七不思議との出会い
「お姉さん、僕とかくれんぼで遊ばない?」
「うわぁぁ!?」
驚きのまま大声をあげて勢いよく振り返ると、そこには袴姿の可愛らしい少年がふよふよと浮いていた。
くすくすと心底面白そうに笑う彼からは生気が全く感じられなかった。童顔で愛らしい顔立ちだが大和顔で日本人な事が見て取れるので、血を垂らしたような深紅の双眸も不思議である。
「ああ……面白い。きみ、僕らの事が大好きなんじゃなかったの?」
なおも笑いながらそう聞いてくる少年霊の言葉など完全無視で、旭はまじまじと彼の姿を観察した。
袴の下にブラウスを着込むファッションは、確か明治時代あたりから見られるものだっただろうか。大きすぎるものを着ている印象はないが、袖と袴の裾が長くなっていて、手足は隠れている。
という事は、この少年は明治時代あたりからここに怪異として存在しているというのだろうか。そんな時代からこの学校は存在していたのか?
ふと、旭の脳裏に校長先生の声が蘇る。入学式の時、校長先生が得意げに語っていた話。
『__我が校は、江戸時代から続く由緒ある学校です。江戸時代から、この場所で沢山の子供達が勉学に励み、夢を追っていたのです。ですからこの学校で勉強するという事は__。』
胸を張って長々と熱く語る校長先生の自慢げな顔を思い出し、とりあえず納得すると旭は再び少年に視線を戻した。
当時の少年にしては珍しい顎下あたりまで伸ばされた髪は日本人らしい漆黒。幼さの残る顔から見て、彼の死亡当時の年齢は旭より下、すなわち一年生だろうと思えるが、彼は一体何があってこんなに幼くしてこの世を去らなければならなかったのか。
答えを探すと気が遠くなりそうな疑問を残し終わった観察に、むぅ……と複雑な思いになりながら少年から目を離せずに居ると、ひとしきり笑った彼はようやく旭に凝視されている事に気がついたらしく、居心地が悪そうに咳ばらいをした。
「……さぁ、それじゃかくれんぼを始め」
「これ!持ってきました!これがあればお話出来るんですよね!?」
仕切り直してかくれんぼを始めようとする少年に、旭は慌てて拾ってきたぬいぐるみを引っ張り出すとぐいっと少年に突きつける。
ひえ、と文字通りのけ反った少年はしかし、突きつけられたぬいぐるみを見てさっと顔色を変えた。
「な!?どうしてそれを持っているの!?いけない、すぐに手を離して!」
急に物凄い剣幕で言われ、何かいけない事をしてしまったのは理解したけれど、せっかく手に入れた心霊的なアイテムを手放すのが惜しくて手に持ったまま動けずに居ると、少年は更に語気を強くして叫んだ。
「何してるの!彼岸に引きずり込まれたいのか!?きみが触っていると僕は干渉出来ないんだ!」
迫力に気圧されてそっと旭がぬいぐるみから手を離すと、触れるようになったらしい少年がすぐにそれを掴んで少し離れた場所に投げる。
投げられるままにぽとん、と地面に落ちたぬいぐるみはしかし、自力でふわりと起き上がり宙へと浮き上がった。
驚きにぬいぐるみをまじまじと見つめていると、目の前が落ち着いた色の麻布でいっぱいになる。どうやら、少年が旭をぬいぐるみから庇うように立ち……否、浮いているらしい。
「……目を閉じていて。僕がもう良いよと言うまで、絶対に開けてはいけないからね」
さあ、と促されるまま、旭は強く目をつむる。が、その意図がわからなくて、目を閉じたまま少年に問い掛ける。
「……あの、なんで目を閉じなきゃいけないんですか?別に私、そんな弱い精神じゃないんですけど……」
「きみ、僕らの事に詳しいんじゃなかったの。あれに宿っているのは怨霊なんだよ。ただでさえ触れて半分縁が繋がってしまってるのに、見てしまったら完全に縁が結ばれて彼岸に引きずり込まれるよ」
呆れ混じりに呟き教えてくれるが、何が何やら全く理解が出来ない。何のことだ、と首を傾げていると、少年は面倒そうに「あー……。」とため息混じりに呟いた。
「とにかく、詳しい事は後で教えてあげるから。命が惜しかったらもう黙って、出来れば息もしないで!」
小声で命じられ、なんて無茶な、と瞠目したが、その時になって初めて、旭は辺りの空気がひんやりと冷たくなっている事に気づいた。
つい先程までじっとりと不快な暑さが身体中に纏わり付いていたのに、今となっては冷凍庫の中にいるかのような冷気に包まれている。
ここまで来るともうどうにもできず、旭は大人しくしゃがみ込むと顔を膝に埋めた。ふと自分の膝が細かく震えていることに気づき、思わず小さく苦笑を浮かべてしまう。
あんなに好きで追い求めていたのに、いざその存在に直面してみるとやはり怖いものなのだろうか。
憧れながらも、心の奥底で「本当はいない」と思っていたものが目の前に現れて、頭が追いついていないこともあるのかもしれないと、変に落ち着いた頭で考えた。
「お前はこの子と縁結びをしてはいけないよ。言ったはずだよね、どんな時、人であっても、お前は縁結びを許される存在じゃないって」
緊張した、鋭い少年の声音が耳に届く。いったい何を話しているのかはさっぱりだが、先程から感じる、肌を不快に撫でるような嫌な気配が、怒りを表すように増幅するのを感じた。
『縁結び』だとか『縁を繋げる』だとかというワードが度々聞こえるが、どういう意味なのか。連想されるのは恋愛成就といったものだが、そんなものとは程遠い意味である事は明らかだった。
「お前はいたずらにこちら側に踏み入り彼岸を乱した。そのせいで境界線も乱れて出られなくなったんだから、自業自得だよ。この子は関係ない。だから今すぐ自分で縁を切って。言うことを聞かないなら存在を消すよ」
旭が考えごとをする間にも、少年の声音は鋭さを増す。脅し文句ともとれるような事を言って警告しているが、ぬいぐるみに宿っているらしい怨霊は話を聞く気が無いようで、するりと旭の足首に嫌な気配が絡み付くのを感じた。視界を閉ざした状態なので定かではないが、するすると這い上がって来る気配はしかし、膝辺りまで来ようかという所でふわりと解けてなくなった。きっと、少年が何かしらの力を使って祓ってくれたのだろう。
「……そう。言うことを聞く気はないんだね。もう理性的な脳も残ってないか」
先程とは打って変わった、あくまで静かな少年の声音が旭の耳に届いた。
それから2秒するかしないかした後、突如、黒板を強く引っ掻くような嫌な音が耳を刺し、旭は思わず両耳を塞ぐ。音が聞こえなくなりそっと耳から手を離すと、いつの間にやらあの嫌な気配も消えていた。
「もう目を開けても良いよ。ほら、立って」
少年に言われるまま、旭は立ち上がりそっと目を開ける。校庭は静けさを取り戻してため息をつく少年が残るのみとなり、あのぬいぐるみも消えていた。
「……まさか見つけられちゃうとは思わなかった。軽い目隠しもかけてたのに」
ぶつぶつと呟く少年に、旭は「あの……」と声をかける。
「なに?」
「今……今のは一体……?それに、縁結びーだとか、縁を繋ぐーとか……」
ちらりと一瞥を寄越してきた少年に、ずっと不思議に思っていた事を質問してみる。すると少年は、「あぁ……その話だね」と頷き、人間と怪異の間の『縁』について話し出した。
危うく怨霊と縁を結びかけた旭。
少年はなぜ助けてくれたのでしょうか。
そして人間と怪異との『縁』とは……?