保西茜2
「なんだよ、お前らもう仲良くなっちゃったのか?」
教会の給湯室(?)(給湯室というよりは、こたつとかもあって、なんだか一般家庭の茶の間みたいになっているんだけれど……)に、茜ちゃんと一緒に入った途端、こたつに入ってお茶を飲んでいる青柳さんにそう言われた。
僕と茜ちゃんは沓脱で靴を脱いで、小上がりになっている畳の上に上がる。
「さっきたまたま、紅田さんとそこであったんです」
茜ちゃんは言った。
「ふうん、ん、少年、それどうしたんだよ、手」
青柳さんは、絆創膏が貼られた方の僕の手を、驚いたように目を見開いて見た。
「あ、ちょっと、猫に引っ掻かれて」
僕は、何となく、隠すようにもう片方の手でその手を覆う。
「……猫?大丈夫なのか?」
「ええ、多分」
多分。
「そっか……、あれ?なんで茜ちゃん制服なの?」
「ちょっと高校に忘れ物して……、私服で学校の中入るのもなんか嫌やったんで、制服着て取りに行ったんです。それでそのままこっちに来ました」
言いながら茜ちゃんは、青柳さんと向かい合う位置でこたつの中へと入っていく。
僕もそれに倣ってこたつの中に入った。僕の向かい側には誰もいない。
「保西先輩って、意外とそういうところ神経質だよね、自意識過剰っていうかさ」
その誰もいないはずの所から、そんな声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。
「やかましいわ、くー!先輩なんやから敬語使え、敬語」
「なんでいまさら……」
突然、僕から見て正面の、こたつの死角になっている部分から、喜助君がひょっこりと顔を出す。どうやらさっきまでこたつの中で寝そべっていたらしい。意外とだらしのない子だ。
「…………」
喜助君は、一瞬、ちらっと僕の方を見ると、気まずそうにすぐに視線を逸らした。
「?」
何だろう、僕、喜助君に何かしたっけ…………。
「お、やっと体起こしたな、くー君。こいつ、さっきこの部屋に飛び込んできたかと思うと、ずっとこたつの中に入ってもじもじしてたんだよ」
喜助君を見て青柳さんは言った。
「…………」
それを聞いた茜ちゃんがじっと喜助君の事を見た。
「…………」
喜助君はその視線を鬱陶しがるかのように、顔をそらす。
「…………気持ちよかったんか」
しばらくして、茜ちゃんが喜助君を見てそう言った。
僕には茜ちゃんの言っていることの意味が全く分からなかったのだけれど、喜助君は冷めた顔で「馬鹿じゃないの?」と茜ちゃんに向かって言って、再びそっぽを向く。
「あはー!気持ちよかったんやろ、そうやろ!」
そんな喜助君を見て、茜ちゃんは嬉しそうな顔つきになる。
「ん?何何?何の話だよ茜ちゃん」
青柳さんも二人のやり取りが良く分かっていないようで、気になるのか、こたつから身を乗り出すようにして、正面の茜ちゃんにそう訊いた。
「青柳さん、ちょっと耳かして」
茜ちゃんもこたつから身を乗り出して、青柳さんに何かを耳打ちする。
すると今度は、二人して手を叩きながら笑い始めた。
「茜ちゃん、できれば僕にも教えてくれないかな」
さすがに気になる。
「くーに直接聞いたらどうですか?」
何だそれ……、茜ちゃんが僕に直接教えてくれればいいような気がしたが、僕は言われて仕方なく、喜助君に直接、「三人とも何の話をしているの?」と訊いてみた。
すると、喜助君は僕を一瞥すると、「別に……」と言って俯いてしまう。何故かその耳は真っ赤だ、こたつが熱かったのだろうか………。
「何を照れとんねん」
「しょうがないもんねー?くー君はイケメンなのが大好きなんだもんねー?」
茜ちゃんと青柳さんが、そんな喜助君を見て、そんな風にはやしたてた。
…………結局みんな何の話をしているんだよ。
「はあ?紅田さんはイケメンじゃないですやろ……」
「そうか?結構整った顔立ちしてると思うけど……」
二人が僕の顔を覗き込む。話題の矛先が今度は僕に向いたようだ。
「あの、なんですか?あんまりジロジロと人の顔を見ないでくださいよ……」
二人の女性に見つめられて、何となく僕も俯いてしまう。
「うーん、髪型かなぁ、おでこ出した方がかわいいんとちゃいます?前髪を分けたりとかして」
「ああ、なるほどな」
茜ちゃんが僕の前髪に指で触れる。
「な、何を……」「くー、私のバッグん中にヘアピン入ってるからとって」
「自分で取れば?」
「ちょっとやめてよ茜ちゃん!」
「動かんでください紅田さん!これ絶対似合いますって!」
「そういう問題じゃない!」
人をおもちゃにするな!
ああ、もう!女子って人数そろうと途端に面倒臭くなるな!
いや、青柳さんを助詞と呼んでいいのかは怪しいところがあるけども!
僕をおもちゃにしようとしている茜ちゃんと青柳さんに、必死で抵抗しながら、僕はもはや、さっきまで何の話をしていて、僕が何を気にしていたのか分からなくなってしまっていた。
僕の髪に次々とヘアピンが、差し込まれたり、抜かれたりされ。髪を引っ張られ、櫛でとかれ、次はヘアワックスを使って髪をふんわりさせたらどうだろうか、とか二人が口走りだしたので、僕は慌ててこの場から逃げ出そうとする。
あんなベタベタしたもん、自分の髪に塗られてたまるか!
この部屋のドアのドアノブに手を掛けようとする、が、それよりも早くドアノブが回り、ドアが引かれた。どうやら外の廊下から誰か入ってきたようだ。
僕はそれに呆気にとられ、廊下に立つ人を固まってみる。
いや、見上げる。
廊下の冷たい空気を部屋に流し込みながら、現れたのは頭領さんだった。
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