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絶望少年の行方。  作者: 鳩麦紬
第三章
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探し物5

「た、ただいまぁ……」そんな冗談みたいなことを言って、僕は喜助君と一緒に礼拝堂の中に入る。

 白くて大きなバスタオルが拡げられていて、それはおそらく霙で全身をビチョビチョにして帰ってきた僕のために用意してあるのだろうけれど、その気づかいは嬉しいのだが、……その、バスタオルを両手で広げて持っている人―――青柳さん、が、ものすごい形相で、立っていた。

「………っ!」

 まるでなにかのトラップのようだ。最初、その白くモフモフして柔らかそうなバスタオルを持った青柳さんを見た時、思わずそこに駆け足でよって言ってバスタオルの中に飛び込みそうになったのだが……実際四、五歩くらい礼拝堂の長机の間を走ってしまっていた僕だったのだが、近くで見た青柳さんは目が、くわっ!と見開いて口を横一文字に結び、長い腰ほどまである青柳さんのストレートの黒髪が若干逆立っていて、明らかに殺気立っていたので、それに気づいた瞬間、僕は歩くスピードを限界まで緩めた。

これ、僕、死ぬんじゃないのか?

 アメとムチ、それを同時に受けたような、そんなジレンマに僕は苛まれる。

 あのバスタオルに今すぐ包まれたい、でも青柳さんが怖い……。バスタオルを両手で持った青柳さんの横には頭領(ドン)さんもいる。

「あの、その、一応、キーホルダーを見つけてきました……」

 僕は青柳さんに近寄るまでの間の沈黙が気まずかったので、歩みを進めながらそう言った。手に持ったキーホルダーを二人に見せる。プラプラと手元で揺れるキーホルダーについている熊が、無表情で僕を見ていた。

「…………」青柳さんは無反応だった。もしかしたらあのバスタオルで僕を窒息死させるつもりなのかもしれない。

 代わりに頭領(ドン)さんが、「あら、見つけたのですか。それは良かったです、ご苦労様でした」と言ってくれたのだが、できればその労いの言葉は青柳さんの口から聞きたかった。

 僕の気まずさは変わらない。そして気まずいまま、青柳さんの前に僕は立った。

 上目使いで青柳さんを見る。青柳さんはまだ何も言わない。僕はすぐに言い訳を始めた。まずは、ちゃんと謝るべきなのに………。

「えっと、別に、その、青柳さんが信じられなかったわけじゃなくて」

 嘘だ、僕は青柳さんを信じていない。信じたいけど信じれていない。

「僕は、その、良いところ見せたかったというか。青柳さんに、えっと、喜んでもらいたくて。その、青柳さんと、一緒にいたくて……」

 青柳さんに嫌われたかもしれない。そう思って焦った僕は、青柳さんを目の前にして次々と自分でも恥ずかしくなるようなことを口にする。

 気が付けば泣きそうになっていた。

 青柳さんがさっきから何も言ってくれないことがとても辛い。

 僕はもう許されないかもしれない。あぁ、失敗した、死んでしまい。時間が戻ればいいのに。さっきまで、青柳さんと普通に会話することができたのに。

 あぁ………。

 視界が涙でにじんでいく。その時、

 バスタオルと一緒に、青柳さんの両腕が僕を包んだ。視界が真っ白になる。

「ビチョビチョだ、寒かっただろう」

 青柳さんの声。いつもの口調でそう言う。バスタオル越しに僕の頭が、顔が、青柳さんの両手でまんべんなく撫でられていった。少しだけ、乱暴に。

「ごめんなさい」僕は謝った。やっと。

 そして、バスタオルで周りから僕の顔が見えないのを良いことに、涙を流した。でも、僕の頻繁に鼻をすする音でばれたかもしれない、喜助君や、頭領(ドン)さんや、青柳さんに。

「ごめんなさい」僕はもう一度、謝った。完全に涙声だった。

 二回、謝っただけでは僕は仕方がなくなって、「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」と何度も謝ってしまった。ところどころに僕の嗚咽が混じる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、まだ、一緒に、いたいぃ……」

 信じれなかったわけじゃない。ってさっき自分で言ったのに、まだ一緒にいたい。だなんてこれじゃあさっきのあの言葉は嘘でした、と言っているようなものじゃないか。

 これは、もう一度殴られても仕様がないと思った。

だけど、

青柳さんはそうしなくて、代わりに、抱きしめてくれた。バスタオル越しに青柳さんの体の感触が僕を包み込む。

「……ごめんな」青柳さんがポツリとつぶやく。でも、バスタオル越しにその言葉ははっきりと聞こえた。「殴られたの痛かったよな、怖かったよな、私、最低だ……」

「青柳さん……」

「こんな私を信じろっていう方が無理な話だよな……」そう言う青柳さんの声は震えていて、泣いているかのようだった。

 そんな自虐的なことを言う青柳さんに、僕はなんだか悲しくなって、それこそ自分を責められているかのような気がして、

「違う、違うんです。僕が悪いんです。青柳さんは悪くない。だからそんなこと言わないでください、僕が、…………ごめんなさい」と、やっぱり謝った。

「…………」青柳さんは何も言わなくなった。代わりに、青柳さんの頻繁に鼻をすする音や、ちょっと荒くなった呼吸音だけが聞こえる。僕はそれがなんだかすごく悲しくて、それをやめさせたくて、

だから、

僕も青柳さんを抱きしめることにした。

「僕、そんな青柳さん、嫌です。もっと、ちゃんと、叱って欲しいです」

そんな変態的なことを、思わず僕が口にしてしまった時、青柳さんがふっ、と笑ったのが分かった。

 青柳さんが僕から離れようとしているのが分かったので、僕は青柳さんの背中に回した手を解いた。青柳さんが僕から離れる。

僕の視界を遮るバスタオルの、端のところが少しだけ持ち上がる。そこから青柳さんの足が見えた。

しばらくして、僕の頭から上半身にかけて被せられたバスタオルが、突然めくられた。そしてそのまま、そのバスタオルは僕の首にかけられる。首にかけるにしてはバスタオルの面積が大きすぎて、まるでマントを羽織ったようだった。

青柳さんの顔を見る、涙は先ほどバスタオルで拭いたのか見られなかったが、目が真っ赤だった。

僕はと言えば、突然バスタオルが顔からめくられたので、涙をふく暇なんてなかった。

「そうか……、やっぱり私は駄目だな……」そう言って、青柳さんは自分の顔を僕の顔に寄せる。そして、こつん、と彼女は自分のおでこを僕のおでこに当てた。

「私、びっくりするから……、もう黙っていなくなるなよ?」青柳さんは静かに言う。

「……はい、ごめんなさい……」

「僕は死んだ方がいい、だなんてもう言うなよ、私が悲しいだろ……」

「ごめんなさい、もう言いません……」

「私、もっと白が安心して私のそばに居られるように、頑張るから」

「うん、……僕も、青柳さんを信じることが出来るように、頑張る……」

涙が再び頬を伝う、とめどなく。

青柳さんと合わせているおでこの部分が、とても熱かった。

青柳さんは、僕のおでこから自分のおでこを離すと、僕の顔を優しい眼差しで見る。微笑みながら、僕の羽織ったバスタオルの端をつかんで僕の涙をそっと拭いた。

「キーホルダー、見つけたのか」

「あ、はい。……これ」見つけたキーホルダーを青柳さんに手渡す。青柳さんは、「よくやった」と言って、僕の頭を撫でてくれた。

「だけどもう無理はするなよ?」

「………はい」

「くー君、少年を見てくれててありがとう」青柳さんは、僕の後ろにいる喜助君を見る。

 あ、と思った僕も後ろを振り返り、喜助君を見た。

 喜助君はいつの間にか長椅子に腰掛けていた。

「ありがとう、喜助君」

「別に、暇だったから……」

 最初はなんでついてきているのか分からなかった喜助君だったけど、おそらく僕を心配してついてきてくれていたのだと思う。あの時両手に持っていた二本の傘が良い証拠だろう。

 喜助君がいなかったら、こんなにビチョビチョになっていなかったかもしれないけれど……。まぁ、それはご愛嬌ということで……。

 喜助君は僕よりもずっと大人だった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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