買い物1
千
私の住む町はたいへんな田舎で、服を買うのにも隣町に行く必要がある。いやまあ、選り好みしなければ、我が町にも服や位はあるのだが、何せ個人経営の店で、品ぞろえは悪いし、値段も高い、そうなるとやはり安価で自分に合った服の見つかるおっきいショッピングモールのある隣町に行くのが一番なのである。
今日の目的地はそのショッピングモールであった。車を飛ばして約1時間の道のりだ。なんの買い物をそこでするのかというと……。
「凛さんへのクリスマスプレゼント、ですか……。何を買うんですか?」
助手席にゆったりと背中を預けて、窓を流れる景色をぼんやりと見ながら少年は言った。
そう、私たちはそのショッピングモールにクリスマスプレゼントを買いに来たのだ、誰へのかと聞かれれば、それはそう凛へのクリスマスプレゼントだ。
「うーん」
私は少年の質問を聞いてそう唸った。
「まだ考えていなかったんですか」
「いやいや、いくつか候補はあるよ、でもその中から決めるとしたら……」私は再びうーん、と唸り「靴かな」と答えた。
「靴ですか」
「うん、あいつ今履いてるのもうくたくただからさ」
「いいですね」
「だから少年にも何か買ってやるって言ってるのに」
「いや、いいですって」
「何か欲しいものが出来たらいうんだぞ」
「分かってますって」
それからしばらく私たちは無言だった。本当は少年に話さないといけないことがあったのだけれどうまく切り出せなかった。前を行く車が初心者マークを付けていた。速度を上げすぎないためか、何度もブレーキを踏んで進んでく姿が、見ていて微笑ましかった。
車は赤信号で止まった、私とは違い右折レーンに前の車は車を入れた。右折ランプがポカポカと光る。私はそれを後ろの方から見ながら車を止め一息ついた。
「なあ、少年」
「なんですか」
「魔法使いって信じるか?」
「え」
私は体をびくりと震わせた。少年の意外そうな声が耳に入ったからだ。
否定される、怖い、様々な感情が、胸の中に渦巻いた。
「いや、やっぱり何でもない」
結局、白が何か言う前に私は話を打ち切った。少年は不思議そうな顔をして私を見ている。
「もうすぐ着くからな」
誤魔化すように、代わりに私はそう言った
信号が青になる。車が動き出す。先ほどの初心者マークの車を見れば、なかなか右折できないで困っているようであった、その様子を私は苦笑しながら見て、今チャンスだっただろ、と思った。
頑張れ、次、チャンスだぞ。
ショッピングモールの駐車場は、休日のせいかどこもかしこも埋まっていた、駐車スペースを見つけるだけでも十分近くはかかった、この店の二回から四階部分までは一部が立体駐車場になっていて、私の車はその駐車場の四階部分に納まった。なんでこんなに込んでいるんだと思って見てみれば、ポイント二倍デ―ののぼりがそこかしこに立っていた
これのせいか、と私は勝手に納得する。みんなポイントがそんなに欲しいのだろうか。立体駐車場は暗く、しんと静まり返っていた。少年とともに車から降り、四階の入り口から、エスカレーターに乗り、下の階に向かう。すると、店内BGMが少しずつ耳に入ってくるようになり、明るい蛍光灯と、その下を行きかう人々の姿が見つけられた。
何だ、皆こんなところにいたのか、と人々を見て無性にほっとした私は案外寂しがり屋なのかもしれない。
白
「あのー何かお探しでしょうか」
店員さんが青柳さんに向かって早速話しかけてきた。
「あー、靴を」
「どういった靴がよろしいですか?」
「あの自分で探すんでどっか行っててもらえますか?」
店員さんは笑顔の表情を凍りつかせ、くるりと踵を返すとそのまま店の奥に引っ込んでいってしまった。かわいそうに。
店内には、そりゃまあ、当たり前だけど、様々な靴があった。僕は店内の高いところに置かれたヒールの高い靴に手を伸ばして、何となく値札を見てみた。僕はその値段を見てぎょっとする。思ったのよりも桁が一桁高かった。僕はそっとその靴を元あったところに戻そうとする。
「少年、なんかいいのあったか?」
「え、えっと、そうですね、まだ」
「少年、手に持っているのは何だ」青柳さんは目をすっと細める。
「いやあ、なんか面白そうだなあと思って」
「凛はそんなの履かないぞ、……いや、履くのか?」
「いや、履かないと思います」
「そうだよな、真面目に考えろよー」
「はい」
しばらくして、青柳さんが一足の靴を持ってきた。それはとある有名ブランドのスニーカーだった。ピンク色だった。
「これ、良くないか?」
「いいですね」
僕はこくりと頷く。
「本当にそう思ってるか?」
「思ってますって」
「少し地味じゃないかな」「他の色はなかったんですか」「赤があったけれど」「赤もいいですね」「赤は少し派手じゃないか」
ピンクは地味で、赤は派手なのか。難しいなぁ。一人娘へのプレゼントだから、青柳さんも慎重になっているのかもしれない。
二人でうーんと悩んでいると、その間からにょっと顔をのぞかせる人がいた。僕も青柳さんも声こそは出さなかったものの、驚いて体をのけぞらせた。見れば、先ほど青柳さんが追い払った店員さんだった。
「そちらの靴が気になっているのですか?」
店員さんは言った。この人青柳さんにあんなこと言われておいて、また接客をしに戻ってきたのか……、メンタルあるな。僕は妙に感心してその店員さんの顔をまじまじと見た。
店員さんは一冊の本のようなものを持ち出してきた。どうやら、靴のカタログのようだ。
「色が気になるという事でした、現在、このような色もご用意できますが」
店員さんが、カタログの一点を指し示す。
「オレンジなんかいかがでしょう」
僕はそれを見てなるほど確かにいいな、と思った。派手でも無ければ地味でもない。
果たして青柳さんの反応は……。
「おー、確かにいいな、オレンジ、いいじゃん」
どうやら青柳さんも気に入ったようだった。というわけで凛さんへのプレゼントはこのオレンジ色のスニーカーに満場一致で決まったのだった。三人しかいないけれど……。
「これ、プレゼント用に包めますか?」
「はい!」青柳さんの言葉に店員さんは先ほどとは違う花が咲くような笑顔を見せた。それはとても魅力的な女性の笑顔だったと僕は思う。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




