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絶望少年の行方。  作者: 鳩麦紬
第三章
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保西茜3

「おや」

「ひ、ひぃぃいいぃぃぃぃ!」

 恐怖で悲鳴を上げて、部屋の畳の上にしりもちをつく僕。

「なんですか、人を化け物みたいに」

「ご、ごごご、ごごごごご」

「落ち着け少年、マッサージ機にかけられたみたいになってるぞ?」

「ご、ごご、ごめんなさい、頭領さん」

 なんかもう、ただでさえ初めて会ったときから、ちょっと怖いな、と思っていたのだけれど……、一週間前にこの人に説教されて以来、僕は頭領さんが本当に怖くて怖くて仕方なくなってしまった。

「何ですかその頭は、まるで女性のようですよ?」

 頭領さんが僕の頭を見て訝しげに目を細める。

「私がやったんやで、どうや、こっちの方がええと思わへん?」

「さあ、私には良く分かりませんね」

「何や、頭領は相変わらずつれへんなぁ」

「………茜さんと、喜助もいますね、………おや、なぜ喜助はあんなに不機嫌そうなのですか?」

 その頭領さんの言葉につられて僕は喜助君を見た。僕が見ても喜助君は特別不機嫌そうでもなく、相変わらず無表情なのだけれど、頭領さんはどこを見てそう思ったのだろうか…………。

「別に」と、喜助君は呟くように言う。その声は確かにいつもより低めで、声だけを聴いて判断するならば………、確かに不機嫌そうではある。

「…………まあいいでしょう。二人ともいるのなら、事前に連絡しておいた通り、今日、二人には子供たちの勉強会に参加してもらいます。いいですか?茜さん、喜助」

 喜助君の素っ気ない返事に小さくため息をつくと、頭領さんはそう言った。

「りょーかい」と茜ちゃん。

「うん」と喜助君。

「子供たちって?」

 僕は青柳さんに訊いた。

「五崎小の子供たち。今度学校で漢字テストがあるから、何人かで公民館に集まって勉強するんだって」

「それを手伝え、っていう相談事が来たわけですか」

「そうそう」

 言いながら青柳さんは、こたつの真ん中に置かれた、お茶請けが入ったお盆に手を伸ばした。

「では早速向かってください、場所は分かりますね?玄関のところにお菓子の入った袋がありますから、それを持っていくように」

 茜ちゃんと喜助君がこたつから立ち上がる。茜ちゃんは僕の髪からヘアピンを抜き取ると、「ほな、お先に失礼します」と言って、部屋から出ていった。喜助君もその後に続こうとするのだが、僕の目の前で何故か立ち止まる。

「…………白兄、手、どうしたの?」

「これ?」僕は絆創膏を貼った方の手を喜助君に見せた。「ちょっと猫に引っ掻かれちゃって」

「…………ごめん」

 ポツリと、喜助君はそう言った。

「え、何で喜助君が謝るの?」

「いや、別に……、じゃ」

 そう言い残して、喜助君も部屋から出ていった。

 …………相変わらず良く分からない子だな。

「なぜ喜助はあんなにむくれていたのですか?」

 二人が出て行った後、部屋に上がった頭領さんは、食器棚の方から湯呑みを一つとると、さっきまで茜ちゃんが座っていたところに座り、その湯呑みに急須のお茶を注ぎながら青柳さんにそう訊いた。

 僕もこたつに入りなおす。

「いや、ちょっと茜ちゃんと私でくー君の事をいじり過ぎちゃった、のかな?」

「あなたまで何をやっているのですか……」

 頭領さんは怪訝な顔で青柳さんを見てため息をつく。

「まあ、そういう事なら私が気にすることでもないのでしょう。…………ところで、私は今日あなた方をここに呼んだ覚えはないのですが……」

「え、そうなんですか?」

 僕は青柳さんに呼ばれてここに来たのだけれど……。

「別に用もないのにここに来るなとは言いませんけどね」

 そう言って頭領さんはお茶を一口すする。

「ちょっと買い物に付き合ってもらおうと思って、私が少年をここに呼んだんだ」

 青柳さんは言った。

 てっきり、教会の手伝いのために僕はここに呼ばれたのだと思っていたので、それを聞いて僕は少し驚く。

 買い物…………。

 その待ち合わせのために僕をここに呼んだのか。

「「なぜここに?」」

 僕と頭領さんの声がそろう。どうやら同じことを考えていたようだ。ちょっと気まずくて、僕は頭領さんの顔を横目でちらりと見たのだけど、頭領さんは特に気にした様子もなくお茶を飲んでいる。

「いやぁ……、ほら、少年に茜ちゃんの事を紹介したかったしな」

 声を揃えて訊かれた青柳さんは驚いたようで少したじろいていた。

「ま、私が紹介する前に茜ちゃんとは仲良くなってたみたいだけどな」

「ええ、まあ」

「『茜ちゃん』だなんて呼んでる始末だし」

「あれは、本人がそう呼べって言ったんですよ」

「私の事も『千年ちゃん』って、呼んでみるか?」

「いや、いいですよ」

「なんでだよ」

「「年下にちゃん付けで呼ばれる歳でもないでしょう」」

 僕と頭領さんの声が再びそろう。さすがに今度は頭領さんも驚いたようで、僕と頭領さんは目を丸くして顔を見合わせた。

「なんだよ、さっきから……、まあ、別に良いけどよ」

 千年さんは拗ねたような声をだし、こたつの上の茶菓子を一つ手に取る。

 そんな青柳さんを少し、可愛いな、と思って見ていたら。

 視界の端に映る頭領さんの顔が僕の方に向いていることに僕は気が付いた。どうやら、さっき顔を見合わせた時からずっと僕の方を見ていたらしい。

 なんだか鋭い視線を僕は浴びせられていた。

「あの、何ですか」

 それに耐えかねて、僕は頭領さんにそう訊いた。

「…………あなた、わざとですか?」

「…………?」

 わざと?…………ああ、さっきの声がそろったことか……。

 そんなまさか。

「そんなまさか」

 僕は苦笑いしながらそう答える。

「最初に声がそろったときは私も偶然かと思いましたが……、先ほどのは明らかに意図して、私の言葉と同じ言葉を口にしましたね?」

「そんなことできるわけが……、たまたまですよ」

「いや、確かに『年下に…』までは偶然の一致にすぎなかったかもしれませんが、そこから先は……、それを面白がったあなたが、ふざけて私の言葉に合わせた様に思えます」

「何を言っているんですか違いますよ」

 僕に詰め寄るようにして顔を近づけてくる頭領さんに圧倒されながらも、僕は言った。

「では、無意識……?青柳さん、あなたはどう思いますか?」

 頭領さんは青柳さんの方へと顔を向ける。

「どうせ、私はもうおばさんだよ……、ああ?なんだって?」

 青柳さんはふて腐れたかのようにそう訊き返した。

「いや、もう結構です」

「あの、本気で言ってるんですか?」

「…………。そうですね、ただの偶然だったのかもしれません。私の勘違いでした。変なことを言って申し訳ありません」

 じっと僕の顔を見た後、顔をそらしてこたつに座り直した頭領さんは、そう言ってお茶を口にした。

「いや……」

 …………何だろう、一方的に考察されて、一方的に話を打ち切られたような気がするのだけれど……。

 意図的に他人と言葉を揃える?そんなこと、相手がこれから何を口にするかもわからないのに、僕にできるわけがない。

「なんだ、とうとうぼけたのか?頭領」

 茶菓子をもぐもぐしながら青柳さんは言う。いつの間にか茶菓子の空き袋の山が、青柳さんの目の前には築かれていた。

 …………結構食べたなこの人。

「買い物に行くのでしょう?さっさと行ったらどうですか?」

 頭領さんは言った。

「おっと、そうだった。少年、うちから車持ってくるからここで待っててくれ」立ち上がる青柳さん。

「僕も行きますよ」

「いやいいよ」

「いや、僕も行きます」

 頭領さんとここで二人きりになるのは少し困る。



ここまで読んでいただきありがとうございました。

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