#1 借金塗れの傭兵団長
卵殻機関
モンスターの卵を動力源とするエンジン。
卵を孵す直前まで温め、その後で冷やし再び胚の状態に戻すことで動く、事実上の無限機関。
ただし卵には寿命があり、それを過ぎると孵れなくなってしまうため新しいものと交換する必要がある。
原卵殻機関
卵殻機関の原型。
元はその名の通り、家畜モンスターを早く孵化させるための装置だったが、その副次的効果が次々と応用されていった結果軍事転用されることになった。
生命の書
生物の血に刻まれている、いわゆる遺伝子。
卵殻機関はこの生命の書を素早く処理し、卵内の生命の書演算器官の演算を助けることでモンスターの成長を助けている。
胚に戻す際には、生命の書を逆に読んでいる。
生命の書演算器官
生物全てが持つ、仮想器官。
生命の書を読み込むことにより、生命を成長させる。
生命の指針
モンスターを進化させるにあたり必要となる、その理想形。その理想に届くため必要な生命の書の記述をパズルのように埋めていくことにより、理想のモンスターへと仕上げる。
唯血巨人(タロスとは言わない)
巨大戦力。
最初は卵型のコックピットのようだが、モンスターの卵を卵殻機関に搭載し起動することで、元となった卵のモンスターの獣人のような形に変形する。
生命計
生命の書の中にある、残り寿命を数える為の領域。
現実のテロメアにあたる。
切れ元に近づくにつれて老化が進む。
卵殻機関に使われている卵は、この生命計が切れ元に迫ることにより使えなくなる。
改血機
モンスターの血(遺伝子)を改造し、より卵殻機関の力を増そうとするシステム。
新種の危険モンスターを生み出す可能性があるため使用が禁止されている。
スキル・アビリティ
基本的に名前は〜者、または職業名で統一される。
特に騎士や剣士の名家では、先祖の魂=スキル・アビリティとまで見なされ、それを受け継ぐことこそ誇りと称し、ある意味ではスキル・アビリティを祖先神のように崇拝している。
職能レベル
傭兵戦闘レベル
S 傭兵団長
A エース傭兵
B 汎用兵
C 雑兵
D 雑用
工芸スキルレベル
S 親方
A 親方代理
B 職人頭
C 指南役
D 見習い
牧畜スキルレベル
S 大畜主(大農主)
A 畜主(農主)
B 畜主補佐(農主補佐)
C 専任
D 雑用
騎士
S 騎士団長
A 左右翼騎士長
B 部隊長
C 組頭
D 前衛
商人
S 豪商
A 商会長
B 番頭
C 手代
D 丁稚
聖職者
S 大司祭
A 司祭
B 僧正
C 宣教師
D 門前
学者
S 教授
A 準教授
B 講師
C 助手
D 修士
モンスター
本作の舞台となる世界に棲息する生物。
食料から戦力の元にまでなる貴重な存在。
「ぐっ……追い詰められたか!」
卵の殻で出来たような鎧を纏う、龍人のような見た目の巨大戦力・唯血巨人のコックピットで。
髭面の男・フレイマーは、大いに冷や汗をかいていた。
目の前にいるのは、同じく唯血巨人。
しかし、その見た目は少し違う。
何やら卵殻の鎧の下は、まるで牛人間のようだ。
「ははっ、どうした! 天下の雇われ傭兵長とは、そんなものか? ……いいや、所詮は雇われ傭兵長だからか! がははは!」
「くう……」
牛型唯血巨人からは、男の高笑いがする。
と、次の瞬間。
「さあて……もっとやってやろう!」
「くっ……翼が!」
フレイマーは驚く。
なんと、牛型唯血巨人から翼のような器官が。
「その唯血巨人の動力源は、二足歩行牛だったはず……バイペダルオックスに翼なんてないだろ!」
「ははは! 分からないか? ……これぞ、改血機の力だ!」
「何……!」
フレイマーは驚く。
改血機? それは。
「それは……戦時法に違反しているぞ! 新種の奇形モンスターを生み出してしまうかもしれないんだ!」
「ははは、いいんだよ! 戦いに卑怯もへったくれもない……あるのは、勝ち負けだけだ!」
「……くっ!」
男の言葉に、フレイマーは歯軋りする。
そう話している間にも、男は牛型唯血巨人を高く飛び上がらせる。
「まだ、時代遅れの卵殻機関か? ……今は、この改血機の時代だと教えてやろう!」
「くっ……」
男は、ますます増長した勢いで笑う。
このままでは。
「さあ……終わりだ!」
男の、その声と共に。
次の瞬間、牛型唯血巨人は急降下してくる。
フレイマーの、龍型唯血巨人めがけて。
「くっ……」
と、その時。
「キュー!」
「!? 何!」
「リ、リシリー!」
しかし、二機の唯血巨人がぶつかり合う中。
そこに割って入るは、兎型唯血巨人だ。
コックピットには、何やら半兎のような獣人の少女。
「キューが……フレイマー守るキュー!」
「止めろ、リシリー!」
「ふん……もう止められないぞ!」
少女は、リシリーというらしい。
突然の乱入者も、男は意に介さず。
そのまま乗機を、突撃させる――
「ははは! フレイマー・ボーン! 仲良く逝け!」
「リシリー!」
「キュウウウウ、キュー!」
が、リシリー機に受け止められた男の牛型唯血巨人は。
「な……し、出力が!」
見る見る勢いを失って行く。
「キュー……フレイマー……」
「リシリー! お前……また、自分自身を卵殻機関に!」
何とか守りを果たし誇らしげなリシリーを、フレイマーは諫める。
まったく、こいつは。
しかし、敵を弱らせる一方でリシリー自身も弱っていく。
「……止むを、得ないな!」
フレイマーは、成長ボリュームと書かれたレバーを引き上げ始める。
すると、たちまち。
「くっ! ……その姿、お前また卵を孵すつもりか!」
男はリシリー機越しにフレイマー機を見て、驚く。
フレイマー機たる龍人型唯血巨人は。
龍人のような形から、真正の龍のような姿になって行く。
「ああ……また罰金を払わなきゃならないが、生きていれば儲けものだ!」
「キュ、キュー……フ、フレイマー……」
「くっ……貴様、本当に正気か?」
男はフレイマーの言葉に、怯え切った様子で聞く。
「ああ……改血機なんて使うあんたと同じくらいにはなあ!」
「キュー、フレイマー!」
龍型に変形したフレイマー機は、高く吼える。
そのまま獣のような動きで、リシリー機を引き剥がし。
「や、止めろおお!」
「リシリーが……世話になったなあ!」
「う、うわああ!」
怯え切った男をよそに。
フレイマー機は唸り声を上げ、その口から豪炎を吐く。
たちまち男の牛型唯血巨人は、焼き尽くされた。
しかし、フレイマー機も。
至近距離で豪炎を浴びせたことにより、大ダメージを負う。
「……くっ……リシリー、無事、か……?」
リシリーには聞こえそうもないが、フレイマーは呼びかける。
だが見た所、リシリーは無事そうだ。
よかった――
と、その時。
「キュー! フレイマー、大丈夫キュー!?」
「痛っ、眩しい! ……皆……」
急に乗機の装甲がひっぺがされ、光がコックピットに注ぐ。
そこから見えるのは、リシリー。
そして、ペットのモンスターたるイーグルヘッドレオン・フライングホースが。
「助けに来たキュー!」
「そりゃ、どうも……」
フレイマーは、力なく笑う。
◆◇
「なるほど……あんたが噂に聞くフレイマー・ボーンか。」
「ああ……よろしく!」
それから、ひと月ほど後。
禿頭の傭兵長は、渡された書類に目を通しながら。
目の前の男――フレイマー・ボーンを見る。
傭兵団入団のため、野営地の天幕内にて只今面接中である。
そう、面接中……なのだが。
まず、フレイマーの身嗜みがなっていない。
口周りは無精ひげに囲まれており。
髪もいつから洗っていないのか、ボサボサで悪臭を放っている。
さらに。
「うわああ! だ、団長! ふ、フライングリザードがあ!」
面接中には似つかわしくない騒がしさが、天幕の外にはあった。
「……頼む、あんたのペットだろ?」
「あー、はいはい……こうら! 人は食っちゃいけないが高い高いしてもいけないって言っただろうクウマ!」
クウマと呼ばれたフライングリザード――要するにド◯ゴンなのだが、誰もそうは呼ばない。――は名残り惜しげにグルルと鳴き。
この傭兵団所属の若者を、解き放つ。
「痛っ! ……ちょっと! いくら強いって言っても団長! 面接にペット達を連れて来るような奴と一緒に戦えませんよ団長!」
若者は、フレイマーを睨みながら団長に言う。
「あ、あはは……す、すみませんそうですよね……」
フレイマーはクウマを撫でつつ、恥ずかしそうに頭を掻く。
しかし今、ペット達と言ったが。
それは、つまり。
「ええと……イーグルヘッドレオンに、フライングホース……一体何体ペット連れてるんだよあんた!」
若者は吼える。
その目の先には、沢山のペットたちが。
が、その中に。
「よろしくキュー!」
「ああ……って! なんだ、あんたもペットなのか?」
「キュー? キューはペットなんて名前じゃないキュー! キューはリシリーっていうキュー!」
リシリーは、自身のうさ耳に手を当て。
手でもうさ耳を作って見せる。
獣人自体は、別段珍しくもないが。
それらは主に狩猟・採集民として森や高原で暮らしているはずだ。
ここまで人懐っこい獣人は、初めてだ。
「ああ、よろしく……はあ。」
若者はため息を吐く。
もちろん、リシリーのキューというのが一人称と語尾を兼ねている点に突っ込みたいのもあるが。
何より、やはりフレイマーが大量のペットを連れている点に突っ込みたい。
「まあまあヨハン。……これが噂の、卵孵して金も返す羽目になる雇われ傭兵長様さ。」
「……なるほど。」
若者――ヨハンは。
先ほどまで騒いでいたのが嘘のように、団長のこの言葉に納得する。
卵孵して金も返す羽目になる雇われ傭兵長。
何やら首を傾げたくなるワードだが、ヨハンはすぐに納得した。
そう、破れば即刻罰金刑になる、『卵殻機関に搭載されているモンスターの卵を孵してはならない』という掟。
その掟を破っては、様々な傭兵団を傭兵長待遇で渡り歩く男。
フレイマー・ボーンは、そのことで有名な男だった。
「えへへ……面目ない。」
「……いいよ、あんたには一個傭兵団を任せたい。」
「ああ、そうですよね不採用で……え!? い、いいんですか?」
しかし、団長は。
フレイマーを、雇うという。
「だ、団長!」
「いいかヨハン? うちみてえな弱小は、少ねえ奴らで多くの武勲を立てにゃあならねえ。……多少問題があろうと、そういうこった。」
「そ、そんなあ……」
ヨハンはどっと疲労が溜まり。
力なく座り込む。
「ま、まあそういうことで……よ、よろしくなヨハン君!」
「……ああ、よろしく。」
もはやどうでもいいという態度で、ヨハンは力なく座り込む。
「(そうだ、早くこんな戦い終わらせて……ペットたちとスローライフを送るんだ!)」
フレイマーは改めて心に誓う。
◆◇
「まったく……またあんたかい。」
「よっ、おやっさーん!」
フレイマーの顔を見て、ダッカー商会会長・ジャック・ダッカーはため息を吐く。
フレイマーとは、腐れ縁の仲である。
そう、彼はジャックの唯血巨人販売の常連客なのである。
「まあ、あんたが唯血巨人を使い潰せば、それの新調でこっちが潤うからいいんだが……罰金も、あんたが孵したモンスターたちの餌代も、馬鹿にならねえんだろ?」
ジャックはフレイマーを、静かに諫める。
「なあになあに! 大丈夫ですよ、また再就職先決まりましたし! 今度のクエストは、下手すりゃボロ儲けの金山クエストですから! ツケも罰金も餌代も、パパっと払っちゃいますよ!」
「なるほど、な……」
フレイマーは、無邪気な笑顔を浮かべる。
ジャックはもう少し説教したい気分だが、彼のおっさん臭い顔立ちに似合わぬこの笑顔を見るとどうも憎めないのである。
「はあ、じゃあ……次の唯血巨人のコアになる卵は、今朝取れたてのこいつだ!」
「うわっ! これは……犬?」
フレイマーはジャックの差し出した卵を前に、首を傾げる。
無論、卵の中身を透視できた訳ではない。
卵に貼られたシールが、犬の横顔のシルエットなのだ。
「ああ……ヘルガーディアンハウンドの卵だ!」
「おお……何か分からないが凄そう!」
フレイマーは、卵を興味津々といった表情で眺めている。
すると、ジャックは急に真顔になる。
「いいか、もう聞き飽きたと思うが……金は返しても、卵は孵すなよ!」
「あ、はーい……努力します……」
言われた通り、もう聞き慣れた言葉。
そして、言い慣れた返事。
フレイマーは説得力がないと自分で分かっており、恥ずかしげに目を逸らしている。