朝2
僕はとっさに、彼女が九十度回転、彼女の体勢が仰向けとなったタイミングで……抱きかかえる。
がしっと。
やぁってしまったあああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!
心の中で叫んだ。
動きの止まった青柳さんから慌てて手を放そうとするがもう遅い。
「ふにゃ?」
青柳さんが起きてしまった。……「ふにゃ」ってなんだよ、かわいいなチクショウ!
「……え?」
目を丸くして青柳さんが僕を見る。青柳さんに今の僕はどのように映っているだろうか……。少なくともベッドから落ちそうになった女性を抱きかかえてあげた紳士な男性には見えていないはずだ。
「ふ、ふふっ、だ、大胆だな少年。」
青柳さんはそんなことを言って笑うが完全に戸惑っているようだった、顔が引きつってしまっている。
「いや、あの違う!……んです。……青柳さんが落ちそうになったから……」
すぐさま僕は弁明した
「ん?あ、本当だ」
意外と冷静な青柳さんは落ちそうになった方向を見るとそう言った。
青柳さんの左肩がベッドの端ギリギリまできてしまっている。あのまま寝返りをうっていれば確実にベッドの上から顔面から落ちただろう。
よかった、どうやら誤解だけは免れたらしい。
青柳さんの寝こみを襲った卑劣な男だと思われたらどうしようかと思ったところだ。
「いつのまにか寝ちゃってたんだなぁ、寒かったし暇つぶしがてらに少年の寝顔でも見ていようとベッドの中に潜り込んだんだけど……」
何てリスキーなことを自らするんだこの人……僕が、その、悪い男の人だったらどうするつもりだったんだ……
いや、これはただ単純に僕がなめられているだけなんじゃ……。
「ありがとな、少年」
そう言って、青柳さんはごろんと体を横向きに動かす、……今度は僕方向に。
それによって青柳さんを抱きかかえたままだった僕は、青柳さんの胸のあたりへ顔をうずくまらせることになってしまった。
「――――――!ごめ」
んなさい!と謝り青柳さんを放してベッドから体を起こそうとしたのだが……
少し起き上がった僕の頭が青柳さんの両腕によって包み込まれる、そのままギュッと腕に力が込められた。
結果、自分の顔を青柳さんの顔にうずくめたまま動けなくなってしまった。
「な、なにを……」
僕は大いに戸惑う
「ん~?温かくない?」
青柳さんが一瞬僕の頭から左腕を解放する。だが僕はなぜか動けないでいた。青柳さんはその左手ではだけてしまった布団と毛布を自分の方へと引き寄せる。
青柳さんは肩まで布団と毛布を引き寄せたようだが、僕は顔のあたりまでそれをかぶせられてしまった。青柳さんの左腕が僕の頭の位置まで戻ってくる。
これでまた身動きが取れなくなってしまった。
「どうした、少年。耳が真っ赤だぞ?」
青柳さんがニヤニヤしているであろうそんな声でそう言った。
か、からかわれてる!確実に!
僕は恥ずかしすぎて死にそうだった。
何が恥ずかしいってそりゃぁもうここまでされて絶句することしかできないでいる自分がもう恥ずかしい。十九歳だ、お年頃だ、青柳さんだってそれが分かっているはずなのに……完全になめられてる……。恥ずかしさと一緒に少し怒りもこみあげてくるが、それでも何もできない、何も言えない。男としての尊厳を踏みにじられた気分だった。
温かいし、なんだか心地いので僕は黙ってそのまま青柳さんの腕の中に納まっておくことにした。……僕はもうだめなのかもしれない。なんていうか、うん、僕はもうだめなのかもしれない。
「頭、下ろしていいぞ?きついだろ」
さっきからずっと僕は頭の下に潜り込んでいる青柳さんの右腕を圧迫しないように頭を軽く持ち上げていたのだが、そう言われたので青柳さんのお言葉に甘えることにした。遠慮なく青柳さんの右腕を枕のように扱う。
「痛くないんですか?」
「んにゃ、別に」
ちょっとずつこの状況に慣れ始めてきている自分が怖い。
青柳さんが唐突に僕の髪をなでる、なんだか僕が子供になって青柳さんにあやされているような気分になってますます恥ずかしいのだが……。
さすがにこのままではだめだ、ここまでされるがままになっていては、なんていうか、僕が自信を無くす……。
何か僕もアクションを起こさなければ……。
多分青柳さんは僕をからかうつもりでこんなことしているのだろうから、あまり大胆なことはできない、それだと僕がとんだ勘違い野郎になってしまう。
そう言うわけでいろいろ考えた末、思い切って僕も青柳さんの脇の下を通して右腕で胴を抱きしめた、自分の顔を青柳さんの胸にさらに強く押し付けることになってしまったが男としての尊厳を守るためならば仕方のないことと言えよう。
青柳さんの反応を窺おうとして頑張って顔をもぞもぞと上に向ける、その際青柳さんが「んっ」と妙になまめかしい声を上げた気がするが多分気のせいだろう。
口元に青柳さんの胸の感触を感じながらちらりと上目づかいで青柳さんの顔を見ると
青柳さんは僕を見てニヤニヤしていた。
一瞬で悟る
……これではまるで僕が青柳さんに甘えているみたいじゃないか?
自分の愚かさを思い知った僕はただ再び下を向いて「ううぅ」と弱弱しく情けない声を上げることしかできなかった。
……結局僕は何をしたかったんだ……。
青柳さんの服からはタバコのにおいと、それから香水でもつけているのか甘ったるいそんなにおい、が混ざり合ったにおいがする。
しばらく僕はその匂いを嗅いで遊んでいた。
そして思う、僕の右腕が青柳さんのわきに挟まれてしまって回した腕を元に戻すことができないなぁ、と。
なんでそんなこと考えてるのかって?口と鼻を青柳さんのほとんどない胸に圧迫された状態で身動き取れないんだぜ?
そのうち呼吸が苦しくなってきた。
まだ我慢できるくらいだが、僕は余裕をもって今のうちに何とか呼吸するスペースを確保しようと顔を動かすのだが、なんせほとんど動けないのでなかなかスペースが見つからない
本格的に苦しくなってきた……
「んっ!少年、あまり、もぞもぞと動くっ!……なよ」
青柳さんの腕に力が入る
当然さらに顔が青柳さんの胸にうずくめられる。
死ぬ、これは、死ぬ
女性の胸に圧迫されて窒息死するというのはなるほど男としては夢のような死に方なのかもしれないが、それで僕を殺してしまう青柳さんがあまりにも不憫だし、いくら死にたくても苦しいのは嫌な僕は必死で抵抗する。
顔を右へ左へ下へ上へと無理矢理向ける。
「ん!ふぅん!」
さっきから青柳さんの変な声が聞こえるが、そんなの知ったこっちゃぁない。
こっちは生命の危機に瀕しているんだ。
しばらくして、僕が死を悟り始めた時、
青柳さんが僕の頭から腕を放して布団をはねのけた。
「お前なぁ!節操なさすぎるぞ!」
僕に怒鳴りかける。
「ハァ、ハァ、ハァ」
……し死ぬかと思った。僕は息を切らしながらほんの少し顔を赤らめた青柳さんを見た。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
……あれ?なんだかこれでは僕が青柳さんに抱きしめられたことに興奮して、息を荒げているみたいじゃないか……?
「……。」青柳さんが僕をじっと見つめてくる。
うっ、無言の圧力。発動してしまった……。
と、とにかく何か言い訳を……、えーと
「あ、青柳さんが抱きしめたりしたのがいけないんですからね……」
うん、ちょっと待とうか僕
違うじゃん、まず興奮しているわけじゃないことを言わないと、これじゃあ興奮して息を荒げたうえでの発言になっちゃうじゃん、しかも相手のせいにしようとしているし……。何ですかこれ?ツンデレ?
男がやっても気持ち悪いだけだよ……。
「……。」
「ち、違うんです。違う……」
ここまで読んでいただき有難うございました!