#11 卵孵しの殿軍
「さあブリューム先生……しっかり掴まっていてください!」
「ええ……しっかり守って下さい!」
フレイマーは自騎たる唯血巨人の操縦桿を握りしめる。
既に搭載されているフリージングレオの卵の成長フェーズは、限界まで引き上げられている。
それによりフレイマーの唯血巨人は、半獅子半人の姿からより獅子そのものといった外観に近づきつつある。
「ボーン支団長!」
「早く君たちは行くんだ! ここは僕とブリューム先生とフリージングレオ――たった三人ではあるがその三人の殿軍が、引き受ける!」
「ゆ、ユキジ?」
「ぼ、ボーン支団長!」
フレイマーは未だ円陣を描いたまま。
仲間たちが、彼の呼んだこれから孵るフリージングレオにつける名前に戸惑う中。
騎体群の中から飛び出す。
まず、向かうは。
「悪いな、さっき断たせた肉――もとい、退路! さっきの今だが、開けてもらわないとねえ!」
「ええ、やっちゃってボーンさん!」
先ほど断たせたばかりの、退路に群がる敵騎体たちの所だ。
たちまちほぼ四つん這いの獅子そのものとなった唯血巨人が、半竜半人の唯血巨人群へと突撃して行く。
「くっ……こいつ、たった単騎で!」
「怯むな、たかが単騎だ! 熱線で焼き尽くしてくれるわ!」
突然のこの事態に、面食らう敵部隊だが。
すぐに体勢を立て直し、目から口から熱線を浴びせ掛かる。
「く! ユキジ……ちょっとの間だけだけど、限界を超えるよ!」
「ええ、ボーンさん!」
それに対してフレイマーは、より闘志を滾らせ。
唯血巨人の出力を上げる。
すると。
「ぐっ!? こ、こいつ!」
「き、急に氷の柱が……ぐああ!」
敵部隊が驚いたことに。
たちまちフレイマー騎周囲の地面から、無数の氷柱が生えて彼らを串刺しにしていく。
「す、すごい!」
「未だ、ボーン支団! 支団長――雇われ傭兵団長約一名を残し撤退!」
「り、了解!」
フレイマーはその機を逃さず。
部下たちに退却を命じ、たちまち部下の騎体群はようやく開けられた退路を急ぐ。
「させるかあ!」
「こっちの台詞さ!」
「ぐああ!」
氷柱が捕らえ損ねた敵部隊の騎体群が、尚も退路を断たんとするが。
フレイマー騎はそこで尚も四つん這いのまま高速で動き、折った氷柱を剣のごとく振るって敵部隊を薙ぎ倒して行く。
「ボーン支団長!」
「大丈夫、後から追いかけるよ! だから皆は早く撤退を!」
「り、了解!!」
尚も自分たちの身を案じる部下たちにフレイマーは声をかけ。
あくまで撤退を急がせる。
◆◇
「な……ブリューム先生とボーンが、ダンジョン内に取り残された!?」
「は、はい! わ、私たちを庇って……」
そうしてボーン支団のフレイマー以外全員が地上にたどり着いた後。
彼らの報告に大団長ジュラは、頭を抱える。
ジュラは長い髪を後ろに束ねた壮年の男性であり、典型的な昔気質でもあった。
こういうときは、支団長や団員が死んででもアウレリアを救うべきではないかと思ってしまうほどには。
だが、ジュラは今そんなことを言っても仕方がないと思い直し。
「くっ……そんなことはどうだっていい! ボーン支団団長フレイマー・ボーンへ救援を急げ! なんとしても奴が死んでもブリューム先生だけはお守りせねばならん!」
「は、はい!!」
他のジュラ傭兵団配下の支団にも、救援に向かうことを命じる。
「キュー!? ふ、フレイマーは死んでもいいなんて何言ってるんだキュー!」
「! き、君は……ボーンの連れていた娘か!」
と、そこへ。
ジュラのやや非情な言葉に抗議するは、クウマらペットたちと共にいつの間にか飛来していたリシリーだった。
「何言ってるってキューが聞いてるんだキュー!」
「き、キュー……? き、君が聞いてるんだ君……? ……ああだめだ! 翻訳すると余計分かりにくいじゃないかあ!」
ジュラはリシリーの一人称と、彼女の口癖たる語尾が同じであることに一度困惑する。
しかし。
「ま、まあどうでもいい……何にせよ! 君には関係ないだろう、そもそも極秘の任務地を何故……って! いない!?」
ジュラは気を取り直してリシリーに言おうとするが。
彼女の姿は消えていた。
「フレイマーが危ないキュー……」
「!? こ、こら君、待ちなさい!」
何とリシリーは、まだ洞窟内に張られていた綱に登り。
今にも、ダンジョンの中へと向かわん勢いだった。
「キューだけ、こんな所で油売る訳には行かないキュー!」
「グルっ!」
「がるっ!」
「ひっ! も、モンスターたちも反応した!?」
ジュラの叱責に対する、リシリーの返しに。
クウマらも唸り、ジュラ傭兵団の面々をびくつかせる。
「クウマたちも、フレイマー助けたいって思ってるキュー? ありがとうだキュー……でも! ここはキューが行くキュー、クウマたちは危ないからそこにいてくれキュー!」
「ああ、その通りだ……いや、君が言うなうさ耳娘! あとキューキューうるさいわ!」
「フレイマー、今行くキュー!」
「あ、こら待て!」
ジュラが色々、リシリーの発言に突っ込むうちに。
リシリーは綱の上を滑り、行ってしまった。
「!? な……あの娘は!?」
一方、このダンジョンにおけるジュラ傭兵団のいる側とは反対の側にいるフードの商人は。
ジュラ傭兵団の方へ飛来したリシリーの顔を見て驚く。
その顔には、彼も見覚えがあったのだ。
いや、見覚えがあるどころではない。
あれは――
「フレイマー、今行くキュー!」
「あ、こら待て!」
「……ん? あの娘はフレイマー・ボーンの連れか……ふふ、はははは! 面白い、神よ感謝いたします……」
フードの商人は高笑いする。
そうして。
「……もう、改血機の実験も地牢竜の卵もどうでもいいですよ! そう、私にはあの娘しか今眼中にない!」
彼は目を血走らせ。
目の前の岩壁を、睨む。
「……情けないことに、先方の唯血巨人群はあのフレイマー・ボーン騎一騎ごときに大苦戦! ならば、少しは役に立ってもらいますよ……」
そうしてフードの商人は、ニヤリとする。
◆◇
「えい! く……そろそろ、卵が孵るか……いや、まだ余力がある!」
「そうよボーンさん、諦めないで!」
その頃、フレイマー本人とアウレリアを乗せた彼の騎体は。
尚も圧倒しているが、やはり敵の半竜半人型唯血巨人群は数の暴力で押し切り。
いつの間にか退路から離れ、よりダンジョンの奥へと入り込んでしまっていた。
まだ周囲には、敵部隊の残党がいる。
「はあ、はあ……キリがないですねこれでは。ブリューム先生、もういっそ、このまま最奥の地牢竜の卵まで行ってしまおうと思うのですがよろしいですか?」
「あら……ええ、あなたがそう言うならそれでいいわ!」
フレイマーの提案を、アウレリアはすっかり彼を信用していたこともあり快諾する。
この話は一見すれば、破れかぶれにも見えるが。
フレイマーはその実敵部隊の入り込んだ横穴が付近にあると見てそこからの脱出を考え、それにより出てきた案でもあったのだ。
「では……もう少しだけ我慢してくださいブリューム先生、ユキジ!」
「はい!」
フレイマーはアウレリアと、自騎搭載の卵に呼びかけ。
そのまま自騎の、ほぼフリージングレオそのものといえるほどに変化した四つ足形態を活かして高速で奥へと入って行く。
「く……待ちやがれ、そこの騎体……ん!? な、何だ! き、騎体が!」
完全に振り切られ置いてけぼりを喰らう敵部隊だが。
その時彼らは、自騎が異様な形に変化していく様を感じ取る――
◆◇
「つ、着きました! ここが最奥です……ん!? こ、これが……地牢竜の卵……?」
「ええ、私も実際に目にするのは初めてだわ……大きい……」
そうしてフレイマー騎がダンジョン最奥に着いたその時。
フレイマーとアウレリアの、目の先にあるのは。
唯血巨人二体分ほどもある、巨大な卵だった。
それぞ、このダンジョンの守り神たる死地竜の主・地牢竜の卵である。
「これをこの唯血巨人一体だけで運び出すのは難しいですね……ひとまず、横穴を」
「! ボーンさん、敵です!」
「! ひとまず、地牢竜の卵の陰に隠れましょう!」
と、その時。
先ほど振り切ったはずの敵部隊に何故か追いつかれ、フレイマー騎は巨大卵の裏に逃げ込む。
「くっ、あいつら卵の裏に! これじゃ攻撃が」
「って!? お、俺たちの唯血巨人が勝手に攻撃を始めた!?」
その様子に臍を噛む敵部隊だったが。
何と彼らの騎体は操縦者の意思とは真逆に、卵へとお構いなしの攻撃を繰り出す。
「な!? あ、あいつら卵はどうでもいいのか!?」
「きゃあ! ぼ、ボーンさん!」
フレイマーもアウレリアも、これには驚き。
アウレリアは恐怖のあまり、フレイマーに抱きつく。
「! ブリューム先生、ご安心を。この卵はダンジョンの主のものなので簡単には割れません! だからひとまず、時間を置きましょう……」
「! ぼ、ボーンさん……はい!」
フレイマーはアウレリアを宥める。
だが。
「(敵騎体搭載の卵は恐らく死地竜……このダンジョンでも生命計を食われないだろう。やはり長期戦はこっちが不利だ……)」
フレイマーの頭からは、実は勝算がなくなりつつあった。
しかし、その時である。
「! 騎体の上を飛び移る何かが……ん!? き、騎体がダウンした!?」
「!? こ、攻撃が止んだ?」
敵部隊は叫びと共に、にわかに攻撃を中止し。
かと思えば、次々にその騎体群はがっくりと膝を着いて行く。
フレイマーも攻撃が止んだことに驚きつつ。
尚も警戒心をもって、そっと卵の裏から唯血巨人の首を巡らせると。
「キュー! フレイマー!」
「!? り、リシリー!」
「え?」
フレイマーもアウレリアも、驚いたことに。
敵騎体群の肩を飛び移り、地に降り立ち。
リシリーが、フレイマー騎の方へと走って来たのである。




