魔法使いたちの夜
魔法使いたちの夜
お前は用が無いんだったら、早く帰って凛の面倒を見ろ。そう言っているかのような頭領の視線をかいくぐり、千年は真心教会の給湯室にいた。こたつに潜り自分で入れたお茶をすすっていると、喜助もやってきて向かいに無言で座る。
「これ食べるか?」
千年は煎餅の詰まった缶を喜助に差し出した。
「……」
喜助は何も言わず、中から一枚を取り出し、すぐに食べるわけでも無くこたつの脇に置いた。
「たまに来るクリーニング屋のお姉さんがいるだろ、その人からもらったんだよ」
「……」
喜助は何も言わず、ただ煎餅の凹凸を心奪われたかのように見入っている。
ここで千年は首を傾げた。おかしいいつもより口数が少ない、と思ったのである。
口数が少ないこと自体は喜助の平常運転なので特に疑問はないが、話しかけても「うん」とか「別に」であるとか、彼なりの返答が帰ってこないのは妙な事であった。何か考え事でもしているのかな、と、そう思いお茶をすすりながら喜助の顔を盗み見る。無表情だった。いや、どこか怒っているようにも見える。どちらだろうか。後者だとしたら私は何かくー君を怒らせるようなことをしただろうか。そう千年が考えていると。
「あのさ」
と、喜助が口を開いた。その口調はどこかぶっきらぼうで、普段感情の見せない平坦な喋り方をする喜助からすれば珍しいことだった。
「白兄は一体何者なの?」
「何者って、少年は少年だよ」
「魔法使いじゃないよね、魔法使いでもない人間を真心教会のメンバーにするつもり?」
「別に昼の仕事やらせるだけだからいいだろう」
「隠しきれると思うの」
「思うけど」
千年はあっけらかんと言った。
「じゃあ、仮に隠しきれるとして、それでいいと思うわけ?」
「どういうことだ?」
「ずっと隠し事をしてなきゃいけないんだよ」
なるほどそういう事か、と千年は納得した。だから先ほどよりくー君は不機嫌だったのか。
しばらく間をおいて、千年はなるべく優しい声で、喜助にこう言った。
「随分、少年の事が気に入ったみたいだな」笑顔を作って見せる。「これから少年に隠し事をしながら過ごしていくのがそんなに辛いか」
「辛いよ、学校の友達に隠しているのだって辛いのに」
「常人にはわからないだろうな」
「そうだね」
そうだ、と千年は一つ思いついたような顔をする。
「いっそのことばらしちまうか、私たちが魔法使いだってこと」
「馬鹿じゃないの、そんなの」
喜助は何かを言いかけて、そこから先は空気を飲み込むようにして口を閉ざした。あたりに沈黙が落ちた。
「気味悪がられるか?」
その先を見透かしたように、千年が先に言葉を発する。
こくりと喜助は頷いた。
「青柳さんは怖くないの」
「わたしか?」
喜助に言われて考えて見る、もし少年に自分の正体をばらしてしまったときのことを、少年はどんな反応をするだろうか、もしかしたらくー君の言う通り気味悪がられて拒絶されるかもしれない。そのことを思うと千年は胸が張り裂けそうだった。せっかく距離が縮まったというのにすべてが台無しになってしまう。
そこまで考えたところで「私も怖いよ」と彼女は言った。
と、そこで一人の少女が、給湯室に入ってきた。その少女はこたつに入ってぬくぬくしている二人を見ると「まだいたんですかー、戸締りしないといけないんだから、早く帰ってくださいよう」といつものように日向ぼっこでもしているかのような、温かみのある声で言って自らもこたつの中に入っていった。
「おう、葵」
千年はその少女の名前を呼んだ。
「しかしあれですねー、ずっと見てましたけど、話には聞いてましたけど、千年さんも不思議な子を連れてきましたねー」
「まあな」
「凛さん以来の衝撃ですよ」
「そんなにか」
「そんなにです」
二人は気づいていないかもしれないが、今喜助は機嫌を著しく損ね始めている。最初に青柳さんと話していたのは僕なのに、真面目な話をしていたのに。彼は脇に置いていた煎餅を見つけると八つ当たりするかのように、袋の上からその姿を割った。バキっと煎餅が悲鳴を上げててんでばらばらの形で三つになった。
「それにしても何で白さんは『逆結界』の中にいることが出来たんでしょうね」
「ああ、最初にあった日の夜な」
「もしかして白さんも魔法使いだったりして」
「そうなの」
喜助がバッと首を動かして葵を見る。もしそうだとしたら自分の悩みは全部解決してしまうではないか。
「いや、もしかしたらの話ですよ」
「でもその可能性も高いかもしれないなー」と、千年。「そこらへんも含めて少年には聞かないといけないことがあるな」
「なんて聞くの」
「んー、聞くっていうよりは、さりげなく魔法使いの話題を振って見たりだとかなー」
喜助は顔をしかめた。そんなことしたら、下手すれば青柳さんが変人扱いされてしまう。いやまあ、自分に実害が被るわけではないのだからいいのだが。しかし様子を見るに、白兄は千年をよりどころにして生きている節がある。もしそんな人が変人だと誤解されてしまえば白がどれだけの傷を心に負うのか分かったものじゃない。
「何か心配ですねー」
喜助の気持ちを代弁するかのように、葵がそう言った。「さりげなく聞ける話題ですかそれ?」
うんうんと、喜助も頷く。
「大丈夫だ私に任せろ」
どこからそんな自信がわくのか、彼女はそう言って胸を張った。
二人はじとっと粘り気のある目戦で千年を見た。
「な、なんだよ」
「不安」
「不安ですねー」
「……」
そんなことを言われたら、こっちまで不安な気持ちになるではないか。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




