あの人2
千、から下は千年主観のお話となっています。以下同様に、白は白視点、魔法使いの夜は神視点となっています。今更でごめんなさい!
お、おまじない?
戸惑いながらも僕は言われた通り、目を、閉じた。
な、何をされるのだろう……。知らない女性に自分の頭を前後からつかまれた僕はなぜかドキドキしていた。
彼女の手の冷たさが僕のおでこから伝わってくる、ひんやりしていて気持ちがいい。
「頭痛があるだろ、……吐き気とかないか?」
女性が聞いた。
「はい、あります。……吐き気も、あります。」
僕は目を瞑ったままそう言う。
彼女の声がすぐ横から聞こえ、おでこからは彼女の手の感触を感じ、彼女の衣服からはタバコのにおいがする。視覚を遮断しているのでそのことが敏感に感じられた。まるで彼女に包み込まれているような気分だった。
それからしばらくはそのままだった。
その間ずっと僕は顔が真っ赤だったに違いない。
僕のおでこが持った熱と、彼女の手の冷たさが混ざり合ってお互いのその部位が常温になってきたところで、女性は僕の頭から両手を放した。
「おまじない終わり、目、開けていいぞ。」
「???」
言われた通りずっと目を瞑っていた僕だったが結局なにもされなかった。いや別に何かされることを期待していたわけじゃないけど・・・そもそも何かってなんだよ!
とにかく、「おまじないをしてやるよ」と言われたが僕はただ、頭の後ろとおでこに優しく手を当てられていただけだった。
…………あれ?
そこで僕は気が付く。
「まだ頭痛い?」
女性が聞いた。
「……痛くない……。」
「吐き気は?」
「ないです。……なくなりました……。」
頭の後ろにあるたんこぶの痛みはまだあるが、さっきまで確かにあった頭痛と吐き気がなくなっていた。
愕然とする僕を尻目に彼女は「ふふっ」と僕のその様子を面白がるかのように微笑みながらベッドから腰を上げ、自分の元いた場所にあぐらをかいて座りなおす。
「な、なんで⁉」
「秘密だ」
「……こ、ここはどこですか。あ、あなたは僕にぶつかってきた人ですか?どこから落ちてきたんですか⁉」
一つ疑問を口にすると僕の頭には封を切ったように次々と疑問が浮かんでいった、それをすべて彼女になげかける。
「……。」
すると彼女は考えを整理するように自分の瞼を閉じる、しばらくの間彼女が真剣な表情をしたまま無言でそうしていたので一度に色々聞きすぎて怒ったのかな?と僕は少し心配になってきていたのだが、しばらくすると彼女は瞼を上げた。
そして真剣な表情のまま僕を見据えると
「申し訳なかった。」
急にあぐらをかいた姿勢から正座へと姿勢を変え頭を下げて僕にそう謝った。テーブルにぶつかるかぶつからないか位のすれすれまで頭を下げる彼女。
それを見て思わず
「あ、いや、その、すみません……。」
僕も謝ってしまった。
こんなきれいな女性が僕なんかに頭を下げている姿が妙に背徳的で、なんだかいけないことをしているような気分になったのだ。見ちゃいけない物を見てしまったような気分になっていて逆に申し訳なかった。
謝らせてしまってごめんなさい。あんなところ歩いていてごめんなさい。生きていてごめんなさい。
謝ったってことは彼女が僕の真上から降ってきた人なのか……。
なんで僕の真上なんかから降ってきたんだろう……。
「フフッ、変なやつだな、なんで君も謝るんだ?」
彼女は頭を上げると僕を見ておかしそうに笑った。
「確かに君の言う通り私が君とぶつかったその人だ、本当に悪かった。そしてここは私の自宅のアパート、君とぶつかった後私は平気だったんだが、君が地面に頭を打ち付けて気を失っていたから抱えてここまで連れてきた。ここは君が気を失った場所からはそんなに離れていないから余計な心配はしなくて大丈夫だ。・・・私の名前は青柳千年、……あー、その、えっと、…………少年、やっぱり怒っているか?やっぱり怪我までさせてしまったんだから、私は君にどれだけ非難されても仕方がないと思うのだが・・・・。」
青柳千年と名乗った女性は急に口ごもったかと思うと、目を泳がせてからちらりと僕の方を見てそう聞いてきた。
「怒ってないですよ。」
僕がそう言うと青柳さんはきょとんとした顔になる
「本当に?」
「ええ」
「えっと、その、莫大な医療費請求して来たり、訴えたり、口封じのためにいやらしいことを強要してきたりは・・・」
「僕を何だと思っているんですか!そんなことしませんよ……。」
「それだけじゃ物足りないと?」
「僕の名前は紅田白と言います。」
「私の質問には答えてくれないのか、なぁ!私も半ば冗談のつもりで言っただけに突っ込んでくれないと、怖いぞ⁉な、なんだ、やっぱり怒っているのか⁉わ、私に何をするつもりだ⁉」
この人面白いな。
「何もしませんよ……、むしろ謝りたいくらいですよ。」
「なんで?」
不思議そうに首を傾げる青柳さん、それに合わせて彼女の長い黒髪もサラサラと揺れ動く。
「いや、だって、その……気を失っていた僕をわざわざ自宅にまで運んで介抱してくれるなんて余計な手間をかけさせてしまったなぁ、と。」
「私のせいなんだからそのくらい普通じゃないか?」
「そうなんですか?」「いやそうだろ。」
「……。」
「……。白ってなんか犬みたいな名前だな。」
一瞬変な顔で僕を見た青柳さんだったが、それを誤魔化すようにして話題を僕の名前の事へと切り替える。
「よく言われます。」
僕はそれを気にしながらも苦笑いしてそう言った。
「親は名前に「紅」、「白」と入っていて縁起がいいだとか、心が真っ白で汚れのない子に育って欲しいからだとかで、こんな名前にしたそうです。」
「ふうん、だとすると案外馬鹿に出来ない名前だな。」
真面目な顔をして青柳さんは頷く
おい、馬鹿にしてたのかよ。
全国の白さんに謝れ、僕以外にそんな名前の人がいるかは知らないけれど。
青柳さんはもう僕とぶつかったことについて悪びれる様子は見せなかった、その方が僕も気が楽でいい。
何となく時計を見やる。
そう言えば今何時なんだろう……、僕をが外を歩いていたのが九時くらいだったから、遅くても十二時くらい?壁に掛けられている時計を見た。
十二時十分?……いや、二時?
「え⁉」
「どうした⁉」
突然声を上げた僕にビクッとする青柳さん。
「僕、帰ります。まさかこんな時間だったなんて……。」
僕はベッドから降りてカーペットの上に立つ、
あれ、ジャケットは?
部屋の中を見渡すと窓のところのカーテンのレールにハンガーでかけられていた。それを手に取って着る。
それから玄関へ向かった。
あ、こっちはキッチンか
それから玄関へ向かった。
「ちょっと待て少年!」
玄関で靴を履こうとした僕をとした青柳さんが慌てて引き止める。ちなみに僕の靴はきちんと玄関に並べられておかれていた。右側にある茶色いブーツが多分青柳さんのだろう。
「今日は泊まって行けよ。」
「……」
「……今日は泊まって行けよ。」
「……」
「……おーい、聞こえてる?何?時間が止まったの?」
青柳さんが僕の目の前で手をひらひらと振る。
今日は泊まって行けよ、きょうはとまっていけよ、キョウハトマッテイケヨ?頭の中で先ほど言った青柳さんの言葉が反芻される。あれ?これってどういう日本語だったっけ?
「あの、ちょっと何言っているのか分から…」「いや、なんでだよ」
ここまで読んでいただき有難うございました!