してもらったんだキュー!」
「! 母さん……まったく。こういう時は止める所だろ!」
コックピット内にて。
リシリーとフレイマーは、少々言い争いをする。
しかし、フレイマーはリシリーの言葉に母を責める気になる。
そもそもこうならないようにするお目付役として母にリシリーたちを預けているというのにと。
「ぼ、ボーンさん……誰ですかその娘は?」
「ああ、ええとこの娘はリシリーと言いまして……」
そこへ質問してくるアウレリアの声も、心なしか怒っているように聞こえた。
フレイマーはそれに対し、やや怯えながら説明する。
「キュー! フレイマー、その女の人は誰だキュー?」
「ああ、彼女は」
「ファスタ大学府で助手をやらせていただいております、アウレリア・ブリュームと申します。フレイマー・ボーンさんの所属されている傭兵団の道案内役をさせてもらっています。」
「キュー……よ、よろしくキュー……」
アウレリアのやや凄んだような口調に、リシリーも少し怯えている。
「くっ……おい出てこい!」
「卵の陰になんか隠れて、いつまで保つと思っている!」
「おっと……これは。」
が、そこへ。
敵部隊の攻撃が再開され、地牢竜の卵に火線が浴びせられていく。
「これは隠れてばかりではいられませんね……ブリューム先生とリシリー、ここは一か八か正面突破を図るしか」
「ええ、私はあなたがそのつもりなら大丈夫です!」
「キュー……フレイマー! それならキューを頼るキュー!」
「!? り、リシリー!」
フレイマーは決意をアウレリアやリシリーに語るが。
リシリーは、いつかの時のように卵殻機関に潜り込む。
「ま、また卵殻機関に」
「さあ……行くキュー、フレイマー!」
フレイマーは咎めるが。
リシリーはどこ吹く風である。
「仕方ないな……ブリューム先生、しっかり掴まっていてください!」
「え? ……は、はい!」
アウレリアは事態を呑み込めない様子だが。
止むを得ないといった様子で、結局は彼の言葉に従う。
◆◇
「く!? ま、また氷柱が……?」
「いや、これはさっきまでの比じゃない……うわあああ!」
敵部隊が、動揺したことに。
何と地牢竜の卵の陰から、瞬く間に彼らの弁にあるように先ほどの比ではない多量の氷柱が生え。
それにより敵部隊の唯血巨人は串刺しにされたり、氷漬けにされたりしていく。
「な、何が起こった……ん!? あ、あれは……?」
戸惑う敵部隊だが、立ち込める冷気が少しずつ晴れていく中に見えて来たものがあった。
それは、かなり損傷しながらもこれまた奇形の唯血巨人。
その姿は。
耳や後ろ脚が兎のごとく伸びた、獅子そのものとも呼べる形の唯血巨人。
「こ、これって……」
「リシリー……すまないな、また君の力を借りなきゃいけないとは!」
操縦席で、アウレリアが尚も戸惑う中。
フレイマーは席の背後を振り返りつつ、謝罪する。
その相手は。
「フレイマー・ボーン……さあ、あなたの思いの丈をぶつけなさい!」
やはりこれまた、いつかのごとく。
卵殻機関の影響か、そこには兎耳こそ健在だが。
凛々しい大人の女性の姿と言動になった、リシリーである。
「ああ……さあ、行きますブリューム先生!」
「は、はい!」
そのままフレイマーは、自騎を脱兎のごとく駆る。
たちまち自騎の周りには冷気が滾り。
氷柱を纏った姿となる。
「くっ……とうとう出てきやがったかあ!」
「!? これは……また改血機か!?」
フレイマーは改めて敵部隊の半竜半人型唯血巨人を見て驚く。
それらは、いずれも三つの頭を備えた姿となっていた。
明らかに、改血機による影響である。
「食いやがれえ!」
「くっ! こいつら……まだかなり戦えるな!」
それらの唯血巨人は、未だにかなりの余力を残しており。
尚も目や口から無数の火線を、フレイマー騎へと放つ。
「きゃあ!」
「大丈夫ですよブリューム先生! さあユキジにリシリー、力を!」
「ええ、お易い御用です……」
しかしフレイマーも負けじと。
更に自騎の出力を高め、周囲の冷気を強めて攻撃を防ぎ切る。
「(だけどこれだけじゃ足りないな……こうなれば……!) ブリューム先生……一ついいですか?」
「! はい……?」
が、このままでは決定力に欠けると踏んだフレイマーは。
アウレリアに、そっと言葉をかける。
◆◇
「ん? 何だ、冷気が揺らいでいるぞ?」
「何にせよ……今が好機だ、奴を蜂の巣にしてしまえ!」
フレイマーの唯血巨人の防御が一時的に緩み。
戸惑う敵部隊だが、これぞ好機と火線を集中して浴びせかかって行く。
「くっ! 中々キツいね……でも! そろそろだな……」
フレイマーはそれに苦しみつつも。
刻一刻と、ある準備をしていた。
それは――
「マイロード、借りだらけの雇われ傭兵団長!」
「!? く、こ、これは!?」
そう、スキル発動の準備であった。
フレイマー騎の身はたちまち、旋風を纏い出して敵部隊を威圧し出す。
「全額返済 オブ トゥルース!」
そのまま、フレイマー騎は再び駆け出す。
「こ、このお!」
「怯むなただのコケ脅しだ!」
敵部隊は怯えつつも、尚も火線をフレイマー騎に浴びせて行く。
しかしフレイマー騎はリシリーの力による爆発的加速でもって敵部隊の攻撃を回避してみせ。
そのまま再び纏い出した凄まじい冷気も応用して無数の氷柱を生成し敵部隊に放つ。
「ぐああ!」
「く……このお!」
攻撃を食らった敵唯血巨人たちは、次々と倒れていく。
「さあブリューム先生、リシリー、ユキジ……このまま、地上に出るぞ!」
「ええ!」
「はい、ボーンさん!」
フレイマーは満身創痍だが、それでもアウレリアやリシリーや搭載卵に呼びかけ。
危険ダンジョンの外へと向かう――
◆◇
「!? な、何だあ!」
「ひい! な、何かが危険ダンジョンの中から!」
一方、地上では。
今まさにフレイマー騎の救援に向かおうとしていたジュラ傭兵団の部隊に、動揺が走っていた。
それは危険ダンジョンの中より、そのフレイマー騎が躍り出たからである。
「や……やった! やりましたよボーンさん!」
「ええ……ではリシリー、ブリューム先生を頼んだよ!」
「承知したわ……さあ、行くキュー!」
「え!? も、もうあなた……キャラ変わり過ぎよ!」
そうしてフレイマー騎内では。
フレイマーの指示により、リシリーはアウレリアを連れて騎外へ離脱する。
「ぼ、ボーンさん!」
「フレイマーは後で必ず救い出すキュー! キューたちは早く離脱するキュー!」
アウレリアを連れたリシリーは、フレイマーを案じる彼女をよそに。
とにかく、離脱に集中する。
◆◇
「やあれやれ……また少し格好つけすぎたかな? まあ間もなくユキジも生まれる……それなら僕のやったことも無駄じゃなかった、かな?」
満身創痍のフレイマーは。
騎体内で痛みに悶えていた。
と、その時である。
「キュー! フレイマー、大丈夫キュー!?」
「痛っ、眩しい! ……皆……」
急に乗機の装甲がひっぺがされ、光がコックピットに注ぐ。
そこから見えるのは、リシリー。
そして、ペットたるクウマたちが。
「助けに来たキュー!」
「そりゃ、どうも……」
フレイマーは、力なく笑う。
「ぐるっ!」
「ん? ユキジ……誕生おめでとう!」
しかしフレイマーは、次には満面の笑みを浮かべたことに。
そこには孵った、ユキジの姿もあった。
「ふふ……あの娘はリシリーというのですか。詳しくは分かりませんが……これは、これからが楽しみですねえ。」
その頃、フードの商人は。
あの半竜半人型唯血巨人たちの目を通して、リシリーの力を借りたフレイマー騎の戦いぶりを観察し。
満足げに微笑む。
◆◇
「大丈夫? はい、アーン!」
「あ、すみません……王女様に」
「そうですよエレナ殿下! ここは私が」
「いいえ、あなたは学者さんなのでしょう? ならその手を、こんな所で痛める訳には!」
「いいえいいえ、王女様にはさせられません!」
それから一ヶ月後。
フレイマーの実家にて。
怪我をして伏せっていたフレイマーのベッド周りを、アウレリアやエレナが取り囲んでいた。
「いいんだよお二人さん、こんなアホ息子! ほら、ミールぐらい自分で食わないかい!」
「熱ちちちち! な、何すんのさ母さん!」
が、そこへ。
フレイマー母がやって来て、彼の口に熱々のオートミールを突っ込み。
フレイマーは大層熱がる。
「それはこっちのセリフさ馬鹿息子! まったく、そんな大怪我した挙句アウレリアさんまで巻き込んで! また卵孵しをやらかすたあいい恥晒しだよ!」
「はあ!? まあ、ブリューム先生を巻き込んだのはダメだったかもしれないけど……ユキジの卵を、見捨ててたらよかったってのか!」
「う……ま、まあユキジちゃんが産まれたことだけはよかったねえ!」
いつも通り、言い争いをするフレイマー親子だが。
珍しく、今回は母がフレイマーに根負けする。
「キュー! フレイマーママ、ユキジがまた足怪我しちゃったキュー!」
「え? どこだい、早く! ユキジちゃん!」
と、そこへ。
リシリーがフレイマー母を呼び。
フレイマー母はそれを聞き、我先にと飛び出す。
「あーあ……ユキジは、孵った時点でもう寿命が短い方なんだから無理させちゃダメだよ……」
フレイマーはボソリと呟く。
そう、ユキジの卵はあの危険ダンジョンで既に生命計の目盛りをかなり消費しており。
既に寿命が短いのである。
「ええ……ユキジちゃんは私やボーンさんを守ってくれました。」
「そうですねブリューム先生……まあジュラ傭兵団は結局辞めざるを得ませんでしたけど、ユキジやクウマたちにリシリー、あと皆が生きていてくれればそれだけで儲け物です……」
「はい、ボーンさん!」
フレイマーはそう呟き。
アウレリアもその言葉に、大きく頷く。
「だ、大丈夫よ! い、いくら傭兵団をクビになっても……最悪、ヴーレへ王家の財力で養ってあげるから!」
「な! わ、私だってファスタ大学府からそれなりに投資してもらってますから! 私も彼を養えます!」
エレナとアウレリアは、二人して競うようにフレイマーを養うプランを上げる。
「はは……ありがたいんですけど。さすがにヒモになるのはいい気持ちが。また傭兵団を探さないと……」
フレイマーはそんな二人に、やや引いていた。
◆◇
「何だかんだ、あの地牢竜の卵は運び出せたか。ジュラ傭兵団と、あの……フレイマー・ボーンには感謝しなければな。」
「はっ、陛下!」
その頃。
場所はユロブ大陸有数の大国・フロマ帝国帝都の城では。
皇帝と側近が、話し合っていた。
先ごろジュラ傭兵団に地牢竜の卵探索を命じた顧客は、このフロマ帝国だったのだ。
「そうでなければこの卵殻炉稼働は叶わなかった……さて。整備はどれほど掛かるか。」
「はっ、陛下! あと少しでございます……」
「ううむ、急げ! 早くこの戦乱期を終わらせねばならぬ……それがこのフロマの、大国としての責任ぞ!」
「は、ははあ陛下!」
皇帝は側近に、厳命する。
かくしてユロブの勢力図は、また塗り替えられていくのだった。